レジスタ!




By 泉智様



(25)



WCドイツ大会は、7月上旬、イタリアの優勝で幕を閉じた。
そして、WCのために5月下旬より中断していたJ1は、7月半ばのオールスター開催後、再開することとなった。

世界的にはイタリアのWC優勝で盛り上がっているものの、予選でお祭り気分が終わった日本は、お祭り騒ぎとは無縁で。
一部熱心なサッカーファンを除くと、イタリア優勝の報に街がざわめくことはなく。スポーツ紙面もTOPを野球関連のニュースが占めていた。
それでも、流石にJ1の再開が間近に迫ってくると、スポーツ紙にもサッカーの記事が戻ってくるようになり。目前に控えたオールスター戦の関心を煽るように盛り上げていた。

「オールスターが終われば、いよいよJ1再開か。」
「だな。今日のオールスター、東軍には黒羽、西軍には工藤。今度は敵味方に分かれて対決だろ?楽しみだな〜。」
「そうそう。それにFWも、東軍にはヒデ、西軍には比護だもんな。そっちも楽しみだぜ。」
「どっちが勝つかな?」
「やっぱ、東高西低だし。東軍じゃねえ?」
「そうかぁ〜?西にはビッグが居るし、中盤はほぼ互角だとしても、西軍のGKはビッグの京極だぜ?今回は西軍優勢だろ?」
「そうかなぁ?東軍にだって代表キャプテンのDF・元宮と、工藤たちと同世代のロッソの白馬がいるじゃん。守備力で劣ることはないと思うけどな。」
「う〜ん。」

当日は、出場各選手を応援する横断幕が、スタジアムに所狭しと飾られ。双方を応援するサポーターの声援が飛び交った。

前評判どおり真はいい守備を見せ、J1再開後への期待と安堵をサポーターに与えた。
対する東軍の探も、新一を起点とする西軍の攻撃に怜悧な守備・作戦で対応。決定的なチャンスを何度も潰し、次世代の新星は新一や快斗ばかりではない、真だけでなく自分もだとアピール。所属チームがJ1の優勝争いに最後まで絡むであろう期待感も与えた。

後半開始と同時に一部の選手は交代となり、東軍からはヒデと快斗、西軍からは隆祐と真がお役御免となった。
代わって東軍はナオキが、西軍は平次が入り、観客を魅了。
新一と探は後半途中で交代し、大歓声を浴びながら、ピッチを後にした。

試合は若手の活躍で盛り上がり、西軍が勝利。
再開後も、ビッグ大阪・横浜Fマリーンズ・浦和ロッソの3チームが切磋琢磨してリーグを盛り上げてくれる予感を漂わせ、終了した。



☆☆☆



「お疲れ。」
「オウ。」

試合終了後。
スタジアムから選手専用のバスに乗り込み、出場選手の宿泊所となったホテルまで移動した東西両軍の選手は、ホテルで解散となった。

隆祐・真・平次・新一・小森等、大所帯の参加となったビッグ大阪の面子は、早々に帰阪すべく荷物を手にホテルを後にしようとした。
が、そこで新一を呼び止める声が掛かった。

「新一。帰る前にちょっと話があるんだけど。いい?」
「快斗。」

ニッコリと人懐こい笑みをたたえた快斗が、出口付近で立っていたのである。
一人逸れた行動をとっていいものかと戸惑う新一に代わり、隆祐が口を開いた。

「黒羽、長くなりそうか?」
「ええ、まあ。」

隆祐は、快斗がふざけた用事で新一を呼び止めたわけではなかろうと目を見て判断。

「分かった。工藤、先に行ってるぞ。話しが済んだら連絡しろ。」
「比護さん。」
「ありがとうございます。」
「悪いと思ってんなら、黒羽、サッサと済ませて工藤を帰せよ?・・・小森、京極、服部、行くぞ。」
「はい。」

一足先に東都駅へと向かった。





「・・で?」
「とりあえず、そこの喫茶に行かない?呼び止めたお詫びに奢るから。」
「・・・ああ。」

双方、小ぶりのスーツケースを脇に置き、観葉植物の鉢植えで微妙に目隠しされた席についた。

「アイスコーヒーでいい?」
「ああ。」

手早くオーダーを済ませ。ドリンクがサーブし終わるまで、快斗は視線で新一が問いかけをしようとするのを制した。

「では、ごゆっくりどうぞ。」
「ありがと。」

ウエイトレスが二人の席を離れたところで、快斗は新一にガムシロップとミルクの入ったポットを勧め。新一が仕草のみでその申し出を拒むと、たっぷりのガムシロとミルクを自分のグラスに注ぎ込み始めた。

