レジスタ!




By 泉智様



(24)



ブラジル戦の数日後。
WCドイツ大会を予選リーグで敗退し現地解散した代表メンバーの一部が、成田空港着の飛行機で帰国した。

当日、成田空港には多くのサポーターが詰め掛け、早々の帰国となった代表を出迎えた。

前回のWCでの結果から“今回も”と過剰なまでの期待が掛かっていたため。勝ち点1で早々の帰国となった結果に、一部サポーターが“不満”を選手等にぶつけるべくトマトや生タマゴを投げつける、あるいは暴れる・・・という暴挙で空港が混乱するのを防ぐため、入国ゲートから姿を現す選手らとサポーターの間は広く取られてロープが引かれ。沢山の警備員が立ち、かなり物々しい雰囲気となった。

が、しかし。実際は。


「工藤―!黒羽―!よく頑張ったぞーっ!」
「工藤―!黒羽―!お疲れーっ!」
「ヒデーっ!比護―っ!ナイスファイト!」

という、ブラジル戦での大奮戦が効を奏したのか、暖かな歓声が選手たちを出迎え。
いささかの混乱も起きなかった。



しかし、選手団の帰国にあわせて空港に特設された記者会見場にミノールが立った時には、暖かな歓迎ムードは一掃され、厳しい視線が壇上のミノールに注がれた。


「第1戦のオーストラリア戦。あの場面で中野を投入した意図はどういうことだったのでしょうか?」
「交代のタイミングが遅きに失していたと見受けられる場面がいくつかあるのですが。」
「ブラジル戦で大活躍したのはこれまでのベンチメンバー、若手でした。彼らを第1戦・第2戦で起用しなかったのは何故ですか?」

そして、ここぞとばかりに、予選期間中“思ってても言えなかった”不満・・第1戦と第2戦での采配・・に対する厳しい質問が飛び交ったのである。

「#!・・・。」

その質問が痛いところを突いていた所為か。

「私は、レギュラーメンバーで十分、3戦全て戦いきれると思っていました。しかし、結果が思わしくない中、彼らは早々に負けを決め込み、戦う気力を保てなかった。第3戦で起用されたメンバーは、王者相手であっても、そういう弱音を吐かない強さを私に示してくれた、だから起用しました。しかし残念なことに、そういうメンバー・・真のプロフェッショナリズムを持っていた者は、ごく限られた人数だった。私は、日本のメンバーの多くは、あの場に立つためのプロ意識が低かったと思っています。私を責めるのは筋違いというものでしょう。」
「なっ・・・!」

逆ギレしたミノールのコメントで場内が唖然とする一幕もあった。
そして、それはTVのスポーツニュースコーナーで細大漏らさずOAされ。

「自分の采配ミスを選手の士気不足に責任転嫁かよ。」
「逆切れもここまで来ると哀れだねえ〜。」

予選敗退に不満を抱くサポーターの嘲笑をさそうこととなったのである。




一方、ブラジル戦で活躍した新一と快斗は、4年後の中心としての期待と評価を一層高めることとなった。結果、二人の所属するクラブチームのフロントには、日本のWC内容を検証をする番組への生出演のオファーが殺到したのだが。

「どうします?」
「この(WCによる)中断が終われば、リーグ戦が再開しますし。チームに合流してトレーニングに集中したいんで、断っていただけると有難いのですが。」
「そうだね。それと、当面は練習場への取材もシャットアウトしてもらえると、助かるんだがね。」
「監督。」
「雑音はできる限り無いほうが好ましい。再開後の成績のためにもね。」
「分かりました、早速手配しましょう。」

