ホワイト・バレンタインデー



byドミ



その年のバレンタインデーは、大雪だった。



高校3年生の工藤新一は、受験の真っ最中。
本命は、日本最高峰と言われる、国立東都大学であるが、バレンタインデーの2月14日は、滑り止めの私大・元治義塾大学の受験日であった。

ちなみに、新一の幼馴染兼恋人の毛利蘭は、既に推薦で、和佐田大学の入学を決めている。
空手の関東大会優勝者である蘭は、スポーツで米花大学の推薦を受けることも可能であったが、迷った末、通常の推薦入学で和佐田大学へ進学する事を選んだ。
空手はずっと続けて行く積りであるが、スポーツ推薦の場合、怪我や他の何らかの事情で空手を続けられなくなったら、どうしようもなくなるからだ。

通常の入試は受けないにしても、名門である和佐田大学の推薦を受けるには、帝丹高校の中でもかなり優秀な成績を収める必要があり、蘭は頑張ってその水準をクリアーし、無事、推薦合格を手中にしていた。


しかし、国立大が本命である新一は、私大の推薦を受ける訳には行かない。
優秀な頭脳を持つ新一は、東都大は余裕で合格と思われているけれど、人生、何があるのか分らないから、いかな新一といえども滑り止め受験は行うことにしていたし、滑り止めだからと手を抜くわけには行かなかった。


そして。
その日は、大雪だった。


関東の交通網は、雪に弱い。
バスはタイヤにチェーンをつけて何とか動いていたけれど、高速道路は一部通行止めになり、列車は一部運休路線もあり、大幅にダイヤが乱れていた。

新一は、何とかギリギリの時間に試験場に滑り込んだが、辿り着けていない受験生が多数いた為、結局、試験自体が、3時間ほど時間を繰り下げて開始となった。


とりあえず、試験は無事終えた。
おそらく、合格ラインは余裕で超えているだろう手応えはあった。
なので、そちらは無事クリアーしたといえるのだが。

問題は、帰路だった。


元治義塾大学の日吉キャンバスは、東京みなとみらい線日吉駅の、すぐ近くにある。
もっとも、殆ど吹雪いている状況では、目と鼻の先の駅に着くまででも、妙に時間がかかり、そのたった数分の間に、すっかり雪まみれになってしまった。

そして、ようやくたどり着いた駅で。

「列車の追突事故!?」

何と、列車同士の衝突事故が起こってしまい、幸い死者はいなかったものの、電車は全面ストップしてしまったのだった。

「何てこった……」

しかも悪い事に、道路は大渋滞で、バスはタイヤにチェーンをつけて動いているが、バスに乗っても一体いつ帰り着けるのか、不明という有り様。


通常であれば、近くのホテルに宿泊する方法を選んだだろう。

しかし、今日はバレンタインデーである。
しかも、蘭と恋人同士になって初めてのバレンタインデーである。
更に言うなら、昨年のバレンタインデーでは、新一に直接チョコレートを渡す術がないと、蘭に涙を流させる事になった、その1年後のリベンジをかけたバレンタインデーである。

今、蘭は、昨年のバレンタインデーの時、新一がコナンの姿で傍にいた事を知っているが。
手渡す事ができないと、泣いていた蘭の切なさが、消えてなくなってしまった訳ではない。

何としてでも、14日が終わる前に帰りつき、蘭から直接チョコレートを受け取らなければと、新一は考えた。


その時、ふと、新一の頭に閃いた事があった。


「待てよ。確か、阿笠博士は今日、隣の矢上キャンパス理工学部で、発明品の共同開発の打ち合わせをしていた筈……」

時計を見ると、もう夕刻。
急がなければ、博士も帰ってしまうと思い、新一は急いで理工学部キャンパスに向かった。

しかし、新一が試験を受けた日吉キャンバスと矢上キャンパスは、すぐ近くと言っても、途中長い坂道がある。
通常であれば特に問題とならないが、今日は大雪。
新一は、足を取られそうになりながら、長い坂道を降りて行った。



「おお!新一!」
「阿笠博士……良かった、無事会えて」

准教授との打ち合わせが終わりお茶を飲んでいる博士の元に辿り着いた新一は、肩で息をしていた。

「どうしてここに?」
「今日は、隣の日吉キャンパスで、元治義塾大法学部の入試を受けてたんだよ」
「おお!そうじゃったか」
「実は、東京みなとみらい線が列車事故で止まっちまって……」
「そうか。大雪の警報が出ておったから、ワシは泊まる予定にしておるんだが……新一も一緒に泊まってはどうじゃ?」
「そうも行かねえんだよ。オレは今日中に帰らねえと……」
「それは、困ったのう。ワシの車にチェーンはつけておるが、この天候の中帰るような無謀な事はできんぞい」
「そっか……仕方がねえ。武蔵小杉駅まで何とか歩くか。あそこなら、TRの線があるから、何とか……」

