出発(たびだち)の夜・番外編
By 新風ゆりあ様
(3)不安
私は毛利蘭。
26歳の会社員。
昨夜、私は会社の1年後輩で21歳の工藤新一に『抱かれた』。
私の新一に対する最初の評価は、能力はあるけど生意気な後輩君だった。
でも新一が意外と気配りな人で、さりげなく気付かれないように、他の人の仕事をフォローしているのを見てから、私の新一への見方が変わって行った。
そして気付いた時には、私は新一を好きになっていた。
でも私は新一より五つも年上だからと、ほぼ諦めていて。
でも昨夜、新一から「ずっと好きだった」とか、「早く結婚したい」とか言われて、凄く凄く嬉しかった。
新一に抱かれた次の日の朝、私は訊き慣れない着信音で目が覚めた。
プルル・・・。
その着信音は、私の部屋の電話のものでも、私の携帯のものでもなかった。
とすると。
考えられるのは、新一のスマホ。
新一がスマホを使っているのを、私は見たことがあったから、それしか考えられなかった。
私は急いで新一をゆり起こした。
「新一、起きて!ねぇ、起きてってば!」
「うう〜ん。もうちょっと〜。」
駄々をこねる子供のような新一の様子に、私は呆れた。
私はまた新一を揺すった。
「お願いだから起きて!新一のスマホが鳴ってるみたいなの!
するとようやく新一が目を覚まし、寝ぼけ眼を擦った。
「電話が?一体、誰からだ?」
新一はベッドから出て、ズボンのポケットからスマホを取り出した。
気になった私は、スマホの画面を覗き込んだ。
するとスマホの画面には『有希子』と表示されていた。
「げっ。」
新一が顔をしかめた。
その顔は、私には気まずそうに見えた。
だって!
『有希子』っていう名前の女性は、会社にも会社の得意先にもいないから!
だからつい勘ぐってしまった。
その人は新一の『本当の恋人』なんじゃないかと。
え?
抱かれたのに何をバカなことをって?
あ、あれは!
あの場の雰囲気に流されたのよ、新一は!
男の人は好きじゃなくても女性を抱くって、園子に訊かされたから!
あ、園子っていうのは、保育所時代からの私の親友の鈴木園子のことよ。
「新一、『有希子』って誰?女の人の名前よね。もしかして新一の・・・、その・・・、こ、恋人なの?」
私は恐る恐る尋ねた。
すると新一が目を丸くした。
「はあ?」
「んなわけね―だろ!昨夜、言ったじゃね―か!オレが好きなのは蘭だって!なるべく早く結婚したいって!何で信じてくれね―んだ!」
新一が叫んだ。
「ご、ご免なさい。」
私は慌てて謝った。
そして尋ねた。
「じゃ、一体どういう関係なの?」
「ちゃんと説明するから。とりあえず電話に出ね―とまーたうっせ―から。」
新一は答えた後、スマホの通話画面とスピーカー画面を操作した。
するとスマホから甘ったるい女性の声が訊こえて来た。
「もしもーし。新ちゃーん?私よbわ・た・しb」
新一のこと、『新ちゃん』って呼んでる。
かなり親しそう。
とてもじゃないけど、ただの知り合いとは思えなかった。
新一の『本当の恋人』としか思えなかった。
でも、そんな私の考えは新一のセリフによって、完全に否定された。
「何の用だよ、母さん。」
・・・・・・・・・・。
私は数秒固まった。
そして驚いた。
えっ!?
『母さん』!?
や、やだっ、私ったら!
そっか!
考えてみればそうよね!
やだっ、私ったら!
女性の名前イコール新一の『本当の恋人』だなんて!
何でそう思い込んじゃったのかしら?
きっとそれだけ私が新一を大好きだからに違いないわ!
「今日、何か予定ある?」
スマホのスピーカーから、新一のお母さんの声が訊こえた。
「いや、別にね―けど。」
新一が答えた。
「そう。よかった。じゃ、今から米花センタービルの展望レストランに来て!」
スマホのスピーカーから、新一のお母さんの声が訊こえた。
「おい、何企んでんだ?」
新一が不機嫌そうに尋ねた。
「あ〜ん。わかっちゃった〜?お見合いよ、お・見・合・いb」
新一のお母さんが答えた。
そ、そんな!
新一のお母さんは、新一にお見合いしなさいって言ってるの?
い、嫌よ、そんなの!
絶対に嫌!
もし、もし新一がそのお見合い相手を好きになったら・・・。
「は?見合いだ?冗談じゃね―!オレには好きな人がいるんだ!」
新一が叫んだ。
新一?
