優しい嘘・優しい秘密



byドミ



新一と蘭の間で、将来の約束をしたのは、付き合い始めて間もない、まだ高校生の頃だった。
まだ若い2人だが、生涯、お互いが一番大切に間違いないと確信を持っていた。

そして、高校を卒業したばかりの時に、新一は小五郎と英理のところに挨拶に来た。

「お嬢さんと結婚させてください」
と。



小五郎は、けんもほろろに「帰れ」と言った。
新一と蘭にとって、それは想定内のこと。
最初からいい顔はされないだろうと、思っていた。

成人年齢が18歳に引き下げられ、高校を卒業して既に18歳となっている2人は、親の同意がなくても結婚はできる。
できる事なら、「親の反対を押し切って結婚」という風には、したくない。

けれど、いつまでも親の許しが得られなかったら、その時は。
20歳を区切りと、2人は考えていた。

まあ、さすがに、1年もかければお許しもあるだろうと、楽観的に考えてはいたのだが。


「あなた。どうして許してあげないの?」

新一が去った後、英理が小五郎に問うた。
英理は今現在、別宅を完全に引き払ってはいないが、週の半分くらいは毛利邸にいる。

「ふん。まだ未成年の学生じゃねーか」
「私達も学生結婚だったじゃない。それに、今、未成年の年齢は引き下がったから……」
「ふん。オメーの親父さんだって、いきなり最初からうんとは言わなかっただろうが!」
「まあ、そうねえ。あの頃の小五郎は、今の新一君より頼りなかったからねえ」

英理の辛辣な言葉に、小五郎のこめかみがピクピクとなった。

「うっせー!そういう英理はどうなんだよ!?新一の野郎とのことは、反対だったんじゃねえのか!?」
「あら。まあ、蘭に『探偵にろくなのはいない』と言ったのは確かだけどね。でも、あの子は、いずれ蘭を攫っていく存在になるだろうって、思ってたわ」
「え!?そうなの、お母さん?」

英理の言葉に驚いたのは、蘭だった。
英理は小五郎ほどではないにしても、何となく新一との交際を反対しているような雰囲気を感じ取っていたからだ。

「だって、新一君は、出会って間もないときから、蘭を守ってくれたじゃないの。そこまでの男って、なかなか見つかるものじゃないわ。だから……親の感傷だけで結婚に反対し続けたら、蘭の結婚相手は、ろくでもない男しか残っていないってことになりかねないわよね」
「お母さん、保育園での出来事、知ってたの?」
「ええ、もちろんよ」
「ああ……あのことか……」

小五郎が、少し考え込む仕草をした。

「あの保育士の毒牙から蘭を守ったのは工藤先生がメインだったが、あの時確かあのガキが……」
「えっ!?保育士の毒牙って、何よそれ!?」
「あなた?何かの勘違いじゃないの?」
「は!?お前ら、新一の野郎が蘭を守ったって……」

3人が、どうやらお互い考えていることがずれていたらしいと分かり、顔を見合わせる。

「新一が……自分の名札を隠して、わたしに……紙の名札をもらって……いじめっ子から庇ってくれたのよ……」
「ええ。わたしも、その話は聞いたわ。小五郎、あなたが踏んで壊した名札の代わりに、私が紙で作ってあげたんだけど、ガキ大将の子たちが『ひとりだけ違う名札』ってからかったのを、新一君が……」
「え?あ……そ、そっか……そうだったのか……」

小五郎の目が泳ぐ。

「お父さん。どういうことなのか、教えて」
「あ、いや、それはその……」

誤魔化しを許さないという蘭の眼差しに、小五郎はついに観念し、語りだした。
江舟という、子どもたちから慕われていた保育士が、蘭を自分の娘にしようとして、誘拐計画を立てていたこと。
そして、その保育園に入った新一が、江舟のおかしさに気付き、工藤の両親に訴え、その訴えを聞いて工藤優作が動き、蘭が守られたこと……。

「何で!?何で、そのこと、教えてくれなかったの!?」
「そうよ!何で私にまで内緒にしていたの!?」
「それは……子ども達にショックを与えないようにだな……」


蘭は、立ち上がると、玄関まで行った。
そして靴を履いて飛び出していく。

「ちょっと蘭!?どこに行くの!?」
「止めるな。おおかた、新一の野郎のとこだろうよ。別に危険なことはない」
「あなた?」
「ああ。そうだなあ。俺も忘れていた。蘭は腕っぷしは強いが、今まで何度も危ねー目に遭っている……そのたびに、蘭を守って来たのは、あいつだ……」
「あなた……」


英理は、目を見開いて小五郎を見ていたが、やがて笑顔になる。

「けど、1回では許さん!」
「あなた?」
「シャクだろうが!……あ、い、いや。こういうことは、すんなり行くより、少しは障害があった方が、上手く行くものなんだ……」
「まあ……1か月位したら、許してやれば?」



   ☆☆☆



家に帰って、コーヒーを淹れて飲んでいた新一は、玄関ドアを派手に開ける音に驚いていた。
蘭に合鍵を渡しているので、入って来た相手は想像がついていたが。

「新一ぃ!」
「ら、蘭!?」

飛び込んできた蘭が、目にいっぱい涙を溜めているのを見て、新一はオタオタしていた。
蘭は真っ直ぐに新一に飛びついてくる。
新一は、そっと蘭を抱き締めた。

「何だ?どうしたんだ?まさかオッチャン達と喧嘩して来たのか?」
「……」

蘭は、ばっと顔をあげる。
その目に涙はあるが、何となく怒っているような表情で、新一は更にオタオタした。
蘭はまた、顔を伏せ、新一の胸に顔を押し付けた。

「お、オレが……何かしたのか?」
「新一。どうして教えてくれなかったの!?江舟先生のこと……!」
「江舟……あ、ああ。保育園の……。って、江舟先生のことって……」
「先生が突然辞めたのは、わたしを攫おうとしたからだったって……!」
「……おっちゃんに、聞いちまったのか……」
「どうして?何で、教えてくれなかったの!?」
「だってオメー……江舟先生のこと、好きだっただろう?」
「そうだけど!」
「……墓場まで持っていく筈だったのに……」

