銀河探偵伝説



By 槇野知宏様



(3)



 椅子から放り出された新一は思いっきり背中を強打した。
その衝撃で息が詰まり、呼吸の自然回復を待っているウチにも周囲で入り乱れる声が彼の耳に流れ込む。

『こちら後部砲塔。艦橋応答せよ。ご指示を願います』
『こちら機関室。艦橋応答して下さい』

頭にかかっている靄(もや)を振り払いながら立ち上がろうとした時、傍らに倒れている人物に気付く。額と口から流れる濃い色調の液体が顔半分と口から胸元にかけて覆い、徐々に広がりつつあった。

「司令官!」

そう呟いて新一は目暮の顔を覗き込み、両足を踏みしめて立ち上がる。艦橋を見渡して殆ど立ち上がる者がいないのを確認すると、艦内マイクを操作して矢継ぎ早に指示を出していく。

「司令官及び幕僚、艦橋要員の殆どが負傷した。軍医及び看護兵は至急、艦橋へ来てくれ」
「運用士官は直ちに応急隊を編成、艦内外のチェックを速やかに実施。報告はその後で構わない」
「“薔薇の騎士(ローゼンリッター)”連隊長は予備隊を編成し、直ちに艦橋へ一五名を派出せよ。後部砲塔は既に全艦隊が戦闘状態に突入しているので臨機応変に対応するように・・・機関室はどうした?」
『艦橋の状態が心配だったので連絡しました。機関部は異状なし、全力発揮可能です』
「それは良かった・・・艦橋は機能しているので、安心して任務を遂行するように」

指示を与えた後、再び艦橋を見渡す。

「士官及び准士官で無事な者はいないか?」
「私たちは大丈夫です。副参謀長」

危ない足取りで少佐の階級章を付けた女性士官と男性士官が近づいてきた。

「幕僚チームの宮本由美少佐と千葉少佐ですね」

他の幕僚たちの安否を確認すると、機材に押し潰されて呻き声をあげている者、既に心臓が停止している者もいる。艦橋を見渡せば航宙士、通信員が各一名、戦術分析オペレーターが二名だけ。

「他にはいないのかよ・・・」

新一は床に跳ね飛ばされた艦隊識別帽(スコードロンハット)を被り直して溜め息と共に呟いた。これでは第二艦隊司令部だけでなく「パトロクロス」艦橋要員も全滅と言ってもいい。
そこへ軍医と看護兵の一団が駆けつけ、目暮だけでなく負傷兵を手際よく診察、応急処置を施していく。
診察の結果、司令官は飛んできた計器の破片で額を切り、肋骨は指揮卓の角で胸を強打したため骨折したのだろう、と、軍医は新一に告げた。

『擦過傷と打撲程度で済んだオレは余程、運が良かったんだろうな』

実際、司令官の右側にいた艦隊参謀長は吹き飛ばされた時に床か壁で頭を強打して意識不明、司令官に至っては肋骨を折る重傷なので新一がそう考えるのも無理はない。

「工藤くん・・・」

激痛に顔を歪めながら、目暮が若い幕僚を呼んだ。

「君に艦隊の指揮を任せる。健在な士官の中で、どうやら君が最高位のようだ」
「しかし准将の先任者は佐藤准将ですが、私で宜しいのですか?」
「彼女は君の才能を高く評価している。用兵家としての君の手腕を、存分に発揮し・・・」

声が途切れ、中将は失神した。それを見た軍医が救急用のロボットカーを呼ぶ。
やがてロボットカーが到着し、目暮が医務室へ運ばれるのと入れ違いに新一が要請した一五名の予備隊が司令官代理となった新一の前に整列する。

「“薔薇の騎士”連隊、京極大佐以下一四名。予備隊として出頭致しました」

その声に頷いた新一は予備隊一〇名と千葉を艦橋要務、由美と予備隊四名を司令部要務に回し、真に艦長代行をさせる事にした。

「京極大佐・・・いえ京極さん、ご無沙汰してます。前に所属していた艦隊では負傷した艦長に代わって沈着冷静に艦の指揮を執り続けた、と、有名ですよ」
「工藤司令官代行・・・いえ工藤くん、こちらこそ。噂は聞いてますよ―――民間人三〇〇万人を救ったエル・ファシルの英雄、と」

