出発(たびだち)の夜・番外編
By 新風ゆりあ様
(7・最終話)信念
私は寺井黄之介と言います。
米花センタービルの展望レストランの支配人をしております。
歳は61歳です。
私が支配人をしている米花センタービルの展望レストランには、カップルで座ると必ず結ばれるというジンクスがある席があります。
その席に一番始めに座ったのは、私の想い人の山吹ウメノ様とウメノ様の婚約者の東清助様でした。
ウメノ様は資産家のご令嬢で、当時の私はしがないウェイターで、そして東様は財閥の御曹司。
誰がどう見ても、私より東様のほうがウメノ様に相応しい相手でした。
そしてそれを皮切りに、数え切れない程のカップルがその席に座り、結婚されました。
そのうちの一組である工藤優作様と藤峰(現・工藤)有希子様。
ある時、その有希子様がお一人で、米花センタービルの展望レストランにおいでになりました。
私はすぐに飛んで行き、声を掛けました。
「これはこれは工藤様!ようこそ当レストランへ!おや?お一人ですか?ご主人様は?」
工藤ご夫婦はいつもお二人でレストランにおいでになっていたので、私は不思議に思いました。
すると工藤様が微笑みました。
「優作は来ていないわ。私だけよ。今日は寺井さんに頼みたいことがあって来たの!」
「頼みたいこと?」
私は首を傾げました。
ご主人様が一緒でないことは気になりましたが、深くは追求しませんでした。
「例の席を予約したいの!」
工藤様が答えました。
「あぁ、あのお席ですか。今からだと空くのは一ヶ月程待って頂かないと・・・。」
私は顔をしかめました。
「一ヶ月!?う〜ん。しょうがないわね〜。じゃ、一ヶ月後の○月×日の△時に押さえられる?」
工藤様が顔をしかめた後、ため息をつかれ、尋ねて来ました。
「○月×日△時ですか?少々お待ちください。予約情報を確認致しますので。」
私はポケットからスケジュール表を出し、確認しました。
すると運のいいことに空いていました。
私は工藤様の方を見ました。
「大丈夫です。空いております。」
私は微笑みました。
すると工藤様が胸を撫で下ろしました。
「そう。よかった。じゃ、今言った日時をスケジュール表に書き込んでおいて。」
「かしこまりました。」
私はスケジュール表に予定を書き込みました。
「じゃ、私はこれで失礼するわね。」
そう言うと、工藤様はレストランを立ち去りました。
やがて工藤様が指定した日が来ました。
私がレストラン中を見回っていると、工藤様がレストランにやって来ました。
私は声を掛けようとしたのですが、それより一瞬早く、工藤様はレストランにやって来た一組のカップルに、何やら声を掛けました。
遠かったので何て声を掛けたのかまでは訊き取れませんでしたが、男性は端正な顔立ちで、歳は21歳くらい、女性は、腰まで届く程の長くて艶やかな黒髪の、大きくて丸くて黒い瞳の、桜色の頬と唇の、26歳くらいの方でした。
三人が何やら話し込んでいると、一見すると男性と見間違えるような服装の女性がやって来て、三人に声を掛けました。
遠かったので何て声を掛けたのかまでは訊き取れませんでしたが、23歳くらいの方でした。
その女性は声を掛けた男性を、とても熱い目で見ていました。
それを見て、私にはわかってしまいました。
その女性がその男性のことを想っているということに。
男性に恋人がいたことを知って、男性のことを諦めようとしていることに。
とてもお気の毒です、あの女性は。
私と同じ状況になってしまったのですから。
やがて話が終わったのか、工藤様はその女性と共に、その場を立ち去りました。
二人が立ち去った後、私は残された男性と女性に声を掛けました。
「私はこのレストランの支配人の寺井黄之介でございます。ご予約のお客様でしょうか?」
すると男性が答えました。
「母が予約をしているかと思うんですが・・・。」
「あなた様のお母様が?そうですか。失礼ですが、あなた様のお名前は?」
私は目を丸くした後、男性に尋ねました。
すると男性が名乗られました。
「工藤です。工藤新一。」
工藤新一?
ということは、この男性は工藤ご夫妻のご子息?
言われてみて、私は納得しました。
その男性は若き日の工藤優作様によく似ておりました。
「ああ!工藤様でしたか!お母様から確かにご予約を承っております。どうぞこちらへ。」
私は二人を席に案内しました。
二人が席に座ったのを見計らって、私は微笑みました。
「ご注文をおうかがい致します。」
すると工藤様が女性に尋ねました。
「蘭、何が食べたい?」
すると『蘭』と呼ばれた女性がメニューに目を通し、一番安い料理を指差しました。
「そうねぇ・・・。じゃ、これを。」
「それは当レストランで一番安いものですよ?もっとお高いものにすればよいのでは?だってあなた様は工藤様の恋人なのでしょう?」
私は目を丸くした後、尋ねました。
え?
初対面なのにどうしてわかったかですか?