あなたの言う『好きな人』って、私でいいのよね?
私、あなたに愛されているって自惚れていいのよね?
「あら、そうなの?本当にいるの?いるって言い張るのなら、その『好きな人』とやらと一緒に、米花センタービルの展望レストランに来なさい!でないと私もお見合い相手も納得しないから!じゃ、切るわね。」
新一のお母さんは電話を切ったようだった。
ど、どうしよう!?
昨日の今日で、早くもこんな展開になるなんて!
新一のお母さんに「新ちゃんより五つも年上だなんて!年増な癖に新ちゃんを誘惑したのかしら?」なんて言われたらどうしよう・・・。
嫌われたらどうしよう・・・。
だって!
世間一般では、お姑さんは息子の嫁を嫌うって、園子に訊かされたから!
でも新一と一緒に行かないと、新一のお母さんも、新一のお見合い相手も納得しないだろうし・・・。
新一と一緒に行くしかなさそう。
私は覚悟を決めた。
「蘭、訊いての通りだ。一緒に行ってくれるよな?」
電話を切った新一から尋ねられた。
「う、うん・・・。」
私は頷いた。
私達は急いで服を着て、一緒に米花センタービルの展望レストランに向かった。
私達がレストランに着くと、40歳すぎくらいだけど、もの凄い美人が駆け寄って来た。
「新ちゃん!」
その女性の声は、新一のお母さんの声だった。
この女性が新一のお母さん?
私よりも無量大数倍美人だわ・・・。
「あ、母さん。母さんがあまりにも五月蝿いから連れて来たぞ。オレの好きな人を。」
新一は不機嫌そうな顔で、新一とお母さんを睨んだ。
「は、初めまして!毛利蘭といいます!」
私は名乗った。
緊張して、声が裏返ったかも。
「初めまして。新一の母の有希子よ。宜しくね。」
新一のお母さんが微笑んだ。
嫌われてはないみたいだけど、初めて会ったばかりだし、これから嫌われるかも知れないし。
ドジらないようにしないと!
兎に角、嫌われないようにしないと!
「で、母さん。オレの見合い相手はどこの誰なんだ?」
新一が不機嫌そうな顔で尋ねた。
はっ!
そ、そうだったわ!
それもすっごく気になるわ!
新一のお母さんが、新一のお見合い相手に選んだくらいだもの!
きっと私より若くて、美人に違いないわ!
「実家の隣の家に住んでいる宮野志保ちゃんよ。」
新一のお母さんが答えた。
『宮野志保』さん?
その女性が新一のお見合い相手なの?
一体どんな女性なのかしら?
「あっそ。で?宮野はもう来ているのか?」
新一がため息をついた後、尋ねた。
新一がそう尋ねたのは、私達に声を掛けて来て、駆け寄って来たのは、新一のお母さんだけだったから。
「それがまだなのよ。おかしいわね。もう時間なのに。携帯に電話してみようかしら。」
新一のお母さんが答えた後、携帯を取り出そうとした。
嫌!
呼ばないで!
新一のお見合い相手と会いたくない!
私が惨めになるだけだわ!
私がそう思った時。
「有希子さーん!」
女性の声がした。
あ〜あ。
来てしまったみたい、新一のお見合い相手。
来てほしくなかったのに!
このまますっぽかしてほしかったのに!
私は苦々しい気持ちで、声がした方を見た。
するとそこには一見すると男性と見間違えるような服装の23歳くらいの女性がいた。
この女性が、新一のお見合い相手?
この女性が『宮野志保』さん?
私はそう思ったんだけど、その考えは新一のお母さんによって否定された。
「えっ!?真純ちゃん!?」
『真純』ちゃん?
この女性は新一のお見合い相手じゃないの?
『宮野志保』さんじゃないの?
