レジスタ!



By 泉智様



(11)



【明日のノワール東京戦に向け、非公開練習のビッグ大阪】か。・・・そういえば、“埼玉で明日”だったわね。・・・分かったわ。私も一緒に行ったげる。」

恋に受験にと多忙だった2学期が終わり。既に推薦で進学先を決めた園子と蘭は、(園子の発案で強制的に/爆)それぞれのクリスマスの報告をすべく、ケーキが美味しいと評判のカフェで憩いのひと時を過ごしていた。
世間の恋人たちにとっては重要なイベントの日でも、プロサッカー選手である新一と真にとっては、まだシーズン・・天皇杯の最中で。遠距離恋愛の彼(あるいは彼候補)に気軽には会いに行きづらい蘭と園子は、それぞれにプレゼントを宅配で贈ったのであった。
そんな二人には、準々決勝で勝利を決めた彼から連絡が入っていて。
準決勝の前日でクリスマスの翌日のこの日。それぞれの彼の反応がどんな風だったかを、報告しあっているのだった。
・・・が、実際のところは、園子が“蘭と新一とのラブラブぶり”をからかうというお約束の展開となっており。頬を染めて園子の追求から逃れようとした蘭が、小五郎の目をかすめて持ち出してきたスポーツ紙を広げてみせたのであった。

「えっ?」
「とぼけないの。新一君の応援に行くんでしょ?だったら、私も行くわよ。蘭は方向音痴だから、一人で行かせたら、初めて行く埼玉スタジアムにたどり着けずに試合が終わっちゃうかもしれないもんね。それにリーグ戦では勝ったとはいえ、新一君、黒澤にやられっぱなしだったもんねえ〜。ノワールにリベンジできる今シーズン最後の機会だもん。これを見逃す手はないわよ。」
「リベンジって園子。そんな大袈裟な・・・。」
「いいから、いいからv。愛妻が見に来るってなれば、ダンナの気合も入るだろうし。ちゃんと連絡しときなさいよ。いやぁ〜、楽しみね。“愛妻に見守られ、がぜん張り切るダンナ”のプレーv。」
「園子〜っ///。」

記事を一瞥してニンマリ笑った園子に、どうにも勝てない蘭なのであった。









そんなこんなで迎えた翌日・27日。二人は、埼玉とは真逆に位置する東都駅にいた。



「ごめんな〜、急に案内頼んでもうて。」
「いいって、いいって。さ、行こ、行こ。」
「うん。」

蘭や園子と同じく既に推薦で進学先を決めてしまった和葉が、応援のために大阪から上京してきたからだ。

「うわ〜。凄い人やな〜。」
「和葉ちゃん、こっちよ。」
「あ、うん。」

蘭と一緒に土地勘のない和葉を案内しながら、園子は和葉を羨む自身を自覚していた。

というのも、この秋に晴れて平次と両思いになった和葉は、初めて出会った春の頃よりも格段に綺麗に輝いていたからである。

「良いなあ〜、和葉ちゃん。服部君とうまくいったんでしょ。」
「えっ///・・・う、うん///。分かる?」
「分かる、分かる。恋する乙女ってカンジで綺麗になってるもん。ねえ、蘭もそう思うでしょ?」
「うん、そうだね。」
「ええっ///?!イヤやわぁ〜、蘭ちゃんも園子ちゃんも。からかわんといてえな。」
「別にからかってないよ。本当にそう思うもん。」
「だよね。・・ねえ、和葉ちゃん。もうキスとかした?」
「ええっ///?!そ、園子ちゃん?!いっ、イキナリ何言うてんの///!」

この瞬間。和葉の脳裏に自宅近くの緑地公園で告白してくれた平次の真剣な表情と、初めて知った温かな感触がよみがえってきて。たちまち和葉の頬と耳は、真っ赤に染まった。

「したんだ〜。・・・ねえ、和葉ちゃん。教えてくれない?キスの味。蘭に聞いても、照れてばっかで全っ然教えてくれないんだもん。」
「えっ///?!」
「園子っ///!」

