銀河探偵伝説



By 槇野知宏様



(17)



 三〇〇年前、銀河帝国から脱出した人々がいる。
酷寒のアルタイル第七惑星で奴隷に等しい労働に従事させられていた共和主義者の中にアーレ・ハイネセンという青年がいた。
彼は銀河帝国から脱出して、遠い星々の彼方に共和主義の新国家を建設したい、と、念願していたが、ネックは人々を乗せる宇宙船の材料だった。
ある日、ハイネセンは子供が氷で作った小舟で遊んでいるのを見て天啓を受けた。彼がいるアルタイル第七惑星には天然のドライアイスが無尽蔵にある。
それを宇宙船にして彼等は時間にして五〇年、距離にして一万光年に及ぶ長い長い旅に乗り出した―――それが自由惑星同盟の父アーレ・ハイネセンの輝ける伝説であった。

「これは国父ハイネセンの故事に倣(なら)った作戦だ」

新一がそう言ったのは、誇っての事ではなく、ユーモアとしてである。

バーラト星系第六惑星シリューナガルは寒冷な氷の惑星である。ここから一ダースの氷塊を切り出す。
一個の氷塊は一立方キロメートル、質量にして一〇億トンとする。切り出した氷塊を宇宙空間に運ぶ。宇宙空間は絶対零度、マイナス二七三.一五度であるから氷が解ける事はない。
ここで、それぞれの氷塊を円筒形にし、中心に航行用のバサード・ラム・ジェット・エンジンを装着する。このエンジンは前方に巨大なバスケット型の磁場を投射し、イオン化されて荷電した星間物資を絡め捕る。
それは氷塊に近付くにつれ、極小時間の内に圧縮・加熱され、エンジン内で核融合の反応条件に達し、遙かに巨大なエネルギー量で後方に噴き出す。この間、氷塊は休む事無く加速を続け、スピードが光速に近付けば近付くほど、星間物資を吸入する効率は高まる。こうして氷のミサイルは亜高速を得る事が出来る。
 相対性理論の基本原理は、光速に近付くにつれ、物資の実効質量は増大する、と、いう事である。
例えば光速の九九.九パーセントのスピードで航行する物体の質量は、もとの質量の約二二倍に増える。光速の九九.九九パーセントだと七〇倍、九九.九九九パーセントだと二二三倍となる。一〇億トンの氷塊が二二三倍になれば、その質量は二二三〇億トンに達する。
微惑星規模の大きさを持つ巨大な氷塊が亜高速で衝突すれば“月女神(アルテミス)の首飾り”を形成する軍事衛星など、ひとたまりもなく木っ端微塵にされてしまうだろう。
ただ、氷塊がハイネセン本星に突入したりする事のないように発進角度は慎重に定めなければならないが、この点については副司令官と先任分艦隊司令に任せておけば良い。一二個の衛星も無人、一二個の氷塊も無人である以上、一滴の血も流れない事は確かだ。

「何か質問は?」

それに応じて、軽く挙手をしたのは渉だった。

「一二個全てを破壊して問題ないかな?後々のために幾つか残しておいた方が得策だと思うけど」
「全部壊しても問題ないでしょう。ハイネセンまで敵が侵攻して来た時点で戦争は終わりですし、ハードウェア信仰に対するショック療法も兼ねてますからね」

渉の質問は、新一が後日、政府や軍上層部から非難されるのではないか、と、いう懸念を示したものだが、新一はあっさりと言ってのけたのである。
クーデターなどが成功する、と、いう妄想を一部の人間に抱かせた原因の一つは、この“月女神の首飾り”にあるのではないか、と、新一は思っている。
他の星系、他の惑星が全て敵に制圧されても、ハイネセンだけは生き残る、と、いう浅ましい思想のシンボルがこれだ。敵をここまで侵入させねば良いのだし、そもそも戦争を回避する政治的・外交的な努力をする事が先決であろう。
“月女神の首飾り”を無力化する方法は幾つか考えたが、その中で最もインパクトのある手段を選んだのはそういう理由からである―――そして、作戦は実行された。
一二個の巨大な氷塊は、スピードを上げながら軍事衛星を目指して突進して行く。スピードが上昇するにつれ質量が増し、その大きさと重量自体が武器として強化させてゆくのである。
衛星に備わったレーダー、センサーなどの索敵システムは急接近する水素と酸素の化合物の塊をキャッチし、その質量と速度を危険因子と看做(みな)して迎撃用のレーザー砲やミサイルが氷塊に照準を定めて発射されたが、目に見える程の効果はない。
旗艦「ヒューベリオン」の艦橋では誰もが声もなくその光景を見守る中、園子と恵子が発する声だけが聞こえるのみである。