本人の主張だけでなく、意を汲んだ監督の配慮もあって。
フロントから丁重に、全てのオファーに対してお断りの返事がなされたのであった。



かくして二人は、愛妻ないしは彼女のもとで、ゆったりと疲れをとることが叶ったのであった。



   ☆☆☆



「ベスト8が決まったわね。ブラジルがガーナに勝ったって。」
「(苦笑)当たり前だろ。何たって1番の優勝候補だかんな。ベスト16で負けたら話しになんねーよ。」
「そっか〜、そうよねぇ。(クスッ)ごはんできたわよ。食べよっか。」
「ん、分かった。・・・おっ、美味そうv。いただきますv。」
「(ニコッ)はい、どうぞ。私もいただきますv。」
「・・・ん〜っ、やっぱ蘭と一緒に食えるって幸せだなv。食べるたびに元気がモリモリついてく感じがする。」
「///!もう。何言ってんのよ。ドイツから帰ってから毎日それ言ってるじゃない。もう///。恥ずかしいんだから・・・///。」
「別にネボケてなんかいねーぜ?本気でそう思ってんだけど。」
「///!」
「結婚してまだ3ヶ月ちょっとなのに、オレ、半分以上家空けてただろ?今は映画のことがあっから、父さんと母さんがちょくちょく顔を出してくれてっけど、それでも蘭を一人にさせてることに変わりねーから。・・・ずっと、気になってたんだ。お前が淋しがってんじゃねえか、ガマンしてんじゃねえかって。」
「///!・・・しんいち。」

嬉しそうに朝食を摂る箸を休め、本当に真剣に自分を窺う新一の様子に、向井あって食事を摂る蘭の箸も止まった。
真剣な瞳のうちに、Jビレッジやドイツに離れてもずっと自分を気遣っていたという新一の心を感じて。

「・・・ばか。」

目にあついものがこみ上げかかった蘭は、とっさに俯くと、なんとか心を落ち着かせて泣き笑いの笑顔を見せた。

「ありがと、大丈夫よ。」
「蘭。・・・だって、お前・・。」
「違うの。何だか、嬉しくて・・・だから。」
「蘭・・・。」

蘭の泣き笑いの顔を見てすぐさま席を立ち、蘭の傍らに回りこんだ新一は、そっと、蘭の頭を胸元に抱きこんだ。

「どんなにあちこち飛び回っても、オレが帰るのはお前のトコだけだから。」
「ん・・・。」
「心はいつでもお前の傍にいるから。」
「うん・・・うん・・・っ。」
「それだけは信じててくれよな。」
「・・・はい。」

そして、蘭の涙が落ち着くのを待って、そっと目元を指で拭うと、頬に手をすべらせて口付けをおとした。
何度か角度を変えて深く。
そっと離して軽いキスを顔中にちらし。
最後にもう一度深く、こころゆくまでキスをし。
最後に頬に口付けた。

「・・・ありがと、もう大丈夫だから。」
「そう?」

名残惜しそうに蘭を抱きしめる新一の胸元を手で押して間をとりながら、頬を赤く染めた蘭は、たしなめるように新一を見上げた。

「大丈夫よ。片づけしなきゃならないし、新一はまだごはんの途中でしょ?」
「・・・だな。」

“ご飯より蘭がいい”

結婚前だったら、そう言って更にキスを仕掛け。そのまま“それ以上のコト”に及んだのだが。
結婚後は、自分の身体を気遣って様々に工夫してくれている蘭の手料理がムダになるような振る舞いは、新一からすれば“愛を深める行為”であったとしても、蘭からすれば“嬉しくない”らしい・・・と数回の実験(爆)で学習したので。
新一は仕方ないな、という気持ちを顔に出しつつも、素直に手を離して食卓に戻ったのであった。

「随分、聞き分けが良くなったわね。」
「当たり前だろ。」
「?」
「毎日のご飯には、お前のキモチが込められてんだ。残すワケにはいかねーよ。それに、さっさと食べちまった方が早くデザートにありつけるって分かったしv。」
「///!で、デザートって///。」
「ご馳走様。皿はオレが洗っとくよ。デザートの準備、ヨロシクなv。」
「し、新一〜っ///!」

暗に、就寝前のお楽しみを促され、全身を真っ赤に染め上げた蘭だったが。
新一が見せた魅惑的な微笑とウインク、そして耳元で告げた甘い囁きに自分の心が喜んでいるのは分かっていて。