「・・・相変わらず甘党だな。気をつけねーと、糖尿になるぞ。」
「何言ってんだよ。これでも一応気をつけてんだぞ。」
「ふ〜ん。・・で?」

帰りの時間のこともあり、簡潔に本題に入った新一に対し。快斗は、どう客観的に見てもアイス・オーレとなったグラスにしっかりと口をつけてから、潜めるような声で応じた。

「ん・・・。大阪に帰す前に確かめたいことがあって。」
「何を?」
「新一んトコにも来てる?」
「は?来てるって、何が?」

美味しそうにドリンクを飲む快斗とは対照的に、テーブル上のグラスに手を付けず。椅子に深く掛けて意図を見抜こうと腕組みする新一は、快斗の問いに怪訝そうに顔を顰めた。

「その顔・・・トボケてるわけじゃなさそうだなぁ。」

そんな新一の反応に、快斗は本当に“新一が自分の質問の意図が分かってない”と悟り。言葉を足して問いなおした。

「だから、何なん・・。」
「シッ!声が大きい!」
「!・・・で、何なんだよ?」
「だから、新一のトコにもオファーが来てないか、って言ってんの。」
「へっ?!お前にオファーが来てんのか?!」
「ゲッ!声、声!」

慌てて向かい合う新一の口に手を伸ばして塞いだ快斗は、口を塞がれたことに驚いて、反射的に手首を掴んで引っ剥がした新一の視線に促され、話を続けた。

「い、いきなり何すんだよ。」
「シーッ、シーッ!」
「分かったから。・・・で?」
「ウチのチームの番記者がサ、ちょっと小耳にはさんだんだけど、って昨日言ってきたんだ。オレにヨーロッパのチームから数件、オファーが来てるって。」
「!・・へ〜っ。」
「でもオレ、そんな話し初耳でさ。とりあえず、そんな話は知らないって応えたんだけど、気になって。・・・オレにマジで話があるなら、新一にも絶対にあるはずだって思ったんだ。で、どうなんだ?」

ことがこうなると、流石に新一も椅子に深く掛けてふんぞり返ってはいられなくて。
テーブル上のグラスに手を伸ばした。

「驚いたな。でもオレは、何処からもそんな話は聞いてねえよ。」
「そっかぁ〜。新一が知らないってんなら、ガセかなぁ〜。」
「?!お前・・ガセだと思ってんのか?」
「!・・いや、その・・。」
「お前はその番記者の事、信じたから、オレに聞いたんだろ?」
「・・・まあ、一応。・・・・・新一はアタリだと思う?」
「さあな。」
「さあな、って・・・。」
「とりあえず、お前にダイレクトに聞いてきたってことは、それなりの根拠があんだろ。じきに何か分かるんじゃねえ?」
「かなぁ〜。」

力が抜けたように椅子の背もたれに背を預け、天井を見上げて大きく息を吐く快斗を、新一は苦笑いしながら見やった。

「なあ・・・新一。」
「ん?」
「マジだったら、どうする。お前なら、行くか?」

天井へと向けていた視線を自分に戻して真剣な様子でたずねる快斗に、新一は手にしているグラスをテーブルに置き、口を開いた。

「さあな。でも、まずは蘭に相談だな。最終的には自分で決めるけど。」
「・・・そっか。」

最初に話す相手に蘭を出すあたり、いかにも愛妻家の新一らしい・・・
どこかでそう思いつつ。
快斗はオーレ化したアイスコーヒーが僅かに残るグラスに手を伸ばした。

「お前も、ちゃんと彼女に相談しろよ?」
「ブッ?!・・・げ、ごほごほっ、し、新一?!」
「ドイツん時みたいに、彼女とのコミュニケーション不足になって、ヘタレたお前につき合わされるのは御免だかんな。」
「ごほっ、ごほっ、だ、誰がヘタレ・・っ、ごほっ。」
「ほ〜、身に覚えがないと。お前が実はIQ400ってぇ話はただのネタか?」
「ごほっ・・し、新一〜〜〜っ!」
「・・・じゃ、オレ、行くぜ。あんま遅くなると比護さんたちに迷惑かかるし。」
「お、おう。」
「ごっそーさん。」