「氷塊の質量、二二三〇億トンを突破」
「“月女神の首飾り”まで、一〇、九・・・」

恵子がカウントダウンを始めると、艦橋に詰めている人々の耳が副(サブ)オペレーターに集中する。そして彼女の口が“ゼロ”と言った瞬間、氷塊と衛星は砕け散った。
氷片が乱舞し、太陽光と惑星光を反射して、めくるめく光彩を周囲の空間に投げ掛けた。氷片の一つ一つは数百トンの質量を持っているが、スクリーンの中で美しく煌めくそれは、雪の一片(ひとひら)より軽やかに思えるのだった。軍事衛星の破片など既に区別が付かなかった。


「ぜ、全滅・・・“月女神の首飾り”が・・・一個残らず・・・全滅・・・しました」

オペレーターは放心状態で、全滅、と、いう単語を繰り返し、救国軍事会議のメンバーたちは塩の柱と化したように立ち尽くしていた。
同じ言葉だけが無限に彼等の耳の中で反響を続けるかと思えた頃、何か重い物を投げ出すような音がした。グリーンヒルが椅子に崩れ込んだのである。同志たちの視線が集中する中、彼は擦れた声を振り絞った。

「全ては終わった。軍事革命は失敗した。我々は負けたのだ。それを受け入れよう」

数秒の間をおいて反対する叫びがおこった。エベンス大佐が声を張り上げ、掌をテーブルに叩き付ながら同志たちを励ました。

「まだ終わってはいません。我々には人質があります。ハイネセン一〇億の住民全て、統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官、工藤提督の両親等は我々には手中にあるのです!条件によっては交渉が成立する可能性があるのですぞ。まだ諦めるのは早い!!」
「止めるのだ。これ以上の抵抗は無益なだけでなく、国家と国民の再統合に害をもたらす。もう終わったのだ。潔(いさぎ)く終幕を迎えようではないか」

大佐の肩が落ち、色褪せた唇の間から先程、同志たちを励ました声とは違う弱々しい声が漏れた。

「では、我々はこれからどうするのですか?降伏して裁判を受けるのですか?」
「そうしたい者は、そうするが良い。私は別の途(みち)を選ぶが、その前にやっておかねばならない事がある。我々の崇高な蜂起が、帝国の野心家の策略に踊らされたものだった、などという証拠と証人を残してはならんのだ」

そう言ってグリーンヒルは厭(いと)わしげにリンチを見つめる。

「リンチ少将、私は貴官に期待していた。士官学校で二期下だった頃からだ。エル・ファシルの事件が起こった時は残念だった。だからこそ、今度は貴官の名誉を回復出来る、と、思い、庇ってもやったのだが・・・」
「アンタに見る目がなかったのさ」

アルコール漬けの元少将は冷然として事実を指摘した。グリーンヒル大将の顔色が一変した。怒り、絶望、敗北感、憎悪―――それらが渾然一体となって彼の体内で爆発した。
ブラスターの閃光が二条、室内を奔(はし)った。一条はグリーンヒルの眉間に吸い込まれ、もう一条はリンチの左耳を吹き飛ばした。叫び声に続いて、複数の光条が前後左右からリンチの身体に、細く灼熱したトンネルを穿(うが)った。
グリーンヒルに数秒遅れて、彼も床に倒れ込んだ。リンチは血の泡と共に最後の笑いを吐き出し、自分を撃った士官たちを見回した。

「バカ共が・・・オレはグリーンヒルの名誉を救ってやったのだぞ?生きて裁判に掛けられるより、ヤツは死んだ方がマシ・・・恐らくグリーンヒルもオレを殺して自殺するつもりだったのだろうがな・・・フン、名誉か・・・下らん」

血の泡が弾けて、開いたままの両目に膜がかかり始める。歩み寄ってその顔を軽く蹴飛ばしたエベンス大佐が怒鳴った。

「この汚らわしいファイルを早く燃やしてしまえ!リンチの死体も始末するのだ!我々の大義を汚す恐れの有る物は全て処分しろ!!」
「工藤提督の艦隊が軌道上に展開し、降下作戦を始めようとしていますが、どうしましょう?」

オペレーターの声が上擦(うわず)っている。エベンス大佐は眉を顰(しか)めたが、やがて決心したように頷いた。

「オレが工藤提督と話す。通信回線を繋げ」

やがてスクリーンにイゼルローン駐留機動艦隊の徽章(エムブレム)がデザインされた艦隊識別帽(スコードロン・ハット)を被った若い提督の姿が現れた。背後には彼の幕僚たちが控えていたが、スクリーン越しから放たれる威圧感にエベンスは軽くたじろいた。

「救国軍事会議議長代行として、同盟軍大佐エベンスが話をしたい。我々は敗北を知り、無駄な抵抗を断念するに至った。無用な攻撃は控えて頂きたい」
「それは結構だが・・・」

当然ながら新一は不審を抱き、救国軍事会議議長のグリーンヒル大将はどうしたのか、と、聞いた。
一呼吸おいてエベンスは答えた―――閣下は自殺された。見事な最期だった、と。
戦死にしろ自決にしろ、死ぬ事に変わりはないのだから、見事も何もない―――そう新一は思った。