園子の台詞に、和葉も思い出した、二人のキスシーンの数々。
初めて会った春の日に行った桜並木の下で。そして京都駅で・・・などなど。

「(言われてみれば確かに、蘭ちゃんと工藤君、堂々と何べんも路チュウしとったなぁ〜。)」

そう冷静に思い返しながら傍らの蘭を盗み見てみると、もうかわいそうなくらいに照れて真っ赤になっている。

「(確かに答えづらい質問やけど、こうして頬染めてる蘭ちゃんも色っぽくて可愛いなあ〜。これなら確かに、あの工藤君がいちころでメロメロ、ベタ惚れになるはずや。)」

そう思いつつ爆弾質問をした園子を横目で伺うと、和葉の答えを待ってます・・というより、新一絡みのネタで蘭が真っ赤になっているのを楽しんでいる風情がある。

「(はあ〜っ。園子ちゃんも、悪気は無いんやろうけど、案外意地悪いなあ〜。)・・・ど、どんな味って言われても///・・・なあ?」
「そ、そうだよね///。」

そう感じた和葉は、園子に愛想笑いを浮かべながら向かいあって適当に誤魔化すと、そっと蘭と視線を交し合ったのであった。

「・・・。あ〜、羨ましいな〜。蘭も和葉ちゃんもラブラブで。アタシも早いトコ素敵な彼氏欲しいよ。」

真っ赤になった二人の愛想笑いに両思いの幸せを感じてしまう園子は、八つ当たりだと自覚しつつも、そうブツクサ呟いて。
なかなか進展しない自身の片思いを嘆くのであった。



  ☆☆☆



その頃。



「「はっくしょんっ!」」

試合会場となっている埼玉スタジアムのアウェーチーム用ロッカールームでは、新一と平次が揃って盛大なくしゃみをしていた。

「どうしました?まさか二人揃って風邪ですか?」
「いや、違うわ。」
「大丈夫ですよ。」

気遣わしげな真の声に鼻をこすりつつ返しながらも、どことなく感じるところがあったのか、

「なんや、誰かにつまらん噂されてる気ィするわ。」
「同感。」

二人して顔を見合わせ、苦虫を噛み潰した表情になったのであった。



  ☆☆☆



《みなさま、こんにちは。これより天皇杯準決勝ノワール東京対ビッグ大阪のゲームをお送りいたします。本日のスターティングメンバーは・・・》

試合開始時間の午後1時が近くなった試合会場は、両チームのサポーターで満員御礼となっており、そこかしこに横断幕が飾られていた。ノワール東京の方が地元に近いこともあり人数では若干おしているものの、本拠地大阪あるいは埼玉近郊に住むビッグのサポーターが大勢駆けつけて声援を送っており、気合は互角だった。

《・・・この顔合わせは、リーグ戦で2勝しているビッグが優位に立っていますが、試合中にファウルが続出し、多くの怪我人を出している因縁のカードです。特に今シーズンは、スピリッツより移籍した工藤に対し、ノワールの黒澤が2試合ともにファウルを与え、警告あるいは退場処分となっております。工藤は先ごろのJリーグアウォーズで新人王のタイトルを獲得。チームもリーグとYN杯で優勝し、天皇杯では本日これから行われる準決勝に進出で、グランドスラムが射程圏内に入っています。そのチームの中盤の要が、18歳の現役高校生ながらプロ2年目の、新人王を獲得した工藤。対するノワールの中盤を抑える黒澤との因縁の対決がどうなるかが興味深いところです。この試合でも、二人はマッチアップするのでしょうか?》

TV中継の解説者がそう述べている間にも、選手たちが顔を合わせて入場を待つスペースでは、目に見えない気合の火花が散っていた。

《さあ、選手が入場してまいりました。場内、割れるような大歓声。審判は主審が○○、副審が△△と□□、第4審が××となっております。両チームのキャプテン、遠藤と黒澤がエンブレムを交換、握手を交わしました。》

ピッチでは、ダッシュしたり、ボールをまわしあったり、ジャンプしたりと、試合前に軽く身体をほぐす選手たちの姿がカメラに収められていた。そんな中でもとりわけ長く、ダブルボランチの片割れの小森やCBの陸夫らと一緒にボールをまわす新一の姿がライブビジョンに反映されていた。