新一は大きく溜息をついた。

「新一?」
「蘭が……みんなが慕っていた江舟が、蘭を攫って自分の娘にしようとしてたとか、蘭を手懐けるために他の子からイジメられるように仕向けていたとか……そんなこと、知らねえ方が良いと思ったんだよ……」
「でも!」
「オメーを傷つけたくなかった。守りたかったんだ……」

蘭は、思い出していた。
新一が、ずっと江舟に突っかかっていたのに、江舟が辞めたと聞いた後、泣くのを我慢していた蘭に江舟の悪口を一言も言わなかったことを。

新一は出会った時からいつも、蘭を守ってくれていた。
けれど、自分が「陰で蘭のために何かをやった」ことについては、決して口に出すことはなかった。

サクラのバッジの件も、そうだった。
小学1年の七夕の日、英理のマンションまで級友と一緒に行って蘭の短冊を見せたことも、新一は蘭に何も言わず、中学生になった蘭が英理から聞いたのだった。

(新一はずっとずっと……わたしの「心」も含めて、守ってくれていた……。)

どうして、気付かなかったのだろうと、蘭は思う。
新一はずっとずっと、蘭に愛を注ぎ続けてくれていたというのに。

「新一」
「うん?」
「新一って、嘘つきだし、秘密主義だし」
「っ!そ、それは……!」
「でもそれは……」

蘭が顔をあげる。

「普通、嘘とか、秘密とか、自分を守るためのものだけど。新一のは、違う」
「は?」
「新一のは……相手を守るための優しい嘘なんだね……」
「蘭?」
「でももう、わたしは、あの頃のような小さな子どもじゃない。もうわたしに、優しい嘘は、つかないで……」
「蘭……わかった……」

そう言いながら、多分新一は、この先も優しい嘘と優しい秘密を重ねて行くのだろうなと、蘭は思う。
そして新一は、それを墓場まで持っていける強さを持っている。
蘭とて、洗いざらい全て話して欲しいと思っている訳ではない。
ただ、新一にだけ重荷を背負わせてきたのが、申し訳なく思うのだ。

「新一……大好き……」
「オレも、好きだよ、蘭……」

蘭は、自分の気持ちの方が大きいと、どこかで思っていたが。
新一の愛の深さは、蘭の比じゃなかったと、気付いたのだった。

新一が蘭の顔を覗き込んで、言った。

「蘭だったら、どんな顔も好きだけどさ。できれば笑って欲しいな」
「もう!」

蘭は泣き笑いのような表情になる。
そしてゆっくり2人の顔が近づき、唇が重なった。



   ☆☆☆



家に帰った蘭は、小五郎の向かい側に腰かけ、言った。

「お父さん。わたし、新一のお嫁さんになる」
「おいおいおい。まだ俺は許しちゃねえぞ」
「お父さんが許してくれなくても、もう決めてるけど」
「蘭!」
「でも、できれば、許して欲しい」
「お前なあ……!」

蘭は、畳の上に手をついて頭を下げた。

「もし、わたしが新一と出会わなかったら……新一があの保育園に来なかったら……わたしは……お父さんたちのところに帰って来られなくなったかもしれない……」

小五郎と英理が息を呑む。
そうだ。
新一だけが、江舟のおかしさに気付いたのだ。
新一の父親が、4歳の息子の言葉を子どもの言うこととバカにせず真剣に向き合い、推理能力のある工藤優作だったことも、幸運だった。

新一との出会いがなかったら、もしかしたら、今、蘭はここにいなかったかもしれない。
小五郎も英理も、今更のようにそれに気付いて戦慄した。

「蘭。顔上げろ」
「でも、お父さん……」
「俺だってわーってるよ。子どもはいつか巣立つ。そして、新一の野郎が、イイ奴だってことも……他の男よりずっとマシだってことも……」
「お父さん?」
「けどまあ。親が最初少し反対するのは、まあ儀式みてえなもんだ。とんとん拍子に行き過ぎるより、ちったあ障害があった方が良いってことだよ」
「はあ?」
「親が反対したくれえで簡単に諦められてもらっても困る。まあ……1か月位は待ってな」
「お父さん!」

蘭が満面の笑顔になった。

「勘違いするな!まだ、許してねえからな。まだ!」
「うん。1か月だね!」

英理が笑いを堪えていた。
英理と蘭の様子を見ながら、小五郎は、1か月じゃなく半年とかにしておけば良かったと、ちょっとだけ、後悔していた。



Fin.



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<後書き>


新蘭ですが。
新蘭ですがーーー。

新一君の出番少ないし。
ラブラブは殆どないし。

内容はないよーなお話だし。


まあ、なんですな。
出会いの時から新一君は蘭ちゃんを守っていたんだけど、それを蘭ちゃんが知らないってのが何だか不憫で、こんなお話を書いちゃいましたけど。

多分、原作では、江舟保育士のことは生涯、蘭ちゃんに知らされることはないだろうと、思いますです。


2017年10月21日脱稿
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