日吉駅から武蔵小杉駅まで、通常であれば徒歩でも、そう時間がかからずたどり着ける筈だが、今日は生憎の悪天候。
何時間もかかるかもしれないが、それしかないと、新一は決意を固めた。

「邪魔したな、博士」
「ちょっと待つのじゃ!新一君!」

立ち上がって歩き出そうとした新一は、博士の声に振り替える。

「今日、志保君が、ワシの車に、例のスケボー兼スノボを積み込んでいたんじゃ」
「!もしかして、オレがコナンだった頃に使ってた、あれか!?」
「志保君が、もしかしたら工藤君に必要になるかもしれないからと言っておったぞい」
「そ、そうか……それはありがたい!今回ばかりは、宮野に感謝しなきゃな」
「新一君……今回ばかりはという言い草はなかろう」

呆れ顔の阿笠博士だったが、車の所まで行き、新一にスケボー兼スノボを渡してくれた。

「サンキュー!博士、恩に着るぜ!宮野にもよろしくな!」

新一は、スケボーに乗り、スイッチを入れた。
雪の上を軽快に走り出す。

「待ってろ、蘭!すぐ帰るからな!」

阿笠博士は、少しばかり苦笑しながら、暖かい眼差しで、去って行く歳の離れた友人を見送っていた。



   ☆☆☆



「ああ。交通パトロールしようにも、この大渋滞じゃ、どうしようもないわね……」
「先輩。少し脇道の方に回ります?」
「そうしよっか。ああっ!?」

パトロール中の交通警官・宮本由美と三池苗子は、雪の積もった歩道の上を猛スピードで通り過ぎる、スノボに乗った人の姿を見た。


「ちょちょちょ!あのスノボ!スピード違反よ!追って!」
「先輩ぃぃ、この渋滞の中追うなんて、とても無理ですう!」
「うぬぬぬぬ!ちょこざいな!そもそも、スノボで公道を走るのは道交法違反!今度見つけたら、絶対しょっぴいてやるわ!」

幸か不幸か、吹雪で視界が悪い上に薄暗く、スノボが走り去るスピードが速かったため、顔が分からなかったのだが。
由美は、この次あのスノボ野郎に出会った時は絶対に逮捕してやると、固く心に誓ったのであった。



   ☆☆☆



一方、主不在の工藤邸では。
現在、この屋敷の住人である工藤新一の恋人・毛利蘭が、リビングにポツンと座り込んでいた。

テレビのニュースで、元治義塾大学の試験時間が3時間繰り下げられたことも、事故で東京みなとみらい線が止まってしまったことも、知っていた。
なので、新一が今日中に帰り着けないかもしれないと、状況は分かっていた。

きっと、新一は、蘭の元に帰る為に、最大限の努力をしてくれるだろう。
その結果、間に合わなかったのなら、それは仕方がない事だ。

ただ、蘭は、新一が無理して転倒して怪我をしないか、体を冷やして風邪をこじらせたりしないか、それが心配だった。


居ても立ってもいられなくなった蘭は、立ち上がった。
そして、玄関から外に出る。

すると、そこに、赤毛の茶髪の女性が立っていた。


「あら。蘭さん、こんな雪の中を、どこにお出かけ?」
「志保さん!」
「あなたは方向音痴なんだから、視界がきかないこんな夜に、闇雲にどこかに行こうとするのは、無謀だと思うわ」
「でも、新一が……!」
「工藤君が?」
「新一は絶対、何とか今日中に家に帰ろうとして、無理してると思うの!だから、わたし……」

そこまで言って蘭は言葉を途切れさせた。
志保が、珍しく、眼鏡をかけている事に気付いたからだ。

「それは、昔、新一が使っていた事がある、追跡眼鏡?」
「ええ。さっき、阿笠博士から連絡があってね。工藤君は、博士が作ったソーラーシステム蓄電池付のスノボに乗って、あちらを出発したそうよ」
「え……?」
「私はそのスノボに、発信機シールを貼り付けていたの。つい今しがた、毛利探偵事務所の前を通ったから、間もなく到着する筈よ」
「志保さん、ありがとう!」

蘭は、新一が来ているだろう道に向かって、走り出した。
志保は、その後ろ姿を追って、そっと独りごちた。

「私ももう、あなたの涙は見たくないのよ、蘭さん」



   ☆☆☆



蘭の傍を猛スピードで通り抜けたスノボは、Uターンして蘭の所に戻って来た。

「蘭!」
「新一!」

シッカリと抱き合う2人。
その熱で、周りの雪が溶けそうだった。


Fin.



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バレンタインデーには大幅遅刻ですみません。
大雪の中で思いついたお話です。


2014年2月16日脱稿
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