だが、そんな時間はすぐに終わり。主審の笛の音が鳴り響いて、準決勝第1試合ノワール東京VSビッグ大阪の試合が始まった。



  ☆☆☆



開始早々ノワールは積極的なパス回しで一気に攻めあがってきた。

しかし迎え撃つビッグは、積極的に身体を寄せて、早い段階で攻めのリズムをつぶしにかかり、センターサークルより先にノワールを攻め込ませはしなかった。

《ビッグ大阪は早めにチェックをかけてますね。主に守備を担っている小森が(通常より)高めの位置に居ますよ。攻撃の起点となっている工藤は・・・今、狩場から黒澤へのボールをカットして、いったん近藤にはたいてワンツー。一人・・二人かわして一気にゴール前に駆け上がる!ビッグ大阪、試合開始早々チャンス到来です!対するノワールは蛇原と寺木が二人がかりで工藤をつぶしにかかる!・・おおっ!工藤、蛇原をチップキックでかわすと、ダイレクトで、すぐさま詰め寄る寺木の股を抜いた!寺木、反応できない!工藤、すかさずクロスを入れるっ!》

『どっちだ?!』
『決定率が高いのは比護だ!』

《ゴール前には2年連続得点王の比護と服部が居る!ボールは服部のアタマに合った!》

「平次っ!」
『よしっ!』

一気にゴール前に詰め寄った隆祐に多くのディフェンス陣がつられ。わずかに遅れてゴール前に詰め寄った平次はノーマーク。

《ゴ――ル!ビッグ大阪先制〜っ!試合開始早々、圧倒的な力の差を見せ付けたビッグ大阪が、一気に先制しました!これがリーグ・YN杯覇者の実力か!》

スタンドのビッグサポーターは大歓喜の雄たけびを上げ、選手たちを祝福。シュートを決めた平次は、仲間の祝福を受けながら、片手を高々と上げてサポーターに応えた。

『すみません、アニキ・・。』
『1点ぐらいどうってことはねえ。時間はまだある。』

一方。新一に軽々と突破され、結果的にビッグに先制を許す結果となって項垂れた蛇原と寺木は、黒澤に“ヘタレてんじゃねえ”といわんばかりの鋭い目つきで睨まれ、縮み上がったのであった。


その後も試合は勢いづいたビッグのペースで進んだ。

リーグ中は目に余るラフプレーで途中退場しまくりだった魚塚・黒澤・蛇原・寺木らであったが。負けたら終わりとなるトーナメント方式の天皇杯での“ラフプレー→退場処分”は、ピッチに立てる選手の数を減らしてしまうだけの自滅行為と自重したのか。4人ともに、リーグ時のような見苦しいプレーをしなかったこともあり。大きな波乱は無く、無事に前半が終了した。

《前半を終了して7−0、ビッグ大阪が大量リードで折り返しました。リーグ戦では怪我人続出で相当荒れた試合もあったんですが、これまでのところ、そういう雰囲気はありませんね。》
《そうですね。1stステージでは黒澤が退場処分。2ndステージでは黒澤が警告処分。工藤・比護・遠藤が負傷して途中退場してますからね。これだけ荒れた試合となる行為をしている割に、結果をみれば、いずれもビッグ大阪の勝利。トーナメント方式の天皇杯で、リーグとYN杯王者のビッグ大阪を相手にするのに、いたずらにファウルを繰り返して結果的に人数を減らしてしまう事態を招くのは、得策ではないと判断したんでしょう。この試合に勝つと次は決勝ですからね。ここで累積を重ねて次の試合に出られないとなっては、元も子もありませんからね。》
《なるほど、そういうことですか。・・まあ、結果的に引き締まった良い試合になってますから、ここまでのノワールの判断は、賢明といえるでしょうね。・・・しかし、見事なワンサイドゲームになりましたね。後半、ノワールはどう巻き返しを図っていけばいいんでしょうか?》
《そうですね。ビッグの守りは手堅く、前半のままの攻め方では、京極の守るゴールにたどり着くのは難しいといわざるをえませんね。ビッグの攻撃の起点となるパスを出しているのは、主に工藤ですから、工藤が前を向く時間を減らすような工夫が必要でしょう。》
《後半、黒澤が本格的に工藤とマッチアップすることはありえるでしょうか?》
《ありえると思います。その上で、どう黒澤がビッグ陣地に切り込むかが見所でしょう。》





