12月(つき)の精霊たち
byドミ
(3)指輪
「おや?もう、籠はいっぱいになったようだね」
「だって……あそこにもここにも、沢山、あるんですもの!」
頬を紅潮させている蘭を、4月の精は愛おしげに見つめていました。
蘭はふと、申し訳なさそうな眼差しでマツユキソウを見ます。
「わたし、昔からマツユキソウは大好きな花だったの。でも、摘んで持って帰ると萎れて可哀相だから、いつも、見るだけにしておいたんだけど……ごめんなさい、金貨をもらう為にこの花は……」
「いいさ。蘭がいつも、余分なものは摘み取ることなく、森の動物も植物も大切にしている事は、花たちだって知っている。マツユキソウも、蘭の役に立てて喜んでいるよ」
「本当に、ありがとう……これで、お父さんのお薬が買えます」
「ああ。ひと眠りしたら、お城に持って行ったら良い」
蘭が、顔をあげてじっと4月の精を見詰めて口を開きました。
「あの……わたし、昔からあなたのことが大好きでした!こうやって直にお会いできて、とても嬉しいです!」
そこまで話して蘭は真っ赤になり、口をおさえます。
4月の精も、蘭の思いがけない「告白」に、真っ赤になりました。
「え、えっと……昔からって……」
「だ、だって……あなたは、4月の精霊なのでしょう?そして、こちらの方々はそれぞれ、他の月をつかさどっている……」
「ああ。その通りだよ」
「わたしは、どの季節もそれぞれ大好きだけれど、春が、4月が一番好きなの」
「……ありがとう……」
「でもきっと……直にお会いできるのは、これが最初で最後なのよね。この場所は本当はきっと、人間が来ることは許されない場所。今日は特別に、ここまでの道を開いて下さったんでしょう?」
蘭の聡明さに、4月の精は舌を巻きました。
蘭の眼差しが寂しそうに揺れているのを感じ取り、4月の精は胸の高鳴りを抑えられません。
「蘭。普段、人間はこの場所を訪れる事ができないけれど……限られた人にだけは、許されている。蘭は、その限られた1人なんだよ」
蘭は意味が分からなくて、小首を傾げます。
「えっと……蘭にはいつも、精霊たちの集うこの場所への道が開かれている。いつここに来ても構わない。それに……オレも君の家に会いに行くよ」
「え……?」
「オレ達はこの森の季節を司っているけれど、自分の当番以外の時は、森から出る事も許されるし。蘭の家は森からそう離れていねえから、尚更だ」
「4月の月さん……」
4月の精は、懐から指輪を取り出しました。
輝く石がはめられた指輪……このような立派なものを見るのは、初めてです。
「綺麗……」
「蘭。オレはずっと一生、蘭と一緒にいたい」
「えっ?」
「その証として、これを受け取ってくれねえか?」
「あ、あの……それって……」
「蘭さえよければ……オレの花嫁に……」
思いがけないプロポーズに、蘭は息を呑みました。
「で、でも……いいの?あなたは精霊で、わたしは人間で……」
「精霊と人間とが結ばれた例は、多くはないが、過去にもあるよ」
「でも……人間はいずれ歳を取るわ。わたしもいずれお婆ちゃんよ。それでもいいの?」
「オレはお前の器だけじゃなく、魂ごと愛したのだから。オメーがいずれお婆ちゃんになっても、変わらず愛し続ける事を誓うよ。ただ……先立たれちまうのは寂しいけれど、仕方がない」
「4月の月さん……」
「新一って、呼んでくれねえか?」
「新一?」
「ああ。それが、オレの真名(まな)だから」
「新一……」
「この指輪、受け取ってくれるね?」
蘭はこっくりと頷きました。
4月の精……新一は、そっと蘭の手を取ると、その左手薬指に、指輪をはめました。
指輪はまるで測ったように、蘭の指にぴったりと合いました。
「オメーがこの指輪をはめている限り、この先、たとえどんな寒さにあっても、オメーが凍えることはない。この指輪は暗闇でも光り、常に辺りを照らしだす。そしてもしも、何か助けが必要になった時はいつでも、この指輪を水の中か土の上か雪のふきだまりに投げて、オレの真名を呼ぶといい。兄弟たちと共に、必ずオメーを助けに行くから」
「新一……」
「ええ。決してなくさないわ!」
4月の精・新一は、蘭の額に自分の額をこつんと当てて微笑みました。
蘭もはにかんだ笑顔を見せます。
12月の精が、コホンと咳払いをして言いました。
「さて。4月の兄弟よ。邪魔して悪いが、そろそろ時間が近い。その娘の籠もマツユキソウでいっぱいだ。家に帰さなければな」
