出発(たびだち)の夜・番外編



By 新風ゆりあ様



(6)策略



やあ!

ボクは世良真純!

23歳の女性会社員さ!

え?

今『ボク』って言ったから、男性の間違いじゃないかって?

それは・・・。

ボクには兄貴が二人居てさ、そのせいでもの心ついた時から自分のことを『ボク』って言っちゃっているんだ。

何なら服を脱いで見せて上げようか?

え?

そこまでする必要はないって?

ちぇっ。

つまんない!

まぁ、それはどうでもいいや。

実はボク、こう見えても、好きな男性はいるんだ!

その人は工藤新一君って言って、ボクの高校時代の一年先輩の宮野志保先輩が住んでいる家の隣に住んでいた人なんだ!

今は彼は一人暮らしをしているけど。

彼はボクより二つ年下だけど、アメリカでスキップして大学を卒業した為、社会人になって三年になるんだ!

彼には産まれてこのかた、カノジョという存在が出来たことはないんだって!

つまり、年齢イコールカノジョいない歴って訳なんだ!

アメリカでスキップして、18歳で大学を卒業しているから、頭はいいし、女性嫌いという訳じゃなさそうだし(だってこんなボクにも優しくしてくれているし)、イケメンだし。

え?

何でアタックしないんだって?

それは・・・。

ほら、ボクってこんなじゃない?

だからさ、アタックしても「女性としては見てない」って言われるんじゃないかと思って、尻込みしちゃっているんだ・・・。

そんなボクだけど、ある日、転機が訪れたんだ!

それはボクがアポなしで志保先輩が住んでいる家を訪れた時のことだったよ!

「やあ、志保先輩!あれ?随分おめかししているけど、どこに行くんだ?」
ボクは尋ねた。

すると志保先輩がさらっと答えたんだ。
「米花センタービルの展望レストランよ。今日、私、工藤君とお見合いするの。」

そ、そんな!

志保先輩と工藤君がお見合いする?

何だよ、それ!

先輩は工藤君に特別な感情を持っていなかったじゃないか!

「先輩?それ、本気で言っているのか?先輩も工藤君もお互いにその気はなかったんじゃないのか?」
ボクは詰め寄ったよ!

すると先輩がさらっと答えたんだ。
「えぇ、そうよ。なかったわ。でもいいの。恋愛と結婚は別なのよ。」

あれ?

今のセリフ、なんか引っ掛かった。

もしかして。

もしかしたら。

先輩には好きな人がいるんじゃないか?

でも自分なんかが言い寄っていいような人じゃないと思って、諦める為にお見合いしようとしているんじゃないのか?

そんなことを考えながら、ボクは家の中に入り、リビングに向かい、ソファーに座ったんだ。

先輩は飲み物を用意する為か、台所に向かったんだ。

その時、ボクは気づいたんだ。

先輩が携帯を落としていったことに。

ボクは先輩の携帯を拾い上げた。

すると。

ピリリ・・・。

先輩の携帯が着信を告げたんだ。

携帯の画面には『円谷光彦』と表示されていたよ!

びっくりしたよ、ボクは!

だって今まで先輩は男っけなかったからさ!

こんなボクと違って、頭はいいし、美人だし。

もしかして。

もしかしたら。

この人は先輩の想い人なんじゃないのか?

そう思ったボクは、悪いとは思ったんだけど、先輩の代わりに電話に出ることにしたんだ!

先輩と工藤君のお見合いを阻止する為にな!

ピッ。

ボクは携帯の通話ボタンを押したんだ。

すると携帯の向こうから、男性の声が訊こえたんだ!
「み、宮野さん!つ、円谷です!円谷光彦です!あ、あの!い、今から僕とトロピカルランドに行きませんか?」

随分どもっているな、この人。

もしかして。

もしかしたら。

この人も先輩のことを?

もしそうだとしたら。

ボクがこの人に先輩のお見合い話を教えたら。

この人はそれを全力で阻止しに来るかも知れないな。

そう思ったボクは、その人に名乗った後、ご丁寧に教えてあげたよ!
「ボクは世良真純。志保先輩の高校時代の一年後輩なんだ!志保先輩なら、今からお見合いだって言っていたよ!」

すると携帯の向こうから、円谷さんの驚いた声が訊こえたんだ!
「お、お見合い!?み、宮野さんが!?ほ、本当なんですか?その話!」

随分驚いているな、この人。

どうやらボクの予想はビンゴみたいだ。

「本当だよ!先輩、おめかししているし!恋愛と結婚は別だって言っていたし!」
ボクは答えたよ!