その頃。ビッグ大阪のロッカールームでは、大量にリードを奪ってもなお、チームが浮つかないようラムス監督が選手全員に指示を出し、檄を飛ばしていた。

一方、ノワール東京のロッカールームでは、王者の風格が漂うビッグ大阪の圧倒的な強さを前に、多くの選手たちの間で諦めムードが漂っていた。

『お前ら、何をシケた面をしているんだ。試合はまだ終わっちゃいねえんだぜ。』

そんな仲間に苛立ちを隠せない黒澤が檄をいれるのだが。
烏丸前の頃からのノワール選手で、今でもなんとかレギュラーを保っている数名の選手や、金でひきいれられた選手らが、“何を今更マトモなことを”といわんばかりの目で黒澤ら4人を冷ややかに見つめ返し、嘲笑した。

『お前がそんなマトモなことを言うなんてな。後半、ピッチに立ったら、空から槍でも降ってくんじゃねえ?』
『同感。お前ら4人とも、今日は妙におとなしいよな。・・ま、あわよく勝てたら決勝だもんな。ここでカード切られて決勝はスタンドってなったらたまんねえもんな。縮んじまうのも分かんねえでもねえよ。』
『だな。それにしても流石ビッグはリーグとYN杯の王者だな。格が違うよ。』
『いえてる。今日は、センターサークルから1回も先に行けねえもんな。大量リードに油断して主力を温存しねえ限り、俺らの勝機は万に一つもねえよ。』

他人事のように今日のこれまでを語り、これからを語る。
突き放した口調でありながら、黒澤ら4人を見つめる視線には、

“所詮はオーナーの腰巾着の、チキン野郎(臆病者)”

という嘲りがこめられていた。

勿論、4人を嘲る彼らとて、プロの選手としての(無意味なラフプレーは忌むべきものという)矜持がある。
それでもそういう視線を向けるのは、非道なオーナーの威を受ける4人がこれまでしてきた所業の数々に、内心で唾棄し、侮蔑しており。天皇杯のタイトルが見える位置に来たからといって急にプレーを品よくされても今更だという、拭い難い不信感を抱いているからであった。

『(・・・もう、終わったな。)』

この寒い空気を感じながら、シーズン途中から監督に就いた田中は、今日以降の自身の去就を考え始めるのであった。



  ☆☆☆



「ピーッ!」

《ゴール!ビッグ、これで11点目!後半、ノワールの反撃があるかと期待したのですが、完全なワンサイドゲームとなりました。既にビッグは比護と服部を交代させ、工藤も今、交代となりました。ビッグのスタンドからは、盛大な拍手です!》

やる気の無い選手たちに愛想をつかしたのか、後半開始から半分としないうちにノワールサポーターは続々と席を立ち、新一がピッチを下がる頃には、ノワール側のスタンドは寂しいことになっていた。

『よっ、工藤。お疲れ。』
『お疲れさん。』
『ありがとうございます。』

新一は、これまで自身を害しまくった黒澤に対し、まっとうなプレーで競り勝ちまくり、味方の得点のほとんどに絡んで、この試合で求められた仕事をこなしきった。
ベンチには既に本日のお役御免となった隆祐と平次が並んで腰掛けており。新一は二人が空けた間に腰掛け、残りの試合を眺めた。

『・・・あいつらとは因縁ありまくりやったけど。ここまで味方に見放されとるんを、こうも見せられると、なんや可哀相になってくるわ。・・まぁ、自業自得なんやけどな。』
『・・・そうだな。』

仲間にもサポーターにも見放され、ピッチで孤立している黒澤の姿は、リーグ中に自分たちを苦しめた選手とは思えなくて。
平次は感慨深げに黒澤らに哀れみの視線を送り。新一と隆祐は、複雑な笑みを浮かべて同意したのであった。