「新一……4月の月さん。12月(つき)の皆さん。本当にありがとう。何とお礼を言って良いか……」
「なに、礼には及ばない。お前は我々の兄弟・4月の長年の想い人で、今夜、そのフィアンセとなった。我々全員にとって、もう既に大切な家族なのだ」
蘭と4月の精・新一は、頬を染めて頷きました。
1月の精が、少し陰りのある眼差しで、言います。
「ひとつ、言って置かなければならない事がある。お前は、普通の人には許されない道を通り、古い年の最後の夜で新しい年の最初の夜である今夜、こうして我々12の月たちと揃って出会うこととなった。真夏の八月の精もお前の目の前にいるし、4月にならないと咲かない筈のマツユキソウで、お前の籠はいっぱいだ。お前は、本当は許されていない近道をしたのだ」
「はい……」
「お前は、ここで我々と出会ったことを、決して誰にも、言ってはならない」
「決して、言いません」
優しげな眼差しの金髪の女性ー11月の精ーが、やや陰りのある微笑みで、蘭に告げます。
「マツユキソウを誰にもらったかという事も、言ってはダメですよ。もしも誰かに語ったりしたら、その時は、あなたは今後永遠に、私たちと会う事は許されなくなります。もちろん、あなたの大切な4月の兄弟ともね」
「!」
蘭は、表情を改めました。
「死んでも、誰にも何も言いません」
「蘭……」
蘭と同じ年頃に見える、髪をポニーテールにした女性ー7月の精ーが言います。
「蘭ちゃん。ここに来る道を間違えたらアカンで。あそこにあるカシの木、見えるやろ?あそこから右に曲がったら、未来に至るこの道や。アタシらの集うここに来る事ができるんや。けど、反対側・左の道に曲がってもうたら、その先は……どこにも行かへんのや」
「どこにも行かないって?」
横から説明を加えるのは、優しげな風貌の20代半ば位に見える男性―2月の精―です。
「底なし沼にはまるとか、雪に埋もれてしまうとか、さもなくばオオカミに食われてしまうとか……おしまいになってしまう道なんだ」
方向音痴の蘭は、その言葉に青くなりました。
4月の精新一が、そっと蘭の肩を抱き寄せて言います。
「大丈夫。蘭には森の生き物たちが常に道を教えてくれるし。それに、オレの指輪が一緒なら、たとえどの道を行ったとしても、平気だよ」
「新一……」
「さあ。名残は惜しいだろうが、そろそろ……」
「ああ。蘭。近い内に、会いに行くよ。だから、待ってて」
「新一……きっとよ!」
新一がそっと蘭の額に口付け、抱き寄せていた手を離します。
蘭は皆に向かって手を振り、家に向かって歩き始めました。
4月の精・新一からもらった指輪が、道を照らしてくれるため、暗闇でも迷うことはありませんし、寒さに凍える事もありません。
新一は名残惜しげにその後ろ姿を見送っていました。
「1月の兄さん。オレの指輪の光だけでは何とも心もとない。スッカリ雲に隠れてしまっている空の月に、道を照らしてくれるよう、頼んでもらえませんか?」
「頼んでみよう。おおい、空にいる兄弟よ。4月の弟の恋人が家に帰り着くまで、夜道を照らしてくれ」
空の月が雲から顔を出し、下界を明るく照らします。
蘭は指輪と月の光に守られて、無事、家に帰り着く事ができたのでした。
「さて。1月の兄弟よ、そろそろ時間だ。杖を取るが良い」
12月の精の言葉に従い、4月の精新一は1月の精に杖を渡しました。
1月の精は杖で地面を叩いて叫びます。
「冬将軍よ、今は冬のさなか。雪と風で森をすっかり覆うが良い!」
辺りは見る間に、雪に閉ざされ、先ほどまで花開いていたマツユキソウも、すっかり姿が見えなくなりました。
☆☆☆
「蘭!」
突然、ドアが開けられ、大きな声で呼ばれて、蘭は慌てて飛び起きました。
もう、日は大分高くのぼっています。
蘭の部屋を不躾に開けて飛び込んで来たのは、蘭の大親友である鈴木園子でした。
園子の家は手広く商売をやっていて村一番の金持ちですが、園子には気取ったところが全くなく、子どもの頃から蘭とは仲良しだったのです。
「そ、園子?何があったの?」
「蘭!いつも早起きのあなたが、こんな時間まで寝ているなんて……きっと昨夜、眠れなかったのね!?」
「ね、眠れなかったと言えば確かにそうだけど……」
蘭は頬が熱くなるのを感じながら俯きます。
そもそも森から帰って来たのが夜中遅くだったのですが、その後、指輪を見詰めながら、4月の精の事を思い浮かべていたため、寝付けなかったのでした。