互いに顔を見合わせて笑うと、新一は艦内外マイクのスイッチを入れた。

「全艦隊に告げる。オレは第二艦隊副参謀長の工藤准将だ。旗艦『パトロクロス』が被弾し、司令官の目暮中将が負傷された。司令官の命令によりオレが艦隊の指揮を引き継ぐ」

全将兵が驚愕から沈静化するタイミングを見計らって、再度口を開く。

「オレの言う事を聞いていれば生き残れる。生き残りたい者は指示に従ってくれ。負けはしない。例え敵が有利でも最後に勝ってれば良いんだ。新たな指示があるまで各艦は攻撃に専念せよ」

我ながら偉そうな事を言っているな、と、思わないでもないが、司令官は部下に対して不安を抱かせてはならないし、司令官が動揺しては艦隊全てが浮き足立ちかねないからだ。
ふと新一の口から苦笑が漏れ聞こえてきたので、真が司令官代理の方に顔を向ける。

「どうしたのですか?」
「いえ。今の通信を傍受しているであろう敵の司令官が、何て言ってるのかな、と、思いましてね」
「で、司令官代理のご意見は?」
「負けてるのに大言壮語を吐く輩、と、言ってるんじゃないですか?」




 敵の通信などを傍受する帝国軍敵信班は新一が全艦隊に発した声をキャッチしており、それを聞いたラインハルトは形の良い眉を僅かに吊り上げた。

「負けはしない。自分の命令に従えば助かる、か。ずいぶんな大言を吐く輩が叛乱軍にいるらしい・・・お手並み拝見と行こうか」

蒼氷色(アイスブルー)の瞳を光らせたラインハルトはキルヒアイスに陣形の再編成を各部隊に伝達するよう命じる。

「全艦隊に紡錘陣形をとるように指示を与えてくれ。理由は分かるな?」
「このまま敵艦隊の中央を突破なさるのですね」

腹心の声に黄金色の髪を持つ指揮官は満足そうに頷く。そして彼の指令は帝国軍全部隊に伝えられた。




「やはりそう来たか」

帝国軍の陣形再編成を見ていた新一は自分の予想が的中した事を見て呟いた。兵力に大差のない場合、攻勢に転じる側にとって有効な戦法は中央突破もしくは半包囲である。
既に第四、第六艦隊を撃破して士気の高い帝国軍が半包囲より、中央突破戦法に出てくるだろうと彼は予想していた。

「宮本少佐」
「はい。司令官代理」
「敵が紡錘陣形を取りつつあります。恐らく中央突破を図る気でしょう。複数の通信回路を使用して各艦に戦術コンピュータC(チャーリー)4回路を開くよう連絡して下さい」

下手に無線や発光信号を使用すれば敵に解読される恐れがあるが、戦術コンピュータの中に入力しておけば敵に知られる事はない。

「了解しました・・・しかし何故ですか?」
「第四、第六艦隊が壊滅した時点でコンピュータに敵に対する戦術を二、三個入力しておいたんです。現在の帝国軍の行動からC4回路に叩き込んだ戦術が妥当でしょう」
「すると司令官代理は我が軍がこうなる事を予測しておられたのですか?」
「昨日上手くいった戦術が今日上手くいくとは限らない。軍人は常に万が一の場合を想定しないといけませんから・・・とにかく各艦に連絡をお願いします」

新一の言葉を受けた由美が通信班の席へ駆けて行った。増員を得たからといって元々の艦橋要員より数が少ない。
軍用艦艇は陸上施設と違って過剰人数はいないのだから、現在艦橋にいる二二名で艦橋及び司令部要務を運用しなければならないのだ。
問題はそれだけではない。負傷した目暮から司令官代理を要請されたとはいえ、二四歳の若造が出す作戦に従って動いてくれるかどうか?
現段階で帝国軍は新一の予測を超えていない。もっともこれから先、一歩どころか半歩間違えば全軍が瓦解する可能性を秘めている・・・その時はどうする?