「工藤提督、我々の目的は民主共和政治を浄化し、銀河帝国の専制政治をこの世から抹殺する事にあった。その理想が実現できなかったのが残念だ。工藤提督、貴官は結果として専制の存続に力を貸した事になるのだぞ?」
「専制とは、市民から選ばれない為政者が権力と暴力によって市民の自由を奪い、支配しようとする事だ。それはつまり、ハイネセンにおいて現に貴官たちがやっている事だ。貴官たちこそ専制者だ。そうじゃないのか?」

新一の声は鋭く、容赦というものが全く無い。

「違う!」
「どう違うんだ?」
「我々が求めているのは自己の権力ではない。これは一時の方便だ。腐敗した衆愚政治から祖国を救い、帝国を打倒するまでの、仮の姿だ」
「一時の方便に仮の姿ね・・・」

新一はほろ苦く呟いた。自己正当化には、どんな口実でも使えるものだ。それにしても、一時の方便とやらが、どれほど多くの犠牲を要求したことであろう。

「では問うが、我々は一五〇年の長きに亘(わた)って帝国と戦い、打倒する事が出来なかった。今後また一五〇年を費やしたとしても打倒出来ないかも知れない。そうなった時、貴官等は権力の座にずっとしがみ付き、市民の自由を奪い続けて、一時の方便だ、と、尚も主張するつもりか?」

エベンス大佐は返答に詰まったが、方向転換して反論して来る。

「今、政治の腐敗は誰でも知っている。それを正すのに、どんな方法があった?」
「政治の腐敗とは、政治家が賄賂を取る事じゃない。それは個人の腐敗であるに過ぎない。政治家が賄賂を取ってもそれを批判する事が出来ない状態を、政治の腐敗と言うんだ。貴官等は言論の統制を布告した。それだけでも貴官等が帝国の専制政治や同盟の現政治を非難する資格はなかった、と、思わないのか?」
「我々は生命と名誉を賭けていた・・・その点に関して、何者にも誹謗(ひぼう)はさせん。我々は正義を欠いていたワケではない。運と実力がほんの少し足りなかった。ただそれだけだ」
「エベンス大佐・・・」
「軍事革命、万歳!!」

通信スクリーンの画面が灰色に変わった。重苦しい雰囲気の中、探が口を開いた。

「最後の最後まで自分の誤りを認めませんでしたね」
「人それぞれの正義だからな」

憮然として新一は答え、真に上陸の用意をするよう命じた。こうして工藤艦隊はハイネセンの地上に無血上陸を果たしたのである。



 自由惑星同盟のクーデターが鎮圧される前、銀河帝国の内乱も終結に向かいつつあったが、一つの悲劇が生じた。
ブラウンシュヴァイク公の甥で、公の代わりに惑星ヴェスターラントを治めていたシャイド男爵が“禿鷲の城(ガイエスブルグ)”要塞へ逃げ込んで来た。
ヴェスータラントは緑と水の乏しい乾燥性の惑星ある。地味は肥えているので、数少ないオアシスで集約的な農耕と希土類元素の採取が行われていた。
シャイド男爵は無能な統治者ではなかったが、若さのせいもあって施策に柔軟さが欠けていた。また伯父であるブラウンシュヴァイク公を援助しようという意図から、民衆に対する搾取が激しくなった。
今まではそれが通用したが、ラインハルトの急激な台頭によって大貴族支配体制の箍(たが)が緩み、内戦がにまで発展した事を民衆も知っている。反抗の気運が生まれたのを知ったシャイド男爵は民衆に対して弾圧を実施したが、反抗は内圧を高める。
幾度か繰り返されたそれは民衆の大規模な暴動を引き起こし、シャイド男爵の圧政に報いた。彼は重傷を負いながらも単身、シャトルを駆って“禿鷲の城”要塞へ逃亡したが、到着後、程無く死亡した。
特権を持つ者は、それを持たない人々の全存在、全人格を容易に否定出来る。ブラウンシュヴァイク公は民衆に圧政に対する反抗する権利どころか、大貴族の許可なしに民衆が生きる権利すら認めていなかった。
民衆の中の病人や老人など、貴族に奉仕する事が出来ない者は、家畜より無益で、従って生きる資格もない―――そう信じている。
そのような身分の卑しき者共が、大貴族に反抗し、あまつさえ彼の甥までも殺したのである。ブラウンシュヴァイク公は怒り狂い、自らの怒りを正当なものと信じた。そしてヴェスターラントに対する核攻撃を決めたのである。
さすがに全員が賛成しなかった。核攻撃といえば熱核兵器を使用する事であり、多量の死の灰(フォール・アウト)を撒き散らすその攻撃法は、かつて地球にある一つの国家に二回使用されて以来、タブーになっていた事もある。思慮深い事で知られるアンスバッハ准将は冷静さを欠く盟主を説得した。

