約束など無くても(新蘭夏祭り'06参加作品)



byドミ



わたしの名前は、毛利蘭。
邸丹高校に通う、高校2年生。
多分、平凡で平均的な、女子高生だって思う。
空手の腕にちょっとばかり覚えがあるのと、父と別居している母の代わりに家事一切を切り盛りしている所が、ちょっと変わっているかな?

父の毛利小五郎は探偵を、母の妃英理は弁護士をやっている。
父の探偵振りは、以前はパッとしなかったけど、このところ急速に頭角を現して、「眠りの小五郎」として全国的に有名な探偵になった。
母は、負け知らずの弁護士として、「法曹界のクイーン」の異名を取っている。
家庭的な能力はともかくも、探偵と弁護士としては超有能な、自慢の両親だ。
あ、母の苗字が違うのは、弁護士としての母が旧姓を使っているだけで、別に離婚した訳じゃないんだからね!


そんなわたしの想い人は、幼馴染で同級生の工藤新一。
新一は、わたしと違って、全然平凡じゃない。
高校生探偵として一躍有名になり、「日本警察の救世主」だの「平成のホームズ」だのと呼ばれる程の頭脳の持ち主。
サッカーの名手で、続けていれば国立のヒーロー間違いなしだったし、プロからも誘いが来た位の腕前で、運動神経は抜群。
残念ながら、探偵活動に専念する為に、サッカーは止めてしまったんだけどね。
それに新一は、いざというとき頼りになって勇気があって女性に優しく、オマケに、見た目もカッコいい。

わたしは、新一とは幼い頃からずっと仲良しだったんだけど、高校生になった春頃から、新一の事を異性として意識し、恋心を抱くようになった。
でも、わたしは。
今までの関係すら壊れてしまい、彼の傍に居られなくなるのが怖くて、以前と変わりない態度を続けていたの。

ずっと、そんな日々が続くと信じていたのに。
新一は、ある日突然、わたしの前から姿を消した。

電話とメールでの連絡はある。
新一がわたしを気にかけてくれている事は、分かる。
「幼馴染」として。


新一とわたしとは、ただの幼馴染。
わたしがどんなに新一の事を好きでも、新一はわたしの恋人ではない。
2人の間に、約束など何もなかった。


「いつか、死んでも絶対戻って来るから、待ってて欲しい」

コナン君を通じて、伝えられたあなたの言葉。
でもそれって、約束じゃないよね?
一方的に伝えられた言葉は、約束とは言えないよね?

それに、いつか絶対戻って来るって言っても、それは・・・幼馴染としての言葉、なんだよね・・・。
期待しちゃ、いけないんだよね。



   ☆☆☆



「蘭姉ちゃん、どうしたの?」

わたしは、部活と家事の疲れもあって、探偵事務所のソファーで、ついうとうととしていたらしい。
気がついたら、ブランケットがかけられていて、眼鏡の男の子が心配そうに覗き込んでいた。

「ああ、コナン君、何でもないよ・・・」
「顔色悪いよ、今日はもう、休んだら?こんなとこで寝てたら、風邪引いちゃうよ」

この眼鏡の男の子・江戸川コナン君は、居なくなった新一と入れ替わるようにして、我が家にやって来た、小学校1年生の男の子。

わたしって駄目ね。
こんな小さな子に、心配ばかりかけているんだもん、もっとしっかりしなきゃ。

新一の遠い親戚だというコナン君は、新一の幼い頃に似ている。
でも、今うとうとした夢の中で会った、幼い頃の新一は、コナン君とは結構違っていたなあ。
本質的には優しいんだけど、悪ガキだし、カッコつけだし、生意気だし。