「ま、その時はその時で新しい作戦でも考えるさ」

新一は自分自身にそう言い聞かせる。彼は造物主ではないから全ての物事を完全に予測する事は出来ない。自分の能力を超えた事にまでは責任は持てないのだ。



 艦橋に設置してあるスクリーンやパネルが光に覆われる。戦艦「パトロクロス」は、ありとあらゆる方角から押し寄せる破壊と死を生み出す光芒の渦中にいた。
「パトロクロス」自身も砲門を開いて中性子ビームという名前の破壊と死を司る光を帝国軍に叩き付けている。人的、あるいは物的なエネルギーの莫大な消費をしてこそ、勝利と生還という道が開かれるのだ。

「敵戦艦急速接近!艦型照合の結果、戦艦『ワレンシュタイン』と思われます」

オペレーター席の千葉が報告すると同時に艦長代行の真の命令が響く。

「主砲斉射!目標至近!」

「パトロクロス」の艦首に装備されている四〇門の主砲から一斉にビームが放たれ「ワレンシュタイン」は音もなく四散した。
艦橋内に歓声がこだまするが、撃沈した「ワレンシュタイン」の後方から戦艦「ケルンテン」が僚艦の核融合爆発の余波をものともせず巨体を現すと、歓声がどよめきに変わる。

「帝国軍の戦意が高いですね」
「二個艦隊を壊滅させた昂揚感が帝国軍の重厚な陣容と戦意の高さに繋がってるんですよ」

真と二人でそんな会話をしているうちに「ケルンテン」から放たれる中性子ビーム砲がエネルギー中和磁場に弾かれて周囲が青白く彩られる。

「こちらも応戦せよ」

敵艦に負けじと「パトロクロス」からも砲撃が加えられるが、互いに致命傷を与えられない。

「『ケルンテン』との方位変わらず、距離近づくっ!」

千葉の絶叫に近い報告と共に、その巨体がスクリーン一杯に広がり艦橋内から驚愕の声と悲鳴が漏れる中、司令官代理と艦長代理は驚く素振りすら見せずメインスクリーンを凝視している。

「右三〇度方向へ・・・先の命令を取り消す。艦体を右緊急傾斜、急げ。全乗員は艦の傾斜に備えて何かに捕まれ」

落ち着き払った真の声と同時に艦体が右へ大きく傾き「パトロクロス」は「ケルンテン」との正面衝突を避ける事に成功した。
新一と真の二人は指揮シートを掴んで身体を支え、横を通過する敵戦艦には目もくれず前方だけを直視している。
正面からの衝突は回避したものの、互いの舷側同士が擦れる音が耳に入り、左舷側のセンサーやレーザー機銃群に少なからず損害が出た、との報告が二人の耳に入った。

「見事な操艦でした。今度から戦艦の艦長に異動したらどうです?」
「いえ身体を動かすのが趣味なので、白兵戦の方が私の性に合ってますよ」

新一と真は互いの顔を見合わせて笑う。この光景を見た将兵は二人の剛胆さに舌を巻いたものだ。
二隻の戦艦が離れていく中、体勢を立て直しつつある「パトロクロス」だが、新一は戦術コンピュータのディスプレイに映し出された戦況図を睨み付けている。
全体的に帝国軍は前進、同盟軍は後退という形を見せていたが、その動きが次第に速さを増し、帝国軍が急速前進、同盟軍が急速後退していくのが分かった。
戦闘に参加している全将兵がこの光景を目にすれば、帝国軍が勝利、同盟軍が敗北したと確信したであろう。
実際にラインハルトは中央突破戦法が成功しつつあるのを視認して勝利を確信した―――どうやら勝ったな、と、会心の笑みを口元に浮かべる。
一方、新一も真と由美に向かってラインハルトと同様の波長を持つ言葉を漏らした―――どうやら、うまく行きましたね、と。
帝国軍の前進に合わせて後退し左右に分断される同盟軍―――誰もがそう思ったであろうが、これは新一の作戦案を見た美和子と渉が創意工夫を凝らした擬態であった。
艦隊運用の達人と名人コンビは、あたかも帝国軍の紡錘陣によって艦隊が真っ二つに千切られたように見せつけながらも艦艇群を統御し、司令官代理の新たな指令を待っている。

