レジスタ!



By 泉智様



(10)



プロデビュー2年目となるこの年。新一は移籍先のビッグ大阪で、秋に負傷欠場した時期を除き、ほとんどの試合でスタメン出場を果たし活躍。事実上の1年目と言える充実したシーズンを過ごした。結果、12月に開催されたJリーグアウォーズで最優秀新人賞を獲得。名実ともに将来を嘱望される期待の若手として周囲に認められることになった。

因みにその年の得点王は2名選出された。一人は2年連続受賞のビッグ大阪の比護隆祐、もう一人はK国代表FWの横浜Fマリーンズの崔で、初めての受賞となった。

そしてベストイレブンには、新人王の新一や得点王の隆祐・崔の他、優秀新人賞の表彰を受けた真も名を連ねた。

後にこの年は、新一や真の他、平次、探、快斗といった、U−18世代が一気にトップチームでその才能を開花させたビッグイヤーとして“日本サッカー第○次・黄金世代の始まり”と誰もが謳うこととなったのである。

さて。そんな期待の若手を数多く擁するビッグ大阪は、現在トーナメント進行中の天皇杯でも優勝を決め、数年前に鹿島スペリオールが成し遂げて以来どのチームも実現させていないグランドスラム達成なるかとの注目を集めていた。

ラムス監督にとっては、就任1年目にしてのJ1・YN杯獲得であり。ここで天皇杯をとって一躍名監督仲間入りかとメディアからプレッシャーをかけられていた。それは練習や試合に駆けつける取材陣の数の多さや、地元ニュースでの報道時間の長さからもうかがい知ることができ。選手各個人にも例年に無い注目が集まっていると実感させ、一部選手の中には雰囲気に呑まれそうになっている者もいた。だが、そこは現役時代は歴戦の猛者でそういうメディアのプレッシャーに慣れているラムスの指導力と、新一らユース代表で世界大会を経験している面々や、現役A代表の当落線上で常に騒がれている隆祐ら、ある意味メディアのプレッシャーに慣れている面々がチームを盛り上げている所為か、雰囲気に呑まれそうになった面々も気持ちを切り替えて持てる力を発揮し、ビッグ大阪は順当に勝ちあがり、準決勝進出を果たしたのであった。

しかし、このビッグ大阪の快進撃を快く思わない人物が、東都某所にただ一人だけ居た。
そう、それは新一や元ノワールの面々に試合中・あるいは試合外でも嫌がらせをし続けていた現ノワール東京オーナーの烏丸蓮耶であった。

《・・・次は、第○○回天皇杯の結果です。本日は準々決勝の4試合が行われました。まず、1時から仙台スタジアムで行われたノワール東京Vアルバレスト広島Sの試合は、ノワール東京が2−1でアルバレスト広島を下しました。同じく1時から霞ヶ丘競技場で行われた浦和ロッソVSユニティ市原の試合は、浦和ロッソが2−0で快勝。3時から神戸ユニバーシアードで行われた横浜FマリーンズVS鹿島スペリオールの試合は、横浜Fマリーンズが大接戦の末、3−2で鹿島スペリオールを振り切りました。同じく3時から岡山桃太郎スタジアムで行われたビッグ大阪VS名古屋シャオロンズの試合は、3−0でビッグ大阪が快勝しました。これで27日に行われる準決勝に出場する4チームが出揃いました。1時から埼玉スタジアムで行われるのは、ビッグ大阪VSノワール東京。3時から長居スタジアムで行われるのは、横浜FマリーンズVS浦和ロッソという組み合わせとなりました。・・・》



「・・・。」

淡々と試合結果を報道するニュースを忌々しそうに消した烏丸は、忌々しそうに渋面を作ると、高級ワインの入ったデキャンタを叩き割り。室内に備えられた豪奢な装飾品を壁に投げつけて破壊し。激しい物音と罵声で使用人を怯えさせたのであった。

「お、お方様っ!」
「分かってるわ。」

この烏丸のいつも以上の狂態に震え上がった執事は、愛人の東のお方ことシャロンに助けを求め。シャロンは内心の嘲りを巧みに押し隠すと、体を張って烏丸を慰めたのであった。