涙目でむせる快斗をその場に残し、新一は足早にホテル玄関前に横付けされているタクシーに乗り込んだ。
そして隆祐に連絡を入れ、できる限りタクシーを飛ばしてもらい、東都駅で合流。
予定より少し遅れた新幹線で帰阪したのであった。



☆☆☆



駅に着いて(合流して)、大阪へ向かう新幹線に乗り込んでから暫く、平次に“快斗が呼び出した理由”をしつこく聞かれた新一だったが。
無言を貫き、新幹線が横浜を通過するまでに、仮眠に入ってしまった。

「ったく。工藤のヤツ、絶対何か隠しとるで。」

すっかり寝入った新一を横目で睨みながらオカンムリの平次だったが。
そこは先輩たちにたしなめられ。渋々、クラブハウスまでおとなしく団体行動をしたのであった。

「お帰りなさい。」
「ただいま帰りました。」

クラブハウスに入って、明日以降のスケジュール確認をした一同は、ようやく解散・・・となったのだが。

「工藤、帰ってきたなら話がある。ちょっと来てくれ。」
「監督。分かりました。」

一行の帰りを待っていたラムスによって新一のみが引き止められ、事務室に連れて行かれたのであった。

「快斗といい、監督といい。工藤だけに何の話なんや?」
「さあ?」
「ま、大事な話なら、次の練習ん時にでも分かるだろ。オレ、帰るわ。」
「小森さん、お疲れ様です。」
「オウ、お前等もさっさと帰れよ。」

関係者以外立ち入り禁止エリアの廊下で小森を見送る格好となった隆祐・真・平次は、何故かその場を離れがたく感じ、新一が連れ込まれた事務室のある方をじっと見つめた。

「オレは、工藤を引き止めたんが快、いうんが気になるんや。」
「服部君?」
「工藤と快は・・あ、比護さんもやけど、ドイツに行ったやないですか。」
「まあな。工藤と黒羽は新人らしくねえ元気さと頑張りぶりだったな。一緒にやって、シビレたし、思ったぜ。“この二人なら今すぐ欧州に出てもやってけるんじゃねえか”ってな。」
「比護はんがそう言わはるんやから、今オレが思てることは、十中八九間違いあらへんと思うんやけど・・・。」
「服部君?」
「ん?」
「多分、快にオファーが来とるんやと思うんですわ。せやから快は工藤にも来とると見て、相談しよったんやろうと。」
「「!」」
「せやから工藤は何も言わへんかったんやと思うんですわ。コトがコトやから、ゆうて。」
「成程ね。」
「それはありえますね。」
「やろ?」
「・・・でも、仮に服部の推測が当たっていたとして。工藤が吐かなかったのは、コトがコトだからじゃなくて、単に話す順番を考えたからじゃないかなってオレは思うけど。」
「比護さん?」
「順番て、どういうことですか?」
「だから、(ったく#、服部は)鈍いな〜。工藤が大事な話をするなら、まず嫁さんに、だろ?アイツは愛妻家なんだから。それにもし工藤が愛妻家じゃなかったとしても、生活が大きく変わるような大事は、まず嫁さんに話すのが筋ってもんだろ。」
「成程、確かに。工藤君なら尚更でしょうね。」
「〜〜〜#。」
「妬くなよ、服部。それが当たり前なんだから。お前が蘭ちゃんと張り合ってどうすんだよ。万どころか兆に一つの勝ち目もないぜ?」
「〜〜〜##。」
「じゃ、オレも帰るわ。工藤が連れてかれた理由は服部の推測どおりだろうけど。そうならどうせそのうち新聞に載るだろうし。それに、今オレ達にどうこう聞かれたって応えられねえだろうしな。」
「比護さん。」
「経験者は語るってヤツだよ。お前等もサッサと帰りな。じゃな。」
「お疲れ様です。」
「オウ。」
「じゃ、我々も帰るとしましょうか。次の試合も近いんですし。」
「・・・。」
「服部君。先ほどの比護さんの台詞じゃありませんが。今、事務室で移籍話をされてるとして。蘭さんより先に我々に内容を教えてくれる可能性は極めて低いと思います。それに行く行かないをすぐさま明言できはしないでしょうし。」
「・・・分かったわ。」