「さすが“鬼の佐藤、仏の高木”だ。作戦を考えたオレが言うのも何だが、ホントに帝国軍に分断されたかと思ったぜ」

そう呟いた新一の口から新たな指令が飛び出す。それは同盟軍反撃の狼煙となる命令であった。

「全艦隊、最大戦速で前進!このまま帝国軍の左右を逆進して後背へ回り込むぞ!!」




 戦況を見ているラインハルトの顔が困惑の色によって少しずつ濃くなっていった。
彼は指揮席に座ったままスクリーンを睨み付けているが、体内では苛立たしさが沸き上がっていく。
味方は前進し、敵は後退中―――中央突破戦法をかけられた同盟軍は左右に分断されつつある。
旗艦に備え付けてあるスクリーン、戦術コンピュータ、そして先頭集団からの報告も同一事項を告げているにも関わらず、自らの神経が不快感に冒されていくのをラインハルトは感じた。
指揮席の肘当てを右指で叩きつつ、不快感を表していたラインハルトは同盟軍の意図を悟って呻き声を上げた。

「そう言う事か・・・しまった」

その声はオペレーターの絶叫にかき消されて誰の耳にも入らなかった。

「叛乱軍が左右に分かれました!こ、これは我が軍の左右を高速で逆進して行きます!」
「キルヒアイス!」

艦橋を包む驚愕のどよめきの中、ラインハルトは副官を呼んだ。

「してやられた・・・叛乱軍は左右に分かれて我が軍の後背へ回る気だ。中央突破戦法を逆手に取られるとは・・・くそっ」

金髪の指揮官は顔に似合わない悪態を吐いて、拳を肘当てに思いっきり叩き付けた。

「どうなさいます?反転迎撃なさいますか?」
「冗談ではない。お前はオレに敵の第六艦隊司令官以上の愚か者になれと言うのか?」

キルヒアイスの声は沈着さを含んでおり、ラインハルトは一時的に激昂した神経が落ち着いていく事を自覚した。

「では前進するしかないですね」
「その通りだ。全艦隊、最大戦速で前進!逆進する敵の背後に食らいつけ。回頭方向は右だ、急げ!!」

副官の言葉に頷いたラインハルトは通信担当士官にそう命じた。



 
 先陣として帝国軍の後背へ襲いかかったのは第八一○、第一四一二の両駆逐艦戦隊である。
旗艦の艦橋に仁王立ちした平次が被っていた艦隊識別帽を被り直すと同時に声を張り上げた。

「ええか、これから弔い合戦や!本日この時まで敵にボコボコにされた分、利子付けて返したれ・・・全艦突撃や!!」

いつも艦隊識別帽の庇を後ろにしている司令がそれを前に持ってきた時、攻撃モードに入る事を部下たちは了解していた。
部隊の機動力と攻撃力を利用して帝国軍の後背部へ猛然と突進する第八一○駆逐艦戦隊をスクリーンで確認した快斗も麾下の部隊に攻撃命令を下す。

「平ちゃんが動いたな。それじゃオレも動くか・・・第八一○駆逐艦戦隊に遅れるな!全艦、最大戦速で突撃せよ!!」

友人と違って前半はのんびり且つ冷静な声であったが、後半の声は平次に負けず劣らないほどの凄みと鋭さがあった。
直線的に後方へ突撃した平次に対し、右斜め後方から敵艦隊を切り崩すように部隊を動かした快斗の艦隊運動は、まさに“奇術師(マジシャン)”と、称されるのに相応しいものだ。
二人の意図するところは麾下駆逐艦戦隊の持つ長所をフル活用して、敵陣に突入し、混戦状態を作り上げて敵の指揮系統を圧迫するのが狙いである。
若き指揮官の艦隊運動は戦術ディスプレイに表示されているのだが、その戦術運動は巧緻を極めており、各艦の艦橋にいる者は感嘆の声を上げた。