それから数時間後。全身に酒臭さと気だるい疲労感を感じつつも、体を張られて気を静めた烏丸が深く眠りに落ちたのを確かめたシャロンは、自室に戻ると素早く肌を清め、一人ごちた。

「独りよがりの醜い男・・・。」

たっぷりとふんだんにバラの花を散らした湯船に体を預けながら目を閉じたシャロンの目蓋の裏には、ほんの数ヶ月前に再会した親友の家での光景が蘇っていた。







烏丸による新一のデマ記事がワイドショーを賑わせ、それに対して顧問弁護士が抗議文を寄越してから数日が経過したある秋の日。
工藤家がすぐに抗議文を寄越し対抗措置を取ると踏んでいたシャロンは、あらかじめ優作が帰国しそうな時期を見計らって嘘のスケジュールを入れて烏丸を欺くと、偽名で取ったホテルに逗留。優作ならば必ず(巻き込まれた)輝美の事務所にも連絡を入れるはずと踏んで、変装して事務所前に張り込み、優作の帰国を待った。
シャロンの読みは的中し。張り込んで2日と待たずに優作と親友の有希子夫妻が輝美の事務所に訪れたのを確認できた。


「・・優作?」
「・・・否、なんでもない。行くぞ、有希子。」
「ええ。」

シャロンの視線に感いた様子の優作の、辺りの気配を窺う厳しい視線に満足げな笑みを浮かべたシャロンは、そのまま夫妻が出てくるまでその場で張り込み。輝美の所属事務所との話を終えたと二人が米花町の本宅へ戻ったことを確認。

到着翌日には大阪へと旅立った二人を東京駅のプラットフォームから見送ると、帰宅する時間にあたりをつけて有希子に連絡を入れた。その時間は見事に目論見通り、ビッグ大阪のフロントと善後策を打ち合わせた工藤優作・有希子夫妻が帰宅した時間からそう間がないものだった。

「流石は有希子と優作さんね。無駄な時間は使わない、見事な手際だわ。」

有希子にアポを入れたシャロンは満足げにそう呟くと、敢えて再び二人を尾行した時と同じ変装をし、工藤邸に姿を現した。

「・・・。やはり星野君の事務所前で感じた視線は君のものだったか。」
「えっ?!優作?!」
「流石は優作さん。気づいてらしっしゃったんですね。」
「フッ、勿論だとも。」

見事な男装で登場し、敏腕弁護士である英理の目を欺いたシャロンだったが、流石に、作家としてだけでなく諮問探偵として世界各国の警察と深い関係を持っている優作の目を欺くことはできなかった。

苦笑しながら紳士服の下に身につけている変装用ボディースーツの空気を抜いてリラックスした風情になったシャロンは、優作に勧められるままにソファに掛け、来訪の目的を語りだした。

自分が此処に来たのは、窮地にある新一の潔白を証明し、烏丸の謀略を世に示すためだという事を。

「・・・有希子。私ね、烏丸の愛人やってるのよ。かれこれ20年ちょっとになるかしら。」

そう何かを思い出すように語りだしたシャロンの話は、優作・有希子にとっても驚愕の内容だった。







20数年前。NYで大学生として演劇を学んでいたシャロンは、バイト先で、若手でやり手のビジネスマンと出会い、恋に落ちた。学生業のかたわら、端役の女優として舞台を勤め。時にはチャンスを求めてオーディションを受け。プライベートでは、一人の女性として平凡だけど幸せに彩られ輝いていた日々。

だが、それは突如暗転した。

恋人が仕事で重大なトラブルの責任を負わされて失踪。数日後、海に落ちた車の中から出た死体が、彼だった・・との一報が舞い込んできたのである。
早速自殺・他殺両面から捜査がなされたが、結果は、自殺と断定するには若干不可解な点があるが、他殺と断定する証拠に欠ける。失踪直前の状況からみて、自殺を否定することは難しいだろう・・・として、発見から数日のうちに、自殺として決着が着けられたのであった。

「ああ、あなた。ジェイ・・どうして・・・。」

悲嘆にくれ、突然の愛する人の死に疑問を抱きつつも、一介の学生の自身では、事件の真実にたどり着くすべが無いことは分かっていた。以降、シャロンは最愛の男性を喪った悲しみを押し隠し、女優としての道に邁進した。

