銀河探偵伝説



By 槇野知宏様



(9)



 宇宙暦七九六年八月一二日、自由惑星同盟の首都ハイネセンにおいて帝国領侵攻作戦会議が開かれた。
統合作戦本部地下の会議室に集まったのは、本部長、服部平蔵元帥以下三六名で、その中には一ヶ月前に中将に昇進したばかりの新一もいる。
彼の顔色はさえない。イゼルローン要塞さえ占領してしまえば対帝国との戦争は遠のくと思っていた。
しかし四日前に探と紅子、そして阿笠から、最高評議会において帝国領侵攻作戦が可決された、と、いう話を聞いて以降、自分の若さや甘さを痛感していた。
この時期の出兵論、戦争拡大論に対して論理的正当性を認める気にはなれなかったのは当然だった―――ましてや選挙のためだけに出兵する自体、馬鹿げた行為だと確信している。
イゼルローンでの勝利は新一の個人プレイが成功しただけに過ぎず、それにふさわしい実力を同盟軍が備えていたワケではない。軍は疲弊し、それを支える国力が下降線をたどっているのが実状である。
ところが新一が把握しているその事実を、軍や政府の一部の高官は理解していないように思える。軍事的勝利は麻薬と同じであり、イゼルローン占領という甘美な麻薬は人々に好戦的幻覚を見せているようだ。
現に冷静であるべき言論機関すら異口同音に、帝国領への侵攻、を、連呼している―――これは政府の情報操作の賜物かも知れなかったが。 
イゼルローン攻略の代償が少な過ぎたのだろうか、と新一は思う。これが数万にのぼる流血であれば、国民は、もうたくさんだ、と、言ったであろう。
我々は勝ったが疲れ果てた、一休みをして過去を振り返って未来に想いを馳せてみようではないか、戦いに値する何物が存在するのか、と。
 しかし現実はそうならなかった。勝利とは斯くも容易なものだ、勝利の果実とは斯くの如く美味なものだ、と、大部分の国民は考えてしまった。
皮肉な事に彼らをそう思わせたのは新一自身である。若い提督にはその事は不本意極まる事態であり、コーヒーを飲む量が増える一方なため、蘭を心配させていた。
遠征軍の陣容は公式的には発表されてはいないが、既に決定している。総司令官は同盟軍宇宙艦隊司令長官ラザール・ロボス元帥自身が就任する。
副司令官は置かれず、総参謀長の座を占めるのは軍内で良識派として知られるドワイト・グリーンヒル大将、作戦主任参謀コーネフ中将、情報主任参謀ビロライネン少将、後方主任参謀に阿笠志保少将が配置される。事務処理の手腕を評価された志保にとっては久々の前線勤務だった。
作戦主任参謀の下には作戦参謀五名が置かれ、その中に新一たちから散々に酷評されているアンドリュー・フォーク准将がいる。今回の遠征計画を立案したのがこの陰気な青年士官だった。
情報参謀及び後方参謀は三名の参謀が配置され、情報参謀の中には蘭の父親で、志保と同じく久々の前線勤務となる毛利小五郎大佐がいる。
以上一六名に高級副官や通信・警備その他要員が加わって総司令部を構成し、実戦部隊としては新一と探が予想した通り八個艦隊が動員される事となった。

第三艦隊司令官 ルフェーブル中将(旗艦「ク・ホリン」)
第五艦隊司令官 アレクサンドル・ビュコック中将(旗艦「リオ・グランデ」)
第七艦隊司令官 ホーウッド中将(旗艦「ケツアルコアトル」)
第八艦隊司令官 アップルトン中将(旗艦「クリシュナ」)
第九艦隊司令官 アル・サレム中将(旗艦「パラミデュース」)
第一〇艦隊司令官 ウランフ中将(旗艦「盤古(バン・グゥ)」)
第一二艦隊司令官 ボロディン中将(旗艦「ペルーン」)
第一三艦隊司令官 工藤新一中将(旗艦「ヒューベリオン」)

 同盟軍宇宙艦隊を編成する一〇個艦隊のうち、ハイネセンに残留するのは第一、第一一の二個艦隊のみである。
これに装甲機動歩兵、大気圏内空戦隊、水陸両用部隊、水上部隊、レンジャー部隊、その他各種の独立部隊、国内治安部隊の中から重装備要員が参加し、非戦闘要員としては技術、工兵、補給、通信、管制、整備、電子情報、医療などの各分野において最大限の人的動員がされる。
総動員数は三〇二二万七四〇〇名、これは同盟軍全体の六割が一挙に投入される事を意味していた。そしてそれは自由惑星同盟の総人口一三〇億の〇.二三パーセントでもある。
歴戦の提督たちも前例のない大規模な作戦を前にして無心ではいられず、出てもいない汗を拭ったり、用意された冷水を立て続けにあおったり、隣席の同僚と私語をする姿が目立つ中、新一は黙ったまま前方を見つめている。



 午前九時四五分、服部平蔵統合作戦本部長が高級副官を伴って入室すると、すぐに会議が開始された。

「今回の帝国領への遠征計画はとうに最高評議会によって決定された事やが・・・」

訥々というより、もさもさという感じの平蔵の声や表情には高揚感が無い。彼が今回の出兵に反対である事を列席している諸将は知っていた。

「遠征軍の具体的な行動案はまだ樹立されとらへん。本日の会議はそれを決定するためのものや。同盟軍が自由の軍隊である事は今更言うまでもない。その精神に基づいて活発な提案と議論をするよう希望する」

