目明し小五郎・幕末編



Byトモ様



(後編)



「それで平次達は土佐藩邸で事情聴取されたんやろ?土佐藩邸の中ってどないやった?」

好奇心旺盛なのだろう。和葉は目を輝かせている。

「ああ、おかげさんで事情を聞きたいからって3日も閉じ込められてたわ」

平次はうんざりした表情で答えた。

「その時の事、詳しく教えてよ」

おランまで身を乗り出してきた。

「ったく!」

小五郎はジト目で2人を見たが、ため息をつくと話し始めた。



取調べにあたったのは谷守部というお侍で、この人は小五郎達の他、一緒に斬られた中岡新太郎と下僕の藤吉からも事情を聞いていた。
藤吉は事件後の明朝に死んでしまったが、彼は苦しい息の中から次のようにしゃべった。
刺客は2人、自らを十津川郷士と名乗り「才谷先生はご在宅か?」と聞いてきた。



「新一、才谷先生って誰?」
「坂本竜馬の変名だよ」



その後、刺客は階段で藤吉を斬り草履のまま2階へ駆け上がった。
その時、2階で障子を開ける音がした。
その物音で刺客は竜馬の居場所を知った。
2人の刺客が、その音の方向に走っていったのを藤吉は確認している。
彼の記憶はここまでだった。



「その後は、中岡慎太郎の証言になるんだけど・・・」



刺客は背後から、いきなり「コナクソ」と叫びながら飛び込んできた。
中岡は咄嗟に小刀を抜いて応戦したが、ふいを襲われてメッタ斬りにされた。
竜馬の刀は床の間に置いてあったので竜馬はそれを取りに行って背中を斬られた。
第2の太刀を竜馬は刀の鞘で受け止めたが、切っ先がそのまますべって竜馬の額を割ったという。
そのあと、しばらくは記憶がなく気がついたら目の前にとどめをさそうとする刺客の刃先が見えた。
しかし「もういい、もういい」という声がして刺客は去っていったと言う。
そのあと竜馬は隣の部屋にはっていき、行燈の前に座った。
そして愛刀を抜き、それを行燈にかざして自分の傷を見ながら・・・。

「慎太・・・俺はもうダメだ」

と、言ってそのまま倒れて息絶えたらしい。



「その後、中岡自身は屋根伝いうをはって行き、俺達に発見されたというわけだ」
「彼はその事を全部しゃべった後に死んだのね・・・」
「そや、一時は元気になったんやけど、やきめしを付くってもらい食った後に死んでもうた・・・」

しばらく考え込んでいた新一が話しを切り出した。

「この事件には謎が3つある。まずは現場に残されていた下駄と鞘なんだけど竜馬の暗殺にくるぐらいの刺客なら、たぶん一流のテロリストだ・・・なのに現場にそんな物を忘れてくるなんて事があるだろうか?」
「・・・なるほどね。これは新撰組の仕業ですよといわんばかりの物的証拠ね・・・それはおかしいわ」

英理は新一の言う事に感心して原田の犯行と決め付けている小五郎をジト目で見た。
小五郎はふんっと横に向きふてくされている。

「そうやなぁ、斬り込みに来る連中が動きにくい下駄を履いてくる事態おかしいわな」

平次も腕を組んで考え込む。

「次に中岡がどうして、とどめをさされなかったか・・・普通なら目撃者は口封じの為に殺されるが彼は助かっている」
「刺客が死んだと思ったんじゃない?」

おランの反論を新一は手で制した。

「最後に第2の疑問と直結するが刺客は相当の腕利きの筈・・・階下で下僕の藤吉を一刀で斬り殺し竜馬を二,三の太刀で絶命させている。なのに中岡だけは十一ヶ所も斬られたのに死んでいない・・・つまり全体的に傷が浅かったんだ」
「・・・なるほど」

やっと小五郎も原田の犯行に疑問が出てきたようだ。

「おじさん、あの晩ぶつかった女、確か近江屋の方から走ってきましたよね?」
「おう」
「あの時、あの女が袂に何か長いものを隠して走っているように見えませんでしたか?」