「第八一○、一四一二両駆逐艦戦隊、帝国軍後背部へ突入。交戦状態に突入しました」

由美の声に頷いた新一は更なる指示を与える。

「これから近接戦闘に移る。スパルタニアン全機発進用意」

 司令官代理の指令が、全艦隊に伝わると母艦機能を持つ艦艇の動きが慌ただしさを増した。
整備員や搭乗員の声が格納庫内に響き渡り、今まで何も出来なかった鬱憤が爆発したかのように各艦の格納庫は活気に満ちる。
「パトロクロス」格納庫内では、第五九四独立空戦隊に所属する三人の搭乗員が恒例となった戦闘前の儀式を行っていた。
全員一八歳という若さであり、そのうち一人は女性である。しかしパイロットスーツの胸に付けられている階級章は准尉。
この三人は一昨年の第六次イゼルローン要塞攻略戦を初陣とし、去年の第四次ティアマト会戦といった激戦を生き抜いた熟練搭乗員だ。
各員の撃墜数は合計しても二〇機にも満たないが、それ以上に上回っているのが艦艇の撃沈数である。雷撃艇や駆逐艦といった小艦艇はともかく、巡航艦や宇宙母艦、戦艦までも撃沈し、その数は三〇隻に近い。
これは三人のコンビネーションが生み出した戦果であり、准尉という階級を考えれば空戦隊の小隊長あたりが妥当なのであるが、上層部は三人を組ませる事によって生み出される戦果を期待している。

「じゃ、いつものヤツ、やるぞ」

リーダー格の小嶋元太准尉の右手の上に吉田歩美准尉、円谷光彦准尉がそれぞれ右片手を重ね合わせる。

「「「One for all,All for one(一人は皆のために、皆は一人のために)!!!」」」

言い終わると、重ね合わせていた手を一気に解き離して、それぞれの愛機に向かった。

「今回の戦いは負けてるけど、オレたちだけでも勝とうぜ!」
「「了解」」

元太の呼びかけに他の二人が応じ、管制室からの発進許可と共に星々の大海へと躍り出て編隊を組もうとした時、戦場の変化に光彦が気付いた。

「どうしたの、光彦くん?」
「帝国軍は僕たちの前にいたのに、いつの間に後ろへ回り込んだんでしょう?」
「そう言えばそうだよな・・・ま、オレたちは自分の仕事をしようぜ。光彦、歩美、編隊を組んで突入するぞ」

編隊を組んだ三機は他の機を先導する形で帝国軍へと向かっていく。戦場へ到着すると、そこは同盟軍の一方的な展開と化していた。
帝国軍の後方に布陣していたのはエルラッハ少将の部隊であったが、第八一○、第一四一二の両駆逐艦戦隊の巧妙かつ機動的な攻撃に対処しきれず、戦線の至る所が寸断されつつあった。
総司令官からの命令は前進であったが、エルラッハは司令部の命令に拘泥すれば、自分の艦隊は全滅してしまうのではないか、という恐れがあった。
ここは司令部の命令を無視してでも反転迎撃すべきではないのか?そう考えた彼は麾下の部隊に反転逆撃命令を下す。
旗艦「ハイデンハイム」が回頭を開始し僚艦もそれに続くが、こういう状況を同盟軍が見逃すはずがなく、たちどころに護衛の戦艦、巡航艦などが火球と化していく。

「元太くん。前方に回頭途中の敵戦艦一隻」

通信機から聞こえる歩美の声を聞いた元太は目標を視認し、光彦と歩美にその戦艦を攻撃する事を告げた。

「二人とも聞いてるか?前にいるバカでかい戦艦を狙う」

通常のスパルタニアンは艇首にウラン二三八弾を発射する機関砲四門、胴体背面に連装レーザー機銃一基を装備しているが、三人のスパルタニアンは標準装備以上の強力な武装が施されている。
元太の機は胴体側面部に対艦ミサイルポット、光彦と歩美のそれには小口径多連装ミサイルランチャーが装備されている。
スパルタニアンはこのような武装も可能なだが、艇の重量増加にともなう機動力の低下、推進剤の消費量増大に繋がるため、実戦で使用するのは熟練搭乗員に限られているのだ。
それを実戦で難なく使いこなすあたり、この三人の技量が優れているかが伺える。