 積極性を欠く発言に本部長の苦悩を見て取った者、逆に教育者じみた語調に軽い反発を感じた者もいたが、本部長が椅子に座って腕組みをしたまま口を閉ざすと会議室は沈黙に包まれた。
それぞれの思いに浸っているのだろうが、新一は一昨日、第一三艦隊情報収集担当である探と紅子、阿笠や志保から聞いた事を脳裏で反芻していた。
今回の帝国領侵攻は統治者が失政を誤魔化すための常套手段の一つだ、と、新一は断定している。人間が老いていくように、国家も堕落と退廃が約束されているかも知れない
国父アーレ・ハイネセンが知ったらさぞ嘆き悲しむだろう。彼の希望は高さ五〇メートルの白亜の巨像を建ててもらう事ではなく、権力者の恣意によって市民の権利と自由が侵されない社会体制を築き上げられる事だった。

『命懸けで逃れよ、後ろを振り向いてはならない。低地には何処にも立ち止まってはならない。ロトがゾアルの町に逃げ延びた時、太陽が昇った。主は天から硫黄と火をゴモラとソドムの上に降らせ、これらの町を悉く滅ぼされた』

ふと、新一は旧約聖書の一節を思い出した。彼は無神論者ではあるが、造物主とやらがいたらハイネセンはとうの昔に火の海にされてしまっていたであろう。
それにしても選挙に勝って四年間の政権を維持するために三〇〇〇万を越える将兵を戦場へ送り込むという発想自体が新一の理解を超える。安全な場所にいる輩は利益を独占したいがため、三〇〇〇万将兵を死地へ送り込んで高みの見物というワケだ。
戦争をする者とさせる者との不合理極まる相関関係は文明発生以来、少しも変わっていない。まだ古代の覇王の方が陣頭に立って自らの身を危険に晒しているだけマシかも知れず、戦争をさせる者の倫理性は下落する一方と言えるだろう。

「今回の遠征は我が同盟開闢以来の壮挙であると信じます。幕僚としてそれに参加させて頂ける事は武人の名誉、これに過ぎたるはありません」

それが最初の発言だった。抑揚に乏しく原稿を棒読みするような声の主はアンドリュー・フォーク准将である。新一とは士官学校の同期生で同じ年齢のはずだが、年齢より老けて見え、新一の方が年少に見える。
血色の悪い顔は肉付きが薄いが眉目そのものは悪くはない。ただ対象をすくい上げる上目づかいと歪んだような口元が彼の印象をやや暗いものにしていたが、新一たちに言わせるなら、コイツは昔からこんなだったよな、と。
フォークが延々と軍部の壮挙というか暴挙―――つまるところ自分が立案した作戦―――を美辞麗句で自賛した後、続いて発言したのは第一〇艦隊司令官のウランフ中将だった。
彼は古代地球世界の半ばを征服したと言われる騎馬民族の末裔で筋骨逞しい壮年の男である。肌の色は平次と真と同じで浅黒く、両目は鋭く輝いている。同盟軍の諸提督の中でも勇将として市民の人気が高い。

「我々は軍人である以上、征け、と、命令があればどこへでも征く。まして暴虐なゴールデンバウム王朝の本拠地を突く、と、言うのであれば喜んで出征しよう。だが雄図と無謀はイコールではない。周到な準備が欠かせないが、この遠征の戦略上の目的をまず伺いたい」

 ウランフが着席すると、今度は新一が発言する。
帝国領に侵入し、敵と一戦を交えてそれで可(よし)とするのか?帝国領の一部を武力占拠するとしても一時的にか恒久的にか?
もし恒久的であるなら占拠地の防備をどうするのか?それとも帝国軍に壊滅的打撃を与えて、皇帝に和平を誓わせるまで帰還しないのか?それ以上に作戦自体が短期的なのか長期的なものなのか?

「まず、その辺りを具体的に説明して頂きたい」

新一が着席すると、返答を促すように服部、ロボス両元帥の視線がフォーク准将に向けられた。
大軍をもって帝国領の奥深く侵攻する。それだけで帝国軍だけでなく一般市民の心胆を寒からしめる事が出来る―――それがフォークの回答だったが、それを聞いたウランフがフォークに尋ねる。

「では戦わずして退く、と、解釈しても良いのか?」
「それは高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対応する事になろうと思います」

ウランフは眉をしかめて不満の意を示した。

「もう少し具体的に言ってもらいたい。あまりにも抽象的過ぎる」
「簡単に言えば、行き当たりばったり、責任逃れ、と、言う事ではないのかな」

皮肉のスパイスを利かせた声がフォークの歪んだ唇を更に大きくした。声の主は第五艦隊司令官ビュコック中将であった。服部、ロボス両元帥だけでなく、会議に列席している面々が数目をおく同盟軍の宿将である。
士官学校卒業ではなく、一般兵からの叩き上げであるため年齢と実績は諸将のそれを上回り、用兵家としても熟練の境地にあると評されていた。さすがに遠慮もあり、正規の発言でもなかったためフォークは丁重に無視する態度を取る事にしたが、彼の口元と目元が僅かに動くのを新一は見て取った。

