Time after time 〜花舞う街で〜



By 立花英美子様



 もしも君に巡り逢えたら
 二度と君の手を離さない――




「なぁ平次? 聞いてんの!?」
 背後からの声は次第に大きく荒くなっていく。
 その取調べに答えたことは一度もない。
 被疑者には黙秘権が許されているのだ。
「平次ってば!」
 …それで解決するわけがないとは、長年の経験から悟っていることだけれど。

 京都駅でコナンたちを見送って、大阪へ帰る途中。
 精密検査を受けさせられたほどの怪我をしてしまったので、今回はバイクはお休み。
 正しく言えば、修理に出している。
 自宅までの道のりにある桜並木。
 桜色のカーテンを抜ける中、幼なじみの取調べは始まった。
 薄いピンクの雪。桜の花びらが舞っている。
 はらはらと舞うそれはあまりにも頼りなく、時折吹く緩やかな風によって簡単に軌道を変えてしまう。
 地面は一面ピンクの絨毯。それもまた風に誘われて小さな渦を描いている。
 そんな誰もが感嘆するような情緒のある風景に、似合わない怒声。
 しかし当の本人は全く気にしていない。
 それよりも、もっと知りたいことがあるからだ。
「平次! いつまでシカトしてんのっ?」
「……そやから、さっき言うたやろうが」
「あんなん言うた内に入ってへんもん!」
 ――京都で起こった殺人事件。
 それは目の前で無事に解決したのだけれども。
 遠山和葉の中ではまだ解決していない大きな事件が残っている。
 数歩先をすたすたと歩く、幼なじみの初恋の相手。
 知らない内に、八年間捜し続けていたその人にめでたく再会できたらしい。
 詳しいことを聞きたいのに、何を聞いても教えてくれない。
 それどころか、「千五百年経ったら教えたる」でこの話題は一方的に打ち切られた。
 もちろんそんな返答で納得いくはずもなく、こうやって取り調べしているというのに、
 当の被疑者は黙秘権でだんまりを決め込んでいる。
 何を言っても返ってはこない。
 我慢の限界なんてとうに越えているが、ここで切れても何の解決にもならない。
 いつか父親が言っていた。刑事は辛抱強くなくてはならないと。
 辛抱強く、相手に対してゆっくりと誠意を持って取調べをするのだと。
「いい加減に白状したらどうなん!?」
 その教えが生かされているのかどうかは彼女自身にはどうでもいいことだろうけれど。
 くるりと平次の顔だけが振り向いて、
「うるさいなぁ。何でそんなに知りたがりよるんや」
「そ……それは」
 理由なんてひとつしかないのに、事件や推理のことしか頭にない鈍感にはそれすら解らないらしい。
 ――いや、解ってほしくない。今はまだ。
「平次のお姉さん役として! 一応聞いといた方がええと思ったからや!!」
 何もふんぞりかえらなくてもよかった、と後で後悔した。
 いつまで経っても素直になれない人間がひとりいる。
 体質になっているのかもしれない、と思った。
 声にも表情にも怒りを露にした和葉が相手でも、平次はしらっとしている。
「せやから、千五百年経ったらって言うたやろ。まだ一時間も経ってへんやないか」
 淡々とした声に、隙だらけの背中めがけて突進してやろうかとも思うが、相手は一応怪我人。
 病院を二度も抜け出していた、という事実を付け加えてたとしても、怪我人は怪我人。
 さすがの合気道二段も留まった。
「…………。せやったら」
 効果の表れない取調べの方向性を変えてみる。
「質問を変えるわ。――千賀鈴さんと何があったん?」
「はぁ? 何やそれ」
「桜屋で会うたときあの人平次にお礼言うてたやん。何かあったんやろ」
 ぴたりと足を止めた平次につれ、和葉も立ち止まる。
 振り返った平次は何故だか意地の悪い笑みを浮かべていた。
「何や、気になるんか?」
「べっ、別にそんなんやないけど! ……普通に気になっただけやもん。悪い?」
「ずっとそんなん気にしとったんか。お前のアタマも暇やなぁ」
「だからっ、別にそんなんやないって……。――もうええわ」
 いつまで経っても進展を見せない取調べ。
 先に折れたのは、決して諦めてはいけないはずの刑事だった。
「和葉?」
 はあ、と溜息を落として平次の横をすり抜ける。
 早足に歩くと、背後でも意味の解らない溜息と踏み出す気配。
 その溜息にかちんとくるものがあったが、何かを言うだけの気力は残されていなかった。

 鮮やかな桜並木により一層相応しくない暗いカオと気持ち。
 帽子を被った頭を掻いて、平次の自白が始まる。
「事件の前に京都に行ったとき。ひったくりから千賀鈴さんら助けただけや」
「――それがきっかけで仲ようなったんやろ」
「なんでそうなるんや。お前が聞いたことに答えただけやろ」
「……じゃあ」
「千五百年後! それ以外自供することは何もあらへん」
 先を読まれていた。
 二の句を繋ぐことが出来ない。
 和葉に残されているカードはもうなかった。

 やがて桜並木も分かれ道で途切れることとなる。
 ピンクの雪も絨毯も、風の悪戯によってまだ広がってはいるけれど。
「アタシこっちやから! お大事にな、平次!!」
「おう。気ィつけて帰れや」
 平次もな!とばしっと吐き捨てて歩いていく和葉は振り返らない。
 ぽつんと忘れ物のように言葉が零れた。
「……自供なんて、する必要ないんや」
 舞い散る桜の花びら越しに和葉の背中を見送りながら、平次は京都駅でのことを思い出した。
 東京行きの新幹線の発車時間が近付く中。
 ジュースをわざと頭から被っていたコナンに小声で訊かれたのだ。
 含みのある生意気な、自分の正体を知っている者にしか見せない笑みで。
「「初恋の人」に逢って、お前はどうするつもりだったんだ?」
 返答に詰まっている内に新幹線はホームへと滑り込んできて、
 この話題はコナンの「じゃーね、平次兄ちゃんっ!」プラス無邪気な笑顔で流れたのだが。
 さすがは世界的有名女優の息子。切り替えが早い。
 見習うつもりはないが、変に感心してしまった。
 とりあえず、今度東京へ行くまでもしくは大阪に来るまでに、
 相手が喜ぶようなお返しを考えておく必要がある。
(見つけてから先のこと……)
 逢ってどうするか、なんて正直考えていなかった。
 ただ、捜していただけ。
 だから、八年越しに逢えた今となっては――。
 考える必要もない。
 答えは、既に出ているのだから。




 ――出逢えたら もう約束はいらない
 誰よりもずっと 傷付きやすい君の
 そばにいたい今度は ずっと


fin.