これからも、よろしく
〜快青プロポーズアンソロジー参加作品〜



Byドミ



私の名前は桃井恵子。
江古田高校の三年生になったばかり。

今日の始業式でクラス分けが発表され、親友の中森青子とまた同じクラスになって喜び合った。
青子の幼馴染で腐れ縁(と本人たちは言い張る)の黒羽快斗君も、同じクラスだ。
お互いに憎からず思っているのは間違いないと思うのに、二人はいまだ付き合っていない。

「ねえ、青子。私たち、高校三年だよね。高校卒業したら、今までのような関係では居られないんだよ。快斗君とも」
「なっ!?だ、だからっ!ば快斗はただの幼馴染で!」
「幼馴染だけの関係って普通、高校卒業したら、疎遠になってしまうんじゃない?」

青子は、目を白黒させて黙り込んだ。
そこまで考えたことはなかったみたい。

余計なお節介だとは思うけど、青子にはずっと、快斗君と一緒にいて欲しいなって思ってる。
でもそのためには、高校卒業する前に引っ付かないとと、私は思っていた。

けれど、「高校三年生の間に二人が正式に引っ付けば」と思っていた私のささやかな目論見は、新学期早々打ち砕かれた。



「あー。二年間江古田高校で皆と共に学んできた黒羽君だが。このたび、江古田高校を辞めることになった」

教壇に立った私達の新しい担任の先生が、快斗君を隣に立たせて、そう言った。
教室内がざわめく。
思わず青子の方を見ると、青子は真っ青になっていて……何も聞かされていなかったんだと分かる。

「黒羽君は、このたび家族ぐるみでアメリカに移転されることとなった。高校もあちらに転入するそうだ」

私は横にいる青子を突っついて、小声で言った。

「青子。快斗君がアメリカに行っちゃう前に、告っちゃいなよ!」
「……できないよ、そんなこと。だって快斗は……青子、重い勘違い女に、なりたくない!」

青子は泣きそうな顔して絞り出すような声で言った。

快斗君は平気そうな顔をしている。
二人は両片思いだと思ってた私が、勘違いだったの?

そうこうしている内に、始業式は終わり。

「じゃあ。青子、またなっ!」

ただそれだけの言葉を青子に残して、彼は去って行った。



   ☆☆☆



それからの青子は、ずっと変わらない様子で過ごしていた。

その笑顔の裏に無理が隠れていることは、私には分かったけれど。

青子のもとには時々、連絡だけはあるらしい。
素っ気ない短いメールが、時々来ているらしい。

でも、それだけで。
電話も殆ど掛かってこないようだ。

クラスメートたちと笑顔でお喋りしている青子が、痛々しい。
痛々しいと思っているのは、私だけじゃなく、青子が妙に明るい笑顔なのに、周りの方がどんよりした顔をしていた。

そして、日々は過ぎる。
あっという間に夏休みを迎え。
受験生の夏休みは、あっという間にほぼ勉強だけで過ぎて行った。

夏休み最後の日。
青子と私は、一緒に夏期講習に行っていた。
成績が良くて余裕の筈の青子も、ずっと勉強に打ち込んでいる。
多分、何も考えなくて良いように、だと思う。

帰りに二人でカフェに寄った。
青子は甘いもの大好きで、特大パフェを頼んでいた。
なのに青子は、途中でスプーンを止めてしまった。
その瞳が揺らぐ。

「アイス……快斗が好きだったなあ……」

久しぶりに、今まで避けていたその名前が、突然青子の口から飛び出し、私は一瞬むせそうになった。

「快斗はアイスのように冷たいって言ったら、快斗は……でもアイスクリームは甘いんだぜって、言ったの……」

その寂しそうな顔に、私はたまらなくなる。
そして、今まで飲み込んできた言葉を、吐き出していた。

「青子!快斗君って本当に冷たいよ!忘れちゃいなよ、あんな男のことなんか!青子にはもっと良い人が絶対いるよ!」

何をどう言っても、青子は快斗君が好きなんだから、私の言葉が青子に届くことなんてないだろう。
でも、言わずにいられなかった。

「恵子……違うの……違うのよ。実は、冷たいのは、青子の方なの……」
「えっ?だ、だって……!」
「快斗は、快斗はねえ……春休みになる前に、青子に……告白してきたの……」