「他に何か・・・」

そう殊更に言った時、再び新一が発言する。

「帝国領侵攻の時期を、現時点で定めた理由をお訊きしたい」

選挙のためです、と、言うまい。どう答えるかと思っていると、戦いには機というものがあり、それを逃しては運命に逆らう事になる。あの時実行していれば、と、後日になって後悔しても時すでに遅しという事になる、と、いうのが作戦参謀の返答であった。
やけに説明くさい事をフォークは訥々に新一に述べたので、確認するのも馬鹿馬鹿しい気がしたが敢えて聞いてみる。

「つまり、現時点が帝国に積極的攻勢に出る機会だと貴官は言いたいのか?」
「積極的大攻勢です」

そうフォークは訂正したが、過剰な形容句が好きなところは士官学校時代から全く変わっていない、と、新一は思った。

「イゼルローン要塞失陥によって帝国軍は狼狽してなすところを知らないでしょう。まさにこの時期、我が同盟軍の大艦隊が長蛇の列を成して自由と正義の旗を掲げて進むところ勝利以外の何物が前途にありましょうか」

三次元ディスプレイを指しながら語る声には自己陶酔の彩りがある。

「その作戦は敵中に深入りし過ぎる。隊列が長過ぎては補給及び情報伝達に支障を来すのは確実だ。逆に帝国軍は我が軍の細長い側面を突く事で、容易に我が軍を分断出来るし補給線も断つ事も出来る」

冷静な口調で話しているが、新一の心中は熱を帯びていた。実施レヴェルにおいては細かい配慮はするが、その戦略構想はあまりにも杜撰極まりない代物なため言ってみずにはいられなかった。

「何故、分断の危機のみを強調するのです。我が艦隊の中央部へ割り込んだ敵は、前後から挟撃されて惨敗・・・取るに足りぬ危険です」

この楽観論は新一を呆れさせた。勝手にやってろ、と、言いたいのを堪えて更に反論する。

「帝国軍の指揮官は我が軍に苦渋を舐めさせてきたローエングラム伯だ。彼の軍事的才能は想像を絶するものがある。それを考慮に入れて、もう少し慎重な計画を立案すべきではないか」
「戦う前から悲観論と敵の過大評価は慎んで頂きたいものですな。その言動自体が利敵行為に類するものとなりましょう。どうか注意されたい」
「戦う前から楽観論に基づいた杜撰極まりない作戦案、そして最初から敵を過小評価するよりは遙かにマシだ。その驕りと慢心が利敵行為に値すると思うがな」

激発しかねないフォークの声に新一が探に匹敵する絶対零度の声を浴びせた時、グリーンヒル大将が二人の議論に割って入った。

「中将、君がローエングラム伯を高く評価している事は分かる。だが彼はまだ若いし、失敗や誤謬を犯す事もあるだろう」

総参謀長の発言は、新一にとってそれほど意味のあるものとは思えなかったし、何より議論自体を反らせてしまった感を覚えて白けてしまった。
逆に、総参謀長閣下も無責任かつ無謀な冒険的軍事作戦に感染したのですか、と、言おうとしたが年齢も階級も上であるグリーンヒルを前にしてさすがに引き下がらざるを得なかった。
不毛過ぎる議論を終わらせた新一が席に着くと、もう一人はというと延々と自己陶酔に浸った話を垂れ流している。

「そもそも、この遠征は専制政治の暴圧に苦しむ銀河帝国民衆を解放し救済する崇高な大義を実現するためのものです。これに反対する者は結果として帝国に味方するものと言わざるを得ません。小官の言う事は間違っておりましょうか?」

声が甲高くなる一方で会議場は沈静化していた。感動したと言うより新一と同じく白けきったのが現実かも知れない。

「例え敵に地の利、大兵力があっても、それを理由として怯むワケにはいきません。我々が解放軍、護民軍として大義に基づいて行動すれば、帝国の民衆は歓呼して我々を迎え、進んで協力するでしょう・・・」

 フォークの扇動政治家みたいな演説を聞き流しながら、新一は別の事を考えていた。
それはローエングラム伯ラインハルトの軍事的天才と同盟政府及び総司令部自身の錯誤―――帝国の人民が現実の安定と平和より空想上の自由と空想を求めているという考え―――であった。
それは期待であって予測ではない。そのような要素を計算に入れて作戦計画を立案して良いワケがなかった。この遠征自体は構想からして信じ難い程、無責任なものだが、運営も無責任なものになるのではないか、と、新一は予想した。
会議が進み、遠征軍の配置が決定されていった。先鋒はウランフ提督の第一〇艦隊、第二陣は新一が率いる第一三艦隊である。遠征軍総司令部はイゼルローン要塞に置かれ、作戦期間中は遠征軍総司令官が要塞司令官を兼任する事になった。



 不毛な会議が終了し、帰りかけの新一を平蔵が呼び止めた。

「ワシの考えが甘うかったかも知れん。イゼルローンが手に入ったら戦火は遠のくと信じとったが現実はこれや」

言うべき言葉がなく新一は沈黙していた。無論、本部長にも平和の到来によって自分の地位が安定し、発言力と影響力が強化される事も計算したに違いない。
それでも主戦派の無責任と楽観が混ざった冒険主義や政略的発想と比較したら、平蔵の心情は理解しやすかった。