「えっ!?何で真純ちゃんがここに?」
新一のお母さんが尋ねた。
「あぁ、それなんだけど、志保先輩に代役を頼まれちゃって。でもお邪魔みたいだね。ボクも有希子さんも。」
『真純』ちゃんと呼ばれた女性が、新一のお母さんに答えた後、私と新一を見た。
この女性は外見もそうだけど、中身も男性っぽいわね。
自分のことを『ボク』と言うなんて。
「あら〜。真純ちゃんにもわかっちゃったのね。じゃ、私達は退散しましょうか。」
そう言うと、新一のお母さん達は、その場を立ち去った。
二人が立ち去った後、品のいい60歳過ぎくらいの初老の男性が、私達に声を掛けて来た。
「私はこのレストランの支配人の寺井黄之介でございます。ご予約のお客さまでしょうか?」
この人、このレストランの支配人さんなんだ。
言われて見れば、ちょっと雰囲気や貫禄があるかも。
「母が予約をしているかと思うんですが・・・。」
新一が答えた。
「あなた様のお母様が?そうですか。失礼ですが、あなた様のお名前は?」
寺井さんが目を丸くした後、新一に尋ねた。
「工藤です。工藤新一。」
新一が名乗った。
すると寺井さんが微笑んだ。
「ああ!工藤様でしたか!お母様から確かにご予約を承っております。どうぞこちらへ。」
私達は寺井さんに席に案内された。
「ご注文をお伺い致します。」
席に座った私達に、寺井さんが微笑んだ。
「蘭、何が食べたい?」
新一が尋ねて来た。
「そうねぇ・・・。じゃ、これを。」
私はメニューの中から、一番安い料理を選んだ。
すると寺井さんが目を丸くした。
「それは当レストランで一番安いものですよ?もっとお高いものにすればよいのでは?だってあなた様は工藤様の恋人なのでしょう?」
初対面なのに、どうしてわかるのかしら?
接客業の人だからよね、きっと。
この人が今までたくさんのカップルを見て来たからなのよね、きっと。
「そ、それは!まぁ、そうですけど・・・。高いものだと支払う時に困るから・・・。」
私は言葉に詰まった後、答えた。
だって!
高いものを注文して、お財布がピンチになると、本当に困るもの!
部屋代とか、食費とか!
「このレストランを予約したのは母さんなんだ。だから母さんに払わせる。」
新一が不敵に微笑んだ。
言われて見ればそうだけど、請求書を見た新一のお母さんから、図々しい女だと思われたくない!
新一のお母さんに嫌われないようにしないと!
新一のお母さんに嫁いびりされないようにしないと!
「そうしたとしても有希子さんに悪いと思うから・・・。だからこれでお願いします。」
私は新一に答えた後、寺井さんに頼み込んだ。
「かしこまりました。工藤様は何に致しましょうか?」
寺井さんが私に答えた後、新一に尋ねた。
「そうですね・・・。じゃ、蘭と同じものを。高いものだと釣り合いが取れないから。」
新一が暫く考え込んだ後、答えた。
ほら、またこういう気配りをするんだから!
あ〜、もう!
悔しい!
ますます好きになっちゃうよ、新一のこと。
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
寺井さんが微笑んだ後、私に尋ねて来た。
「はい。それでお願いします。」
私は答えた。
「かしこまりました。工藤様もこれでよろしいでしょうか?」
寺井さんが私に微笑んだ後、新一に尋ねた。
「はい。構いません。」
新一が答えた。
「かしこまりました。では少々お待ちください。」
そう言うと、寺井さんは厨房の方に向かった。
寺井さんが立ち去った後、私は新一に話しかけた。
「ねぇ、新一。有希子さんは何でこの席を予約したのかしら?だって席は他にも空いてるのに。」
「母さんの思い出の席だからな。この席は、母さんが父さんからプロポーズされた席なんだ。それ以来、この席はカップルに人気があるんだ。」
新一が答えた。
うわあ〜!
何てロマンチックなの!
素敵〜!
「えっ!?そ、そうなんだ!全然知らなかったわ!だって私、今までこんな高級なレストランに来たことなかったし。」
私は目を丸くした。
そんな話をしていると、料理が運ばれて来た。
料理を運んで来たのは、寺井さんだった。
寺井さんは支配人さんなのに、こんなことまでしているの?
こんなウェイターみたいなことを?
何か寺井さんに悪いわ・・・。
「お待たせ致しました。」
寺井さんが料理をテーブルの上に置いた。
コトンッ、コトンッ。
「有り難うございます。あの、このレストランでは支配人さん自らがお料理を運んで下さるんですか?」
私はお礼を言った後、尋ねた。
「これはこの席だけの特権でございます。他の席ではウェイターかウェイトレスが料理を運びます。」
寺井さんが答えた。
言われて見れば、よく見ると、他の席ではウェイターさんやウェイトレスさんが料理を運んでいた。
や、やだっ、私ったら!
よく見て訊けばよかった!
恥かいちゃった!
「そ、そうなんですか。でも支配人さん自らがお料理を運ばれるなんて、苦痛には感じないのですか?」
私は目を丸くした後、尋ねた。
「苦痛?とんでもございません!この席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと、私は思っていますので。それに私はこのレストランに入った頃は、しがないウェイターでしたし。」
寺井さんが目を丸くした後、答えた。
や、やだっ!