それは工藤様が女性をとても熱い目で見ていたからです。
その目が、優作様が有希子様を見ていた目とまったく同じだったからです。
やはり父子です。
血は争えません。
私がそう思っていると、女性が口を開きました。
「そ、それは!まぁ、そうですけど・・・。高いものだと支払う時に困るから・・・。」
おやおや。
随分倹約家のようですね、工藤様の恋人様は。
「このレストランを予約したのは母さんなんだ。だから母さんに払わせる。」
工藤様が不敵に微笑みました。
「そうだとしても有希子さんに悪いと思うから・・・。だからこれでお願いします。」
女性が工藤様に答えた後、私に頼み込みました。
「かしこまりました。工藤様は何に致しましょうか?」
私は女性に答えた後、工藤様に尋ねました。
「そうですね・・・。じゃ、蘭と同じものを。高いものだと釣り合いが取れないから。」
工藤様がしばらく考え込んだ後、答えました。
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
私は微笑んだ後、女性に尋ねました。
「はい。それでお願いします。」
女性が答えました。
「かしこまりました。工藤様もこれでよろしいでしょうか?」
私は女性に微笑んだ後、工藤様に尋ねました。
「はい。構いません。」
工藤様が答えました。
「かしこまりました。では少々お待ちください。」
そう言うと、私は厨房に向かい、コックに料理を作らせました。
そして出来上がった料理を、例の席に運びました。
「お待たせ致しました。」
私は料理をテーブルの上に置きました。
コトンッ、コトンッ。
すると女性が申し訳なさそうな顔をされながら、口を開きました。
「有り難うございます。あの、このレストランでは支配人さん自らがお料理を運んで下さるんですか?」
「これはこの席だけの特権でございます。他の席ではウェイターかウェイトレスが料理を運びます。」
私は答えました。
すると女性が気まずそうな顔をされながら、口を開きました。
「そ、そうなんですか。でも支配人さん自らがお料理を運ばれるなんて、苦痛には感じないのですか?」
「苦痛?とんでもございません!この席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと、私は思っていますので。それに私はこのレストランに入った頃は、しがないウェイターでしたし。」
私は答えました。
すると女性が微笑まれながら、口を開きました。
「そ、そうなんですか。ご苦労なさったんですね。だからこの席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと思っていらっしゃるんですね。」
「確かに苦労はしましたが、そのことでこの席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと思っているわけではありません。私の恋が実らなかった為でございます。」
私は答えました。
すると女性が申し訳なさそうな顔をされながら、口を開きました。
「えっ!?そ、そうなんですか!?では寺井さんはご自分の代わりに、この席に座ったすべてのカップルに幸せになって欲しいと思っていらっしゃるんですね!」
「はい、その通りでございます。さ、お喋りはこのくらいにして、どうか召し上がって下さい。」
私は微笑んだ後、二人を促しました。
すると女性がナイフとフォークを手に取りました。
「そ、そうですね・じゃ、頂きます。」
「では私はこれで失礼します。どうぞごゆっくり召し上がって下さい。」
そう言うと、私はその場を立ち去り、厨房に戻りました。
すると私の後から厨房に入って来たウェイターの安室透さんが話し掛けて来ました。
「支配人、またあのお涙ちょうだいものの話を、お客様に話していましたね。確か先週もお客様に話していましたね。あぁ、言っておきますが、僕は別にサボっていたわけじゃありませんよ。先週も今日もたまたま近くにいて、支配人の話が訊こえただけですよ。そういえば先週のお客様は、今日あの席に座られているあの二人によく似ていましたね。確か男性の方は予約を承った時、『黒羽』様と名乗られて。その『黒羽』様はお連れの女性から『快斗』様と呼ばれていましたよね。そして『黒羽快斗』様はお連れの女性を『青子』様と呼んでいましたよね。もっとも二人とも二十歳くらいでしたが。」
「・・・私があの話をしたのは、何も今日と先週だけではありません。今から22年前にもあの話をしたことがあるんです。しかもその時、あの席に座られたのは、今日あの席に座られている青年のご両親なんです。」
私はやり返しました。
すると安室さんが目を丸くしました。
「えっ!?そ、そうなんですか?それはまた凄い偶然ですね。」
「偶然なんでしょうか?私には必然に思えますが。」
私はやり返しました。
そう。
物事に偶然などないのです。
あるのは必然だけなのです。
22年前のことも、先週のことも。
そして今日のことも。
そしてそれから二ヶ月後、レストラン宛に工藤様から結婚式の披露宴への招待状が届きました。
私は「仕事があるので出席できませんが、お二人の幸せを祈っております。」と返信しました。
そういえば『黒羽』様からも、工藤ご夫妻からも、レストラン宛に結婚式の披露宴への招待状が届きました。
その時にも私は同じことを返信しました。
どうですか?
あなたも恋人と共にレストランに来て、伝説の席に座ってみませんか?
その時は私が誠意を持っておもてなししますよ。
それが私の信念ですから――――――――。
終わり
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