新一にかなりサッカー人生を先行されてる焦燥感からか。
はたまた快斗の方が新一との距離が近そうに感じることへの嫉妬心か。

ものすごくふてくされた様子の平次は、真に促され、渋々と言った様子を隠すことなく寮に帰ったのであった。





一方、その頃。
ラムスに呼び出された新一は事務室に通され、応接セットで待ち受けるオーナーの向かいに腰掛けていた。ラムスは二人の間に席を取り、気遣わしげに双方の様子を窺いつつ話を進めていた。

「疲れているところを済まなかったな。」
「いえ。」

新一をねぎらう言葉で穏やかに入った会談は、早々に本題へと移った。
オーナーの目配せで、お茶と一緒に出されたのは、茶菓子ではなく沢山のエアメールだったのだから。

「・・・これは?」
「全て君宛のものだよ。申し訳ないが、われわれの方で一旦中身を確認させてもらったがね。」
「そうですか・・。」

山の一番上の手紙をとった新一は、差出人欄を見て目を瞠ると、中身を取り出して読み、ラムスとオーナーを交互に見つめた。

「これは、全部同じ内容のものですか?」
「ああ。一応翻訳させて確認しなおしたが、間違いない。晩夏から始まる新シーズンから君を使いたいという申し文だ。」
「・・・確かにそうありましたね。その前にJを実際に見て、直接話してみたいともありましたが。それで僕を?」
「ああ、そうだ。今は伏せているが、いずれはマスコミがかぎつけるだろうから当人に伏せておくことはできないし。それに、チームとしての考えを君に伝えたくてね。」
「・・・はい。」

考えを伝える前から“やるまいぞ”というオーラを漂わすオーナーを前に、新一は、どんな言葉が飛び出てくるかと緊張の面持ちで言葉を待った。

「ラムス監督とも話し合ったが、チームとしては、君に残留して欲しいと願っている。何しろスピリッツに高額の移籍金を支払って獲得してからまだ半年。それに、J1・YN杯に天皇杯の連覇、そしてALC(AFCチャンピオン杯)の優勝が掛かっている大事な時期だからね。君が欧州のクラブ関係者が触手を伸ばすほどに前途有望な選手であることは、先日のWCでも証明済みだが。だからといって、“そうですか、はいどうぞ”とはできんのだよ。チームの戦力や士気にも係わろう。高額の移籍金を提示されても、チームとしてうなずくわけにはいかんのだ。」
「・・・。」
「それに、この機会に契約書を確認しなおしたが、君とは3年契約を結んでいる。違約金もバカになるまい。」
「・・・そうですね。」
「だから、チームとしては、この話、全て断ろうと思っている。その方向で進めてよいかな?」
「?!オーナー!何もこの場で決断を求めなくても!工藤には初耳のこと。いきなりではまとまる考えもまとまるはずが!」
「監督。」
「・・・ラムス君。私はビッグ大阪のオーナーとしての忌憚のないところを言ったまでだ。君も、工藤を手放すのは惜しんでいただろう。」
「ですが!何も即決させることは!暫く工藤にも考える時間を与えてやっていただけませんか?彼の選手としてのキャリアや、日本全体のサッカー界への影響も考えれば、我々の考えをおしとおすわけにはいきますまい!」
「綺麗事を。君の言うことは確かに一理あるが。だが、勝ってこそ、プロチームの面目が保てるんだ。チーム力をいたずらに下げるだけの移籍なぞ、サポーターの支持を得られるとは思えんな。それに、期限付きのころから“工藤効果”で観客は激増、グッズの売り上げやファンクラブ入会数も右肩上がりに推移している。工藤を手放すことは、チーム戦力のみならず、チーム財政にも影響が大きすぎる。経営者としては、そう易々とは容認できんよ。」
「それはそうですが、しかし!」

新一の気持ちを聞く前に既に意思を固めているオーナーと。
自分の思いは思いとして、新一の意思を尊重したいラムス。
二人のやり取りを一通り目耳にした新一は、場を納めるべく口を開いた。

「お二人の考えは、よく分かりました。」
「工藤君。」
「工藤?!」

すぐさま決断の言葉をもらえるかと期待に満ちたオーナーと。
まさか即断するのか?!という心配そうなラムスと。
二人の対照的な視線を受けながら、新一は慎重に言葉を選んだ。