それから数年後。

大学を卒業。舞台「黄金の林檎」で大喝采を浴び、一躍注目の女優として名を上げたシャロンに映画デビューの話を持ち込んできたのが、彼氏の不慮の死亡以降、度々一ファンとしてシャロンの楽屋を訪れていた烏丸だった。

「・・・恋人を殺された女性が報復のために女スパイになる。その女スパイ役を私が?」

「ああ、そうだ。」
「私はただの一介の舞台女優よ。それがいきなりこんな大作に出演だなんて・・。依頼する相手をお間違えじゃなくて?」
「何を謙遜しているんだ。これまで何作も君の演技を見つめてきた。この作品での演技も素晴らしいもので、君目当ての観客が上演を重ねるたびに増えているじゃないか。君ならばこの役を演じきってくれると見込んでのオファーだよ。受けてくれるだろう?」
「・・・。」

熱意を前面に出す烏丸の話は、女優としての自身の今後を考えれば受けないほうがおかしいと思えるもので。数日の逡巡を経て話を受けたシャロンは、その映画でスクリーンデビュー。映画は大ヒットし、一躍有名スターの仲間入りを果たした。
当初、烏丸とは仕事のみの関係だったが、ビッグスターへの道を開く切欠となった彼の度々の食事の誘いを無碍にできず。愛情など欠片も感じてはいなかったが、流れのままに体の関係が始まってしまった。

「シャロン、今回の映画も素晴らしかったよ。これは君へのプレゼントだ。」
「・・・。まあ、こんな素晴らしい宝石・・。本当に良くって?」
「美の女神を飾ってこその宝石だよ。・・おお、よく似合っている。」
「まあ、ありがとう。(・・・どうして一介の新興企業の社長が、こんな素晴らしい宝石を度々求められる潤沢な資金をまわせるのかしら。・・・やはり、やばい方法で事業を進めているというあの噂は本当なのかしら?)」
「ん?どうした、シャロン。・・・もしかして、気に入らないのか?」
「いいえ、そんなことなくてよ。ありがとう、レンヤ。(・・・ばかね。ビジネスの事を何も知らない私が・・考えすぎよ。)」
「気に入ってくれたようで、嬉しいよ。」

不穏な噂は付きまとうものの、自分に貢ぎ続けてくれる烏丸の潤沢な資金力は女優としての自身を押し上げる力にもなっていて。意識的に心中のギモンの声に耳をふさいだシャロンは、その烏丸の膨大な資金力のみに引かれて集まる映画関係者や著名人と交流を深めていきつつも、心の底に誰に言うこともできない疲れを深めていった。