「お怒りはごもっともですが、ヴェスターラントは閣下のご領。そこに核攻撃を加えるのはいかがなものかと存じます。ローエングラム候と対峙している状況下で余分な兵力を裂くワケにはまいりません。全住民を殺すと仰るのはご無理というもの。首謀者を処罰すればよろしいではありませんか」
「黙れ!ヴェスターラントはワシの領地だ。当然、ワシにはあの惑星を身分卑しき者共もろとも吹き飛ばす権利がある。ルドルフ大帝は何億人という暴徒を誅戮(ちゅうりく)あそばし、帝国の基盤をお固めになったではないか!!」

説得を断念したアンスバッハは、盟主の前から退出すると溜息まじりに独語した。

「ゴールデンバウム王朝もこれで終わった。自らの手足を切り取って、どうして立っている事が出来よう」

ヤーコプ・ハウプトマン少佐なる人物がそれをブラウンシュヴァイク公に密告した。彼は激怒し、アンスバッハを捕えさせたが、彼の功績と人望を考慮して監禁するだけに留めた。
メルカッツもヴェスターラントへの核攻撃計画の中止とアンスバッハの釈放を訴えようとしたが、公は面会を拒否した―――それを見たハウプトマン少佐は意味ありげな笑みを浮かべた。


 旗艦「ブリュンヒルト」に届いた手紙の最初の一通を見て、若い帝国元帥は微笑した。

「ほう、伯爵令嬢(フロイライン)マリーンドルフからの手紙か」

ヒルダことヒルデガルド・フォン・マリーンドルフの知性と活力に富んだ瞳の輝きをラインハルトは思い浮かべた。カードを再生装置にかけると、ヒルダの生き生きとした映像が彼に語りかけてきた。
その内容は、大半が帝都オーディンにおけるラインハルト派の貴族や官僚の動静に関する報告書に近いものであったが、彼の注意を惹いたのは帝国宰相リヒテンラーデ公爵について述べた部分であった。

『宰相閣下は国政全般を統轄なさる一方、帝都の貴族たちの間を熱心に動き回っておられます。どうやら、何かしら遠大な計画を持っておいでのようですわ』

ヒルダの表情にも声にも皮肉そうな、それでいて真剣な揺らめきがあり、ラインハルトに向かって注意を呼び掛けているのだ。そこへオーベルシュタインが入室してきた。

「閣下、お忙しいところを失礼致します」
「ブラウンシュヴァイクの方はどうだ?」

真っ先にラインハルトが聞いたのはブラウンシュヴァイク公の動静であった。オーベルシュタインはハウプトマン少佐から得た情報を上司に報告した。

「なるほど。ブラウンシュヴァイクはメルカッツに続いてアンスバッハをも遠ざけたか」
「はい。アンスバッハ准将はブラウンシュヴァイクの忠臣です。その彼が遠ざけられ、貴族連合の内部に動揺が走っております」

オーベルシュタインの言葉に頷いたラインハルトは先ほどヒルダから送られた手紙を義眼の総参謀長に見せた。

「この件につき卿の意見を聞きたい」
「伯爵令嬢の仰る通り警戒すべきです。何かしらの策(て)を打っておくのが宜しいかと」
「卿は急ぎオーディンに還り、後背で蠢動する古狸を撃つ準備をせよ」
「御意」
「その前にヴェスターラントに対する核攻撃を防がねばならんな。オーベルシュタイン、核攻撃を阻止する部隊を編成して速やかにヴェスターラントへ向かわせよ」
「閣下。この際、血迷ったブラウンシュヴァイクに、この残虐な攻撃を実行させるべきです」

冷徹な男は言う―――その有様を撮影して大貴族共の非人道性の証(あかし)とすれば、彼等の支配下にある民衆や平民出身の将兵たちが離反する事は疑いない。阻止するより、その方が効果がある、と。
恐怖をしらない金髪の若者が、この時はさすがに怯む色を見せた。ヴェスターラントには二〇〇万の民衆がいるのだ。目の前にいる男はそれを見殺しにしろ、と、言っているのだ。

「この内戦が長引けば、より多くの死者が出るでしょう。また大貴族共が仮に勝てば、このような事はこの先何度でも起こります。ですから、彼らの凶悪さを帝国全土に知らしめ、彼等に宇宙を統治する権利はない、と、宣伝する必要があるのです」
「卿は、ここは目をつぶれ、と、言うのか?」
「帝国二五〇億人民のためにです、閣下。そしてより迅速な覇権確立のために」
「・・・いや、私には罪もない二〇〇万の民衆をむざむざ殺されるのを見たくはない。すぐさま迎撃部隊をヴェスターラントに派遣せよ」
「閣下!?」
「これは命令だ。下がれ」

一礼して部屋から退出したオーベルシュタインであったが、ラインハルトが反対する事は既に読んでいた。彼は部屋の外で待機していたフェルナー大佐に小さく耳打ちをした。

「予定通り、ローエングラム候が迎撃艦隊をヴェスターラントへ派遣した、と、いう情報を貴族連合に流布させるのだ」
「では、先行無人偵察衛星を今からヴェスターラントへ向けて発進させますが宜しいでしょうか?」