「ですが、僕としては、今この場でのお返事はいたしかねます。折角戴いた手紙を見ることも無くお断りするのは、声を掛けてくださった先方に失礼かと思いますし。それに、どう決断するにせよ、そういう話があったことを家族に相談しないのは、今後マスコミにかぎつけられたことを考えると、拙いと思うんです。遅くならないうちに返答します。とりあえず、妻に相談する時間をいただけると嬉しいんですが。いかがでしょうか?」
「!工藤君。」
「工藤。」

新一の落ち着いた応答に、驚きで目を瞠るオーナーと、安堵の声を出したラムスの反応が本当に対照的で。

「・・・それが、君の考えか。」
「はい。」
「・・・確かに、このような大事を奥方に話さないのもおかしなことだな。」
「・・・。」
「よかろう。少し待とう。」
「オーナー!」
「だが、そう長くは掛けないでくれたまえ。なるべく早く、色よい返事を期待してるよ。」
「ありがとうございます。」
「・・・ラムス君。とりあえず、工藤君の意思は汲もう。だが、私の考えは変わらない。よく相談に乗ってやってくれたまえ。あと、マスコミには気取られんように。」
「・・・・・分かりました。」

かなり渋々といった様子でその場での決断を見送ったオーナーは、席を立つと、部屋を後にした。
ラムスは深く大きく安堵の息を吐くと、椅子に深く掛けて凭れ、目を閉じた。
一方で新一は、うずたかく積まれた手紙の山に手を伸ばし、一通一通、差出人を確かめていった。

「プレミアリーグ(イギリス)にリーガ・エスパニョーラ(スペイン)、エール・ディビジ(オランダ)にブンデス・リーガ(ドイツ)、ですか。そうそうたる顔ぶれですね。・・・・・監督。」
「ん?」
「マスコミのことなんですが、明日にもすっぱ抜いてくると思います。今日、試合後に快斗・・横浜の黒羽君から相談されましたから。」
「!」
「その時点で彼もまだチームから話を受けてなかったそうですが、なんでも今日のオールスター戦前に番記者からかま掛けられたって言ってました。東京方面のマスコミがネタを掴んでる以上、記事になる日はそう遠くはないだろうと。」
「・・・工藤。じゃ、お前はこの話・・・。」
「快斗・・黒羽君から言われたんですよ。“自分(快斗)にあるなら、僕(新一)にもあるはずだ”って。・・・だから、呼び出された検討はついてました。」
「そうか・・・。で、どうするつもりなんだ?お前としては。嫁さんの意見が決断に影響するのか?」

場合によっては、チーム(オーナー側)から蘭に遠まわしにでも新一を止めてくれと圧力が掛かる可能性も否定できないぞ、とにおわせたラムスの台詞に、新一は困ったような笑みを浮かべつつ、即答した。

「そうですね。彼女なら、止めるどころか“行け”と言いそうですからね。」
「・・・。」
「僕としては・・・先のことを含めてきちんと相談はします。が、決断は自分でします。少なくとも、決断した結果が彼女の負担にならないようにしたいという気持ちはありますから。」
「そうか。」
「はい。」

ゆるぎない目で自分を見つめる新一に、納得したように微笑み返したラムスは、すっかり冷めてしまったお茶を一気に飲み干すと、席を立った。

「お前にとっては今回の事、こっちに来るときに次いでの“人生の選択”だろうな。私としては、ビッグを選んでほしいが。しっかり奥方と相談して、くれぐれも後悔しないよう決断してほしい。」
「監督。」
「我々の意を汲んで残ってくれたとしても、“ああ、やっぱり受けとけばよかった”というような、心ここにあらずなプレーをされるのは困るからね。・・・しっかり悩みなさい。その上での返事を待ってるよ。」
「・・・ありがとうございます。」

立ち上がって一礼し、微笑んで手を上げて部屋を後にしたラムスを見送った新一は、事務員から大きな封筒を貰うと手紙を纏めて入れ、帰宅したのであった。


☆☆


「お帰りなさい。」
「ただいま。」
「あら、何?その封筒。」
「ああ。ちょっとな。」
「?」

上着を脱ぎネクタイを外してリビングのソファーの背にかけた新一の様子を怪訝そうに見つめながらも夕食の席についた蘭は、リビングのテーブル上に無造作に置かれた封筒を気にしつつ、新一に皿を勧めた。
夕食中は封筒のことに触れようとはしなかった新一だが。
食後、リビングに居るよう蘭を促すと。
手早く片づけを済ませ、食後の珈琲を淹れて蘭の隣に掛け、口を開いた。