そんな日々の中、シャロンの心を癒したのは、映画デビュー作の役作りで知り合った有希子との親交だけだった。

「久しぶり、シャロン。」
「まあ、有希子、久しぶり。凄い活躍ぶりね。貴女の最新作、こっちでも凄い人気よ。連日大入りの大盛況。専門紙でも大々的に取り上げられてるのよ。」
「ええっ、本当v?!嬉しい〜っvvv。」
「ときに有希子。いい人でもできたの?」
「えっ///?!し、シャロン?!」
「図星ね。女優がそんな簡単にポーカーフェイスを崩しちゃだめでしょ?」
「だ、だってシャロンがいきなり・・・。でも、どうして分かったの?今まで誰にもバレなかったのにぃ〜。」
「だって。貴女、色香がついてきたっていうか、綺麗になったもの。相手は誰かしら?・・・もしかして、あのスパイ映画の原作者?」
「///!」
「ビンゴね。・・・ふ〜ん、そうかあ〜。あの人がねえ〜。」
「シャロン〜。」
「でも、変ねえ。確か彼、こっちの関係者の間では“女嫌いで、もしかしたらゲイかもしれない”って噂されてたと思ったけど・・。」
「ええっ?!」
「私が聞いたところによるとね。(日本国外の有名ハイレベル大)学生時代に文壇デビューしてデビュー作以降も続けざまに好評を博した彼は、デビュー後わずか数年でデビュー作の映画化の話を得たのよ。評判の新進気鋭の若手作家で、話題性は十分。しかも見目麗しく、英国紳士風な優雅な物腰と知性とを兼ね備えてる!ってことで、将来性に目を付けた映画の主演予定の女優が、部屋に忍んで・・・下着姿で迫ったんですって。」
「ええっ?!」
「ところがね。普通、男性なら少しは反応しそうなものなのに、彼ったら無反応だったんですって。しかも困ったように顔をしかめて件の女優に丁重にガウンを着せると“申し訳ありませんが、私は女性に興味が無いんです”とだけ言って、これまた丁重に部屋から追い出したんですって。」
「・・・うそ。」
「ホントよ。プライドをなし崩しにされたその女優は怒り心頭で即刻降板を申し出てね。当初は理由がなかなか分からなくて、ものすごい憶測が飛び交ったのよ。まあ、それでもすぐに代役が立って映画は無事完成したんだけどね。でも彼の災難は続いたというか・・・。どこからか、当初予定された主演女優・突如降板の理由が広まったのよ。迫る美人を前に、彼は全くの役立たずだったからだってね。彼はその“不能説”のお陰でしばらく真偽を確かめたがるゴシップ好きに狙われて、次々と女を差し向けられてね。最初のうちは丁重に門前払いしてたんだけど、次第に興味本位の輩が面倒になったのか、所在を変えまくったのよ。それでも諦めないでしつこく追跡したゴシップ関係者が僅かにいてね。彼らが目撃したんですって。彼が隠れている部屋に、彼と似た背格好の男性が頻繁に出入りして、毎晩一緒に過ごしているだの。夜、何かがきしんだような怪しい物音がしているだのってね。その後、雑誌のインタビューで噂について聞かれた彼が、済ました顔で平然と、噂の男性の出入りを否定しなかったから、そんな噂が定着したというわけ。」
「うっそぉっ!信じられない!あの“ド”スケベな優作さんが“女嫌い”で、しかも“ゲイかもって疑われてる”なんて!」
「“ドスケベ”ってねえ〜。でもこっちではそう言われてるのよ。・・でもまあ、貴女との仲が公になれば、こんな噂は霧のように消えて“彼が不能だったのは単にその女優が好みじゃなかったからだ”っていう、きわめて正しい理解が広まるんじゃないかしら。」
「それはそうだけど・・それにしても、あんまりな言われようだわ。」
「そうね。でもまあ、良かったじゃない。“ドスケベ呼ばわりされるほどにあなたに陥落している”ってことは、噂は完全なガセってことでしょ?気にすることないわよ。」
「シャロン///。」
「良いじゃない。幸せなんでしょ?」
「うんv、もちろん。」

純真な瞳を煌かせて。いつも笑顔で明るくて。場を和ませてくれる彼女が大好きだった。


ところがある日。シャロンのもとに休暇を利用した有希子が遊びに来ていることを聞きつけた烏丸が訪ねてきて。怪しい視線を向けていることに気がついた。

ぎらぎらした下種な、自らの男の欲望をぶつけようとしているような・・・そんな視線に。

「(あなた・・・まさか有希子を?!)」

その視線に気づいたシャロンは無意識に危険を感じ、烏丸の手が有希子にかからないように巧みに間に入り、有希子を護った。
烏丸は、そんなシャロンの動きを内心で苦々しく思いつつも表面は何事も無いように取り繕って数日が過ぎ・・・そんななか、シャロンは偶然、耳にしてしまった。

「あいつと同じように、あの小生意気な小説家の若造を葬る。そして、藤峰有希子を我が物にする。シャロン・ヴィンヤードと藤峰有希子。当代きっての女優を手に入れる。男の栄華ここにあり、だろう。」
「それはお止め下さい。相手が悪すぎます!」
「小賢しい。工藤家が何だというのだ。確かに日本で一二を争う勢力を誇る鈴木財閥の縁戚だが、それだけの事。恐れることはあるまい。」
「しかし!工藤家は警視庁・FBI・スコットランドヤード等、各国警察と係わりが深いとのことです。下手につついてNYの件に飛び火することがあれば、我々の身の破滅。それに藤峰有希子は業界大手ワタベプロの若手看板女優です。下手な手出しは、お立場を悪くします。ご自重を!」

