永遠に。。。


By ゆう様



落ち着いた雰囲気にシックな内装。
暗い店内に淡い照明。
夜景の見える恋人達に人気のレストラン。
スーツを自然に着こなした新一と清楚なワンピースに身を包んだ蘭は、そのレストランで一番の良く景色が見える特等席で食事の後の甘いデザートを堪能していた。

「蘭。」

タイミング見計らっていたいた新一が目の前に静かに箱を差し出す。
上品にラッピングされた小さな箱。
それは新一と蘭に幼き日の切なく甘い記憶を思い出させる約束のものだった。

「新一。これ。」
「誕生日おめでとう。蘭。」

蘭にだけ向けられる優しい微笑で新一は真っ直ぐ蘭を見据えて言った。
蘭は目を丸くして箱と新一を交互に見る。
新一の優しい微笑みと箱の中への期待に自然に口元が綻ぶ蘭。

「開けてみていい?」
「ああ。」

蘭がその小さな箱を緊張しながら丁寧に開けると、
中には眩い輝きを放つダイヤモンドの指輪が収まっていた。
それを見るなり瞳を潤ませると同時に零れるほどの笑顔を新一に向ける蘭。
二人を包む甘い空気が次第に増していく。

「覚えててくれたんだ。」
「あったりめーだろ。」

新一は少し照れながら笑った。
まるであの時のように眩しいほどの笑顔で。。。

元気をくれたあなたの約束。
砕けそうになった胸の痛み。
忘れることのなかった大切な思い出。








それは今からさかのぼること10年前。
蘭の母、英理が家を出て間もなく訪れた蘭の誕生日のことだった。


私の誕生日。
お父さんが動物園に連れて行ってくれるって言ったけど、
去年みたいにお父さんとお母さんと3人でいけないんだと
思うとそんなにうれしくはなかった。
でも、お父さんの気持ちを無碍にも出来ず、表向きは喜んで動物園へ向かった。
動物園へ向かう道中には幸せそうに両親に挟まれる子供がたくさんいて、私はお母さんがいない寂しさを感じずにはいられなかった。
でもいざ動物園に着いたらそこにはお母さんが待っていてくれてて、私は久しぶりに3人でいられることに大いに喜んだ。

お母さんが来てくれた。
私のために。
お母さんは帰ってきてくれのかな。

蘭は期待をせずにはいられなかった。

私のために会いに来てくれたんだもん。
きっと前みたいに一緒に暮らせるよね。
ね?お母さん。

周りの子供達と同じように両親に挟まれて幸せなのだから、期待を持つのは当然である。

3人で仲良く動物園へ入ると、お猿さんがお父さんに似てるって笑ったり、お母さんの作ったちょっと変わった味のお弁当をほおばったり、いろんなお話たっくさんしたり、
何をしてもとにかく楽しくて時間が過ぎていくのがあっという間のように感じられた。
お母さんが家を出て以来の、はじめて3人で過ごした楽しい時間だった。


いつまでもこのまま一緒にいられたら。。。
ずっと3人でいられたら。。。


私は右手でお母さんと手をつなぎ、左手でお父さんとつないだ。
二人がこのまま永遠に離れることのないように強く強く願いながら。。。
でも、私の願いが叶うことはなかった。
あんなに強く願ったのに別れの時間は無常にもやってくる。
さっきまでの幸せだった時間が幻だったかのように。。。

家の玄関まで来るとお母さんはそこから中へは入ろうとはぜず、視線を私にあわせるようにして座り、無理して作った寂しそうな笑顔で言った。

「蘭のこと大好きなのよ。でもごめんね。」

その言葉が嘘ではないことを私はわかっている。
大事に私を包み込むように抱きしめたお母さんの温もりから、この別れがお母さんにとってもとても辛いものであることを伝えているから。

でも、だったらどうして出て行くの?
どうして一緒暮らしてくれないの?
私の為に、私の誕生日だから来てくれたんでしょ?
だったら私の為に一緒に暮らしてよ。

蘭の心に答えの導き出せない疑問が残る。
「じゃあね。」という言葉を残して玄関を出て行く英理を小五郎が止めることはなかった。

どうしてお父さんは止めないの?
お母さんのこと好きじゃないの?
好きじゃないならどうして結婚したの?
私の誕生日じゃなかったら二人はもう会わないの?

小五郎の行動にさらに蘭の疑問は募っていくばかりだ。

英理が帰ってしまった後、蘭は解けることのない疑問のことを考えてずっと部屋にこもっていた。
オレンジ色に染まっていた窓がすっかり暗くなってもしまっても。
押し寄せる寂しさにつぶされそうになりながら、必死で前向きな答えを見つけようとする。
しかし昼間楽しかった分、胸にあいてしまった空洞も大きくて、寂しさが募る一方だった。

私の為に会いに来たお母さん。
私の為にお母さんと会うお父さん。
私の為に。。。
私がいるから?
私がいるから会うの?
私がいるから結婚したの?
私がいなければ良かったの。。。?