今や腹心となったフェルナーの声にオーベルシュタインは無表情に頷いた。


 ヴェスターラントには五〇に余るオアシスが散在している。
それを除けば、赤茶けた岩山、砂漠、塩湖などが地平線まで広がり、一人の人間も居住していない。つまり、オアシスごとに核ミサイルを叩き込めば、惑星の全住民二〇〇万人を文字通り皆殺し(ジェノサイド)出来るのだ。
オーベルシュタインの命を受けて発進させた無人偵察衛星は、ブラウンシュヴァイク公から核攻撃の命を受けた部隊より早く、惑星軌道上に達し、地表を観察している。
その日、オアシスの一つでは集会が行われていた。貴族の支配を実力で排除したものの、将来の計画は立っていない。これからどうすれば良いのか。如何にして住民の平和と幸福を確保すべきなのか、それが議題である。
貴族統治のもとで、自主的な討議を行う事が久しくなかった人々にとって、集会は一大事業であり、記念すべき祭典ですらあった。

「ローエングラム候は平民の味方だそうじゃないか。あの方に守って頂こう」

そういう意見が出ると、賛同の声がおこった。実際問題として、それ以外に途(みち)はないのである。話がまとまりかけた時、母親に抱かれた幼児の一人が空の一角を指差した。
青みがかった闇の中を一条の軌跡が斜めに走るのを人々が見た瞬間、純白の閃光が全ての光景を脱色した。
音速三五〇メートルの爆風が人々、表土、植物、そして建物を薙ぎ倒す。爆心地の地表温度は四〇〇〇度を超え、地表にある全てのものを一瞬で炭にする。
吹き飛ばされて高空に舞い上がった多量の土砂が雨のように降り注ぎ、生者も死者も関係なく埋葬していった。

 モニターTVの画面を見ていた若い下士官が蒼白な表情で椅子から離れ、床に蹲(うずくま)って胃液を吐いた。
誰もそれを咎めようとせず、彼と同じ行動をした者もいれば、偵察衛星から送り込まれる画像に視線を集中して声をひとつも上げようとしない者もいる。
彼等は今更に知ったのである。強い人間が弱い人間に対して一方的に加える暴虐ほど宇宙の法則を汚すものはない、と、いう事を。
 ラインハルトが私室から艦橋に戻った時、真っ先に視界に入ったのはヴェスターラントの状況だった。彼は指揮シートの傍に立つオーベルシュタインを見やった。

「オーベルシュタイン、これはどういう事か?」
「迎撃部隊が間に合わなかったのです」
「何だと・・・貴様、まさか!?」
「終わってしまった事はどうしようもありません。これを帝国全土に流すのです。貴族共と我々のどちらに正義はあるか、子供でも理解するでしょう。貴族共は自分で自分の首を絞めたのです」

淡々と何事も無かったかのように話すオーベルシュタインに対して、ラインハルトは、二〇〇万人の民衆を助け出す方法があったのではないか、と、問うた。
それに対するオーベルシュタインの返答は、他の方法もあったかも知れないが、自分の知恵では他の方法を見つける事は出来なかった、と、やや突き放したようなものであった。

「先ほども言いましたが、終わってしまった事を今更言うのは仕方ないこと。この上は状況を最大限に利用すべきです。それに閣下は迎撃部隊を出されたではありませんか」

迎撃部隊を出した事が免罪符になるワケではない。ラインハルトはオーベルシュタインを見据えた。蒼白色(アイスブルー)の瞳に浮かんだ嫌悪の色は、相手に対するものか、自分自身に対するものか分らなかった。

 ヴェスターラントの惨劇は超光速通信の映像によって帝国全土に流された。それは各地に怒りと動揺を生んだ。民心は加速的に大貴族による旧体制から離れ、貴族たちもブラウンシュヴァイク公に未来なし、との見方を強めていった。
辺境星区を平定していたキルヒアイスは、ラインハルトと合流すべく“禿鷲の城”要塞に向けて艦隊を進めていた。彼もその映像を見て怒りを露わにしたが、キルヒアイスと別に辺境星区を攻略して合流した旧知のカール・ロベルト・シュタインメッツ中将から、聞き捨てならぬものを聞いたので、耳を疑って聞き返した。

「シュタインメッツ提督はローエングラム候がヴェスターラントの虐殺を見て見ぬふりをした、と、仰られるのですか?しかし、ローエングラム候は迎撃部隊を派遣して間に合わなかったとの事ですが?」
「あくまでも噂です。確かにローエングラム候は迎撃部隊を派遣しましたが、あの偵察衛星は間に合ってます。政治宣伝を狙ったものではないか、と、いう噂もあります」
「その件については私がローエングラム候に直接お聞きします。我が艦隊はもとよりシュタインメッツ提督も艦隊に緘口令を敷いて下さい」

シュタインメッツが去るとキルヒアイスは私室のスクリーンを眺めた。

「ラインハルト様には、もうすぐお目にかかれる。その時に真偽を直接確認すれば良い。だが、確かめてどうする。虚報であれば良いが、真実だったらどうする?」

そうキルヒアイスは自問したが明快な答えは出てこなかった。これまでラインハルトの正義はキルヒアイス自身の正義でもあった。
それが一致しなくなる日が来るのだろうか。離反して、互いに生きていける自分たちではないはずなのに・・・



