ホワイトキャンディ



byドミ



工藤新一は、考えていた。
どんな事件より難解な問題が、彼の「灰色の脳細胞」を、占領していたのである。

「やっぱ、さりげなさは大事だよな、うん」

幼馴染みの少女、毛利蘭の為に、キャンディを買ったは、いいものの。
さて、どうやって、どういう口実で、3月14日当日に渡すのか。これは、大いなる問題であった。


2月14日。
新一は、蘭の家に行き、思いがけず蘭の手作りのチョコレートケーキにありつけた。

あの時は、事件を解決した後、蘭にどうしても会いたくなって、矢も盾もたまらず毛利邸の前まで行ったのだけれど。
毛利邸の明かりを見上げながら、呼び鈴を鳴らす勇気が出ず、ただ、たたずんでいたのだった。

すると、何故か、家から飛び出して来た蘭と鉢合わせし。
ちょうど良く(?)新一のお腹がぐうと鳴ったのがきっかけで、ご飯を食べさせてもらう事に、なった。
そして、「ちょうど試しに作ったケーキがあるから」と、デザートに出してくれたのだった。

蘭としては、別に、バレンタインデーのチョコをくれた積もりも、ないだろう。
せいぜい、義理チョコの延長程度だろうと、思う。
今はそれでも、良かった。

新一としては、とにかく、蘭が「他の男」にチョコをあげた訳ではない事が分かったのと、新一にチョコをくれた事が、大収穫であった。


たまたま、義理チョコの延長でくれたものに対し、ことさらに「お返し!」と大袈裟にしてしまうと、それこそ、蘭に引かれてしまうかもしれない。
だからと言って、「何もなし」では、あの日のご飯とチョコレートケーキに、感謝の気持ちもないのかと、思われかねない。

バレンタインデーもホワイトデーも、全く意識していないようにしながらも、3月14日当日にさりげなく渡す。
その為にはどうしたら良いのか。

工藤新一にとっては、どんな難解な事件よりも、大きな難問だった。


3月に入り、帝丹高校の卒業式が行われた。

「早いなあ。わたし達ももう、2年になるんだよ」
「そりゃまあ。入学して1年経ったんだから、2年生になるのは、当たり前だろ?」
「んもう!どうして新一はそう、身も蓋もない事を!1年経ったんだなあって感慨は、ないの?」
「は?高校生活1年の感慨って?」
「そうじゃなくて、アメリカに行ったでしょ?わたしは、あの時から・・・!」

蘭が突然言葉を途切れさせ、目を少し泳がせると、赤くなって俯いた。
新一の頭の中は、疑問符でいっぱいになる。

「えっと。新一が探偵デビューしてから、1年経つでしょ?」
「ああ、その事か。なに?蘭、もしかして、オレのカッコいい探偵姿を見て、惚れた?」
「はあ?あんた、バカじゃない?そんな筈ないでしょ?大体、自分でカッコいいなんて、言う?」

蘭が、よほど呆れたのか、半目になり、いつにも増して毒舌マシンガンが叩きつけられる。
いつもの事だけれど、新一は、少しばかり、傷付いてしまった。

「なーにを、ムキになってんだよ?冗談に決まってんだろ?」

新一が、探偵として活躍するようになって、沢山ファンがついた事を蘭にアピールしても、蘭からは軽蔑の眼差しが返って来るだけ。
勿論、新一は、蘭の気を惹く為に、探偵をやっている訳ではないけれど。
新一が色々な面でどれだけ頑張っても、肝心の幼馴染みの気持ちは、一向に新一の方を向いてくれない。


幼い頃から、ずっと一筋に蘭に恋をして来た新一には、切ない想いも辛い想いも、山ほどに積み重なって来ている。


ホワイトデーに、蘭にキャンディを贈ったからと言って、蘭が新一の事を意識してくれるとも振り向いてくれるとも、思えないけれど。
それでも、新一は、ホワイトデーの贈り物をせずにはいられなかった。


   ☆☆☆


3月14日。
学年末試験が終わり、春休みが近いこの時期、1年B組にも、何となく浮かれた気分が漂っている。
これが、2学年の3月14日ともなれば、近付いてくる受験の事で、浮かれ気分も半減するかもしれないけれど。