小五郎は、あの時の事を思い出してみる。

「暗くてよく見えなかったが、今思うと不自然な走り方だったかも知れねぇな」
「そこで、このかんざしです」

新一はかんざしをみんなに見せた。

「見た事ないねぇ」
「さあねえ」

新一と平次はかんざしに見覚えがないか聞き込みをしていた。

「あっこのかんざしなら知ってるよ」

聞きこみを始めて何軒めかの店の主人がかんざしに見覚えがあるようだった。

「本当ですか」
「先斗町の瓢亭の飯炊女達が差しているかんざしだよ」



  ☆☆☆



2人は瓢亭にやってきて、かんざしを差してない飯炊女を探した。

「いたで工藤!おの女だけかんざしがあらへん」




「なくしたやと!何処でや?」

その女を人気のない所へ連れだし問いただしていた。

「どうした?何故そんなに汗をかいている」
「・・・・・」

女はなくしたと言ったきり何も話そうとしなかった。

「このかんざしはアンタのモンや!そんであの晩、刀を袂に隠し持って走っていた・・・そうやろ!!」
「うう・・・」

女は泣き崩れてしまい、やがて話しを始めた。

「私は・・・坂本竜馬様の女でございました」
「!!・・・詳しく話してくれねえか?」
「竜馬様とは一度瓢亭に遊びに来られた時、一夜を共にして以来ずっとつきあっていました。何度か逢瀬を重ねるうちに私は心から竜馬様を愛してしまいました。でも竜馬様が私を抱いたのは何か違う目的があったように思います・・・。ご存知のように瓢亭は新撰組の連中がしょっちゅう出入りする所・・・。


ある日、竜馬様は私にこう言いました。



「新撰組の連中の持ち物をかっぱらってこい・・・羽織でも何でもいい」



それを何に使うのかは私には知る由もありませんが私はそういう役目の女なんだと思いました。
間もなくその機会が訪れました。

新撰組の原田佐之助様や6名の隊士が遊びに来られ大騒ぎした後、泥酔状態で帰っていかれたんです。
すると原田様はなんと刀を忘れていかれたんです・・・。
私は即座にそれを隠し持ちました。
もちろん誰にも見られてはいません。

明くる日、隊士の1人が探しに来られましたが知らぬ存ぜぬで通しました。

11月15日の夜、つまり竜馬様が殺された日、私はその刀を袂に隠して竜馬様の隠れ家である近江屋へ向いました。
そして下僕の藤吉に気づかれないよう下駄をぬいで秘密の出入り口からそっと入りました。
そしたら奥の部屋で竜馬様と誰かが大声で口論されていたんです・・・土佐の言葉ですから内容はよく分かりません。
そして物音がして呻き声が聞こえてきました。
私は胸騒ぎがして、その部屋を開けると・・・。
刀を持ったお侍が仁王立ちに立っており床の間のところに血だらけの竜馬様が倒れておりました。

大好きな人が殺される!私は思わず手に持っていた刀で、その男に斬りかかっていたのです・・・。



気づいたら、その男の人が足元に倒れて苦しんでました・・・たぶん私が斬ったのだと思います。
竜馬様は隣の八畳間のところで、すでにコト切れていました・・・。
その時、階下で人の足音がして下僕の藤吉の悲鳴が聞こえてきました。
私は無我夢中で刀を抱いて裏口から逃げました。
その時、慌てていたので刀の鞘と下駄の片方を現場に残してきたんです。


・・・私の知ってる事はこれで全てです」

新一も平次も真相に唖然としていた。

「・・・そんでその後、おっちゃんにぶつかってかんざしを落としたっちゅうワケか」
「・・・私、自首します」
「いや、その必要はないさ」
「え?」
「中岡慎太郎が今際の際まで嘘をつき通したのは武士の意地なんだ・・・その心を汲んでやるなら、このまま黙っているのが本筋だろう」
「あ・・・ありがとうございます・・・」

女は新一の言葉に再び泣き崩れた。



  ☆☆☆



新一と平次に真相を聞いた事務所のメンバーは驚いて沈黙に包まれていた。

「・・・ということは坂本竜馬は中岡慎太郎に斬られたのね」

沈黙を破ったのは英理だった。

「その中岡慎太郎は竜馬の陰の女に斬られたんや」
「・・・そして下僕の藤吉は一足違いで来た十津川郷士と名乗る2人の刺客に斬られた」
「なるほど・・・刺客が踏み込んだ時には、すでに2人とも血の海に倒れていたというワケだな」

平次、新一、小五郎がその後の真相を付け足した。

「なるほどなぁ・・・中岡慎太郎の傷が浅かったんは女の太刀やったからやったんやな」

和葉は謎が解けて納得しているようだ。

「でも中岡はどうして竜馬を斬ったのかしら?」

おランが動機を新一に聞いてみた。

「竜馬と中岡は倒幕の目的は共通していたものの方法論が異なった。中岡慎太郎は武力倒幕派の筆頭つまりタカ派であり、一方、坂本竜馬は武力を必要としないハト派だったんだ」
「2人は激論をした後、カッとなった中岡慎太郎が斬ってしまったっちゅうワケや」
「なるほど・・・それで彼は苦しい息の下でも嘘をつきとおしたのね・・・それに自分は女に斬られたなんてとても言えないものね・・・」

英理の最後の言葉がこの事件の全てを物語っていた。





翌、慶応4年1月19日、清水寺の舞台から1人の女が飛び降り自殺をした。
名はオイネ・・・
先斗町瓢亭の飯炊女という記録しかのこされていない。

この日以来、竜馬暗殺の下手人は歴史の闇の中にとざされたままになったのである。







終……。





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