 新一は蘭を伴って宇宙艦隊司令部へおもむき、投降した下士官からビュコック提督の監禁場所を聞き出し、すぐに釈放、病院へ運ばせた。
四ヶ月を超す長い監禁生活で老提督は肉体的に弱っていたものの、眼には鋭い光があり、話しぶりも明晰そのもので新一と蘭を安心させた。

「面目ない事だ。ワシは全く新一の役に立てなかった。せっかく情報をもらっておったというのにな」
「オレこそ遅くなってご迷惑をかけました。何かご入用のものはありませんか?」
「そうさな・・・妻に会って手料理を食べたいのもあるが、さしあたってウィスキーを一杯欲しいもんだな」
「そう言うと思ったので持って来てますよ」

新一が蘭の方に視線を向けると、彼女はウィスキーの小瓶とサンドイッチの入った容器を差し出した。

「ほう。なかなか準備が良い事だて」
「監禁された人々の心理を考えたら、まず好きな人に会いたい、手料理を食べたい、アルコールが飲みたい、ですからね」
「さすがは新一じゃ・・・うむ、蘭くんのサンドイッチは絶品だな。それはそうとこのウィスキーはどうしたのじゃ?」
「毛利大佐が隠し持っていたヤツから少しばかり拝借して来ました」
「新一。少し、と、いうレヴェルじゃないでしょ。お父さんが怒っても知らないから」

病室内に三人の笑い声が響く。ビュコックにしてみれば久しぶりの笑いである。笑い声が収まると、老提督は声のトーンを落とした。

「グリーンヒル大将はどうした?」
「亡くなりました」
「・・・そうか、また老人が生き残ってしまったか」

グリーンヒル大将に、人質の高官や市民を道連れにしない良識があった事を新一は感謝した。もっとも統合作戦本部長代行を解放した時は、そうでもなかったが。
事後処理をしなければならない事は山のように新一の目の前に立ちはだかっていた。クーデターの失敗と、憲章秩序の回復を同盟全土に伝え、被害状況等の調査、救国軍事会議の生存者の逮捕、グリーンヒル大将やエベンス大佐などの死者についても検死報告を作らねばならない。
新一はビュコックから宇宙艦隊司令部ビルの一室をイゼルローン駐留機動艦隊の仮司令部として借りる許可を貰い、自ら先導して、蘭や探、紅子たちと共に流れるようなスピードで仕事を処理していった。四人が一息つくまでに戦勝パレードのコースや時刻まで決めてしまうほどの鮮やかさだった。
漸く事務作業を終え、蘭がコーヒー、紅子が紅茶を淹れに行ってる時に市街地のパトロールに出掛けていた真から連絡が入った―――事件の最高責任者を発見した、と、いうのである。

「京極さん、それってヤツですか?」
『はい。最高評議会議長です』

確かに聞くのも嫌な名前だった。クーデター発生以来、行方不明になっていたトリューニヒトが姿を現わしたというのである。
市内をパトロールしていた真が地上車(ランド・カー)に乗って宇宙艦隊司令部ビルに戻ろうとした時、古い建物の傍で呼び止められたのである。

「トリューニヒト最高評議会議長ですか?」

分かっているのに聞いてしまう。新一がこの世で最も嫌っている人物が笑っている。

「そうだ。君たちの国家元首だ」

自由惑星同盟最高評議会議長ヨブ・トリューニヒトは柔らかな口調で言った。戦場においては恐怖と戦い慣れている真は背筋に寒気を感じた。

「君は京極真准将だね。イゼルローン要塞攻略の功労者、と、聞いているよ」

真は形だけの敬礼を行う。イゼルローン攻略については新一だけでなく真の名前を高めたのだが、彼はトリューニヒトに何らかの警戒感を抱いた。
トリューニヒトの背後に一四、五人の男女がいた。文字が書かれた布を首にかけ、表情に愛嬌のない人々だった。

「こちらは私を匿ってくれた地球教徒の人々だ。私は彼らの地下教会にこもって、非道な軍国主義者を打倒すべく、長い間、努力していたのだよ」

何を言っているのだ、この御仁は?安全な場所に隠れ、全てが終わってから這い出して来ただけではないか―――そう真は思った。

「さあ、私を官邸に連れて行ってくれ。私が無事な事を全市民に知らせて、喜んでもらわなくてはならんからな」

仕方なく真は議長を乗せて地上車を走らせ、官邸前にいた“薔薇の騎士(ローゼンリッター)”連隊長の赤井秀一中佐に押し付けたのだった。

「ちっ・・・一難去って、また一難かよ」

事の次第を聞いた新一は国家元首を“災難”呼ばわりして舌打ちをしたが、笑い切れないものを感じずにはいられなかった。
地球教の信者にトリューニヒトは匿われていたという。かつての憂国騎士団がそうだったように、地球教徒たちもトリューニヒトに利用されているのだろうか。それとも・・・