「・・・待ちが長かったら、下げちゃうからね。」
「・・・・・。」

上目遣いで恨めしそうな顔で睨んでみるものの。

「了解v。」

効果ナシどころか、余計に煽っていることを知らされる・・・という夜を(新一の帰国以降)この日も過ごすことになったのであった。



   ☆☆☆



そんなラブラブな日々が戻ってきた一方で、新一を取り巻く状況は変化を見せ始めていた。


「エアメール?差出人は・・・イングランド?!」
「こっちは・・・ドイツ?!」
「こっちはオランダ、それとスペインからも来ています!」
「何だってこんなに沢山。」
「半年前(隆祐の移籍話の時)を思い出すな〜。また比護を狙ってってヤツか?!」
「兎に角、開けてみよう。」
「なになに・・・。」
「(ハッ!)誰か、監督に連絡を入れてくれ!至急だ!」
「は、ハイッ!」

WCが終わりを向かえる頃。
ビッグ大阪フロント宛に、各国からのエアメールが届いたのである。
とりあえず、と開封して中身をざっと確かめたフロント事務員は、その内容に驚き。大慌てで近接練習場に居る監督のラムスを呼び出した。


それから10分ほど後。
フロントの求めに応じて事務所に姿を見せたラムスは、事務員から大量に届けられたエアメールを受け取ると、一通一通、ゆっくりと目を通した。

「・・・。」
「監督。」

全てに目を通しきったところで、疲れたように目頭を押さえたラムスに、困惑している事務員は、恐る恐る声をかけた。

「いかがしましょう?」
「一度に、こんなに沢山のオファーが・・・。」
「WCでの活躍を考えれば、ありえないことではないのかもしれませんが・・・。」
「大金を支払ってスピリッツから獲得してからまだ1年とたってないのに・・・。」

じっと手紙の山を見つめて考え込むラムスを遠巻きに見つめる事務員の間からは、大量に届いた“挨拶状(打診)”に困惑する声ばかりが上がっていた。

そんな事務方の遠巻きの声が聞こえているのかいないのか。
大きく息を吐いたラムスに、傍らに立っていた事務員は、緊張感からか、ビクッと身体を震わせた。

「とりあえず、オーナー(社長)に話を通すのが先決だろう。」
「そ、そうですね!」
「それと、工藤にも。」
「!」
「打診を受けているのは彼なんだ。話があることを伝えないのはオカシイというものだろう。」
「・・・そ、そうですね。」
「だが、まずはオーナーに、だ。すぐに連絡を取りなさい。」
「は、はいっ!」

ラムスの言葉で我に返り、ようやくオーナーへの報告義務を思い出すくらいに動揺していた事務方は、すぐさま大慌てでオーナーへ連絡を入れようと動き始めた。

が、よほど動転しているのか、いつもならありえないほどにドジを連発していた。
受話器を取るまでに机上の書類をひっくり返し。湯飲みを倒して大騒ぎを起こし。
電話にオーナーが出れば、報告をする声が上ずり、言葉をかみ。

「・・・やれやれ。」

その様に呆れたラムスが、掛けていた事務所のソファーから立ち上がって電話を代わり、コトの次第を報告するほどに。

『分かった、すぐそちらに向かおう。』
「よろしくお願いします。」

手短にラムスが通話を終えて受話器を置くと、最初にオーナーに電話をかけた事務員は、脂汗を流しながら、恐縮した様子で傍らで縮こまって立っていた。

「す、スミマセン。ありがとうございました。」
「No problem.Easy,easy.君が取り乱してどうする?落ち着いて、とりあえず一服したまえ。誰か、お茶の用意を。」
「は、はいっ!」

平然と他の事務員にお茶の用意を命じたラムスは、それによって用意された湯飲みを傍らに立っていた事務員に勧めると自分も取って、ソファーに戻った。
そして、茶を一口嚥下し。テーブル上の手紙の山に目をやると、軽くため息を吐いたのであった。