すると携帯の向こうの円谷さんがエキサイトしたよ!
「じょ、冗談じゃありません!宮野さんがお見合いだなんて!そんなの、絶対にダメです!僕、すぐに宮野さんのところに行きます!世良さん!それまで宮野さんを引き留めていて下さい!じゃ、切ります!」

円谷さんはそう言うと、電話を切ったみたいだったよ!

随分エキサイトしていたな、円谷さん。

「宮野さんがお見合いだなんて!そんなの、絶対にダメです!」だって。

そう言ったってことは、円谷さんは間違いなく先輩のことが好きだってことだよな!

もし。

もしボクの予想通り、先輩も円谷さんのことが好きだとしたら。

円谷さんが先輩にコクったら。

先輩はお見合いには行かないって言うかも知れないな。

その時は。

ボクが代わりに行くって言おう!

そう思っていると、先輩が紅茶を淹れて、リビングに持って来たんだ。

「これ、飲んで。」
先輩が紅茶をリビングのテーブルの上に置いた。

その時。

ピンポーン。

玄関のチャイムが鳴ったんだ!

どうやら円谷さんが来たみたいだ!

どんな人なんだろう?

「あら、やだ。また誰か来たみたいね。」
先輩が顔をしかめた。

そしてインターフォン越しに尋ねた。
「どなたですか?」

するとインターフォンから、円谷さんの声が訊こえたんだ!
「宮野さん!円谷です!円谷光彦です!」

それを訊いた先輩は、玄関の方に行ったよ。

そして数分後、リビングに真面目そうな男性が入って来たんだ。

この男性が円谷さんだろうな。

その男性はボクに会釈した後、ソファーに座ったんだ。

「あなたが円谷さんなのか?ボクは世良真純。志保先輩が今日、お見合いするって訊いて、引き留めに来たのか?」
ボクは尋ねたよ。

するとその男性がエキサイトしながら答えたよ。
「えぇ、そうです!僕は宮野さんが好きなんです!なのに宮野さんは他の男性とお見合いすると言っているんでしょう?恋愛と結婚は別だって言っているんでしょう?宮野さんが僕をどう思っているかは知りませんが、僕は宮野さんが好きなんです!」

おおっ!

言ったね〜、ハッキリキッパリすっぱりと!

やっぱボクの予想はビンゴだったな!

円谷さんは先輩のことが好きだっていう予想は!

後は先輩だな!

そんなことを考えていると、先輩がコーヒーを持って来たよ。

「どうぞ。」
先輩がコーヒーをリビングのテーブルの上に置いたよ。

「有り難うございます。頂きます。」
円谷さんがコーヒーを飲んだよ。

すると先輩が円谷さんに尋ねたんだ。
「それで?何の用なの?電話もしないでいきなり家に来るなんて。あなたらしくないわね。」

「電話はしました。宮野さんの携帯に。そしたら宮野さんの高校時代の一年後輩の世良真純さんが出られて、宮野さんが今日、お見合いしようとしていると教えてくれたんです。」
円谷さんが答えたよ。

すると先輩がボクに向かって大声を上げたんだ。
「真純!何勝手に人の携帯に出るの!」

うわ〜。

おっかないな〜。

そう思っていると、円谷さんが先輩に声を掛けたんだ。
「宮野さん!お見合いなんてしないで下さい!僕はあなたが好きなんです!だからお見合いなんてしないで、僕と付き合って下さい!」

円谷さん、必死になっているな〜。

そう思っていると、先輩の目から、涙がこぼれ落ちたんだ。

あわわ。

先輩が泣くなんて。

ボクは慌てたよ。

するとボクと同じように慌てた円谷さんが先輩を取りなしたんだ。
「宮野さん!泣かないで下さい!宮野さんを困らせる積もりはなかったんです!すみませんでした、引き留めたりして。もう宮野さんは行って下さい、お見合い相手のところに。」

おいおい!

引き下がるのか?

さっきのエキサイトは何だったんだ!

ムカついたボクは文句を言おうと、口を開こうとした。

けどそれより一瞬早く、先輩が口を開いたんだ。
「・・・いいえ。行かないわ。だって!だって私も円谷君が好きだから!でもあなたは私なんかが言い寄っていいような男性じゃないと思っていたから。あなたを諦める為にお見合い話を受けたの。」

おおっ!

言ったね〜、ハッキリキッパリすっぱりと!

やっぱボクの予想はビンゴだったな!

先輩も円谷さんのことが好きだっていう予想は!