きっとコナン君は、他所の家に預けられているから、色々と遠慮もあって、新一の幼い頃と違って大人しいんだろうと思う。


「コナン君、本当に、大丈夫だから。今、美味しいご飯を作るからね」
「う、うん・・・」

私はエプロンを着けてご飯を作り始めた。
野菜を刻みながら、涙が零れ落ちる。

どうしてわたし、こんなにも弱いの?
別に、何があった訳でもないのに、時々胸が締め付けられるように痛む。


ついさっき、うとうとしていた時に見た夢は。
まだ幼い頃、わたしと新一がコナン君と同じ年頃だった頃の夢。


『新一ぃ、こんな危ない事したら、また、お母さんに怒られちゃうよ』
『大丈夫だって、蘭はそこで見てな、オレが取ってきてやっからよ』

わたしが、ちょっとした崖の途中に咲いている、オレンジ色の百合の花を綺麗だって思って見ていたら。
新一が、崖によじ登ってその花を取りに行った。
わたしは、新一が落ちたり大怪我したりしたらどうしようって、生きた心地がしなかった。

そして、すり傷だらけの新一は、得意そうにわたしにそれをくれた。

「新一、ありがとう!嬉しい!」

あの頃は、わたしも素直だった。
新一は、照れくさそうな笑顔を見せてくれた。


でも。
わたしがその百合の花を家に持って帰ったら。

「蘭!?これ、そこら辺に咲いてるものじゃないでしょ?どうやって手に入れたの!?」

お母さんは、最初どこかの庭から取って来たんじゃないかって心配したらしく、しつこく追求されて。
結局、他所の庭の花を盗んだんじゃないって説明する為に、新一が崖によじ登って取ったのがばれてしまい、新一はお母さんにしこたま怒られちゃった。

「もう!服に百合の花粉がついちゃってるじゃないの!これ、洗ってもなかなか落ちないのよ!まったくもう、新一君と一緒に遊ぶと、ロクな事がないんだから!」

あの頃のわたしは、大好きな新一と遊ぶと、お母さんの機嫌が悪くなるのが、悲しくて仕方がなかった。
今にして思えばお母さんのあの態度も、女の子であるわたしが、危ない目に遭ったりしないか、傷がついたりしないかと、とても心配だったのだと分かるけれど。

わたしの為に花を取ってくれた新一が、お母さんに怒られてしまったのが辛かった。


「新一ぃ、ひっく、ごめんね」
「泣くな!」

新一に強い声で言われて、わたしは余計に涙が出て来た。

「あ、だからその・・・オメーを泣かせたかったんじゃねえから・・・」

困ったように、おろおろしながら新一が言った。
今になれば、あの時の幼い新一の優しさと心遣いが、わかる。
でも、わたしも子供で、それがわからなかった。


考えてみたら、いつもいつも、新一は優しかった。
ぶっきら棒で意地悪で・・・だけど、本当は優しかった。
いつもわたしの傍にいて、いつもさり気なく、わたしに気を配ってくれていた。

わたしが、高校1年の春、旅先のニューヨークで、新一相手に恋に落ちたのも。
その新一の優しさに気付いたからだった。


「あっ・・・!」

涙で視界がぶれた所為でか、注意力散漫だった所為か。
左の人差し指の先が熱くなったと思うと、流しに赤い色が流れ落ちた。
あの時、新一が取ってくれた花のような赤さ。

ホンの僅かだけど、指先から血が滴ったのだ。
包丁の先で切ったものらしい。


「蘭姉ちゃん!」

コナン君が、絆創膏を手に飛んで来た。

「大丈夫?」
「うん。ごめんね、ドジっちゃった」
「・・・何が、あったの?」
「何もないよ。夢を、見ただけで」
「夢?」
「昔、新一とわたしがね。コナン君と同じ年頃だった頃の夢」
「・・・蘭姉ちゃん?」
「あの頃に、帰りたいって言うんじゃないの。でも、今になって、分かった事もあるから・・・その頃のわたしに分からなかったのが、悔しかっただけ」

