BLACK



By 茶会幽亮様



第22話 __Do you remember


新一と平次は彼の一言で全てを理解した。いや、せざるを得なかったと言ったほうがいいだろうか・・・。彼、ジョニー・ランバーソンが記憶喪失したことを・・・。
すぐさま彼のもとへ精神科医がやってきて、検証が始まった。だが、プロの医者にさえ全く原因がわからない。新一達は考えにふけった。

その頃、病院を勢いよく飛び出した志保は警視庁にいた。どうやら彼女にはジョニーの記憶喪失の原因に心当たりがあるらしい。そして受け付けに、ある人物に会わせるよう懇願し、ようやく許可が取れた。
2分ほど歩いた後、彼女は個室に案内された。照明は全くないが向こう側から光が差していて、それが照明代わりになっていた。
ガラス一枚に隔たれた向こう側には逮捕された容疑者が座る仕組みになっているのはもうご存知だろう。そして、ドアから現れたのは・・・諸悪の根源、ビフィーターだった。
付き添われた警官に慌しく手錠をはずされ、彼は彼女が座っているものと同等の簡易椅子に荒々しく座った。いきなり重い物がのしかけられた椅子は、あまり聞いて気分のよくない金属の擦りあう音が聞こえた。
彼は囚われの身でもう死刑確定は免れない身なのに、あの不気味な笑みを未だに浮かべていた。そんな彼の態度に志保は怒りを押さえながら彼をじっと睨みつけていた。もちろん、そんなことでひるむ相手ではなかったが・・・。
それから沈黙が数秒続いていた所で志保は、
「彼を、ジョニーを返しなさい。」と言った。
だが彼は教えるどころか、彼女をバカにするように高々と笑い出した。彼の策に飲まれまいと、彼女は必死で怒りに耐えていた。
しかしそれ以降も彼は教えようとしなかった。それどころか、彼は
「教えてほしけりゃ自分で見つけてみな。」
などと意味不明な言葉を言い、志保を挑発しつづけた。
結局面会は時間切れとなってしまい、係員からそのことを伝えられた志保は自分を翻弄しつづけたビフィーターをじっと睨みながら、部屋を出て行った。
静まり返った面会室で彼は
「復讐はまだ終わっちゃいねぇんだよ、シェリー。」
と一言呟いた。



辺りはすでに電灯しか見えないくらいに暗くなり、寒々しい風が私に何度も突進していた。空振りの面会から帰ってきた私は声をかけてきた博士に答えもせず、2階にある自分の部屋に入っていった。電気もつけずに荷物をおき、全身の力を抜いてベッドに倒れこんだ。どうすることもできない自分に私は苛立ちを隠せないでいた。そのうち、瞳から涙がこぼれ出た。
と、部屋のドアをノックする音が聞こえた。直後にドアが開かれて光が差した。私がその方向に顔を上げてみると・・・そこには博士がいた。いつもと違い、「ただいま。」の一言さえ言わなかった私を心配していたのだろう。なんとも彼らしいことだ。
博士は私に・・・「なにかあったのかね?」と優しく語りかけてきた。そんな彼の思いやりに私は顔を彼の胸にうずめ、声をあげて泣いた。
10分ぐらいだっただろうか、私はようやく落ち着き始め、今日起きたことと今の心境を打ち明けた。彼は私の言葉に黙って耳を傾けていた。
「博士・・・私は一体どうすれば良いの??」
すると、彼はにこりと微笑み、言った。
「ジョニー君もね・・・君と同じことを言っておったよ。」
「えっ?」
思わず声が出てしまった。私の前では何一つ悩んでなさそうに振舞っていた彼がそんなことを・・・驚きが隠せなかった。
さらに博士はその詳細を話してくれた。