私は飛び上がって驚いた。
じゃあ、振ったのは青子の方だったのかと一瞬思ってしまった。

「え?ええっ!?こ、告白!?彼、青子のこと、好きだって言ったの!?」
「え?ああ、違う違う。告白って、そっちの告白じゃなくって……」

青子が泣き笑いのような表情になった。

「ごめんね。肝心のところは、秘密で、たとえ恵子にだって言えないんだけど……快斗のお父さんは、偉大なマジシャンの黒羽盗一さんは、快斗が幼い頃、事故で亡くなった。でも実は、とある組織に殺されてたってことを、快斗は去年知ったの……。で、快斗は、お父さんの仇を討とうと決意したの。でも実は、快斗のお父さんは殺されたふりして外国に逃げてたってことが、後で分かったんだけど……それで快斗は、お父さんと一緒に、その組織を潰そうとしてるんだって」

何だか途方もないお話過ぎて、全然、現実感が湧かない。

「青子は、どうしたらいいのか、分からない。だって青子は……警察官の娘で……犯罪を許すことなんて、できない。快斗がやろうとしていることは、犯罪だもの!でも青子には……快斗を憎むことも嫌いになることも、できない!だって……お父さんが亡くなったと思って、快斗とおばさまが何年も、どんなに辛い思いをしてきたのか、ずっと見てきたんだもの!」

青子の目から涙が転がり落ちる。
青子の真剣な思いに、心打たれた。

青子は本当に本当に、快斗君のことが好きなんだ。
こんなに苦しむほどに。
自分の筋を通すことと天秤にかけることもできない位に。

「快斗は、言ったの。快斗を許せないと思うのなら、着信拒否にしてくれって。もし快斗を許してくれるのなら、その時は……そう返事をしてくれって……でも、でも青子は、どっちもできないでいるの。どうしたらいいか、分からないの……!」

そう言って青子は、目を伏せ、肩を震わせる。
青子の前にある特大パフェは、もうだいぶ溶けて崩れてしまっている。

「青子。本当に分からないの?本当に、どっちにも決められないの?」

私の言葉に、青子は顔を上げた。

「青子は、もうとっくに決めてる筈よ。青子が快斗君の全てを受け入れても、今度は逆に快斗君から拒絶されるのが、青子は怖いんじゃないの?」

青子は目を見開いて黙っていたけど、やがて、かすかに頷いた。

「恵子の言うとおりだと思う。青子の心はもう、決まってる。でも、怖い。快斗の出す答えが、怖いの……」
「青子。大丈夫。きっと、大丈夫よ」

私はテーブルの上で青子の手を握った。

快斗君が青子を拒絶することなんて、ないと思う。
それくらいなら快斗君は青子に秘密を打ち明けたりしないだろう。

今までの色々なことを考え合わせたら、快斗君の秘密が何なのか、見当がついたような気もするけど、言わぬが花だと思って黙っていた。
青子は、携帯を取り出すと、短い文を打ち、震える指で送信ボタンを押した。
そして大きく息をつく。

「恵子。ありがとう」

青子がようやく、心からの笑顔を見せた。



   ☆☆☆



そして夏休みは終わり、迎えた9月。

今年はちょうど満月の日が、青子の誕生日だった。
青子の誕生日当日、放課後の教室に突然現れた快斗君の姿に、教室はざわめいた。
私は何となく、そんな予感がしていたので、あまり驚かなかったけれど。

「か、快斗……」

戸惑ったような青子の声。
快斗君は、青子の前にツカツカと歩み寄ると、手を差し出した。

「青子。行こう」
「い、行こうって……どこに?」
「アメリカに」

教室が一瞬しんとなった後、どよめいた。

快斗君の言葉、究極の告白じゃない?
私は思わず歓声を上げた後、隣の女子と手を取り合って、固唾をのんで見守っていた。

「アメリカぁ!?何しに?」
「や、な、何しにって、その……」

快斗君は、差し出した手を所在無げに下ろす。
教室中がワクワクドキドキで成り行きを見守ってるってのに、青子ってば、この鈍感娘!

