出発(たびだち)の夜・番外編
By 新風ゆりあ様
(4)決意
私は宮野志保。
24歳の薬剤師よ。
と言っても、薬剤師になったばかりなんだけど。
え?
薬剤師になったばかりなら、24歳じゃなく、22歳の間違いじゃないかって?
普通の学部ならそうだけど、医学部と薬学部は四年制じゃなく、六年制なの。
私は大学に入学する直前、事故で家族を亡くしたの。
私自身はその時、私の高校時代の一年後輩の世良真純の家に泊まっていて、難を逃れたの。
家族より後輩を取ったわけじゃないわ。
私が真純の家に泊まっている時に、たまたま家族が出かけただけよ。
私じゃなくてもあると思うわよ、そういうことは。
例えば自分が学校や会社に行っている間に、家族が出かけることは。
私の場合がまさにそれだったってことよ。
私には身近な近親者が居なかった上、母がイギリス人ということもあり、父の遠縁の阿笠博士に引き取られたの。
私は一人暮らしをする積もりだったんだけど、博士から女性の一人暮らしは物騒だからと止められて。
それで一緒に、博士の家に住んでいるの。
私が今、住んでいる博士の家の隣には、工藤さん一家が住んでいるの。
と言っても、息子さんの新一君は、一人暮らしをしているんですって。
たまにしか実家に帰ってこないけど、その時に会ったことはあるの。
整頓な顔立ちの青年で、歳は私より三つ下の21で、会社員なんですって。
え?
21なら会社員じゃなく、大学生なんじゃないかって?
普通ならそうね。
工藤君は日本の大学じゃなく、アメリカの大学に入学したの。
そしてアメリカの大学をスキップして、18歳でアメリカの大学を卒業したの。
工藤君のお父さんは優作さん、お母さんは有希子さんっていうの。
有希子さんはとてもフレンドリーな人で、何かにつけて私が住んでいる家にやって来ては、お喋りして帰って行くの。
ただ、時々突拍子もないことを思い付く人で・・・。
それさえなければいい人なんだけど。
その有希子さんが、ある日の朝、私が住んでいる家に来たの。
そしてこう切り出されたの。
「今日、私がここに来たのは、志保ちゃんに頼みたいことがあるのよ!」
「頼みたいこと?」
私は首を傾げた。
「私の息子の新一とお見合いして欲しいの!」
有希子さんが答えた。
お見合い?
工藤君と?
私は考え込んだ。
そりゃ私は24にもなるのに、クールな性格が災いして、カレシは居ないけど。
工藤君も21にもなるのにカノジョが居ないと、有希子さんが愚痴っているけど。
それに・・・。
実は、私には好きな男性がいるの。
その男性は円谷光彦君って言って、私と同い年で、私と同じ薬局で働いている薬剤師なの。
真面目だし、言葉づかいは丁寧だし、礼儀正しいし。
でも、彼は私なんかが言い寄っていいような男性じゃないの。
だから・・・。
諦めた方がいいのかも知れないわね、円谷君のことは。
私は暫く考え込んだ後、口を開いた。
「わかったわ。お見合いするわ。」
すると有希子さんが目を輝かせた。
「本当に?有り難う、志保ちゃん!あ、日時と場所は、決まったらまた言いに来るから!じゃ、これで失礼するわね。」
そう言うと、有希子さんはソファーから立ち上がり、阿笠邸を後にしたわ。
そしてその2日後、有希子さんが再び阿笠邸を訪れた。
そしてこう言われた。
「例のお見合いの件なんだけど、日時と場所を決めて来たから伝えに来たの!」