「結局、ワシは自分の計画に足を掬われたっちゅう事やな。イゼルローンが陥落しなければ主戦派もこれほどの危険な賭けに出る事はなかったかも知れん。ワシ自身は自業自得やが、君などにとってはいい迷惑やろな」
「・・・お辞めになるのですか?」
「今は辞められへん。だが遠征が成功しても失敗しても辞職の道しかあらへんな」

遠征が失敗すれば、制服軍人のトップである平蔵は当然、引責辞任を迫られるだろう。逆に遠征が成功したら宇宙艦隊司令長官ロボス元帥の功績に報いる新たなポストは統合作戦本部長の椅子しかない。
遠征に反対したという点も不利に働いて勇退という形でその地位を追われる。どちらに転んでも平蔵自身の未来は既に決定しており、彼もその点を理解して腹を据えているのである。

「私の艦隊には優秀な情報収集担当者がいますから、今回の作戦と背景は読んでいました。明日か明後日に帝国領侵攻作戦の協議を艦隊の主要幕僚全員で実施しますが・・・」

新一が言葉を切ったので平蔵が続けるよう促すと、酷評と嘲笑の雨あられでしょう、と、言う答えが返って来たので平蔵は苦笑するしかない。
元々、第一三艦隊の主要幕僚の人事は平蔵と志保が相談して決定した事である。一癖も二癖もあり、他の艦隊司令部や宇宙艦隊司令部、統合作戦本部で持て余し気味なメンバーを統御出来るのは新一しかいない、と、見て、第一三艦隊司令官に抜擢した平蔵の眼は確かであった。
ちょうどそこへ志保と小五郎が姿を見せた。この二人も遠征には反対もしくは消極的立場を取っているため、遠征軍司令部内でも半ば浮いた存在であったが、その実務能力は群を抜いているので司令部に籍を置かれている立場である。

「本部長、工藤くんと密談ですか?」
「阿笠くん、密談じゃあらへん。至極マジメな話をしとっただけや」
「志保だけでなく小父さんも久々の前線勤務と思ったら、無謀極まりない作戦の片棒を担がされるというのも大変ですね」
「全く、オメーの言う通りだな。まだ政府や軍が正式発表をしていないのにも関わらず、ハイネセン市内じゃ帝国領侵攻の話題が出回ってやがる」

小五郎の声を聞いて新一と平蔵の目が鋭くなった。特に“鬼の平蔵”と、謳われている統合作戦本部長の目は何時になく鋭い。

「毛利大佐、それはホンマか?」
「街中では商店街の店主や酒場の客まで、帝国領侵攻の話で持ちきりです。実際に私も酒場の客に、次は帝国領侵攻ですね。頑張って下さい、と、言われました。全く情報漏洩も甚だしい限りですな」

それを聞いた新一は軍や政府の情報統制力に疑問を抱かざるを得ない。軍事作戦情報―――今回の帝国領侵攻作戦―――をまだ外部に口外すべきものではない。
政府や軍広報部の発表が無い限り、一般市民が知る事はまずないのだ。新一がイゼルローンを無血占拠して以降、軍部や政府の一部高官に帝国軍に対する過小評価と驕慢さが跋扈しているように思えるのだった。

「工藤くん。君が帝国軍のローエングラム伯やったら、どういう作戦をとるかね?」
「イゼルローン回廊から出て来た我が軍を叩くのは彼好みの策ではないでしょう。恐らく・・・いえ確実に我が軍の疲弊と消耗を誘い、全面攻勢を掛けるでしょう」
「焦土戦術っちゅうワケやな。しかしそれでは時間が掛かり過ぎちゃうか?」

平蔵の言う通り、焦土戦術は時間が掛かるという弱点を持つ。もしラインハルトがその策を執っても、彼に反発する門閥貴族の反感を招く公算も高い。
腕組みをして思考していた新一はある事に気付いて顔を上げた。

「本部長、帝国軍が短期間で我が軍を疲弊消耗させる事は簡単な事です。我が軍が侵攻する箇所にある有人惑星から皇帝の名の下に物資及び駐留部隊を引き上げるでしょう。そうなると“解放軍”“護民軍”という名義を持つ我が軍は物資を彼らに供給しなければなりません」

帝国領へ深く侵攻すればするほど、戦線と補給線が限界点に達した時点で全面攻勢を掛ければ例え大軍を擁していようとも、補給が途絶えた艦隊がマトモに抗戦出来るはずもなく全軍崩壊の道へ転落するだろう。
当然、各艦隊司令部はイゼルローンの遠征軍司令部へ補給要請をするだろうが、帝国軍が黙って補給船団を通すとは思えず、最悪な場合は現地調達―――略奪行為―――をする羽目に陥りかねない。
そうなれば同盟軍の占領地で暴動が発生するのは明らかであり、そこへ帝国軍が物資を供給した場合、今まで帝国政府に対する不信感は一挙に好意に変わり、逆に同盟軍には反発するのは目に見えている。新一が自分の考えを三人に言うと、暫く考えて込んでいた平蔵が顔を上げた。