それは今から4ヶ月前、ちょうど私がジョニーと「初めて」出会った日のことだ。
私が寝た後、彼は部屋から出て博士のいるリビングにやって来た。
「あの・・・阿笠博士。」
「んっ?君は確か・・・ジョニー君だったかな??どうしたんじゃね?」
「少し相談したいことがありまして・・・いいですか??」
博士は微笑み、すぐに頷いた。ジョニーは一息ついて、側にあった薄い黄色のソファに座った。
「・・・で、なんじゃね?相談というのは。」
「・・・志保のことです。」
その後、ジョニーはその時の自分の心中を博士に打ち明けた。私に会えたはいいがほとんど初対面という状況でいったいどうすればいいのか。そのうち、彼の目から私には決して見せなかった涙が出てきた。
「6年間あいつを探しつづけて、やっと会えたと思ったらあいつは記憶喪失・・・一体自分はどうすればいいか・・・。」
彼は、おそらく日本に来て以来、初めて人に格好の悪い顔を見せた。そして、顔を俯けた。いくら大人っぽく振舞っていたとしても、所詮は人間、泣きたいときは泣いてしまうものなのだろう。
すると、それまで黙って聞いていた博士がようやく口を開いた。
「それなら・・・初対面の頃のように振舞ってみてはどうかね??」
彼の一言を聞いてジョニーは顔を上げた。
「・・・と、言いますと?」
「ふむ、まずは初対面の人と放すように志保君と接して、それからゆっくりと君の言う『6年前の状態』にもどしていく、というのはどうかね?」
「・・・。」
彼はしばらく無言で考えた。そして、彼は顔を博士の方に向けた。
「分かりました、やってみます。どうもありがとうございました。」
「ふむ、頑張りたまえ。」
助言してくれた博士にジョニーは深々と頭を下げ、その場を後にした。


「まあ、こんなところじゃわい。」
博士は過去の裏話を語り終えると、ふぅとため息をついた。やはり10分間も1人で喋るのはきついのだろうか・・・。
「新一君からはかなりタフな奴だとは聞いていたんじゃがな・・・、彼もまだまだ若造じゃな。」
私はというと・・・既に涙腺は緩みきっていた。顔には透明の液体の筋が左右にそれぞれ1本ずつできていた。彼がこれだけの苦労をしていたのにも関わらず、私は・・・今までの自分の醜態を呪い、自分が情けなく思った。博士はそんな私の顔を見ると、私の右肩に手を置き、言った。
「今まで志保君はジョニー君に頼っていたんじゃ。じゃからその恩返しをしてやりなさい。」
そうだ、頼りっぱなしじゃダメだ。今度は私が彼を助けなきゃ。例え私の記憶がなくとも彼は恋人のように接してくれたんだから。私はずっと流していた涙を拭いた。
「分かった、やってみる。アドバイスありがとう、博士。」
「な〜に、これくらいどうってことないわい。」
博士はそう言うと、高々と笑った。それにつられて私までおかしくなった。もう外は電灯しか見えなくなっていたが私達は構わず大きく笑った。