「これ、メシの間も気になってたろ。」
「うん。こんなの持って帰ってくるなんて初めてだもん。何、これ。」

怪訝そうな蘭の前で、封筒の中身をガバッと取り出した新一は、それを無造作にテーブル上に置いた。

「!何、これ。全部、手紙?!」
「ああ。イギリス・スペイン・オランダ・ドイツからのものだよ。ちょっと前にチームに届いたらしい。それをオレが知ったのは今日だけどな。」
「!イギリスにスペインって・・まさか。」
「ああ。チームから話を聞かされた時に一つだけ中身を見たんだけど。“WCでのプレーでオレに興味を持ったからこっちに来ねえか、是非一緒に新シーズンを迎えたい”ってあったんだ。今日の時点でチームが全部開封して中身を確認した上で話されたから、まぁ、他のも大体同じ内容だと思う。」
「!」
「とりあえずチームには、蘭と相談する時間をくれって言ってきた。今日、オールスターの後、快斗に呼び出されてサ、アイツにも同じような話が来てるって番記者から言われたって相談されたからサ。」
「黒羽君も?っていうか、番記者って・・。」
「オールスター終了時点で、アイツもチームからそういう話が来てるとは聞いてなかったんだよ。どういうルートでかは分かんねーけど、番記者が選手本人より先に握ったってことさ。ま、オレが聞かされたんだし、今頃あいつも聞かされてるだろうさ。」
「・・・。」
「それと、明日の朝あたりにはこのネタが紙面に出そうだってことも想像つくしな。」
「!」
「だから、それより前に話してくれたチームには感謝してるんだ。蘭を驚かせずに済むし、オレとしてはチームに疑念を持たずに済むしな。」
「・・・で、新一としてはどうしたいって思ってるの?」

新一が淹れた珈琲には手をつけず。膝の上で手を組んで、キモチを落ち着かせようとしている蘭を見やった新一は、そっと蘭の肩を抱き寄せると、慰めるように叩きながら、口を開いた。

「オレとしては・・・光栄だとは思ってるし、興味はなくはないけど・・・今すぐに行く気はねえよ。」
「・・・えっ?!新一?!」
「んだよ、その驚きようは。オレが“行きたい、すぐに行くぞ!”って言うと思ったのか?」
「だって!新一、いつかは、って一生懸命言葉の勉強してるじゃない!英語もドイツ語もフランス語もペラペラだし、スペイン語だって日常会話程度は・・!」
「(苦笑)ま、それは確かにそうだけど・・・くくっ。でも、だからといって、即決行くとはなんねーよ。」
「どうして?!欧州サッカーっていえば、世界中からトップレベルの選手が集まってくるところじゃない。そこからこんなに沢山のチームが認めて手紙をくれてるのに、もったいないと思わないの?!」
「・・・オレとしては、お前と過ごせる新婚生活を手放す方が勿体ねえよ。」
「えっ?!」
「それに、目をつけられた試合っつーても、WCブラジル戦、たった1回だろ。それだけで欧州へ行って、十分やってけますって胸晴れる自信ねーしな。もう少しA代表の公式戦で結果を残してたら違ったかもしんねーけど。・・・だから、オレとしては、時期尚早だと思ってるよ。」
「・・新一。」
「ん?」
「ホントにそれだけ?無理してない?」
「蘭?」
「私がまだ学生だから・・新婚だから・・だから・・・。」
「(ムッ!)蘭!」
「(ビクッ)!」
「オレは、決めることに、誰かを足かせにすることはねえ。例えお前であっても。」
「・・・ホントに?」
「当たり前だ。行くと決めたら行くし、行かねえと決めたら行かねえ。現にビッグへの移籍の時だって(遠恋覚悟で)そうしただろうが。」
「・・・うん。」
「だから、今回は見送る。誰にもガタガタ言わせやしねえ。だから、心配すんな。」
「うん・・・分かった。」

納得したように頷いた蘭の頭を引き寄せた新一は、そっと頬を重ねたのだった。



to be countinued…….





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