「君がそう言うんなら今回の作戦自体が失敗やな。工藤くん、この際だから言うてまうが、ワシは今回の遠征が最小限の犠牲で失敗する事を望んどんのや」

本部長の言葉に三人は黙って聞いていた。惨敗すれば無用の血が多く流れるが、勝った場合は主戦派は増長し、理性や政略によるもにせよ、政府や市民のコントロールを受け付けなくなるのは明らかである。
そして暴走し、遂には谷底へ転落してしまうだろう。勝ってはならない時に勝ったため究極的な敗北し、滅亡に追い込まれた国家は歴史上、無数にある。

「工藤くん。ワシは軍人やさかい、政治には口を出さん・・・だが、軍部内に限って言うとフォーク准将はいかん」

滅多に感情を表に出す事のない平蔵の語気の強さが新一たちを驚かせた。

「彼は私的なルートを使うて、この遠征計画を直接、最高評議会議長の秘書に持ち込んだ。権力維持の手段として説得した事、動機が自分の出世欲にあった事はワシには分かる。彼は軍人として最高の地位を狙っとるが、現在のところ強力過ぎるライヴァルがいて、この人物を上回る功績を挙げたいだけや」
「ヤツは私に異常なまでのライヴァル心を持っていると言うワケですね。大した才能もないクセに、自分の才能を示すのに実績ではなく弁舌もってし、しかも他者を貶めて自分を偉く見せようとする。士官学校の時に戦略戦術シミュレーションでヤツの自尊心とやらを木っ端微塵に粉砕してやった事か、学年首席になれなかった事のいずれかを根に持ってるのは確かですね」

小人の嫉妬は度し難いが、それ以上にタチが悪い、と、新一は呟いたが、志保に視線を向ける。

「志保、軍の倉庫に非常用の缶詰やレトルト食品があったよな?」
「確かにあるわ。殆どの物が賞味期限ギリギリで各艦隊から返納された物だけど、まさか!?」
「そのまさかだよ。無いよりマシだ。各艦隊に割り振った場合、何日分だ?」
「そうね・・・だいたい一〇日分ってところかしら」

志保の回答に、無いよりはマシか、と、呟くと新一は平蔵に向き直ると、敬礼をして会議室を後にした。



 会議から二日後、探の行きつけの喫茶店には“閉店”の看板が掲げられてあったが、その店内には艦隊司令部の面々が顔を連ねていた。
それぞれが席に着いたのを見計らって新一は、一昨日の帝国領侵攻作戦の概要について説明を開始したが、彼の口から飛び出たものは作戦に対する痛烈な皮肉だった。

「同盟軍宇宙艦隊一〇個艦隊のうち、我が艦隊を含む八個艦隊が今度の作戦に参加するワケだが、作戦内容はハッキリ言ってザル以下だ」
「どういう事かしら?」
「敵艦隊の補足撃滅か、帝国領の占領かが明確では無いんですよ」

 美和子の言葉に新一が即座に言葉を返した。
帝国領に侵攻して迎撃に出撃してきた帝国軍艦隊を叩き潰すだけなのか?
イゼルローン回廊の帝国側の星系を占領し、イゼルローン要塞と連係した対帝国領侵攻の新たな橋頭堡を構築するのか?
帝国軍に壊滅的打撃を与えて、皇帝に和平を誓わせるまで帰還しないのか?
フォークに説明を求めたが、彼からの返答は、臨機応変に対応して頂きたい、と、いう言葉だけだったので、ビュコックが、行き当たりばったりの作戦、と、酷評する始末だった、と、幕僚に披露すると失笑が漏れる。

「確かにビュコック提督の仰る通り、行き当たりばったりで杜撰過ぎる作戦ね」
「作戦をする側の身を全くも配慮してないよ、これは。帝国領へ入ったら、後はお好きなように、と、責任を丸投げしてるね」

副司令官と先任分艦隊司令の言葉に他の幕僚が一斉に頷いた。
例え帝国領に侵攻しても敵艦隊が迎撃に出てくるのは想像の範囲内だし、それらの敵を一掃したとしても味方の損害は軽微とはいえず、帝国領を占領する場合に支障を来すのは明白である。

「作戦の概要に目を通したけど、読めば読むほど作戦参謀の自画自賛にしか見えないんだけどさ」
「鈴木ん姉ちゃんの言う通りやで。戦闘がおっ始まっとらんのにもう勝った気でおる内容や・・・大言壮語だけは昔と同じで変わっとらへんな、あのアホは。もっぺん戦略戦術シミュレーションでフルボッコにしたろか?」
「平ちゃんの言う通りだな。文章の所々に“脆弱なる帝国軍”とか“鎧袖一触”って単語が出てやがる。ここまで帝国軍を見下して良いのかよ?さすが戦略戦術シミュレーションの落第生が立案した作戦案は穴だらけだぜ」