そして、学校内のあちこちで、ホワイトデーのお返しや贈り物が、ささやかに行き来していた。


「あ〜あ。誰も、ホワイトデーのプレゼントなんかくれないわよねえ」
「園子ったら。その前に、バレンタインデーに誰にも何もあげてないじゃないの」
「でもさ。お返しじゃなきゃダメって事はないんだから!どこかの誰かが、このキューティ園子の事見染めて、クッキーでもマシュマロでもホワイトチョコでも、贈ってくれるとか・・・ないかなあ?」
「うん。あると良いわね、そういう事」
「蘭は、良いわよねえ。新一君って旦那がいるんだもん!」
「だ、誰が旦那よ!それに、新一はホワイトデーなんか、気にしてないと思う。だって、バレンタインデーの事も、知らない風だったし。それに・・・」


新一は、今日も目暮警部に呼ばれて、事件現場に駆け付けている。

『もしかして、新一がまた、ご飯を食べに来て。そして、この間のお礼とか言って、何か持って来てくれるとか。ないよね、そんな都合の良い事・・・』



冷え込んで、雨から雪に変わった1か月前と違い、その夜は暖かだった。
特に天気が悪い事も、ない。


今日も小五郎は麻雀に出かけているが、その懐にリボンの掛かった包みがある事を、蘭はしっかりと見ていた。


1か月前と同じ時刻。
蘭は、もしやという思いに駆られて、玄関を出、階段を降りた。


「新一・・・!」


今日も新一は、そこに立っていた。
蘭の姿を見て、新一も目を丸くする。

「今から、コンビニに行くのか?」
「・・・うん・・・でも、別に今から買いに行かなくても、良いかも。新一、まさかまた、ご飯を食べに来たの?」
「あ、いやその、そこまで甘えるのも悪いというか・・・今日は、これを届けに来ただけだから」
「えっ!?」

蘭は、目を見開いた。
新一から手渡されたのは、包装紙に包まれて、リボンがかかった箱。

「わ、わたしに、これを!?」
「あ、や、その・・・今日の事件、製菓会社のパーティ中に、起きたんだけどよ。解決した後、お菓子の引き出物を貰ってきて。すげー高級そうだし、せっかくだから、オメーにもひとつおすそ分けって思ってよ」
「も、もらったの・・・そう・・・」

一瞬の大きな喜びは、かなりしぼんでしまった。

高級なんかじゃなくても、安物でも、新一が蘭の為に選んでくれたのだったら、ものすごく嬉しいと思うのに。
たとえ高級であっても、もらいもののお裾分け。
蘭は、かなりガッカリしてしまった。

でも。
わざわざ、蘭にあげようと思って、ここまで来てくれたのだから、ありがたいと思わなければと、蘭は気持ちを奮い起す。

「わ、わざわざ、ありがとう」
「じゃあ」

新一は、手をあげて去って行く。
蘭は、複雑な気持ちで、それを見送った。


部屋に入って、新一からもらった包みを開ける。
中から出て来たキャンディは、バラをかたどった白いもの。

「これ・・・」

ある製菓会社が最近出した新商品だ。
最初は酸っぱいが、舐めている内に、段々甘くなるのと。
表側は真っ白だが、中が深紅色をしているのとが、売りだった。

「白薔薇の中に、甘い深紅の薔薇」
というキャッチフレーズで、かなり人気が高い。


これが、新一が選んでくれたものだったならなあと、蘭は溜息をついた。
口に入れると、すごく酸っぱい。
そして、段々甘くなるのだが。
その甘さに、少しばかりしょっぱさと苦さが、混じっていた。


   ☆☆☆


翌日。
蘭は、新聞を見て、首をかしげていた。

新一の解決した事件は、確かに製菓会社のパーティで起こったものだったけれど。


「この会社・・・あのキャンディの会社とは、違うよね?自社商品じゃないものを、引き出物に出したりするかしら?」


新一が、本当は蘭の為に選んで買ってくれたのだという事や、なのに何故、わざわざ変に誤魔化したのかという事を、蘭が知るのは、まだずっと先の事だった。



Fin.




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