めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬ間に
雲がくれにし 夜半の月かな
                  紫式部


現代語訳:久々に再会できたと思ったのに(それが幼馴染のあなたのかどうか)はっきりわからないうちに、雲に隠れる夜中の月みたいに、帰ってしまった




瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢はむとぞ思ふ
             崇徳天皇/崇徳院


現代語訳:瀬が早いために岩に遮られる滝川とおなじように、(たとえ一度は)別れ別れになっても、行末はかならずまた逢おうと思う



われても末に



byドミ



高校3年生 新一×蘭
※映画「漆黒の追跡者(チェイサー)」「から紅の恋歌(ラブレター)」を踏まえた話となっています。



 わたしの名は、毛利蘭。帝丹高校の3年生。そして、同じく帝丹高校3年生、わたしの幼馴染で同級生の工藤新一は、数か月前にわたしの恋人になった。去年、新一と入れ替わるように現れ、我が家で預かっていた男の子、江戸川コナンくん、彼は半年ほどでまた、新一と入れ替わるようにして居なくなってしまった。


 高校2年の七夕の日。
 新一は、コナン君から連絡もらって、事件解決のために東都タワーに駆けつけて。そして、わたしにちょっと声だけを聞かせて。わたしが気絶している間に、去ってしまった……。
 もう本当に、新一ったら、ちょっと来たと思ったら、すぐにまた居なくなってしまうんだから。織姫と彦星のように、年に1度しか会えないってワケじゃない。でも、突然やって来てスグに去ってしまう新一に、わたしは、七夕の日に確実に彦星が会いに来て、一晩一緒に居られる織姫が羨ましいとすら思ってしまった。それに、コナン君にだけはよく連絡して電話もしているらしいことが、妬ましくて羨ましくて。弟のようにかわいく思うコナン君なのに、ついつい、ジェラってしまう。
 新一は、ロンドンでわたしに告白してくれたけれど、それでも、その後も、やっぱり相変わらずで。恨みがましく、百人一首にある紫式部の歌「めぐり逢いて」を送ったのよ。やっと会えたと思ったのに、新一かなって分からない内に行ってしまうんだからって。そしたら返って来たのが「瀬をはやみ」の歌で。
 たとえ今は引き裂かれていても、必ずまた一緒になりましょうって、歌。まあ、新一の「絶対帰ってくる」って決意の表れだって受け取ったんだけど……。

 その時、どういう岩がわたしたちを引き裂いていたのか、何故新一が、ちらりと気配を感じさせただけで、また居なくなったのか。
 新一が本格的に「帰って来て」しばらく経ってから、教えてもらったのだった。わたしは、色々な思いが渦巻いて、一番腹立たしかったのは、ちゃっかり子どものふりして一緒にお風呂に入ったことが何回かあったこと、だったけど!腹立たしいとか恥ずかしいとか、悲しかった寂しかった、色々な気持ちがあったけど。
 でも、やっぱり、新一のことを愛しいと思う気持ちが、最後に残ったのだった。で、新一側の、辛かっただろう気持ちや大変だっただろう状況を思いやる余裕も、出来た。

「オメーが泣いているのに抱きしめて慰めることも出来ない、オメーが危ないときに守ることも出来ない、子どもの体であることが恨めしかったよ」
と言った新一の言葉に、わたしは、胸撃ちぬかれた。だって……新一の体が縮んで、辛かったこととか大変だったこととか沢山あったと思うのに、新一が「辛かったこと」として言ったのが「(わたしを)抱きしめられない」「(わたしを)守れない」ことだったんだもの。
 わたしは本当に新一に愛されてるんだって思って、すごく嬉しかった。


 高校3年になって。山ほどの課題からようやく解放された新一は、相変わらず事件で、わたしは、引退前の部活、本格的になって来た受験勉強とか、色々あって二人とも忙しいけれど、特に大きな問題はなく、恋人づきあいを続けている。
 新一からの告白記念日である、7月1日の夜21時34分と、7月2日の早朝5時34分は、一緒には居られなかったけれど、電話でお喋りした。

 そして、七夕。わたしは、織姫と彦星が無事に会えますようにと、去年は吊るしそびれていたテルテル坊主を、今年は吊るした。去年は、織姫が羨ましいなんて、ちょっぴり思っていたけど……やっぱり、1年に1度しか会えないのって、辛過ぎるだろうと思う。
 七夕は、去年、散々な事件があった日だけど、特に二人にとって何かの記念日であるワケではない。でも、この日は新一と一緒に過ごせたらなあと、思っていた。まあ、学校では普通に会えるんだけどね。(新一は、高2の時の長い休学がたたって、事件解決の要請も授業中は禁止されている)
 今年の七夕は、1学期の期末テストの最終日。部活が再開されるので、前期の女子空手部主将としては、サボるわけには行かない。きっと新一は今日も、図書室でわたしの部活が終わるのを待ってくれているだろうが、警察はテストが終わるのを手ぐすね引いて待ってるだろうから、呼ばれてしまうかもしれない。

 で、案の定。テストが終わるとほぼ同時に、新一は飛び出して行った。その背中を見送りながら、切なくなる。仕方がないと分かっているけど。今日は何の記念日でもないし。
 わたしは気を引き締め直して、部活に向かった。引退試合が間近だし、この1週間部活は休みだったし、今日は遅くまで練習がある。

 夏の長い日も、大きく傾いて、オレンジ色の空が広がる頃、わたしは部活を終えて、校門を出た。親友の園子はテニス部所属だけど、テニス部の方が空手部より先に終わり、園子も先に帰っている。
 ふうと大きく息をつきながら校門を出ると、そこに思いがけない姿があった。