「蘭!何でわたしに相談しないのよ、水臭い!小父様の治療代くらい、うちがいくらでも出すわよ!」
「そ、園子……」
「あんなウザマッチョの若松なんかに身売りすることはないわ!蘭にはもっとまともな男性がいくらでもいる筈よ!」
「う……ウザマッチョって……見かけであんまり判断するのもどうかと……」
「あら。わたしは見かけの事だけ言ってるんじゃないわ!あいつは蘭が嫌がっているのに全く気付こうとせず、強引にモノにしようとしてるでしょ。ちょっとは空気読んだらどうなのかって思うわ」
園子が言っていることは、蘭の心の中をほぼ代弁していたので、蘭は苦笑いするしかありません。
「でもね、園子。園子の家から援助を受ける訳には行かないわ。もしそんな事をしたら、わたし……園子とはもう、対等な友達でいられないじゃない」
「ら、蘭……でも……」
園子の目から涙がボロボロ零れ落ちます。
「小父様の病気が治療できないのも、蘭がお金の為にウザマッチョのものになるのも、わたしはイヤよ……」
「園子……ありがとう……」
園子がいわゆる「施し」をしようと考えているのではなく、蘭とその家族を救いたいと心から思っていることは、蘭にもよく分かっていました。
蘭の胸は温かくなります。
「でもね、大丈夫。わたしにはこれがあるから……」
「え……あら、マツユキソウじゃない!今の季節に、珍しい!どうしたの、これ?」
「これをどうやって手に入れたのかは、園子にも言う事はできないけれど。女王様のおふれ、聞いた?」
「おふれ?」
「マツユキソウをお城に届けた者には、マツユキソウと同じ量の金貨を褒美に下さるって!」
「あー。あの女王様、また何の気紛れを起こされたのか……」
「でも、これで、お父さんのお薬を買う事ができる」
「……だったら良いけど。陛下は素直に金貨を下さるのかなあ」
「一国の女王ともあろうお方が、おふれで告げたことを引っくり返すとは思えないわ」
「そうね。じゃあ、蘭。さっそく着替えて、お城に行こう!」
「え……?」
「わたしはお城で行われる新年の祝賀会に出席することになっているから。馬車に乗って行った方が早いし、花も萎れないですむでしょ?」
「そ、園子……」
「それくらいは、甘えてよね」
「ありがとう……」
「じゃあさっそく、わたしんちに行って、ドレスに着替えましょう!」
「え?そ、園子、ドレスって?」
「あげるんじゃなくて貸すだけだから、変な遠慮はしないでよね!」
そう言って園子は、蘭の手を引っ張ろうとしました。
その時、園子は、蘭の指に光る指輪に気付きます。
「ら、蘭!?この指輪……どうしたの?すごく値打ちものに見えるけど」
「……ごめんなさい。これはいただき物なんだけど、たとえ園子にも、お父さんとお母さんにも、誰から頂いたか言うワケには行かないの」
「蘭……?」
「道徳に反するような事は、誓ってしていない。でも、話してはいけないって決まりがあるの……」
「そっか……分かった……」
「園子?」
「蘭が幸せそうだし……人の道に反することはしていないっていうなら、わたしは蘭を信じるわ。まあ、今はともかく、お城に行きましょう!善は急げよ!」
「園子……ありがとう……」
飲んだくれた小五郎が起きだしたのは昼過ぎでしたが、娘とその友人は「重病人」である小五郎には好きなようにさせようと、小言をいう事もなく、出かけて行きました。
蘭と園子が連れ立って遊びに行くのはいつもの事でしたので、小五郎は何も不審に思う事なく、2人を送り出したのでした。
(4)に続く
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このお話の中の新一君と蘭ちゃんは、幼馴染としての歴史がないので、その分、結構素直に自分の気持ちを口に出します。
このお話の元ネタになった「森は生きている」の中では、4月の精が娘さんに渡した指輪には、助けを呼ぶ時の為の「指輪の呪文」があります。
原作者が詩人だけあって、その呪文、とても素敵な言葉なのです!
ですが……こちらのお話でその呪文をそのまま使う訳にも行きませんし、かと言って私には代わりになるような呪文を作る文才もなく(苦笑)。
「4月の精の真名を呼ぶ」という単純な形にいたしました。
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