側近の牧坂が必死に烏丸を制した発言の中の“NYの件”という言葉を。

「(NYの件?・・・NYといえば、あの人の事件があった場所・・・。まさか!)」


その言葉がどうしても引っかかって、探偵を極秘に雇って必死に調べ上げ。
彼のビジネスパートナーが烏丸だったと分かった瞬間、身に走った戦慄と衝撃。

「あの人は私が恋人だったために狙われて・・・仕事がらみで烏丸に因縁を付けられて、謀殺されたということなの?・・・それを知らずに私は、流れるままにこの身を任せたと・・・。」

愛情はなくても一応は持っていた、支援への感謝は・・一気に憎しみに変わり。
以降。
恋人を死に至らしめたこの男を・・烏丸を追いやれる機会をずっと窺い続けた。



「何っ、ヤツはビッグ大阪を選んだだと?!」
「はい。」
「くそうっ!親子2代でワシをコケにしおって!おのれえっ、目に物見せてくれるうっ!」

その機会は、悪事が発覚することなく財を膨らませた烏丸が、ノワール東京のオーナーになり新一を獲得しようと動き出した時、始まった。







「・・・そんなことが・・・。」

自らの貞操までもが、実は烏丸の欲望の対象にされていた・・と長い時を経て知らされた有希子は、男の偏執的妄執の凄まじさに青ざめて、身を震わせ。優作はそんな妻の細い肩を安堵させるように抱き寄せると、穏やかな瞳の奥に隠した鋭い光を現した。

「では、新一君は有希子の身代わりに・・・極端な話、愛玩にでもするつもりで狙われていた、と。でも、それが適わなくなったから、可愛さ余って憎さ百倍とばかりに虐げられている、と理解すればいいのかしら?」

一方英理は、一連の男の妄執から始まった事件を、努めて冷静に分析し、コメントした。


「そうね。本人に聞いたところで男色の気はないと否定するだろうし、実際、男を相手にしているのは見たことがないから、あのままノワールに入っていたとしても、まずそういう行為には至らなかったでしょうけど。・・手中に収めたいという所有欲だけ見れば、そうと言い切っていいでしょうね。・・・つくづく下種な男なのよ、あの人はね。」
「・・で、君は、その烏丸氏が新一を・・・さながら猫が鼠をいたぶるように、厳しく当たるよう命令を下している証拠をつかんでいると言っていたが、それはどんな?」
「彼の事件のほかにも、以前から囁かれていたビジネスの後ろ暗いうわさの根拠を掴もうと思ってね。極秘に探偵事務所と契約して、彼の各国でのビジネス内容を探らせているのよ。でも、最近の分は、どうせ指示を出す人間の近くに居られるんだからと思ってね。照明が壊れたとか電気製品を買い換えるからとか理由をつけて、怪しまれないように盗聴器と監視カメラを仕掛けたのよ。そうしたら見事に新一君のことも、それ以前の、ノワール東京を買収してからの一連の騒ぎやそれにまつわる後ろ暗い噂の根拠となる指令、ビジネス上の表ざたにできない取引の場合に必ずしている口頭での指示や資金の振込相手、案件によっては命令を出している相手までもね。それの一部が、これ。」

そういって、シャロンはDVDを差し出した。

「・・・妃弁護士。再生してみてくれないか。」
「分かりました。」

有希子が部屋の隅にあるデッキを移動させ、英理がセットして再生し。間をおかずスピーカーから響いてきた、どすの利いた腹黒さが満ち満ちた声とその内容に、有希子はショックのあまり涙し。優作は抱き寄せた愛妻の肩に置いた手を背中に回して、恐怖と悲しみに震える細い体を抱き寄せると、鋭くも穏やかな瞳の奥に怒りの炎のきらめきを見せながら、不愉快な音声に耳を傾け続けた。