そう思っていると、円谷さんが目を丸くして、先輩に尋ねたんだ。
「み、宮野さん・・・。ほ、本当に?」

すると先輩が頷いたんだ。
「えぇ。」

円谷さんはよっぽど嬉しかったのか、ボクの目の前で先輩を抱き締めたよ。

「宮野さん!好きです!大好きです!僕と付き合って下さい!」
円谷さんが先輩に頼み込んだよ。

すると先輩が答えたんだ。
「えぇ!あなたと付き合うわ!」

やった!

作戦大成功だ!

後はボクが代わりにお見合いに行くって言えば!

そう思っていると、先輩がボクを見たんだ。

「真純、さっきはご免なさい。大声を上げたりして。私の代わりにあなたが行きなさい。私、知っているのよ。あなたが工藤君に想いを寄せていることを。」
先輩が謝った後、ボクを諭したよ。

ありゃ〜。

先輩、ボクの気持ちに気付いていたのか〜。

っていうか、ボクの気持ちには気付けたのに、何で円谷さんの気持ちには、今の今まで気付かなかったんだよ、先輩!

それはきっとそれだけ先輩が円谷さんのことを想っていたからなんだろうな。

ボクは気まずくなり、口を開いたよ。
「ちぇっ。気付いていたのか。流石先輩。ボクの気持ちに気付いていたとはな。わかった。先輩の代わりにボクが行くよ。」

ボクはソファーから立ち上がり、阿笠邸を後にし、米花センタービルの展望レストランに向かったんだ。

期待と不安を抱えて。

これはボクの予想だけど、今日のお見合いをセッティングしたのは工藤君じゃなく、彼のお母さんの有希子さんだろうと思う。

有希子さん、工藤君がカノジョを作ろうとしないことを気にしていたみたいだから。

きっと今ごろ二人ともやきもきしているだろう。

先輩じゃなく、ボクが行ったら、二人とも驚くだろうな。

工藤君は観念して、ボクと付き合ってくれるかも知れない。

でも、もし「女性としては見ていない」って言われたら?

そんな期待と不安を抱えたまま、ボクは米花センタービルの展望レストランに着いた。

そんなボクの目に飛び込んで来たのは。

有希子さんと工藤君の姿。

そして―――――――。

工藤君の隣には、腰まで届く程の長くて艶やかな黒髪の、大きくて丸くて黒い瞳の、桜色の頬と唇の、26歳くらいの美しくて可愛らしい女性がいた。

それを見て、ボクは気付いてしまったんだ。

その女性が工藤君のカノジョだということに――――――――。

え?

何でわかったのかって?

それは・・・。

工藤君がその女性を見つめている目がものすご〜く優しくて熱〜い目をしていたから・・・。

工藤君が女性に対してあんな目をするなんて、今の今までなかったから・・・。

そう。

ボクに対してもな・・・。

何だよ、この展開は・・・。

工藤君にはカノジョは居なかった筈なのに・・・。

これはボクの予想だけど、工藤君とあの女性は、つい最近そういう仲になったんだと思う・・・。

これはずる賢く策略を立てたボクへの罰なのか?

あ、ヤバ・・・。

涙が出そう・・・。

ボクは慌てて目を擦った後、有希子さんに声を掛けたんだ。
「有希子さ―ん!」

すると三人がボクの方を見たんだ。

三人とも驚いたような顔で、ボクを見たよ。

「えっ!?真純ちゃん!?えっ!?何で真純ちゃんがここに?」
有希子さんが尋ねて来たよ。

「あぁ、それなんだけど、志保先輩に代役を頼まれちゃって。でもお邪魔みたいだな。ボクも有希子さんも。」
ボクは努めて明るく答えた後、工藤君と工藤君のカノジョさんを見たんだ。

すると有希子さんがにやついたんだ。

「あら〜♪真純ちゃんにもわかっちゃったのね♪じゃ、私達は退散しましょうか。」
そう言うと、有希子さんはボクと共にその場を立ち去ったよ。

ボクとしてもよかったよ。

あれ以上、あの場に居たくなかったから。

あれ以上あの場に居たら、ボクの気持ちに気付かれただろうから。

工藤君のカノジョさん、凄く綺麗で可愛らしかったな・・・。

あれ以上あの場に居たら、彼女はボクの気持ちに気付いたかも知れない。

そして工藤君より歳上なことを気にして、身を引いたかも知れない。

まぁ、ボクも工藤君より歳上だけど。

工藤君のカノジョさんより年下だから。

彼女が身を引くなんて、そんなの、絶対にダメだ!