コナン君は、わたしの指の血を拭い、丁寧に絆創膏を貼った。
わたしは、この子の優しさに時々甘えてしまっている。

新一が居た時は、新一にいつも甘えてしまっていたと、思う。
新一がさり気なくくれる優しさに、ずっと気付かない振りをして。

新一に、会いたいよ。
今だったら、きっと素直に、感謝の気持ちを伝えるのに。
この気持ちを、伝えるのに。


「わたしが、崖の途中に咲いている花を綺麗だって言って見てたら、新一が崖によじ登って取ってくれたの」

コナン君は、首をかしげてわたしの話を聞いていた。
とても聡い子だけど、わたしの独白のような話が、どの位理解出来るのだろう?
それでもわたしは、誰かに聞いて欲しくて、つい、小さなコナン君に甘えてしまう。

「夕陽が真っ赤に射す中で、その花も、濃いオレンジ色でとても綺麗で。新一は、擦り傷だらけになりながら、その花を取ってくれて。でもね、お母さんに、崖によじ登った事ばれちゃって、すごく怒られて。おまけに、そのお花は二日で萎れちゃったから、わたし、ワンワン泣いて。
そしたらね、新一、学校の裏庭の花壇にその萎れた花を埋めて、お花のお墓だって言って・・・多分、あれは慰めてくれてたんだね」

コナン君は、真っ直ぐわたしを見て、その後ちょっと俯いた。

「きっと、新一兄ちゃんはね。蘭姉ちゃんの、笑った顔が見たかったんだと思うよ」
「・・・コナン君、どうしてそう思うの?」
「だって、ボクだって・・・好きな子が泣いてるより、笑ってる方が嬉しいもん」

コナン君が、多分、わたしを慰め力づけようとして言ってくれる言葉が、嬉しいけれど、苦しい。
だって、新一がわたしの事を、そういう意味で好きな筈ないって、思ってしまうんだもの。

そう言えば、コナン君には好きな子が居るんだっけ。
コナン君の携帯には、好きな子からのメールが入ってるって言ってたものね。
じゃあ、相手は哀ちゃんか歩美ちゃんなのかな?

「もう!おませさんねえ。でも、新一は別にわたしの事なんか・・・」

自分で言って惨めになって、涙が滲みそうになるのを慌てて堪えた。

「蘭姉ちゃん!新一兄ちゃんは、きっと・・・!」

コナン君がわたしを真っ直ぐ見上げ、必死な様子で言いかけて、途中で言葉を止めた。
そして、再び俯く。
コナン君も、子供心に分かっているのだろう。
気休めなど、何にもならないんだって。

わたしは、そっとコナン君の頭を撫でた。

「蘭姉ちゃん?」
「大丈夫よ、コナン君。ちょっとね、辛い事も落ち込む事もあるけれど。でも、嬉しい事も幸せな事も、沢山あるんだから」


幼い新一が取ってくれた鮮やかなオレンジ色の百合の事を思い出すと、切ない思いも込み上げるけれど、幸せな気持ちも込み上げてくる。

いつもいつもいつも、新一はわたしに沢山のものをくれていた。
たとえそれが、ただの幼馴染に向けられたものであったとしても、新一がわたしと同じ気持ちでなかったとしても、2人の間に約束など何もなくても。
時々寂しかったり切なかったり、悲しかったりしたとしても。
新一に巡り会えた事が、新一を愛した事が、わたしの幸せなのだと、思う。


   ☆☆☆


そして。
何故かわたしが涙したり辛かったりした夜には、必ず。

『よ。蘭、元気か?』

新一から連絡が入るのだ。
新一のしっとりと深い声が、耳に心地良くて。
それだけで、涙が出そうになるのを、堪えようとしてわたしは声を荒げる。

「元気かじゃないわよ、もう!クラスのみんなも、新一の事、心配してるよ!どんなに大変な事件か知らないけど、こんなに長い間解決出来ないなんて、平成のホームズが聞いて呆れるわよ!」

あ。わたし、可愛くないなあ。
どうして、素直に「わたしが心配している」「わたしが新一に会いたい」って、言葉に出来ないんだろう。

電話の向こうで、新一が苦笑する気配が伝わってくる。

『それだけ怒鳴れるんだったら、元気だな。安心した』
「何よ。心配してくれてた訳?」
『ああ。蘭がまた、オレの事心配して泣いてんじゃねえかって思ってよ』
「な、な・・・っ!誰があんたの事なんか!」

我ながら、素直じゃないなあと思いながら、つい強い口調で言ってしまう。
新一の声を聞いたら、嬉しくて、安心して、そして甘えてしまう。

新一が、時々わたしに電話をしてくるという事は、たとえ幼馴染としてでも、新一がわたしの事を気にかけてくれているんだって、思っててもいいの?