私ったらまた!
今日は厄日なのかも。
朝から恥をかいてばかりだわ!
穴があったら入りたいわ!
そうよね!
寺井さんだって最初からこのレストランの支配人さんだったわけじゃないのに!
ご苦労なさったに違いないのに!
でも素敵な考えだわ!
この席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいなんて!
寺井さん自身が幸せだからに違いないわ!
「そ、そうなんですか。ご苦労なさったんですね。だからこの席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと思っていらっしゃるんですね。」
私は納得した後、微笑んだ。
「確かに苦労はしましたが、そのことでこの席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと思っているわけではありません。私の恋が実らなかったためでございます。」
寺井さんが寂しそうに微笑んだ。
や、やだっ!
私ったら勝手に決めつけて!
でも寺井さんは気を悪くしているようじゃないわ。
それだけが救いかしら。
「えっ!?そ、そうなんですか!?では寺井さんはご自分の代わりに、この席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと思っていらっしゃるんですね!」
私は申し訳なく思った後、微笑んだ。
「はい、その通りでございます。さ、おしゃべりはこのくらいにして、どうか召し上がってください。」
寺井さんが微笑んだ後、私達を促した。
「そ、そうですね。じゃ、いただきますね。」
私は申し訳なく思った後、ナイフとフォークを手に取った。
「では私はこれで失礼します。どうぞごゆっくり」
そう言うと、寺井さんは立ち去った。
寺井さんが立ち去った後、私は新一に話しかけた。
「私、寺井さんに悪いこと言ってしまったかも。辛いことを思い出させてしまったかも・・・。」
「誰にでも過去はあるし、その過去がすべていい過去とは限らね―だろが。んなことでいちいちうだうだと悩んだり悔やんだりしたら、頭がはげるぞ。」
新一が答えて来た。
もう!
一言余計よ!
「ひっど〜い!新一のイジワル!」
私はむくれた。
「ははっ。ワリィワリィ。さ、食べようぜ。」
新一が笑い飛ばした後、微笑んだ。
「そ、そうね。じゃ、いただきます。」
私は料理を食べ始めた。
新一も料理を食べた。
やがて私達は料理を食べ終えた。
「あ〜!美味しかった!」
私は微笑んだ。
だって本当に美味しかったから!
私が作る料理より!
お父さんからは「蘭の作る料理のほうが、英理の作る料理より美味い!」って言われてはいるんだけど。
あ、『英理』っていうのは、私のお母さんの名前なの。
実はお母さん、料理音痴なの。
そのせいもあって、私は子供の頃から料理を作っていたの。
あ、でもね!
お母さん、料理は音痴だけど、編み物は得意なの!
私は編み物得意じゃないから、習おうとは思っているの!
だって!
新一に手袋とかマフラーとかセーターを編んであげたいから!
「まぁ、不味くはなかったけど、蘭の手料理のほうが美味かった。」
新一が不敵に微笑んだ。
も、もう!
またそんな殺し文句を!
「も、もう!そんなこと言うと照れるじゃない!」
私は照れた。
すると新一が真面目な顔になった。
「そんなことより、今日のことで蘭のことは母さんには明るみにしたし、母さんのことだから今頃父さんの耳に蘭のことを話してると思う。だから一週間後、オレは蘭を実家に連れて行く。構わねーか?」
新一が尋ねて来た。
な、何!?
この展開の早さは!?
私は慌てた。
「えっ!?一週間後に?ちょっと早くない?」
私は驚いた後、尋ねた。
「昨夜言ったろ。なるべく早く結婚したいって。」
新一が答えて来た。
うっ!
た、確かにそうだけど!
覚悟決めなきゃいけないみたいね・・・。
「そ、そう言われたらそうだったわね。わかったわ。新一、私を新一の実家に連れていって。でないとまた迷うから。」
私は答えた。
実は私、すっごい方向音痴で、昨日、新一と待ち合わせした時も迷っちゃって、結局行き着けなくて。
あ、新一には携帯でちゃんとそう伝えたわよ!
でも新一には迷惑掛けっぱなしだわ・・・。
私は不安に苛まれながら、一週間後、新一に連れられて、新一の実家に行った。
そして新一は私を、新一のご両親に紹介してくれた。
「父さん、母さん。この人は毛利蘭。オレ、この人と結婚するつもりだから。」
「は、初めまして!毛利蘭です!」
私は名乗った。
う〜!
また声が裏返ったわ!
「初めまして。新一の父の優作です。」
新一のお父さんが微笑んだ。
凄くダンディな男性だわ〜。
さすが新一のお父さんだけあるわ〜。
私のお父さんとは大違い!