「新一?どうしたの?」
「蘭を迎えに来たに決まってんだろ?オレたちは、その……こ、恋人同士なんだからよ……」

 新一が頬を染めて視線を逸らしながら言った。男性には珍しく、嘘をつくときには目を逸らさない新一だけど、こうやって照れる時には、簡単に目を逸らす。

「ねえ、新一」
「あん?」
「今日、うちでご飯食べてく?」
「……ありがてえけど、良いのか?」
「もちろんよ!」

 以前、新一がうちでご飯を食べてる最中にお父さんが帰宅したことがあった。文句を言い始めた父に、わたしが、「毎日毎日、うちのご飯を作ってるのは、誰だと思ってるの!?そんな文句を言うんだったら、もう二度と、お父さんのご飯は作らないから!」と一喝したことがあった。それ以降、お父さんから文句を言われることはない。

 帰りに、商店街で夕飯の食材の買い物をする。新一は、お金を出してくれた。

「新一、前に、お小遣い意外と少ないって、言ってなかった?大丈夫?」
「これは、お小遣いからじゃなくて、オレの生活費からだから」
「でも、わたしとお父さんの分の食材もあるのに……」
「それは、作ってもらう手間賃だな。ささやかだけど」

 買い物を終えて家に向かうことには、夏の長い日も暮れて、空に星が瞬き始めた。まあ、都会の空だから、星はほんの少ししか見えないけど。

「今日は、織姫と彦星は無事会えそうだね」
「ああ。そうだな……蘭、今日オメー、テルテル坊主、吊るしたろ?」
「あ、う、うん……」
 新一は、コナンくんだった時に、わたしが中学時代から使っていたテルテル坊主のことを、知った。あの時は、雨を防げなかったけど……でもやっぱり、ご利益があることが多い。
 そして、新一はこういうおまじない的なものには否定的なのかと思ってたけど、意外とそうでもない。

 前に、聞いたときに、新一が笑って言ったのは。
『オレは、心霊的なものとか、ゲン担ぎとか、そういうのを別に全部頭から否定してるわけじゃねえよ。ただ、生きてる人間が一番厄介で怖いんだ。事件捜査の時に、安易に心霊現象で片づけてしまうようでは、探偵は務まらねえしな』
ということだった。
 事件の捜査では絶対に幽霊のせいにしない、でも事件以外のところでは頭からそういうものを否定しない、それが彼のスタイルのようだ。そういえば……ゾンビ事件の時も、コナン君も服部君も、とりあえず目の前にいるゾンビとは四の五の言わずに戦う!という対応だったし。

 まあとはいえ、織姫彦星の伝説を彼が信じているということはないと思うけど、わたしがその話をするときには、彼はバカにしたりせず、受け止めてくれるのだ。

 家に帰ると、今日は珍しくお父さんが先に帰っていた。

「ただいま。お父さん、今日、早かったね」
「おう……今日はオメーの期末テスト最終日だから、ちょっと外食でもと思ったんだが」
「いいよ、もう食材も買ってきたし、作るから待ってて」
「お邪魔します」

 お父さんは新一を一瞥したけど、何も言わなかった。まあ、以前のことがあるから、だろうな。

 新一と一緒にご飯を作る。
 七夕なので、海鮮をふんだんに使った七夕ちらし寿司を作った。付け合わせはオクラの肉巻き・オクラとそうめんを使ったおすまし。デザートには、商店街のケーキ屋さんで買った七夕限定ケーキだ。星形にカットされたフルーツがふんだんに飾り付けられている。
 3人でご飯を食べて。新一と一緒にお片づけをして。

 新一が、帰ろうとすると、卓袱台でビールを飲んでたお父さんが声を掛けた。
「おう、新一」
「はい?」
「また、夕飯、食いに来い。今度は、英理が居る時にな」
「は、はい……」

 お父さんは、少し顔を赤くして、ぷいっとそっぽを向きながら言った。不意に、お父さんが照れた時に視線を逸らすのは、新一と同じだと気が付いた。何だか、複雑な気持ちだった。

 そしてわたしは、階段の下まで新一を送って行く。
 階段の下で、ふたり、立ち止まり、向かい合う。

「蘭……」
 新一が、わたしの頬に手を掛け、顔を近づけ、わたしはそっと目を閉じた。最近、ようやく、唇を重ねることにも慣れて来たけれど、いまだにドキドキする。いつか新一と結ばれる日が来るとしたら、その時わたしは、壊れてしまうんじゃないだろうかと思う。

「来年は……七夕の夜を一緒に過ごせたら、良いな……」
 新一が囁いた。
「新一、7月1日の夜も、同じこと言ってなかった?」
「ああ。色々な記念日も、記念日じゃない日も、ずっと蘭と一緒に過ごせたら良いって、思うよ」

 そう言って、新一の手が、わたしの頭の後ろと背中に回され、キュッと抱きしめられた。

「新一……」
「蘭……好きだ……」
「うん……わたしも……」

 もう一度、新一の唇がわたしの唇に重ねられ。そして新一はわたしの体を離した。
「じゃあ、また、明日」
「うん……」

 そして新一は、くるりと向きを変えて去って行く。わたしはその後姿をじっと見つめる。

「われても末に 逢はむとぞ思ふ」
 ふっと口をついて出てきた言葉に、自分で驚く。すると、もう声が届かないと思っていた新一が、突然、振り返った。

「もう、オメーとオレとは、われることは、ぜってーねえよ!ずっと……ずっと一緒だ!」
「……うん!」

 新一は手を振ると、今度こそ、去って行く。わたしは、その後姿を、悲しみではない涙を流しながら、見送った。


Fin.





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