作戦の悪口から個人への悪口へなってきた時、腕を組んだまま資料を見つめていた真が、一つ気になる事があるのですが、と、言った。

「京極さん、気になる事とは?」
「一昨日、買い物に行った時ですが、店員の方から、今度、大規模な作戦があるそうですね、と、聞かれました」

真の声と同時に、オレも、私も、と、いう声が飛び交い、新一は呆れた表情を浮かべる。

「全員かよ。この件についてはオッチャンも、情報漏洩も甚だしい、って、言ってたな」

第一三艦隊がイゼルローンを攻略した時、その事を一般市民が知ったのは、作戦が完了して軍広報課の報道が流れてからである。
過去、失敗に終わったイゼルローン攻略戦の際も、軍の作戦行動は一般に流布しなかったのであるが、今回はその時と比べて雲泥の差があり過ぎる、と。
真の話が終わった時、誰もが言葉を発しない。軍の作戦計画は例え艦隊の訓練行動であっても口外すべきものではない。ましてや帝国領侵攻という大規模な作戦となると、軍事機密に相当する。
一般市民など公表するのは当然禁じられているし、例え相手が軍関係者であっても口外する事すら禁止されている。
実際、新一の副官を勤める蘭、そして情報部に勤務している小五郎は、家では軍の作戦に関しては一切口にしない程の徹底ぶりだ。
第七次イゼルローン攻略戦においては情報が徹底管理され、司令部や艦長クラスを除く全乗員が知ったのは、ハイネセンを出撃してからである。
ところが今回の帝国領侵攻作戦に関しては軍関係者だけでなく、一般市民すら知っていると言うのは軍の防諜体制が穴だらけであるのを実証している。

「さすが、ペーパーは相応、実戦は落第、と、呼ばれる無能者が考える作戦ですね。僕は今回の作戦が失敗するのが目に見えますよ」

口元に冷笑を浮かべてフォークを切り捨てた“絶対零度のカミソリ”の言葉に誰も反論しようとせず黙ったままだ。
作戦会議の時から心の片隅に引っかかっていた不安が巨大化していく事を新一は感じ取っていたが、その不安は後日、不幸にも的中する事になる。



 その頃の帝国の状況をチョイと覗いて見る事にしよう。
フェザーン経由で、自由惑星同盟と僭称する叛乱軍が大艦隊を率いて帝国領へ侵攻して来る、との報告を受け、ローエングラム伯ラインハルトに防御、迎撃の命を下した。
そのラインハルトであるが自らの元帥府を開設し、下級貴族や平民出身の若い―――と言っても、彼より年上ではあるが―――提督や参謀を指揮下に入れていた。
ジークフリード・キルヒアイス、ウォルフガング・ミッターマイヤー、オスカー・フォン・ロイエンタール、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト、アウグスト・ザムエル・ワーレン、コルネリアス・ルッツ、カール・グスタフ・ケンプ、エルネスト・メックリンガー、ウルリッヒ・ケスラー、そしてパウル・フォン・オーベルシュタインがその陣容であった。
その面々がラインハルトの前に居並んでいる。帝国軍における人的資源の精粋とだとラインハルトは信じているが、まだ質と量を揃えなければならない、と、思っている。この元帥府に登用される事は有能な人材たる評価を受ける事だ、と、言われるようにならなくてはならない。実際はそうなりつつあるのだが、現状を更に進めたいラインハルトであった。

「フェザーン高等弁務官経由で軍情報部から次のような報告が入った」

ラインハルトが一同を見渡すと、提督たちは背筋を伸ばした。

「過日、自由惑星同盟を僭称する叛徒どもが、我が軍の前哨基地たるイゼルローン要塞を強奪した事は卿らも承知していよう。その叛徒共がイゼルローン周辺宙域に膨大な兵力を集結させつつある。推定によれば艦艇二〇万、将兵三〇〇〇万、これは最小に見積もっての事だ」

ほう、と、いう吐息が提督たちの口から洩れた。大軍を指揮統率するのは武人の本懐であり、敵ながらその規模の大きさに感心せざるを得ない。

「これは同盟軍が帝国中枢に向けて全面攻勢を掛けてくる、と、いう意味である。国務尚書の内命があり、この軍事的脅威に対して私が防御、迎撃の任に当たる事になった。両日中にも勅命が下るであろう。これは武人として名誉の極みである。卿らの善戦を期待する」

ラインハルトは更に言葉を続けた―――これは他の部隊が全て皇宮の飾り人形で頼りないからだ、と、言うと提督たちから笑いが起こった。地位と特権だけを貪るだけの門閥貴族に対しては共通の反感がある。ラインハルトが彼らを登用したのは才幹だけではないのだ。
さっそく迎撃に対する協議に入ったが、ミッターマイヤーとビッテンフェルトが共通の意見を出した。同盟軍はイゼルローン回廊を通って侵攻して来る。彼らが回廊を抜けて帝国領内へ入って来たところを叩いてはどうであろう。同盟軍が現れる宙点も特定出来るし、その先頭を叩く事も、半包囲態勢を執る事も可能であり、戦うに容易かつ有利である、と。

「二人の意見は理に適っているが、私は同盟軍を帝国領奥深く誘い込むべきだと考えている。これを機に彼らを徹底的に叩いておくべきだ」

回廊から帝国中枢へと抜ける宙点は同盟軍も予測しているだろうから、その先頭集団には最精鋭を配置しているだろうし、それを叩いたところで残りの兵力が回廊から出て来なければ、こちらも攻勢のかけようがない。
ラインハルトが意見を述べると、短時間の討議で諸将は彼の意見に賛同した。同盟軍を帝国領深く誘致し、戦線と補給線が伸び切って限界点に達したところを全力をもって撃つ。迎撃する側にとっては必勝の策と言えよう。