「オレと歩美が後部から側面部、光彦は上部から攻撃」

元太がそう言ってコクピットから左右の機に視線を向けると、光彦が親指を立て、左隣の歩美は右手を振って了解の意を示す。

「これより全機突入する・・・行くぞ!」

リーダーの号令と共に三人のスパルタニアンは機速を増し、前方の戦艦―――「ハイデンハイム」に向かって攻撃態勢を取りながら突入する。




「敵艦載機三機、急速接近!攻撃態勢を取りつつありますっ!!」

「ハイデンハイム」艦橋で索敵担当の乗員が絶叫し、それを聞いた艦長が直ちに命じた。

「対艦載機用レーザー機銃群、迎撃急げ!至近にいる護衛艦にも弾幕を張るように伝えろ!!」

回頭途中なので回避行動が取れない以上、装備されている対艦載機用のレーザー機銃で応戦するしかないのだが、あまりにも遅すぎた命令であったと言っても過言ではない。
「ハイデンハイム」のレーザー機銃群が射撃を開始した時には、既に絶好の射点位置を占めていたスパルタニアンから死神の使者と化したミサイルが発射された後だった。
半瞬をおいてハイデンハイムは艦後部にある機関室に四発の対艦ミサイルの直撃を受け、巨体を大きく振動させる。
そこへもう一機のスパルタニアンから多量のミサイルが右側面部に叩き込まれた。先程の対艦ミサイルと違って破壊力は小さいが、艦の防御力などを削るのには最適の兵器である。

「右舷及び中央機関部、被弾により推進力低下!」
「右舷レーザー機銃群大破。使用不能!」
「機関科より、核融合炉が危険状態である、との報告ですっ!」

艦橋に入る被害報告と警報音の全てが旗艦が末期状態である事を知らせていた。

「閣下、この艦の命運は尽きました。退艦のご許可を・・・」
「敵艦載機一機、直上っ!」

呆然自失のエルラッハ少将に詰め寄る艦長の声と索敵オペレーターの声が重なる。オペレーターの声に天頂スクリーンを見た艦橋にいる全員の目に映ったのは、敵艦載機から小口径ミサイルが降り注ぐ光景だった。
瞬間、「ハイデンハイム」艦体上部にミサイルが降り注ぎ、艦橋だけでなく上部に装備してあるレーザー機銃群や通信用アンテナを吹き飛ばす。声を上げる猶予すら与えられずエルラッハ少将以下、艦橋にいた全員が戦死。
やがて「ハイデンハイム」は断末魔の叫びを上げて爆沈した。この光景は帝国軍総旗艦「ブリュンヒルト」から視認されており、総指揮官は冷然と言葉を吐き捨てただけであった。

「何という低能だ。自業自得とはこの事だな」

そう言ったものの帝国軍としては高級指揮官の戦死であり、帝国軍の勝利に一抹の影を落とした事は確実であろう。
ラインハルトは通信士官に、先刻の命令の遵守せよ、と、全艦隊へ連絡するよう命令を出した後、指揮席に座ったまま戦況を見つめていた。




 三〇分後、両軍の陣形は輪状に連なっていた。
第三者が見れば、光り輝く二匹の長大な蛇が互いに相手を尾から呑み込もうとしているように見えたかもしれない。
同盟軍の先頭集団―――第八一○、第一四一二両駆逐艦戦隊―――は、帝国軍のエルラッハ艦隊を壊滅させた後、その前方にいるフォーゲル中将の艦隊を高速で浸食中。
対する帝国軍の先頭集団―――ファーレンハイト、メルカッツ両艦隊―――は、同盟軍の後方部隊に襲いかかっているが、この方面の指揮官である美和子と渉の防戦により浸食率は同盟軍より悪い。

「こんな奇妙な陣形は始めて見ます」

戦術モニターの疑似モデルに映し出されている赤と緑の輪を見つめていた由美が嘆声を漏らし、真も彼女の言葉に同意して頷く。

「考えた本人が言うのも何ですが、オレ自身そう思ってますよ」

そう二人に言いながら、新一はこの状態が消耗戦である事を最初から承知していた。帝国軍の指揮官であるローエングラム伯ラインハルトは愚かな用兵家ではない。
現状をみて流血と破壊を増大させるだけの消耗戦をよしとせず、早期に撤退を考えるであろう。敵をその決断に追いやるために新一が考えた作戦であった。

「もうすぐ、敵は退き始めるでしょう」
「では追撃なさいますか?」

由美の質問に新一はかぶりを振った。

「追撃はしません。敵が後退すると同時に我々も後退します。これ以上の戦闘は両軍にとって意味がありませんからね」




「ブリュンヒルト」では、両軍の陣形を見ていたラインハルトが憤激の叫びを上げていた。

「何たる無様な陣形だ!これでは消耗戦ではないか・・・」

最後の方は声を抑えて苦々しく呟いていたが、彼もこの陣形が意味する事を十分に承知している。

「キルヒアイス、どう思う?」
「敵の意図は消耗戦に引き込む事によって我が軍を後退させるのが狙いかと思います。愚見ですがそろそろ潮時ではないでしょうか?」
「お前もそう思うか?」
「これ以上戦っても双方ともに損害が増し、戦略的にも意味がありません」