「あら、そうなの。その日時と場所を教えてもらえるかしら?」
私は尋ねた。
「日時は○月×日△時。場所は米花センタービルの展望レストランよ!」
有希子さんが答えた。
私はポケットからスケジュール表を出し、日時と場所を記入した。
「○月×日△時、米花センタービルの展望レストランっと。」
すると有希子さんが尋ねて来た。
「志保ちゃんはその日、予定はないの?」
「えぇ。何の予定もないわ。」
私は答えた。
すると有希子さんがほっとしたような顔をした。
「そう。よかった。じゃ、私、帰るから。」
そう言って、有希子さんはソファーから立ち上がり、阿笠邸を後にした。
やがてお見合い当日になり、私は米花センタービルの展望レストランへ向かおうとした。
そこへ真純がやって来た、アポなしで。
真純はいつもアポなしでやって来るの。
「やあ、志保先輩!あれ?随分おめかししているけど、どこに行くんだ?」
真純が尋ねて来た。
真純はれっきとした女性なんだけど、お兄さんが二人いるからか、ボーイッシュなところがあるの。
「米花センタービルの展望レストランよ。今日、私、工藤君とお見合いするの。」
私は答えた。
すると真純が目を丸くした。
「先輩?それ、本気で言っているのか?先輩も工藤君もお互いにその気はなかったんじゃないのか?」
真純が尋ねて来た。
「えぇ、そうよ。なかったわ。でもいいの。恋愛と結婚は別なのよ。」
私は答えた。
真純は家の中に入り、リビングに向かい、ソファーに座った。
私は紅茶を用意する為に、台所へ向かい、紅茶を淹れて、リビングに持って行った。
「これ、飲んで。」
私は紅茶をリビングのテーブルの上に置いた。
その時。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
「あら、やだ。また誰か来たみたいね。」
私は顔をしかめた。
そしてインターフォン越しに尋ねた。
「どなたですか?」
「宮野さん!円谷です!円谷光彦です!」
インターフォン越しに訊こえて来たのは、私の想い人の声だった。
私は玄関のドアを開けた。
するとそこには私の想い人が、息を切らして立っていた。
「いらっしゃい。玄関で立ち話も何だから入って。でも手短にお願いするわね。私、もうすぐ出かけるから。」
私は円谷君を家の中に招き入れた。
「じゃ、お言葉に甘えてお邪魔させて頂きます。」
そう言うと、円谷君は家の中に入り、リビングに向かい、真純に会釈して、ソファーに座った。
私はすぐにコーヒーを持って行った。
「どうぞ。」
私はコーヒーをリビングのテーブルの上に置いた。
「有り難うございます。頂きます。」
円谷君がコーヒーを飲んだ。
「それで?何の用なの?電話もしないでいきなり家に来るなんて。あなたらしくないわね。」
私は尋ねた。
そう。
真純と違って、円谷君はわきまえているもの。
すると円谷君が答えた。
「電話はしました。宮野さんの携帯に。そしたら宮野さんの高校時代の一年後輩の世良真純さんが出られて、宮野さんが今日、お見合いしようとしていると教えてくれたんです。」
「真純!何勝手に人の携帯に出るの!」
私は大声を上げた。
「宮野さん!お見合いなんてしないで下さい!僕はあなたが好きなんです!だからお見合いなんてしないで、僕と付き合って下さい!」
円谷君が顔を赤くしながら、私を引き止めた。
嘘・・・。
円谷君が私を?
これは夢?