   ☆☆☆


翌日。


わたしが学校から帰って来て、夕飯の支度をしている時に。

「宅配便で〜す」

突然届いたものがあり、コナン君が受け取りに出た。

「蘭姉ちゃん!お花だよ!」

コナン君が抱えて持って来たものは、オレンジ色のすかし百合の鉢植えで、差出人は新一だった。

「綺麗・・・」
「もしかして、新一兄ちゃんが昔取ってくれたお花って、これと同じなの?」
「うん。全く同じかは分からないけど、こんな色と形の百合の花だったわ」
「じゃあ、新一兄ちゃんも、その時の事覚えてて、贈ってくれたんじゃない?」
「そうかもね。そうだったら、いいわね」

これって一体、何なのだろう?
疑問に思いながらも、嬉しくて。
すごく嬉しくて、わたしは日当たりの良い窓辺に鉢植えを置いた。

それと同時にメール着信があり、見てみると新一からだった。

『そろそろ、そっちに届いただろうか?昨日、花屋の前を通りかかった時、子供の頃の事を思い出した。今度は萎れないように、鉢植えにする』

わたしが思い出したのと同じ時に、新一も、あの時の事を思い出してくれたの?
そして、お花を贈って来てくれたの?
何だかすごく嬉しくて、顔がほころんでしまう。

2人の間に何の約束もなくても、新一がわたしの事を(幼馴染としてでも)大切に思ってくれているんだって伝わって来る、こんな時。
わたしは、とてもとても幸せになれる。

わたし、新一が帰って来るのを待ってるからね。
それは、2人の「約束」なんかじゃなくて。
わたしが新一の事を待っていたいから、勝手に待つの。




***   ***   ***   ***




「・・・さん。こんなとこに寝てたら、風邪引くよ」
「コナン君?」
「んもう!違うよ、お母さん、寝ぼけてる?」
「え?百合?」


私は慌てて、うたた寝してしまっていたソファーから起き上がって、頭を振った。

うたた寝している間に、昔の夢を見たようだ。
私の目の前にいるのは、今年小学校に上がったばかりの、ひとり娘の百合。
新一が私の目の前から姿を消していたあの頃から、既に10年の歳月が流れている。

「お母さん?大丈夫?」
「大丈夫よ。ちょっとね・・・昔の、百合が生まれるより前の、夢を見ていただけ」

私は微笑んで、そっと愛しい娘を抱き締めた。

「お母さん、夢って、悲しかったの?」
「ううん、悲しい夢なんかじゃないよ、どうして?」
「だって、目が覚めた時、ちょっと悲しそうな顔、したもん・・・」

私は娘を安心させようと、そっとその頭を撫でる。

「ううん、違うのよ。悲しかったんじゃないの。目が覚めて、夢だったって事に、ちょっとビックリしちゃって・・・それだけ」


私は今、愛する人と結ばれて、こうして娘を授かって、とてもとても幸せだし。
あの頃も、色々あっても、とても幸せだったんだけど。

あの頃の私には分かっていなかった事とか、コナン君とはもう2度と会えない事とか、そういう事を考えたら、少し切なくなってしまったのだ。
そういった事を、私は幼い百合に、言葉ではうまく説明出来なかった。
いつかこの子がもう少し成長したら、色々な昔話をしてあげたいと思うけれど。

もう一度、娘の百合を安心させようと頭を撫でると、携帯のメール着信音が鳴った。
夫からのメールだった。

『事件は片付いた。今から戻る』

私がメールを読み終わるとほぼ同時に、玄関のチャイムが鳴った。
まったく、どうせなら仕事が片付いた時点でメールくれれば良いのに。
こうやって、帰り着こうかという時点でメールを寄越す辺りが、あの人らしいのよね。