「・・・よくもまあ、ここまであざといことを思いつくものね。」

辛抱強く腕を組みながら音声に耳を傾けた英理は、収録された烏丸の発言がひと段落ついたところでDVDを止め、苦々しげにつぶやくと、優作に向き直って問うた。

「優作さん、いかがなさいます?」
「とりあえず、これはこちらで預からせてもらって構わないかな?いろいろ調べたいこともあるし、この中身の裏づけを取りたいからね。新一君の名誉や肖像権を侵害したことはもちろんだが・・どうやらそこを突かなくても、彼を追及し、追い遣れる手立てが鈴なりのようだ。追跡調査は任せてもらえるかな?」
「ええ。どうぞ、お持ちになって。元よりそのつもりでしたし。」
「ありがとう。それと・・・よければ君の身辺を警護し、今後の情報交換がスムーズにいくよう、私の知り合いの探偵を紹介したいのだが。受けてくれるかね?」
「私の身辺警護?」

怪訝そうなシャロンに、優作は件のDVDをかざしながら続けた。

「ああ、そうだ。・・・彼は、かつての君の恋人の死亡に何らかの係わりを持っている疑いがあるのだろう?そして“これ”だ。これらの事から考えて、彼は自分に邪魔な者には容赦ない、場合によっては命にかかわることも厭わない・・と見るべきだと私は思う。」
「・・・ふっ。確かに、そうね。」
「・・・シャロン。君はわれわれの大事な友人だ。友人の身の危険が案じられるのを知っていて、手をこまねいているわけにはいかないのだよ。君の身辺に付けるのに不自然にならないよう、人選には配慮する。有希子のためにも、受けてほしい。」
「・・・そうね。ありがたくお受けするわ。」
「ありがとう、シャロン。新一君に代わって、感謝するよ。これからもよろしく頼む。」
「とんでもないわ。私にとっては理不尽にも命を奪われたあの人の仇討ちだもの。優作さんたちの協力を得られてこれほど心強いことはないわ。・・・ありがとう、有希子。」
「シャロン・・・ありがとう・・・気をつけてね・・。」
「もちろんよ・・。」

シャロンの身の安全を確保し、烏丸を追い詰める誓いを交し合った一同は、早速、行動を開始した。









「・・あなた、起きて頂戴。あなた!」
「・・っでえっ!何しやがんだあっ・・!うわっ、え、英理!」
「よく眠れた、あなた?」

大阪からいったん戻った英理が、有希子からの電話を受けて慌てて飛び出していったのを見送った小五郎は、夜遅くなったにもかかわらず事務所の所長席で英理を待ち・・・そのまま眠りこけてしまった。

数時間後。

工藤邸で綿密な打ち合わせを済ませた英理が(週末なので)毛利の家に戻ってきて。自宅で夕食を作って待つ娘の蘭に、小五郎が事務所で残業中と聞いて降りてきて、爆睡中の小五郎を目撃し。・・・・・思いっきり耳を引っ張られて起こした・・・のであった。

「ってえな。人がせっかく待っていてやったってェのに・・。」
「大阪から帰ってすぐの呼び出しが気になってたんでしょう?分かってるわよ。・・ありがと。」
「・・・だったら、もう少しやさしく起こせっつうの・・。」
「そうしたかったんだけど、そうも言ってられないのよ。大至急、仕事を依頼したいの。寝ぼけた頭じゃ記憶に残らないでしょう?だから仕方なかったのよ。ごめんなさいね。」

殊勝にもすぐさま謝罪の言葉をもらってしまい。いつもなら延々と脱線のいやみの応酬となるところが、小五郎は鞘を納めざるをえなかった。

「・・・仕方ねえな。で、どんな話なんだ?まっさか“新一のデマ写真を撮った輩でも探せ”とでも言うんじゃねえだろうな?」
「あら。寝起きにしては冴えてるわね。それに関して信用できる筋からのタレコミがあってね。例の写真を撮った人物が分かったの。だから、接触して。こちら側に付けたいの。」
「はぁ〜っ。あのなあ〜英理。人を陥れる写真を平気で撮って出すような輩だぞ?そんなヤツをこちら側に抱き込めって・・そう簡単に言われてもなぁ〜。」
「・・・対象は二人。情報をくれた人によると、二人とも烏丸に弱みを握られているから渋々受けているだけだそうよ。その弱みの内容もおおよそは掴んでるわ。だから、二人に交渉して欲しいの。こちら側につけば弱みの解決と身の安全は保障する。謝礼もはずむ。場合によっては今後の仕事の相談にも乗るってね。これが、二人の顔と名前と住所。」
「オイオイ、ずいぶん急な展開じゃねえか。そのネタ元は確かなんだろうな。」
「もちろん。私の弁護士生命をかけて、確かさは保障するわ。」
「なっ・・!馬鹿野郎!安易にそんなことを言うな!」
「失礼ね。安易になんて言ってないわ。勝つために、打てる手はすべて打ちたいだけよ。」
「・・・・・分かったよ。早速部下に連絡して張り込みに入る。だがその前に!お前が知っていて、言える限りで構わねえから、俺にも工藤先生のところで聞いた話を教えろ。紙切れだけを信じて、こんな、お前の弁護士生命をかけてやるなんて無茶な発言が出るような無理難題を受けられるか!」
「そういうと思ったわ。」