私の目から、涙がこぼれ落ちた。
すると円谷君が慌てた。
「宮野さん!泣かないで下さい!宮野さんを困らせる積もりはなかったんです!すみませんでした、引き止めたりして。もう宮野さんは行って下さい、お見合い相手のところに。」
「・・・いいえ。行かないわ。だって!だって私もあなたが好きだから!でも私なんかが言い寄っていいような男性じゃないと思っていたから。あなたを諦める為にお見合い話を受けたの。」
私は答えた。
すると円谷君が目を丸くした。
「み、宮野さん・・・。ほ、本当に?」
円谷君が尋ねて来た。
「えぇ。」
私は頷いた。
すると円谷君に抱きしめられた。
「宮野さん!好きです!大好きです!僕と付き合って下さい!」
「えぇ!あなたと付き合うわ!」
私は答えた。
「真純、さっきはご免なさい。大声を上げたりして。私の代わりにあなたが行きなさい。私、知っているのよ。あなたが工藤君に想いを寄せていることを。」
私は真純の方を見た。
すると真純が気まずそうな顔をした。
「ちぇっ。気付いてたのか。さすが先輩。ボクの気持ちに気付いてたとはな。わかった。先輩の代わりにボクが行くよ。」
そう言うと、真純はソファーから立ち上がり、阿笠邸を後にした。
「宮野さん!これからトロピカルランドに行きませんか?」
円谷君に尋ねられた。
「えぇ。いいわよ。でも名字で呼ぶのはもうやめてもらえないかしら。」
私は答えた後、頼み込んだ。
すると円谷君が顔を赤くした。
「そ、そうですね!だって僕達、恋人同士になったんですから!そ、そのっ!ぼ、僕のことも名前で呼んで頂けますか?」
「・・・み、光彦。」
私は彼を名前で呼んだ。
すると彼が顔を近づけて来た。
「し、志保さん・・・。」
私は目を閉じた。
次の瞬間。
私の唇は、温かく湿ったもので覆われた。
「んっ・・・。」
私はくぐもった声を上げた。
すると私の唇は解放された。
「じゃ、じゃあ行きましょうか。」
光彦が私に声をかけて来た。
「え、えぇ。」
私は答えた。
そして私達はトロピカルランドに向かった。
私達がトロピカルランドに着くと、私達より二歳くらい年下の男性と女性が駆け寄って来た。
「「光彦先輩!」」
「あ、元太君!歩美ちゃん!連れて来ましたよ!僕の好きな人を!」
光彦が二人に声をかけた。
「へ〜。その人が光彦先輩の好きな人か〜。オレは小嶋元太!光彦先輩の高校時代の二年後輩だ!宜しくな!」
男性が名乗った。
「私、吉田歩美です!光彦先輩の高校時代の二年後輩で、元太君の婚約者です!宜しく!」
女性が名乗った。
「宮野志保よ。宜しくね。」
私は名乗り返した。
そして私達はトロピカルランドを満喫した。
トロピカルランドを満喫した私達は、それぞれ帰路に着いた。
光彦は私を阿笠邸まで送ってくれた。
「そ、それじゃ、僕はこれで!」
そう言うと、光彦は帰って行った。
「ただ今ー。」
私は家の中に入った。
するとむせび泣く声が訊こえて来た。
「うっ!ううっ!」
この声は真純の声だわ。
私は声が訊こえる方へ行った。
すると真純が私の方を見た。
「先輩・・・。ボク、失恋した・・・。」
「失恋した?じゃ、工藤君に断られたのね。」
私は真純を慰めようとした。
すると真純が首を横にふった。
「断られたわけじゃないんだ。工藤君、カノジョがいたんだ。」
カノジョがいた?
工藤君に?
私は目を丸くした。
「あら、そうなの。じゃ、何でお見合い話を持って来たのかしら?有希子さんは。」
「有希子さんは知らなかったみたいなんだ。工藤君、一人暮らしだし。」
真純が答えた。
「そうだったの・・・。それで?どんな人なの?工藤君のカノジョって。」
私は尋ねた。
「腰まで届く程の長くて艶やかな黒髪の、大きくて丸くて黒い瞳の、桜色の頬と唇の、26歳くらいの美しくて可愛らしい女性で、ボクなんかとは大違いだったよ・・・。」
真純が辛そうに答えた。
「そうだったの・・・。それで?その人の名前は?」
私は尋ねた。
「訊いてない・・・。訊きたくなかったから・・・。」
真純が辛そうに答えた。
「先輩、ボクもう帰るよ・・・。」
そう言うと、真純は阿笠邸を後にした。
その二ヶ月後、工藤君はその女性と結婚し、夫婦になったと、有希子さんから訊かされた。
え?
私と光彦がその後、どうなったかって?
それは・・・。
言わなくてもわかるんじゃないかしら。
五話目に続く
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