「キルヒアイス、御苦労だった」

赤毛の友人と再会した時、ラインハルトは輝かんばかりの表情で言った。
別動隊を指揮して帝国各地を転戦したキルヒアイスは、ラインハルトの分身としての任務を果たしていた。貴族連合の副盟主リッテンハイム候を宇宙の塵とし、降伏した兵力を吸収して新たに編成し直し、辺境を平定し尽くして、彼はラインハルトと合流したのである。

「キルヒアイス提督の武勲は巨大過ぎる」

ラインハルトの司令部で、昨今はそういう囁きすら生じている。それは称賛であると同時に、妬みであり、警戒ですらあった。
ラインハルトが貴族連合軍の本隊との戦いに専念出来たのは、キルヒアイスが周辺を経略し、安定させた事が重要な一因であった。
その事は万人が認め、ラインハルト自身が語っている。キルヒアイスの武勲がどれほど巨大であれ、ラインハルトのために立てられたものである事を彼は知っているのだ。

「疲れただろう。まあ座れ。ワインとコーヒー、どちらにする?姉上の手作りの菓子があれば良いが、前線では贅沢も言えないな。オーディンに帰還した時の楽しみにとっておこう」
「ラインハルト様、お話があります」

好意に感謝しながらも、キルヒアイスは一刻も早く、事の真偽を確認せずにいられなかった。

「何だ?」
「ヴェスターラントで二〇〇万人の住民が虐殺された件です。ラインハルト様が計画を知りながら、政略的な理由で黙認した、と、いう噂があります」
「その事か・・・事実だ」

いやいやながらラインハルトは認めた。子供の頃からアンネローゼとキルヒアイスにだけは嘘をつけない彼だった。
キルヒアイスの表情は真剣で、事をナアナアで済ませるつもりがないのは明白だった。彼は全身で吐息した。

「ラインハルト様が覇権をお求めになるのは、現在の帝国―――ゴールデンバウム王朝に存在しえない公正さに拠ってこそ意味がある、と、私は考えていました」
「そんな事はお前に言われるまでもない」

ラインハルトは不利を自覚していた。一対一、と、いうのが良くないかも知れない。対等だった少年の日に戻ってしまう。
こういう時は一喝して部下を退けさせる事の出来る上下関係の方が好ましかった。無論、そう思わせたのはヴェスターラントの虐殺に対して彼が抱いている後ろめたさなのである。

「大貴族たちが滅亡するのは歴史の必然、五〇〇年来のツケを清算するのですから、流血も止むを得ない事です。しかし、民衆を犠牲にするのは、御自分の足元の土を掘り崩すようなものではありませんか」
「分かっている、と、言っただろう」
「相手が大貴族共であれば、殊は権力闘争、どんな策をお使いになっても恥じる事はありません。ですが民衆を犠牲になされば、手は血に汚れ、どのような美辞麗句をもってしても、その汚れを洗い落とす事は不可能でしょう。ラインハルト様とあろう方が、一時の利益のために、御自分を貶められるのですか?」

金髪の若者は、今では青白い顔になっていた。主張の正しさにおいて、自分が敗北に直面している事を彼は認めざるを得なかった。

「・・・済まなかった、キルヒアイス。お前の言う通りだ。あんな事は一度きりだ。今後は絶対にしない」

その声は戦場で味方を叱咤するような苛烈な声ではなく、親に叱られて涙ぐむ子供の弱々しさを持つ声だった。

「ラインハルト様、今後あのような手段は用いないで下さい」
「ああ、分かった・・・オレに説教をして疲れただろう?お前のために部屋を用意してある。今日はゆっくり休んでくれ」

一礼してキルヒアイスが部屋から去ると、ラインハルトは椅子に座り、部屋の天井を見上げたて呟いた―――オレのせいで亡くなったヴェスターラントの住民には詫びなければならないな、と。



 人工天体“禿鷲の城(ガイエスブルグ)”要塞は完全に孤立し、ラインハルト軍の重包囲下の中にある。
そこに残された人々は信じられぬ思いだった。つい半年前、この要塞には数千の貴族とその軍隊が参集し、銀河帝国の首都が移転して来たかのような活気に溢れていた。
それが現在、相次ぐ民衆の反抗、兵士の離反、軍事的な敗北によって、それは貴族たちの巨大な棺と化そうとしている。彼らに与えられた選択肢は戦死、自殺、逃亡、降伏の四つだけであった。
既に自殺者が出始めていた。年老いた貴族や内戦で息子に先立たれた貴族たちである。ある者は全てを諦めて毒をあおぎ、またある者はラインハルトに対する憎悪と呪詛(じゅそ)を並べ立てながら手首の血管を切った。自殺者が一人出る毎に、生き残った者は凋落(ちょうらく)の思いを強くした。
ブラウンシュヴァイク公は酒に溺れた。彼は若い貴族を集めて大騒ぎをし、アルコールの力を借りて精神を奮い立たせ、成り上がり者の金髪の孺子(こぞう)を殺して、その頭蓋骨で酒杯(さかずき)を作ってやる、と、怒鳴った。