それから1時間ほどだろうか。

英理経由で小五郎が知った概要は、現場に居合わせていなかったとはいえ衝撃的で。
腹をくくった顔つきになった小五郎は、蘭を安心させるためにいったん自宅に顔を出してかなり遅い夕食をとると、すぐさま部下に連絡を入れ、張り込みに入ったのであった。

「お母さん。・・・急に入ったお父さんの仕事って、もしかしてお母さんが依頼人?」
「・・・どうしてそう思うの?」
「だって・・・・・お父さん、お母さんが帰るまで事務所で爆睡してたし。お母さんだって、新一の件で大阪に行って・・帰ってすぐ電話が入って飛び出して・・戻ってすぐにお父さんと話しこんでたし・・・。ねえ、新一のことでなにかあったの?!まさか、悪い知らせなの?!」
「・・・。」

この蘭の問いに、自分たちの娘ながらものすごい観察力だと感心した英理は、娘を安心させるために微笑んだ。

「大丈夫。悪いことなんて、何も無いわ。私は・・否、私たちはね。新一君の一件が一日も早くいい方向に解決するようにと願って動いてるの。」
「・・・。」
「あなたが察したとおり、実は今日、新一君の件で重要な情報を得たの。まだ、あなたや新一君に詳しいことは話せないけど。小五郎に動いてもらったのは、その裏づけのためなのよ。」
「お母さん・・。」
「蘭。私たちを信じて頂戴。あなたは、あなたが今なすべきことをがんばるの。あなたにも、新一君にも、決して悪いようにはしないことは、あなたの母として誓うわ。」
「お母さん・・・。」
「・・さあ、寝みましょう。もう遅いわ。明日は早いんでしょう?」
「・・・うん。おやすみなさい。」
「おやすみ、蘭。」

英理の説得にもかかわらず、それからしばらく、蘭の不安は消えることはなかった。
蘭は新一と両親を気遣い、(一部男子生徒による新一への)悪評と戦いながら日々を過ごし。
それを察した園子らの計らいによって大阪へ新一の試合観戦に・・運命のノワール東京戦・・を見に行き。
新一が目の前で負傷して、蘭が看病に付き添うことになって。
その甲斐あって二人が心からリラックスして、笑顔を取り戻していく・・・。

そんな風に二人に穏やかな日々が訪れた中。



烏丸邸では、優作の計らいでシャロンに付けられた二人の女探偵、ジョディと怜奈がシャロン付の使用人として潜入し、蓮耶の悪事の証拠を続々と優作に流していた。

そして、同じ頃。

英理の依頼によって動いている小五郎によって、カメラマンは味方に取り込まれ。記事偽造の確かな証拠と烏丸の過去の悪事を明かす証拠が続々と優作の元に届けられたのであった。

「ありがとう、あなた。」
「どうってことはねえよ。(蘭の安心と・・・おまえの弁護士生命がかかった依頼だからな。)」

新一への手出しによって、本人のあずかり知らぬところで着々と狭まり始めた、烏丸の首。



これは、数ヵ月後。
年末の大捕り物となって、日本を席巻する話題となるのである。







「フフフ・・・。もう少し・・もう少しよ・・・。」

そんな経過を思い返しながらバラ風呂でゆったりとくつろいだシャロンは、チェックメイトの時が近づいている予感に心を躍らせつつ、浴室を後にした。



天皇杯準決勝、ビッグ大阪VSノワール東京戦。横浜FマリーンズVS浦和ロッソ戦は、あと数日後に迫っていた。



to be countinued…….





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