「あ、お父さんだ!」

百合がはしゃいで玄関に迎えに行く。
私はゆっくりその後について行った。


「お父さん、お帰りなさい!」
「ただいま、百合」

飛びついてくる娘を抱き上げて、夫は私と向かい合った。

「お帰りなさい・・・新一」
「ただいま、蘭」

百合を抱き上げたまま、今は私の夫で百合の父親である新一は、私にただいまの軽いキスを送った。

「あ、そうだ。お土産」

新一がそう言って差し出したのは、鹿の子百合の鉢植えである。

「ええ?新一、お土産は嬉しいけど、このお屋敷、花だらけになっちゃうわよ?」
「いいさ、花がいっぱいってのは、悪い事じゃねえだろ?」


新一が10年前贈ってくれた透かし百合は、その後毎年花をつけた。
19歳の時に私は新一に嫁いだが、その時、百合は工藤邸の庭に植えられた。

そして、20歳の時生まれた娘には、新一が「百合」と名付け、私にも異存はなかった。

新一は結婚後、しばしば蘭や百合の鉢植えをお土産に買って帰って来た。
その後は私が、鉢植えのまま管理したり地植えしたりして面倒を見ている。
その殆どが毎年花をつける為、今や工藤邸は、お花畑と化している。

有希子お義母様にも喜んでいただいたし、私としてもこのお花畑状態が嫌な訳では決してない。

10年前には子供達の間でオバケ屋敷と呼ばれていた工藤邸、屋敷の古めかしさは更に進行中なんだけど、お花畑になる事で随分イメージが変わった。
最近の工藤邸は、半分公園代わりのようになって、近所の子供達の憩いの場にもなっているのだ。

新一は、今は「職業として」探偵をしており、工藤邸の1階を改造して事務所として使っている。(と言っても、新一は現場に出かける事が多い為、事務所に座っている事は少なく、事実上私が事務員として接客に当たる事が多い)
お客様は、この花畑の中を通って来る。
探偵を訪ねて来ようという人の多くは、思い詰めていたりしている場合が多いものだが、花で心和むと評判らしく、それは嬉しい誤算だった。

そして私は、決して口に出して言う事はないのだが。
このお花畑の沢山の花は全て、ひとつひとつが、新一の気遣いと優しさの証だから。
私は、この花達を見ていると、とても幸せで優しい気持ちになれるのだ。


リビングで、お茶の準備をしていると、新一がお風呂から上がってきた。

「百合は、もう寝たのか?」
「ええ。大好きなお父さんにお帰りなさいをしたくて、頑張って起きてたんだもの」
「そうか。・・・思いの外手間取っちまった。遅くなってごめんな」

私は笑って首を横に振る。

「今は、新一が必ずここに帰って来るんだって、分かっているから。大丈夫」
「蘭・・・」

新一が強く私を抱き締めた。

「ぜってー、オメーや百合を置いて、どっかに行っちまう事はねえから。約束する」
「うん・・・」

新一の中で、10年前の事は余程の負い目になっているものらしい。
帰って来た後の新一は、折に触れて、誓いの言葉や約束の言葉をくれるようになった。

新一が私を抱えあげて、2人の寝室へと連れて行く。
この先は2人だけの、身も心も熱く蕩ける秘められた幸せな時間。



あの頃の新一は、私に約束をくれる事はなかった。
私をどう思っているのかという気持ちを現す言葉も、くれなかった。
新一が置かれていた状況があまりにも厳しくて、迂闊な約束も出来なかったんだって、分かったのはずっと後の事だ。

今になって分かる事が色々ある。
7歳の新一の気遣いが、17歳にして分かったように、17歳の新一の気遣いが、27歳になった今は、分かる。
こうやって、後から分かる新一の気遣いが、きっとこれからも沢山あるのだろう。


あの頃の私達に、約束などなくても。
私は新一から、沢山の愛と優しさを貰っていたのだった。



Fin.



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