「お、オレの宝石箱に、収まってくれねえかと……」
「はぁ?宝石箱ぉ?高校生の分際で、何言ってんのよ!?大体、その宝石箱、宝石が沢山、入ってるでしょ!?」
「は?や、その、他には何も入ってないって!」
「まあ……そりゃそうか。宝石は全部返したんだし」

その時の、快斗君の冷や汗タラタラ(というよりダラダラ)の顔が見物だった。
多分……他のクラスメートたちは、快斗君が女好きだから青子がそう言ったんだと思ってるだろうけど……私にだけは、青子の大いなる勘違いが分かってしまった。
青子は比喩でなく、怪盗キ……ゴホン!彼が今まで盗んだ宝石のことを言ってるんだよね。
でも……本当の宝石箱なら、青子が親指姫にでもならない限り、入るワケないでしょうに。

青子のあまりの鈍感さに、私は頭痛がしてきた。
必死で一世一代の告白をしているのに、全く気付かれないなんて、快斗君も気の毒に。

「や、だ、だからその……オメーがこの世でたった一つの……オレのサファイアだって言ってんだよ!」

快斗君……宝石の話で失敗したのに、何また宝石に例えてんのよ?
それじゃ、絶対、通じないって。
とハラハラしていたら、案の定。

「……青子は九月生まれだから、サファイアにちなんで青子って名前になったんだもんね」

はああ。やっぱり通じてない。
っていうか、快斗君もガックリと項垂れている。

気の毒とは思うけど、戦法変えようよ。
もっとストレートに言ったらどうかな?

「青子。オレの妻に、なってくれ」

おお!
言った!

今度は、直球ど真ん中ストレート!
教室が、みんなのどよめきで、地響きを立てて揺れた。
私も、悲鳴とも叫びともつかない声を上げていた。

青子は、黙って目を見開いていた。
きっと青子の頭の中は、今、グルグルしてるんだ。

青子。青子。
快斗君、頑張ったんだからね。
今度こそ、ちゃんと気づいてよ。

「あ、あの……快斗……い、いいの?青子で……」

あ。
ちゃんと通じてた。
良かった。

でも、青子は、ずっと辛くて悩んでた分、にわかに信じられないんだね。

「青子が、いい。青子以外、要らない」
「快斗……」

青子の目から、涙がポロリと流れ落ちる。
そして、笑顔になると、お辞儀をした。

「謹んで、お受けします」

大歓声が起き、教室はまた地響きを立てて揺れた。
青子。
良かったね。良かったね。

快斗君が再び青子の方に手を出すと、その手にポンっと、一輪の花が現れた。
それは、鮮やかなスカイブルーの、薔薇の花だった。

「オレ、黒羽快斗ってんだ。これからも……よろしくな!」
「青子は……わたしは、中森青子っていうの。これからも、よろしくね!」

と、突然、二人の上でくす玉が割れた!
そこからは、「祝ご成婚 快斗/青子」の垂れ幕と花吹雪が……。

誰の仕業か知らないけれど、快斗君にも負けない早業に、私は感心するやら呆れるやら。

皆の冷やかしと祝福の声の中で、快斗君は青子を抱き寄せて片手をあげると、突然、ボンっと煙幕が張って……それが消えた時には、二人の姿も消えていた。

「青子。幸せにね……」

私は、去って行った親友を思い、涙を流した。


けれど……。

「あっはは〜。お父さんに『高校卒業するまでは許さん!』って怒られちゃった」

次の日、しれっと学校に来た青子は、てへっと笑って言った。
私は一瞬脱力しながら、言った。

「でも、高校卒業したら、いいって?」
「うん。卒業したら渡米する」
「そっかあ。しばらく遠距離だね」
「うん。アメリカの大学は結構厳しいから、快斗は明日にはあっちに戻るし」
「青子。辛いね」
「ううん、平気。今までのこと考えたら、全然、平気だよ」

青子は輝くような笑顔で言った。

そうだよね。
青子、ずっと辛かったんだもん。
無事、「婚約者」になった今は、半年の遠距離くらい、どうってことないだろう。

青子の左手の薬指には、指輪があった。
薔薇の形に並んだ小さいサファイアが、まばゆい光を放っている。

快斗君が青子に渡した薔薇は、鮮やかな青色だった。
でも、本当に青い薔薇って、実は存在しないそうだ。
品種改良して作り出された青薔薇は薄紫で、あんなに鮮やかな青色ではない。
快斗君が青子に渡した青薔薇は、白薔薇に着色したものだったのだ。

そこを青子に確認すると、青子は笑って言った。

「人工的な青薔薇ってあたりが、むしろ、人に夢を見せるマジシャンらしいって思う」

青薔薇の花言葉は「夢かなう」と「奇跡」。
きっと、青子と快斗君にとっては、夢が叶った瞬間だったんだ。

青子。快斗君。
良かったね。
おめでとう。



Fin.



2019年10月26日脱稿
2020年5月28日改稿



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このお話は、まつりさん主催ネットプリント同人誌「快青プロポーズアンソロジー企画」の参加作品です。
今回、サイトアップの許可が下りましたので、アップさせていただきます。
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