「オレ、来週、蘭の両親に挨拶に行こうと思っているから。」
新一がこともなげに言ってのけた。
て、展開が早いっ!
と、兎に角アパートに帰って、実家に電話しないと!
そう思った私は、アパートに帰った後、実家に電話した。
電話に出たのはお母さんだった。
「はい。毛利です。」
「あ、お母さん!私!蘭だけど。来週の□日、何か用事ある?」
私は尋ねた。
「用事?別にないけど。」
お母さんが答えて来た。
「そう。よかった。実は私、好きな人がいるの!その人が来週、お父さんとお母さんに挨拶したいって言っているの!」
私は胸を撫で下ろした後、用件を言った。
「あら、まあ、そうなの!26にもなっているのに男性に興味も関心も持たない、お見合いも婚活も合コンも、結婚しようともしない蘭がそんなことを言うなんて!驚いたわ!」
電話の向こうから、お母さんの驚いたような声が訊こえた。
うっ。
すっごい嫌みを言われたような気がする。
でもお母さんの言う通り、私は学生時代、男の人に興味も関心もなくて。
就職してすぐ、上司で30歳の山口課長から「付き合って欲しい」と言われて。
試しにと思って付き合ったけど、キスもエッチもしていない。
山口課長からキスされそうになった時、凄く気持ち悪くなって。
私は課長に「別れたい」って言ったんだけど、訊いてくれなくて。
そんな時、入社して来たのが新一だった。
そして私は新一を好きになった。
でもそれを課長に知られたくなかった。
知られたら、新一が酷い目にあうと思ったから。
そうしている内に、課長はお酒を飲んだ勢いで、私以外の女性とエッチして。
その女性を妊娠させた。
課長はその女性から結婚を迫られて。
課長は責任を取らされる形で、泣く泣くその女性と結婚した。
私は辛くなかった。
だって私、課長を好きじゃなかったから。
でも新一や会社の人達からは、そうは思われてなかったみたいで。
私も寺井さんと同じように、過去がある。
寺井さんのように、恋が実らなかったわけじゃないけど。
過去に戻れるのなら、やり直したいくらいだわ。
「と、兎に角!お父さんにもそう言っておいて!お願い!」
私は頼み込んだ。
「わかったわ。もしあの人が逃げようとしたら、一本背負いを食らわすわ。」
電話の向こうから、お母さんの声が訊こえた。
一本背負いはお母さんの得意技(?)なの。
「じゃ、じゃあ、来週ね!」
私はそう言って、電話を切った。
そしてその言葉通り、私は次の週に、新一と共に、私の両親のところに挨拶に行った。
「初めまして、工藤新一といいます!蘭さんと結婚させて下さい!」
新一が私の両親に向かって、頭を下げた。
「オレは蘭の父の小五郎。こっちはオレの妻で、蘭の母の英理だ。オメェ、随分若そうだけど、歳は?」
お父さんが名乗った後、お母さんを紹介した。
そして新一に尋ねた。
「21です。」
新一が答えた。
するとお父さんが不機嫌そうな顔になった。
「21?じゃ、蘭より五つも下なのか?蘭!世の中には男はごまんといるんだ!掃いて捨てる程いるんだ!何も好き好んで五つも下の男と結婚しなくてもいいんじゃねぇか?」
お父さん!
私が気にしていることを言わないで!
「そ、それはそうだけど!新一は世界にたった一人しかいないの!例え私と新一の歳が10離れていようが、20離れていようが、必ず出会って惹かれ合ったと思うの!だから!お願い、お父さん!私、新一の奥さんになりたいの!」
私は答えた。
するとお父さんがため息をついた。
「ったく!言い出したら訊かねぇんだから!おい、工藤!蘭を幸せにすると約束できるか?」
「はい!約束します!約束は破る為にあるんじゃなく、守る為にありますから!」
新一がきっぱりはっきりすっぱり答えた。
何て頼もしいの!
とてもじゃないけど、私より五つも下だなんて思えないよ!
そう思っていると、ようやくお父さんが微笑んだ。
「蘭を頼むぞ!蘭、必ず幸せになるんだぞ!」
よかった!
お父さんが赦してくれた!
私は安堵した。
「よかったわね、この人のお許しが出て。」
お母さんが微笑んだ。
お母さんも私達の結婚を赦してくれたみたいだった。
こうして私は新一との結婚を承諾してもらった。
そして二ヶ月後、めでたく私は新一と結婚して、夫婦になった。
四話目に続く
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