「ピッピッピーッ!」

《完全なワンサイドゲームとなったこの試合。15−0という、J1のチーム同士でまさかの大差でビッグ大阪が勝利しました!》

新一がベンチに下がってから10分後。試合終了の笛が鳴り。TVの解説も呆れるほどの大差で試合は終了した。

黒澤ら4人の孤立が鮮明になったこの試合。
彼らが常態となっていたラフプレーを封じたのが決勝への色気を持ったからだというのが、チームメートと解説、試合を観戦していた者の多くが抱いた見解だったのだが。
それが、まさか!の“烏丸オーナーの指示”によって・・だったと判明するのは、試合終了後とほぼ同時にTVテロップで流れた緊急ニュースで始まった事件によって、だった。



  ☆☆☆



《・・ありがとうございました。ビッグ大阪、ラムス監督でした!・・解説にお返します。》
《ありがとうございました。15−0の大差をつけての決勝進出を決めたラムス監督、元日への気合十分といった感じでしたね。・・ん?たった今緊急のニュースが入りました。(これは!)“ノワール東京オーナーで枯山TV・出版社会長の烏丸蓮耶氏が、つい先ほど警察に身柄を拘束された”とのことです。繰り返します・・・》
《これは大変なことになりましたね。烏丸氏といえば、たった今試合を終えたノワール東京のオーナーです。今後のチーム運営に、今回の件がどう影響を与えることになるのか。・・詳しい情報はこれから明らかになるのでしょうが、これは、Jリーグにも大きな影響を及ぼすことになりそうです。》


三々五々、大勝利の余韻に浸りながらスタジアムを後にしたビッグサポーターたちは、帰宅の道すがらにこの重大ニュースを耳にし、あるいは号外を受け取り、大きな驚きをもって受け止めたのであった。

「“烏丸オーナーが警察に身柄を拘束された”って・・・何があったんだろう?」

残りわずかとなっていた号外を奪い取るようにして手に入れた園子・蘭・和葉は、額をつき合わせ、食い入るように紙面を覗き込んだ。

「・・・なんや根拠がいっぱいあるようやけど・・・今んところマスコミにも分かっている直接の原因は“銃刀法違反”みたいやな。」
「うん・・・。」



  ☆☆☆



同じ頃。

ビッグ大阪のロッカールームにも同じ情報が飛び込んできて、一時、室内は騒然となった。

「工藤。」
「・・ああ。(そろそろ父さんたちが仕掛けるとは聞いてたけど・・・。)」

チームメートの視線は、烏丸がらみで厄介な目に合わされた経験のある陸夫・隆祐・新一に注がれ。3人は一様に厳しい表情になると、いまだ騒然とする仲間たちと、スタジアムを後にした。



  ☆☆☆



新一らの耳に衝撃ニュースが届いた頃。

長居で始まった“横浜FマリーンズVS浦和ロッソ”の試合は、試合開始早々から、激しい攻防を繰り広げていた。

《・・ここで黒羽にボールが通った。しかしすぐさま白馬がチェックにつく!両者、身体を寄せ合っての激しい攻防です!》

『ちいっ!』
『もらった!』
「ピッ!」

ゴール前に快斗がボールを持っていこうとする時には、必ず探がピッタリとマークにつき、チャンスメークを妨げていた。今も巧みに身体をよせて進路を狭め、ボールをタッチラインの外にはじき出したのであった。

『(・・・やるじゃん。)』

すぐさまボールを拾ってスローインする快斗の視線の先で、不適な笑みを浮かべる探は。

『(相変わらず、イヤミなくらいにしつこいぜ!)』

すぐさまピッチに戻ってダッシュをかけ、ボールを受けようとする快斗の動きをしっかりと捕捉し、快斗がボールを受けられないような状況を作り出していた。

『(悪いですが、他の選手には、あなたほどの打開力はないですからね。自由にはさせませんよ!)』

マリーンズの攻撃の要を担っている快斗が探に抑えられた結果、リーグ屈指の攻撃力を誇るマリーンズだったが、ロッソの堅牢な守備を突破できず。いたずらに時間を費やしていた。

