(11)おまけ篇・幻の・・・
蘭は本格的に工藤邸に荷物を全部運び込み、引っ越してきた。
両親との思い出が詰まった住まいではあったが、今の蘭に未練は無い。
思い出は心の中にあるし、両親と語り合いたければ、仏壇も遺影もある。
思い出の品だってある。
それに蘭にとっては、既に工藤邸が自分の家だった。
蘭に与えられた部屋に荷物は運び込んだが、今蘭がその部屋で寝る事はない。
蘭が夜眠るのは、2階の新一の寝室、新一の腕の中・・・。
一旦一線を超えてしまうと、若い2人がもう止まる筈も無く、毎晩のように肌を重ね、睦み合う。
☆☆☆
蘭は園子にだけは、工藤邸に引っ越してしまった事を告げていた。
「新一が・・・新一さんもおいでって言ってるから、園子、遊びに来てね」
園子は呆れた顔をして答えたものだ。
「冗談でしょ。誰が新婚家庭にお邪魔しようなんて馬鹿な事を考えると思うのよ?」
実質的には殆ど「新婚家庭」と変わり無い事に蘭は気付き、真っ赤になった。
――世間一般では、この状態を「同棲」と呼ぶのだが。
「結婚・・・」
今まで考えた事も無かったそれが、蘭の中で現実味を帯びてくる。
「でも、新一がまだ高校2年生なんだもの、まだまだ遠い将来の事よね」
それにそんな何年も先まで、新一が蘭のことを思い続けていてくれるものなのか、蘭にはそこまでの自信はまだなかった。
☆☆☆
「新一、お帰りなさい」
蘭が玄関まで出迎える。
新一は玄関のドアを閉めると同時に、蘭を抱きしめ、キスを繰り返す。
「・・・ただいま、蘭」
ようやく1段落ついて、はじめて新一は挨拶を返す。
「御飯、出来てるわよ」
「それより、蘭が食べたい」
蘭は新一の腕の中で赤くなりながら答える。
「何馬鹿な事言ってるのよ。それに、今日は駄目!」
「・・・なんで?」
「・・・始まっちゃったから」
新一は暫く呆然としたように蘭の顔を見ていたが、
「そっか・・・」
と小さく呟くと、目をそらした。
新一の瞳の色に、何だか複雑な翳がさしたように感じて、蘭は悲しくなる。
『やっぱり、男の人にとってはエッチがメインなのかな・・・』
新一に限ってそんな事はないと思うものの、蘭の心は乱れる。
いつも通りに夕御飯を食べて、それぞれにお風呂に入って、リビングで寛ぐ時間。
飲み物を前にしながら、ソファーでお互いの唇を求め合う。
新一の態度は何時もと変わらない。
蘭は、玄関先での新一の瞳にさした翳はなんだったのかと思う。
新一がふいに蘭を横抱きに抱え上げる。
それは何時もの、「寝室に行く」時の合図。
「えっ?ちょっと待って新一、今日は駄目だって言ったでしょ」
「・・・だから?」
新一は不思議そうに蘭を見る。
「だ、だから今夜は私の部屋で寝るから・・・」
「おめーな・・・俺がただ『やる為』だけにおめーと一緒に寝てると思ってんのかよ」
新一の表情と声は思いっきり不機嫌そうで、蘭は戸惑う。
「だ、だって」
新一は蘭を抱えたまま、ゆっくりと歩き出す。
「今夜は何もしねーよ。・・・今夜だけじゃねーか。後何日かはな」
新一は階段を上り、2階の寝室のドアを足で開けて入ると、蘭をベッドにそっと横たえる。
新一は自身も蘭の隣に滑り込むと、蘭を抱き締めた。
そして口付けを繰り返す。
「新一、こんな状態でお預けで辛くない?」
「ん?そりゃー正直つれーよ。でもな、蘭を腕に抱いて眠るのって、すっげー幸せな気分だからさ」
新一の答えは、蘭にとって嬉しいものだったが、ふと今日新一が帰宅した時のことを思い出す。
「だって新一、今日は駄目だって話したとき、とても変な顔したじゃない・・・」
「へっ?」
「玄関で・・・」
ああ、と呟いた後、新一は視線を宙に向け、何事か考えていた風だった。
「いや、あれは・・・出来て無かったんだなって思ってよ・・・」
「出来てないって、何が?」
新一はとても言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「いや、最初の時にさ、俺、避妊出来なかったから・・・」
「新一・・・」
「俺まだ17だろ?俺の誕生日が5月4日だから、もし出来てたら、予定日の前後位にようやく籍入れられるかな、とか、色々考えてたんだよ。まあ、おめーが嫌と言わなければの話だけどな」
蘭は暫く呆然としていた。
「そこまで真剣に考えてくれてたんだ・・・」
「考えてるよ。俺にとって蘭は誰よりも何よりも大切だから・・・」
蘭の瞳から大粒の涙が流れ出す。
「泣くなって」
新一が困ったように言う。
「馬鹿。嬉しいから泣いてんじゃないの。その位判りなさいよね、名探偵」
蘭は照れ隠しに強い口調で返す。
新一は笑って、再び蘭に口付けた。
実は蘭だって、今日まで考えなかった訳ではない。
もしも子供が出来ていたら・・・。
まだ高校生の新一にはその事実は重すぎる。
けれど、新一に愛され、新一の命を受け継いで宿った命を摘み取るなんて真似は絶対に出来ない。
だからと言って育てられる自信も無いし、新一の傍に居られなくなるのも耐えられない。
どうしたら良いか判らない・・・。
だから今日まで、蘭は不安だった。
けれど、今日予定日とそうくるう事もなく月のものが始まったため、ほっとしたのと同時に、何だか気が抜けて残念だったようにも思えた。思い描いていた、幻の子供・・・。
新一も、もしかして同じように考えていてくれたのだろうか。
そう思っていると、新一が口を開いた。
「まあ色々と大変になるだろうし、出来て無いって判ってほっとしたんだけどよ・・・何て言うか・・・どんな子供だろうとかちょっと想像もしてたからさ、幻になっちまったなあと思ってよ・・・」
やはり新一も同じ事を考えていたのだと思うと、蘭は嬉しかった。
2人で思い描いていた幻の子供。
できれば、と蘭は密かに思う。
将来、幻でない新一の子供をこの手で育てられますように―――。
(12)につづく
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