ボクは彼女を傷つけたくなかった。

だからボクのほうが身を引いたんだ。

例え。

例えボクじゃなく、先輩が来ていたとしても。

きっとボクと同じことをしたと思う。

そんなことを考えていると、有希子さんに話し掛けられた。
「ねぇ、真純ちゃん。志保ちゃんはどうして来なかったの?」

そうだよな。

疑問に思うよな。

有希子さんには知る権利があるよな。

そう思ったボクは、努めて明るく答えたんだ。
「志保先輩には好きな人がいるんだ。その人が志保先輩のところに来て引き留めたんだ。『お見合いなんてしないで、僕と付き合って下さい』って。」

すると有希子さんが驚いたんだ。
「えっ!?そ、そうだったの!?や、やだっ!?私、知らなかったから!志保ちゃん、そんなこと、言ってくれなかったし!」

そうだよな。

驚くよな。

先輩は今の今まで自分の気持ちを誰にも言わなかったみたいだから。

そう。

ボクに対してもな。

「志保先輩はその人のことを諦める為にお見合い話を受けたって言っていたよ。」
ボクは努めて明るく答えた。

すると有希子さんがにやついたんだ。
「あら〜♪そうだったの〜♪」

「そういうこと。じゃ、ボクはこれで。」
そう言うと、ボクはその場を立ち去り、阿笠邸に向かったんだ。

先輩にお見合いの結果を報告する為にな。

先輩は居ないかも知れないけど、待っていればそのうち帰って来るかも知れない。

そう思いながら、ボクは阿笠邸に向かい、玄関のチャイムを押した。

ピンポーン。

だけど誰の声もインターフォンからは訊こえなかった。

この家の主の阿笠さんも、志保先輩も居ないみたいだ。

仕方なくボクは持っていた合鍵を使い、家の中に入った。

家の中に入った途端、ボクの目から、今の今まで我慢していた涙が、次から次へと溢れ出して来た。

「うっ!ううっ!」
我慢しきれず、ボクは咽び泣いた。

そんな時。

「ただ今―。」
先輩が家の中に入って来た。

先輩の声を訊いて、はりつめていた糸が切れたのか、ボクは更に咽び泣いてしまった。
「うっ!ううっ!」

ボクの咽び泣きが訊こえたんだろう。

先輩がボクのところへ来た。

ボクは先輩の方を見て、口を開いた。
「先輩・・・。ボク、失恋した・・・。」

すると先輩がボクを慰めようとした。
「失恋した?じゃ、工藤君に断られたのね。」

「断られた訳じゃないんだ。工藤君、カノジョがいたんだ。」
ボクは首を横にふった。

すると先輩が目を丸くした。
「あら、そうなの。じゃ、何でお見合い話を持って来たのかしら?有希子さんは。」

先輩のこのセリフで、ボクにはわかってしまった。

ボクの予想が当たっていたことに。

おそらく有希子さんは今日までお見合いのことを工藤君に言っていなかったんだろう。

事前に言って工藤君に逃げられたら、と思ったんだろう。

これはボクの予想だけど、工藤君は一人暮らしをしているから、有希子さんも工藤君にカノジョがいることを知らなかったんだと思う。

「有希子さんも知らなかったみたいなんだ。工藤君、一人暮らしだし。」
ボクは答えた。

すると先輩が気の毒そうな顔をした。

「そうだったの・・・。それで?どんな人なの?工藤君のカノジョって。」
先輩が尋ねて来た。

先輩がそう尋ねて来たのは、ただ単に興味がわいただけだと思う。

今の今まで女性に対して特別な感情を持たなかった工藤君のハートを射止めた女性に。

「腰まで届く程の長くて艶やかな黒髪の、大きくて丸くて黒い瞳の、桜色の頬と唇の、26歳くらいの美しくて可愛らしい女性で、ボクなんかとは大違いだったよ・・・。」
ボクは答えた。

すると先輩がまた気の毒そうな顔をした。

「そうだったの・・・。それで?その人の名前は?」
先輩が尋ねて来た。

「訊いていない・・・。訊きたくなかったから・・・。」
ボクは答えた。

誰でもそうだろう?

好きな人に恋人が居て、その恋人の名前を知りたいと思うか?

思えないだろう?

居たたまれなくなり、ボクは口を開いた。
「先輩、ボクもう帰るね・・・。」

ボクは阿笠邸を後にした。

え?

その後、工藤君がどうなったかって?

知らないよ!

知りたくないよ!

これはボクの予想だけど、工藤君はあのカノジョさんと結婚したと思う。

え?

先輩がどうなったかって?

それは・・・。

円谷さんと結婚したよ、数ヶ月後に。

結局辛い目にあったのはボクだけ。

こんなボクだけど、いつか現れるかな。

ボクを『女性』として見てくれる男性が――――――――――。





最終話に続く