《1時から埼玉で行われたビッグ大阪とノワール東京の試合は、終わってみれば15−0というJ1同士とは思えないワンサイドゲームとなりましたが、ただいま繰り広げられているマリーンズとロッソの対決は、両者一歩も譲らず0−0のまま、前半終了の時を迎えようとしております。》
《マリーンズは攻撃の中心の黒羽を、これまでのところ、白馬が完全に押さえ込んでいますね。しかも、ロッソの守りの中心の元宮が中央をしっかりと固めている。マリーンズとしては、サイドから切り崩したいところでしょうが、突破力のある黒羽が使いづらい状況で、徐々に前線が下がってきていますね。》
《そうですね。一方のロッソですが、ここまで何度かカウンターを仕掛けてますが、決定力に欠けていますね。これまでに放たれたシュートは3本ありますが、いずれも枠をとらえきれていません。・・・・・どうやら、ただいま、前半を終了した模様です。3時から長居で行われている横浜FマリーンズVS浦和ロッソの試合は、前半を終了して0−0で折り返しです。》




  ☆☆☆



「・・・。」
「0−0で後半か。」

試合を終えて宿舎に戻ったビッグの面々は、マリーンズとロッソ、どちらが出てきてもおかしくない試合を、冷静にTV観戦していた。

「マリーンズは、黒羽を抑えられると攻め手に欠き。ロッソは、守りが堅いが決定力不足。果たしてどっちが先に点を取るかな。」
「この試合、1点勝負だな。」
「同感。」

ハーフタイムにあわせ、仲間がめいめいに休憩を取る中。
新一・平次・真らは、前半のダイジェストシーンを見ながら話し込んだ。

「流石、白馬君ですね。あの黒羽君をここまで完璧に抑え込んでますね。」
「同感や。ユースの仲間うちで“鉄のカーテン”て呼ばれとるだけのことはあるで。白馬相手じゃ流石の快も、今ん所、形無しやな。・・・工藤は、どっちが来ると思う。」
「・・さあな、まだ分かんねえよ。」
「そうですね。ロッソのセンターは、元宮さんを中心にしっかりと固められてます。そして、白馬君は1対1に強い。マリーンズとしては、サイドからゆさぶって攻めたいのでしょうが、これまでのところは黒羽君が抑えられている所為か、巧くいってないですね。」
「ああ。・・・でもマリーンズは、いつまでもそういう状況に甘んじるほど、チーム力が低くは無い。それに、快斗もいつまでも抑えられてるタマじゃない。後半、確実に仕掛けてくるぜ。」
「成程な。」



  ☆☆☆



《さあ、選手たちが戻ってきました。後半、まもなくキックオフです。》

「おっ、始まるな。」
「キャプテン、比護さん。」

後半が始まる頃になって、話し込んでいた新一らの傍に、陸夫と隆祐が席を取った。

「引き締まった良い試合だな。果たして元日に戦うのはどちらになるだろうな。」
「そうだな〜。ロッソが来れば、攻めに手こずりそうだし。マリーンズか来れば、黒羽が厄介だ。・・・な?工藤。」
「比護さん。」

リーグ戦では、新一が負傷欠場中にマリーンズ戦があり、ビッグは試合を落としていた。その試合が終わった後、快斗が新一と対峙できずに悔しがっていた話は、チーム全員が知るところだったのである。
隆祐の目は、実に興味深そうに新一の表情を窺っていた。

「おっ、始まったな。」

その視線は後半開始を示唆する陸夫の一言でTVへとむけられたが。新一は時折自分に向けられる仲間たちの視線が、自分と快斗の“通称・双子対決”を楽しみにしていると訴えているように感じて。複雑な気分を抱えながら、試合を観戦した。

《後半も黒羽には白馬がピッタリとはりついています!一瞬の隙をついて黒羽にパスが遠るが・・・またもボールはタッチラインを割ります。》

「・・・ホンマ、白馬はしつっこいわ。さしもの黒羽も苦戦しとる。アイツが来たら、オレか比護はんに付くんやろけど・・厄介やな。」

その光景を見つめる平次の複雑そうな声を耳にしつつ、さくさくと進む試合を見ながら、新一は別の考えを抱いていた。

「(まだ止められてはいるけど、前半に比べれば、だんだん快斗がボールを持てる時間が増えてきてるな。・・・ふ〜ん、なるほどね。快斗ヤツ、一拍だけ出足を早くしたか。フェイントをかけて、白馬に余分な動作をさせてるぜ。・・・今は・・後半20分か。足が止まってくる時間帯だな。そろそろ試合が動くかもしれねえな。)」