笑い疲れ、いつしか私はソファに座り、博士と肩を並べて寝ていた。時計を見るともうすでに10時を回っていた。私は博士をソファにそっと寝かせてジョニーのいる病室へと急いだ。
病室に入ると、彼は昼食を口にしていた。側には工藤君と、蘭さんがいた。部屋は個室で、窓から冷たい風が入ってきていた。
「あっ、志保さん。こんにちは。」
「こんにちは、蘭さん。」
蘭さんが天真爛漫な笑顔で挨拶してくれた。この人の笑顔を見るとなぜか嬉しくなってしまう。私には到底できないことだ。
「おお、宮野。もう大丈夫なのか??」
そうだ、私突然病室を飛び出してからずっと工藤君たちに会ってなかったんだっけ。すっかり忘れてた。
私は顔にそう出さず、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「あら?工藤君も奥さん以外の女性にも心配はするんだ。それ、不倫のきっかけになるわよ。」
「はは・・・大丈夫みてーだな。」
工藤君は呆れ顔で言った。でももし彼がやろうと考えたとしても、あんなに主人思いで、怒らせると恐ろしく怖い奥さんがいては無理な話ね。人のこと全く言えないけど・・・。
「えっと、君が確か・・・」
ベッドの上に座っているジョニーが話し掛けてきた。しかし、今の彼に昔の姿は映らない。それでも彼が私を受け入れてくれたように、私も「彼」を受け入れるのだ。
「ええ、私が宮野志保です。よろしく。」
少しぎこちなかったが私なりに笑顔を作ることが出来た。その様子に工藤君は驚いていた・
「こちらこそ、よろしく。」
ジョニーはとても爽やかに答えてくれた。しかし・・・気のせいだろうか、やはりどこか寂しかった。
それから私達はいろんな話をした。みんなのこと、最近のこと、そして・・・組織のこと。とにかくたくさん話し、いつの間にか窓から赤色の太陽がこちらに顔を出していた。
「やべっ、もうこんな時間だ。」
左腕につけた腕時計を見た工藤君は呟いた。時計の針は面会終了時刻まであと10分と知らせていた。
「そろそろ帰らなくちゃな。」
そういうと工藤君は立ち上がった。そして私と工藤君、蘭さんの3人が部屋を後にしようとしたとき・・・
「あっ、宮野さん。」
後ろから私を呼ぶ声がした。声の主は、当たり前のことだが、ジョニーだった。
「?、どうしたんですか?」
「一つ話しておきたいことがあって・・・いいかな?」
私は工藤君達を先に行かせ、ほんの数秒前に工藤君が座っていた簡易椅子に座った。
「話しておきたいことって?」
「ああ、実は・・・俺、宮野さんと会ったことがあるような気がするんだ。」
「えっ?」
やっぱり、記憶がなくなってもそういうものなんだ。蘭さんや私もそうであったように・・・
「・・・もしかして、違った??」
黙り込んでいた私を心配したのか、ジョニーが声をかけてきた。私は咄嗟に首を横に振った。
「うんうん。あの、実はね・・・私も、まだ記憶が戻ってないんだ。」
「えっ、ウソッ?!」
「ウソをつくようなら最初から言わない」というツッコミを抑えつつ、私はさらに続けた。
「でも、初めてあなたに会った時、私も同じようなことを思ってた。」
「そうなんだ・・・。」
ジョニーは顔を俯けた。
「もしかしたら私、あなたのことが好きなのかな。」
「!?」
ジョニーは驚き、キョトンとした表情を浮かべた
「だって記憶がなくなって6年も経ってるのに、貴方のことをわすれていないんだもの。おかしいでしょ??」
「う〜ん、そうなのかな。」
ジョニーは腕を組んで、考え始めた。こういうことはダメなのだろうか、彼は。

少し経った後、ようやく彼は考えるのをやめた。そして、とんでもないことを切り出した。
「あのさ・・・キス・・・しない??」
「えっ?!」
突然のことに少々戸惑った。
でも考えてみれば「6年前は何かあるたびに唇合わせてた」と記憶がなくなる前のジョニーが言ってたし、私自身抵抗感はそれほどなかった。
「・・・いいよ。」
私は椅子から少し腰を上げ、顔をジョニーの方へ近づけていった。そして窓から入る日光が完全になくなった時、私達の唇は重なった。覚えている限り「ファーストキス」である。
とそこへ・・・
「失礼しまっ・・・。」
回診に来た女性看護士にその光景を見られてしまった。彼女は頬を一瞬にして真っ赤に染めてしまった。私たちはというと、突然入ってきた看護士を見たまま固まってしまっていた。
「失礼しました〜。」
彼女はそのまま引きドアを閉めて行ってしまった。今度は私達に恥ずかしさがこみあげてきた。
「・・・。」
しばらくの間沈黙が続いた。
「・・・もう、行くね。」
「あ、ああ。」
私は部屋から出ると自分の唇に指を当てた。あの感触、どこかで感じたことがある。私は今の記憶では一度もキスをした覚えがないから・・・やはり体では覚えているのだろうか。フッと笑みがこぼれた。
私は心を弾ませながら病院を後にした。後ろから不敵な笑みをこぼす人がいるとも知らずに・・・。


第23話に続く



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