   ☆☆☆



「済まない、待たせたな。」
「いえ。」

ラムスがオーナーに報告してから1時間と経たないうちに、オーナーは事務所に姿を現した。

「今日は、リーグ再開前の挨拶にとメイン・スポンサーの所に出向いていてね。そこでWCに出た選手の話をしていたんだよ。だから、タイミングがいいというか悪いというか。話に驚いて、つい言葉を漏らしてしまってね。先方(メイン・スポンサー)にもこの話が知れてしまったよ。とりあえず、詳細が分かるまで他言無用にと頼んでその場は辞してきたが・・・。」
「こちらの山が、その手紙です。僭越ながら、先に目を通させていただきました。全て“工藤を獲得したい”とありました。」
「・・・そうか。どこからのモノだ?」
「イングランド、ドイツ、オランダ、スペインのクラブからですね。まずは挨拶ということのようです。リーグが再開されたら、スカウトを日本に寄越すと。まずは試合を見て、WCでのプレーがホンモノかどうか確認し、本人に接触するつもりなのでしょう。」
「なるほど。・・・で、本人は?」
「手紙が届いたばかりでして、話はまだ、これからです。」

新一にはまだ話が行ってないと聞いたオーナーは、山から一通手紙を取って中身を検めると山に戻し、ラムスを窺った。

「そうか。・・・・・では、単刀直入に訊くが。監督として、どう思っている?応じるか?断るか?」
「・・・リーグやAFCのことがありますからね。今は・・困りますね。工藤の代役は居ませんから。・・・尤も、数年先を見据えるならば、そう言ってられないんでしょうが。」

新一の将来を思えば悪くない話しだとは分かっている。
でも、年末のTクラブ杯を見据えると、眼前のAFCを勝ち抜く上で、チーム戦力の低下となる決断は避けたい。

その思いがあるからこそ。
フクザツな笑みを浮かべながらも、応えにくい質問にも即答したラムスであった。

「そうか・・・ならば。まだ工藤に伝えていないんだ。握りつぶすか?」
「?!オーナー?!」
「AFCのタイトルが掛かっているとあれば、握りつぶしたところで、メイン・スポンサーも反対はすまい。・・・どうする?」

自分の一挙手一投足を細分漏らさず見ているといわんばかりのオーナーの顔つきからは、“握りつぶし”発言が、咄嗟の思いつきの冗談ではないことが窺えて。
その顔を、強い視線で見つめ返しながら、ラムスは背に汗を流した。
膝の上で握り締めた拳にも力がこもり、汗が滲んだ。



そのまま数分が経過。
自分から視線をそらさないものの、なかなか言葉を発しないラムスに、オーナーはにんまりとした笑みを浮かべると、“では、そのようにする・・”と言おうと口を開きかけた。
と、同時に。
否、一瞬早く。
ラムスが口を開いた。

「いえ。工藤にも伝えましょう。話が来ていることも、私とチームの考えも。その上で、彼に決断させましょう。」
「?!ら、ラムス監督?!」

自分の驚きと非難の視線を受け止め。
それでも真っ直ぐ、強い視線で見つめ返すラムスに、オーナーは呆れたといわんばかりの声色で再度問いかけた。

「正気かね?!」
「はい。」

そんなオーナーとラムスの間に流れる緊迫した空気に、事務員は誰一人、動くことができなかった。

「私は工藤を信じます。・・・彼が、(今は)ビッグを選んでくれることを。」

そして、そう毅然と言い放つラムスの横顔を、固唾を呑んで見守るだけだった。

「・・・良かろう。君がそう信じるなら、その方向で行くとしよう。」

ラムスを取り巻くオーラ(気迫)に押されたオーナーは、諦めたようにため息を吐き、諾意を示した。

「が、その場には、私も同席させてもらおう。それでよいかな?」
「分かりました。」

ラムスは立ち上がると、自分の気持ちを受けて、握りつぶすことは思いとどまってくれたオーナーに感謝の思いをこめて一礼すると、席を後にした。

「・・・信じる、か。」

ラムスの消えた扉を一瞥したオーナーは、改めて手紙の山に視線を移すと、事務員に命じて大至急の翻訳を命じた。と同時に、話の告知までに、新一の(完全移籍時の)契約書面を(確認用として)用意するよう、指示を出した。

「・・・信は大事だ。が、オーナーとしては、契約はそれと同等以上だ。」


まだ、工藤を出すわけにはいかない


との思いをこめて。



to be countinued…….





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