「しかし時間がかかりますな」
「我々は構いませんが、門閥貴族たちがどう思いますかな」

 ミッターマイヤーとロイエンタールがそう感想を述べた。
ミッターマイヤーは、おさまりの悪い蜂蜜色の髪とグレーの瞳を持つ青年士官だ。どちらかといえば小柄で、引き締まった体格がいかにも俊敏そうな印象をあたえている。
ロイエンタールは、長身で黒に近いダークブラウンの髪をしているが、何より他人を驚かせるのは“金銀妖瞳(ヘテロクロミア)”と呼ばれる遺伝のいたずらで右目が黒く、左目が青い青年士官でミッターマイヤーより一歳年上である。
同盟の叛徒が空前の壮挙と称する以上、その陣容、装備、補給等は万全を期するであろう。その物資が尽き、戦意が衰えるまで、かなりの時間を要するのは当然であり、時間が掛かるほどラインハルトに反感を抱く門閥貴族が彼を引き摺り下ろす工作をする猶予を与えてしまう。
ミッターマイヤーとロイエンタールの多少の懸念を込めた感想は当然のものと言えたが、自信に満ちた表情を浮かべて部下の提督たちを見渡した。

「門閥貴族如きに口を出させないよう、そんなに時間はかけない。手間を掛けずに同盟軍を飢えさせる方法があるのだ。オーベルシュタイン、説明せよ」

ラインハルトの指名にオーベルシュタインが進み出て作戦の基本を説明する。

「諸提督方も御存じのように同盟軍は“解放軍”または“護民軍”と称している。つまり彼らは占領宙域の民衆に生活保障の責務を負う事になる」
「つまり民衆に同盟軍の物資を吸い取らせる・・・まさか!?」

ロイエンタールが続けようとした言葉をオーベルシュタインは頷いて肯定する。義眼の参謀長の説明に、諸提督たちの間に驚愕の空気が音もなく拡がっていった。



 宇宙暦七九六年八月二二日、自由惑星同盟の帝国領遠征軍は総司令部をイゼルローン要塞内に設置した。
それと前後して二〇万の戦闘艦艇、補助艦艇部隊が艦列を並べ、連日、首都星ハイネセンやその周辺宙域から遠征の途に上って行った。
最初の一ヶ月、同盟軍はめくるめく興奮を友としていた。その友情が冷めると、後には興ざめした気分、そして不安と焦りが残された。士官たちは兵士のいない場所で、兵士たちは士官のいない場所で互いに意見をぶつけ合うようになった―――何故、敵は姿を現さないのか、と。
同盟軍はウランフ提督の第一〇艦隊を先頭に帝国領内に五〇〇光年ほど侵入していた。二〇〇を数える恒星系が同盟軍の手中に落ち、そのうち三〇あまりは低開発とはいえ有人であり、そこには合計して五〇〇〇万人程の民間人がいた。
彼らを支配すべき総督、辺境伯等は逃亡し、彼らを守るべき軍隊に至っては食料と物資もろとも引き上げていたため、同盟軍は抵抗らしい抵抗を受けなかった。その取り残された民衆に対して同盟軍の宣撫士官はこう語りかけた。

「我々は解放軍だ。それ故に君たちに自由と平等を約束する。もう専制君主の圧政に苦しむ事はないのだ。あらゆる政治上の権利が君たちには与えられ、自由な市民としての新たな生活が始まるであろう」

彼らが落胆した事に、同盟軍を迎えたのは熱烈な歓迎よりも、生活物資の援助だったからである。理想の欠片もない要求に内心では失望を覚えたものの、同盟軍は“解放軍”そして“護民軍”なのだ。帝国の重い桎梏(しっこく)に喘ぐ民衆に生活の保障を与えるのは、戦闘と同等以上に重要な責務であったからだ。
各艦隊は補給部から食料等を供出すると共に、イゼルローンの総司令部に次のような要求を出した―――五〇〇〇万人の半年分の食料、二〇〇種に上る食用植物の種子、人造蛋白製造プラント、水耕プラント各六〇、及びそれらの物資を輸送する船舶。


『解放地区の住民を飢餓状態から恒久的に救うには、これだけの物資が最低限必要である。解放地区の拡大に伴い、この数値は大きくなるものであろう』

 注釈付きで各艦隊から送付されてきた要求書を読んで、遠征軍後方主任参謀である志保は形の良い眉をひそめた。五〇〇〇万人分の半年分の食料となれば、穀物だけでも一〇〇〇万トンに達する。
軍及び民間が保有する輸送艦の中で最も積載量の多いのは二〇万トンクラスのものであり、それが五〇隻は必要である。この数値はイゼルローンの食料生産、貯蔵能力を遥かに越えるものだった。

「イゼルローンの倉庫を全部空にしても、穀物は約七〇〇万トンです。要塞の食料生産施設をフル稼働させても全く足りません」
「全く足りない事は、私も了解しているわ」

部下の報告に志保は肯定した。同盟軍三〇〇〇万の将兵を対象とした補給と運営に関して彼女は絶対の自信を持っていたが、全軍の二倍近くになる非戦闘員を抱えるとなると、話は大きく変わってくる。計画の数値を三倍に修正せねばならず、しかも急を要している。各艦隊の補給部が悲鳴を上げている姿が志保には想像できた。