快斗と探。どちらも同じ時間出場して疲れは溜まっているが、仕掛ける側と仕掛けられる側。蓄積している疲労度は、探の方が若干上のようだった。

《後半20分を経過しましたが、依然、0−0。両チームとも、なかなか試合を決める決定打を放つことができません。・・ここで、マリーンズボールのスローイン。》

『(こい!)』
『(黒羽?!)』

ライン際でボールを手にする味方に、快斗は視線でアピール。

『(・・分かった。いくぞ!)』

視界の端に快斗の不敵な笑みを見た味方は、快斗に向かってボールを投げ入れた。

『よしっ!』
『くっ・・!行かせませんよ!』

チラリと周りの味方の位置を確認し、一瞬だけ探のマークを外した快斗は、素早くダッシュすると、難なくボールをトラップ。すぐさま逆サイドに大きくボールを振った。

《白馬を振り切った黒羽にボールが通った!さあ、このまま持ってあがるか・・いや、すぐさま大きく逆サイドに振った!其処に駆け込んできたのは、俊足のDFの大澤だ!ノーマークの大澤、そのまま一気にゴール前に上がる!マリーンズ、チャンスです!》

「おおっ!」

《大澤、マークを一人かわしてゴール前にあげる!ボールは崔にわたった!》

『させるか!』
『(ニッ!)』

《崔、シュート・・否、軽く横に出したところに久米がシュート!ゴ〜〜〜〜〜ル!横浜Fマリーンズ、1点先制〜〜〜っ!後半25分、ようやく試合が動きました!》

「!」
「横浜が先制か。・・やはり、黒羽が触ると試合が動くな。」

スタンドは大歓喜のサポータが選手たちを祝福。
TVでは、快斗が探を振り切ってボールを受け取り、逆サイドに振ったシーンから再生し、解説がコメントを入れていた。
それを耳にしながら、ビッグの面々はそれぞれにチラリと新一の様子を窺った。
じっと画面を見ている新一は、実に不敵な笑みを浮かべていて。

「工藤、やけに嬉しそうだな。」
「・・そうですか?」
「予想ついてたんだろ。」
「・・そろそろ動くかな〜とは思ってましたけどね。」
「・・・・・元日が楽しみだな。」
「そうですね。」

傍らの隆祐に実に楽しそうに突っ込まれたのであった。





《・・長居で行われた天皇杯準決勝、横浜FマリーンズVS浦和ロッソは、1−0でマリーンズが勝ちました。1時から埼玉で行われたビッグ大阪VSノワール東京は、15−0という、J1のチーム同士の試合としては異例の大差でビッグ大阪が勝利。元日に代々木国立競技場で行われる決勝戦は、横浜FマリーンズVSビッグ大阪という組み合わせとなりました。・・・では、皆さん、元日に、国立でお会いしましょう。》



「・・・よ〜し、皆、大阪に帰るぞ。」
「はい。」

長居からの中継を観戦しおえたビッグ大阪の面々は、宿舎を後にした。



移動の最中、ノワール・烏丸オーナーのニュースが緊急特番で放送されており。
街角のTV画面には、マスコミが大挙してノワール東京の事務所や枯山TV・出版社前、そして烏丸邸門前につめかけ、似たようなコメントを繰り返していた。

「・・えらいことになったな。」
「そうだな。」

平次や真・隆祐らの目を盗んで、こっそり父に状況確認のためのメールを打った新一は、折り返し送られてきたメールを一瞥すると、すぐさま携帯を隠すようにコートのポケットにしまった。そしてもう片方のポケットから文庫本を取り出すと、静かに本の世界に入っていった。



【“明日、弁護士を大阪に送る。詳細は彼から聞いてほしい。”】



「(弁護士・・ね。“彼”ってことは、来るのはおばさんではないってことか?)」

手は定期的にページをくるものの、内容はアタマにはいってはいなかった。
父・優作の意味深なメールに気が行って、それどころではなかったのである。




to be countinued…….




(10)に戻る。  (12)に続く。