「何故、こうなったのだ?」
「これからどうなる?盟主はどうお考えか?」
「何も仰らぬが、あの状況では何も考えてはいまい」

ブラウンシュヴァイク公を囲む集団から離れた位置で彼等を見ている貴族たちは眉をひそめ、将来に対してますます悲観的になった。
そんな彼らの中をヤーコプ・ハウプトマン少佐は若手の貴族の格好をして適当に相槌を打ったり、比較的良心的な貴族たちを煽ったりしている。
ハウプトマンはアントン・フェルナー大佐の部下であるが、今回の内乱に際しては“禿鷲の城”要塞に潜入し、各種の諜報工作等に従事している。

「フェザーンへ逃亡するか、叛徒共のところへ亡命するかの二者択一を選ばざるを得ないな」
「いや、降伏という方法もあるではないか?」
「例え降伏と言ったところで、金髪の孺子―――いや、ローエングラム候が受け入れてくれるだろうか?」
「手ぶらでは受け入れてくれるのは難しいでしょうな。ここは手土産が必要かと」

ハウプトマンが声を小さくすると、周囲にいた貴族たちは彼の言葉に耳を貸す。

「手土産とは一体?」
「例えば、ブラウンシュヴァイク公の御首(みしるし)とか・・・」

彼らは周囲を見渡した。自分たちの考えている事に後ろめたさを感じずにはいられなかったのである。その視線の先では若い貴族たちはアルコールを浴びた口調で盟主に直言した―――一戦して、金髪の孺子の首を獲れば良い。そうすれば歴史は変わり、過去の敗北は償われる。最後の一戦を挑むしか途(みち)はない、と。
若い貴族たちの勇ましいだけの言葉にブラウンシュヴァイク公は大きく頷いた。残余の兵力を結集し、起死回生の決戦を準備したのである。



 一方、ラインハルトはオーベルシュタインの持論である“ナンバー2不要論”を散々と聞かされている最中であった。
ラインハルトは言う―――例え、全宇宙が私の敵になってもキルヒアイスは私の味方をするだろう。実際、今までずっとそうだった。だから私も彼に報いて来たのだ。そのどこが悪いのか。
義眼の総参謀長は言う―――キルヒアイス提督を追放しろとか粛清するとか申し上げているのではありません。ミッターマイヤー、ロイエンタール等と同等に置き、部下の一員として待遇なさるように、と、申し上げているのです。組織にナンバー2は必要ありません。有能なら有能なりに、無能なら無能なりに、組織を損ねます。ナンバー1に対する部下の忠誠心は、代替のきくものであってはなりません。

「分かった、もう良い。くどくど言うな」

ラインハルトは吐き出した。彼にとって不愉快だったのは、オーベルシュタインの言う事が理屈として正しかったからである。更にキルヒアイスも余程の事でもない限り、彼の公室や私室に来る事がなくなったからである。
それにしても、と、ラインハルトは思う。オーベルシュタインの言う事は正しいのに相手の感銘を呼ばないのだろうか。


 ミッターマイヤーはロイエンタールの部屋に来て、二人でポーカーを楽しんでいた。テーブルの上にコーヒーポットを置き、長期戦の構えである。

「ローエングラム候とオーベルシュタインがまたやりあったらしい」

ミッターマイヤーが言うと、ロイエンタールは金銀妖瞳(ヘテロクロミア)を強く光らせた。

「例の“ナンバー2不要論”の事でか?」

ロイエンタールの言葉にミッターマイヤーは頷き、互いにカードを三枚取り換える。今度はロイエンタールが口を開く。

「我が参謀長殿は、ローエングラム候がキルヒアイスを公私共に重用なさるのを気に病んでるらしい。論としては一理あるが・・・」
「オーベルシュタインか。頭の切れる男だ。それは認めるが、どうも平地に乱を起こす癖があるな。今まで上手く運んでいたものを、理屈に合わないから、と、いって無理に改める事はない。殊に人間同士の関係をな」

ミッターマイヤーの声には行為の欠片すらなかったが、カードを見て引き締まった頬の線を崩した。

「オレの勝ちだな、ジャックのフォーカードだ。明日のワインは卿の奢りだぞ」
「オレもフォーカード」

金銀妖瞳の男は人の悪い笑顔を見せた。

「クィーン三枚とジョーカーのな。お気の毒だ、疾風ウォルフ(ウォルフ・デア・シュトルム)」
「相変わらず御夫人方には好かれるな。今日はどうも調子が悪い。早々に撤退しする事にしよう」


そう言ってミッターマイヤーがカードをテーブルに投げ出した時、警報が鳴り響いた。“禿鷲の城”要塞から敵が出撃して来たのである。




続く





注:「銀河英雄伝説」は田中芳樹先生、「名探偵コナン」「まじっく快斗」は青山剛昌先生の著作物です。


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