「解放地区の拡大に伴い、この数値は大きくなるものであろう・・・宣撫士官は揃いも揃って無能なのかしら?」

要求書の末尾部分を目にし、その内容に隠された意味を知って背筋がぞっとする感覚に囚われた。帝国軍はイゼルローン回廊周辺宙域の惑星から物資を引き上げた、と、いう報告書が前線から来ており、志保はそれに目を通している。
攻撃軍を自分の領土深くに引きずり込むか、一箇所に集めて包囲し、補給線を絶った後に殲滅する―――人類が地球に生息している頃から使用してきた戦法。兵糧攻めという戦法は自軍の被害は少なくて済む反面、日数が掛かり過ぎるのが難点である。
しかし帝国軍は民衆を利用し、食料を同盟軍に供出させる事で日数を短縮化しているのは明白であった。総司令部の某作戦参謀や国内の主戦派は勢力の拡大を無邪気に喜んでいるが、簡単に喜ぶ様なレヴェルではない。

「前線では既に気付いている人もいるだろうけど、司令部で気付いている人はいるのかしら?」

溜め息をした後にそう呟くと、志保はベレー帽を手にして立ち上がる。どこへ行くのか、と、目線で問う部下に彼女は告げた。

「現在、我が軍が危機的状況である事をロボス元帥に上申してくるの」

そう言って志保が自分のオフィスから立ち去った後、一人取り残された部下は独り言を漏らした。

「総司令官も若い頃は切れ者って言われていたんだけどなぁ・・・」


 志保は総司令官ロボス元帥に面会を求めた。
総司令官のオフィスには作戦参謀フォーク准将がいたが、これは最初から予想していた事だ。
総参謀長グリーンヒル大将よりも信任厚い青白い顔の作戦参謀は、上司の傍らで常に目を光らせている。
本来、彼がいる場所は総参謀長の定位置なのだが、フォークは、この位置は自分の場所である、と、いう態度で傲然と立っている。

『総司令官は作戦参謀のマイクにしか過ぎない。実際にしゃべっているのはフォーク准将だ』

総司令部だけではなく各部隊において、そういう陰口を叩かれている始末であった。

「前線部隊からの要求について話があるそうだが、今は忙しいので手短に頼むよ」

ロボス元帥は肉づきの良過ぎる顎を手で撫でた。無能な人間が軍の最高階級である元帥に昇進出来るはずはない。
彼は前線でも武勲を立て、後方では堅実な事務処理能力を示し、大部隊を指揮統率して参謀チームを管理出来る男だった―――少なくとも四〇代までの話だが。
だが今日では万事に無気力で、判断、洞察、決断力に陰りが見られており、それ故にフォークの独走と専断を許したのである。
先日までの英才が何故そのようになったのかについては、いろいろと諸説風説があるのだが、どの話も将兵の笑い話の類にしか過ぎない。

「では手短に申し上げます。閣下、我が軍は重大な危機に直面しております」

志保はあえて直球を投げ込み、上司の反応を見た。ロボスは顎を撫でていた手を止め、不審そうな視線を彼女に向け、フォークに至っては色素の薄い唇を歪めただけである。

「どういう事かね?」

その声には驚愕という成分が含まれておらず、落ち着いているというより、思考が鈍っているのではないか、と、志保は思った。

「各艦隊司令部から送付されてきた要求書には目を通していらっしゃいますか?」
「うむ、先ほど読み終わったばかりだ。過大な要求という気もするが占領政策上、やむを得ないではないのかな」
「このイゼルローン要塞には要求を満たすだけの物資はありません」
「本国に要請すればよかろう。政治家は悲鳴を上げるかも知れんが、彼らとて送らないわけにはいくまい」
「物資は送って来るでしょう。しかしイゼルローンまでは届いても、その先はどうなると思います?」

司令官は顎を再び撫で始める。そんなに擦っても脂肪が落ちるわけない、と、志保は意地悪く考えた。

「少将、それはどういう意味かね?」
「帝国軍はイゼルローン回廊周辺宙域の惑星から物資を引き上げた、と、前線部隊から報告が入っています。この事から敵の作戦が、我が軍の補給線に過大な負担をかける事にある、と、いう事です!」

かなり強めの口調であった。もし自分が男性で短気な性格であれば、こんな簡単な事が分からないのか、と、怒鳴りつけてやりたいところだ。

「敵の意図が焦土戦術であり、我が軍の輸送船団を攻撃して補給線を絶つ―――これが後方主任参謀のご意見なのですな?」

すかさずフォークが声を出した。口を差し挟まれたのは不愉快であるが、志保は頷いた。

「しかし最前線までの宙域は我が軍の占領下にあり、ご心配には及ばないかと・・・もちろん念のために護衛はつけます」
「念のために、ね・・・期待しているわ、聡明な作戦参謀殿」

冷静な口調で志保は皮肉を言って、総司令官のオフィスから退室した。ロボスやフォークがどう思おうと知った事ではない。みんな、生きて還って来て―――志保は前線にいる友人にそう呼びかけずにはいられなかった。




続く





注:「銀河英雄伝説」は田中芳樹先生、「名探偵コナン」「まじっく快斗」は青山剛昌先生の著作物です。


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