キルヒアイスの声にラインハルトは頷いたが、顔には釈然としない色が漂っている。理性的には納得しているのだが、感情的には納得出来ていないのだ。

「悔しいのですか?」
「そんな事はないが、本音を言えば、もう少し勝ちたかったな」
「二倍の敵に包囲されながら二個艦隊を壊滅させ、一個艦隊には背後を衝かれながら互角に戦ったのです。これ以上を望むのは、いささか欲が深いかと」
「そうだな。後日の楽しみに取っておくとしよう」

やがて両軍は砲火を交えつつも次第に陣形を横に展開し、互いに距離を置き始めると砲火が静まっていく。

「なかなか、やるじゃないか」

ラインハルトの声には忌々しさと賞賛の念が溶け合っていた。暫く考え込んでいた司令官は何かを思いついたらしく副官を呼んだ。

「敵の第二艦隊司令官代理・・・確か工藤新一准将だったな。その男にオレの名で電文を送ってくれ」
「どのような文章で送信すれば宜しいでしょうか?」
「そうだな、貴官の勇戦に敬意を表す。再戦の日まで壮健なれ、これで良いだろう」
「畏まりました」

キルヒアイスが通信オペレーターの元へ向かったのを確認したラインハルトは新たな命令を発した。

「全艦隊、艦列を整えろ。これより帝都オーディンへ帰還する」

途中でイゼルローン要塞に寄港する事、敵味方の損害を算出する事などを付け加えたラインハルトは、指揮座の背もたれを倒して目を閉じた。
帰路の設定は航法システムに任せておけばよいし、何かあればキルヒアイスが呼びに来るだろう・・・そう考えながらラインハルトは眠りについた。




 一方、新一はラインハルトと違い、敗軍の将としての事後処理―――敗残兵の収容、負傷兵の収容と後送、そして被害の算出などに追われていた。
漸く事後処理に一息ついて真、由美とインスタントコーヒーを飲んでいた新一に千葉が、帝国軍からの電文が送られてきました、と、報告する。
千葉からバインダーを受け取って、電文を読んでいた司令官代理が苦笑を浮かべたのを三人は見て取った。

「どうしたのですか、副参・・・いえ、司令官代理」
「貴官の勇戦に敬意を表す。再戦の日まで壮健なれ。銀河帝国軍上級大将ラインハルト・フォン・ローエングラム・・・今度会ったら叩き潰す、と、いう事ですよ」
「どうしましょう・・・返信しますか?」
「返信する必要はありません。先方も返事が来る事を期待していないでしょう」

千葉の質問にそう答えた新一の目に、指揮卓に置かれている被害報告書と戦闘前に目暮中将に提出した作戦提案書が目に入る。
作戦提案書に目を向けながら、こんな形で自分が提案した意見の正しさが照明されるとはな、と、思いつつ彼は口元に苦笑を浮かべた。
被害報告書はざっと目を通しただけであったが、それに記されていたデータは既に彼の頭に入っている。
その犠牲がどれほどの数に上るのか、軍高官たちの血の気の引いた顔を想像しながら、新一は苦いインスタントコーヒーを飲み干した。



 こうして「アスターテ星域会戦」は終結した。
参加人員は同盟軍四〇七万七〇〇〇名、帝国軍二五五万九七〇〇名。参加艦艇は同盟軍四万隻余、帝国軍二万隻余。
戦死者は同盟軍一五一万九〇〇〇名余、帝国軍は一六万四五〇〇名余。喪失及び大破した艦艇は同盟軍二万四七〇〇隻余、帝国軍三三〇〇隻余。
同盟軍の大敗といっても過言ではないが、アスターテ星系への帝国軍の侵入は辛うじて防がれたのであった。




続く





注:「銀河英雄伝説」は田中芳樹先生、「名探偵コナン」「まじっく快斗」は青山剛昌先生の著作物です。


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