いつの間にか流れていた大粒の涙は止まる術を知らない。

「おじさん。蘭いる?」
「ああ。部屋にいるぞ。」
「おじさんたちのお祝いもう済んだんだよね。もう蘭借りてっていい?」
「ああ。」

ピンポーンという玄関のベルがなった後、遠くからお父さんと新一の話声が聞こえたと思ったら、
すぐにドアがノックされ、新一が入ってきた。
私は泣いているのを気づかれないように慌てて涙を拭った。
電気を付けていなかったし、日も落ちて部屋は真っ暗だったはずなのに、どうしてわかったんだろう。。。
新一はハンカチを取り出してさっと涙を拭いてくれた。
泣いていたことには触れないままで。
そして私の手をとり、楽しみが待ちきれないといった表情で言った。

「俺んち行こうぜ。母さんたちが蘭の誕生日祝うの楽しみに待ってんだ。」

新一の笑顔に思わず”うん”と言いそうになったが、外はもう真っ暗だった。
子供が遊びに出掛けるには遅い時間。

「おじさんなら行っていいってさ。」

躊躇している私に言った新一の言葉のとおり、お父さんは前から予定されていたのか、”気をつけて行ってこいよ”と許してくれた。


  ☆☆☆


新一の家に着くと優しい新一のご両親が笑顔で出迎えてくれた。
仲のいい新一の両親はいつ見ても幸せそうである。
自分の両親の不仲を思うと羨ましい限りだ。
私が新一のお母さんに促されてテーブルにつくと、新一は家族そろって私の誕生日をお祝いしてくれた。
新一のお母さんが作ってくれた愛情たっぷりのご馳走に、楽しいおしゃべりや素敵なプレゼント。
大好きないちごのバースデーケーキも新一のお母さんの手作りで涙が出るほどおいしかった。
私の為にせいいっぱいの楽しい時間を喜んで提供してくれる新一の家族。
お祝いしてあげたいという気持ちが私の心の悲しみを優しく溶かしていくようだった。
さっきまでの寂しさを忘れられるほど。


  ☆☆☆


食事を終えた後、渡したいものがあるという新一の部屋へ行くと、新一は透明な水色のおもちゃの指輪を私の指にはめて私を驚かせた。

「誕生日おめでとう。蘭。」

新一のはめてくれた指輪に蘭の瞳が輝く。

「わぁ〜っ綺麗な指輪。ありがとう新一。」

私はうれしい気持ちをどうやって伝えたらいいかわからず、
ただ一言お礼を言っただけだったのに、新一は満足そうに笑ってくれた。

「蘭が産まれてきた今日という日に感謝しなくちゃな。じゃなきゃ蘭に会えなかった。」

蘭は新一の言葉に先ほどまで考えていた疑問を再び思い出すことになった。
いつもなら深く気にとめなかったのかもしれないが、今日に限っては敏感に反応してしまう。

今日は私が生まれた日。
生まれてしまった日。
私は生まれてきてよかったの?

ついさっきまで幸せそうに満面の微笑みを見せていた蘭が
急に俯いたのを心配して新一が顔を覗き込んで尋ねる。

「蘭?どうした?」
「私生まれてきて良かったのかな?」
「何言ってんだ。あったりめーだろ。何でそんなこと言うんだよ。」

新一は蘭の言葉に怪訝そうな顔をしている。
急に問われた蘭の質問が何故出たのか、蘭を部屋に迎えに行った新一にはすぐに理解出来た。
しかし、蘭の悲しみを和らげる術まではまだ持ち合わせてはいない。

「だって、お父さんとお母さんは私が産まれるから結婚したんだよ。」
「結婚前に赤ちゃん出来る人もいるんだろ。」
「本当は愛し合ってないのに私のために無理して結婚したんだよ。」

どうしてお父さんとお母さんは結婚したの?
どうして私は生まれてきたの?

蘭は誰にもぶつけられなかった悲しみを新一にぶつけずにはいられなかった。
わかってるのに否定したい。
これ以上口にしちゃいけないのに口にせずにはいられない。
さっきまで優しさに触れすぎていたせいか蘭はいつの間にか、自分の不満をぶつけることを止まられなくなっていた。
瞳にはすでに大粒の涙が何度も零れている。

どうして別れて暮らすの?
二人はもう好きあってないの?

「そんなことないよ。」
「そんなことあるよ。だから今別れて暮らしてるんだもん。」
「母さんが言ってた。別居しても離婚しないのはお互い愛し合ってる証拠だって。」
「それは新一のお父さんとお母さんが愛し合ってるから言えるのよ。私のお父さんとお母さんは違うもん。」
「違わねーよ。蘭が一番わかってることだろ?」

言い争いはどんどん加速していく。

私が一番わかってる?
わかってるよ。
すべての原因が私だって事。
私が産まれなければ、お父さんもお母さんも結婚しなかったってこと。

新一は困ったまま蘭の顔を見つめていた。
新一が困っているのがわかるのに、蘭にはもう自分の感情を止めることは出来なかった。


「私が生まれなければ。。。私なんて生まれてこなければ良かったのよ!!」

パシンッ

乾いた音が部屋中に響いた。
蘭が言い終わるか言い終わらないうちに、蘭の頬と新一の手が弾きあったのだ。
居心地の悪い長い静寂が続く。
新一は険しい表情で蘭を睨みつけていた。


「本気で言ってんのか?」

押し殺したような声で言った新一の顔が怖くて思わず顔を背けた。
私の言葉を聞いたら悲しむだろうお父さんとお母さんの顔を思い出すと胸が砕けそうだった。

自分が生まれなければ、結婚しなければこんな悲しい生活は小五郎と英理に訪れなかったかもしれない。
蘭は自分を責めずにはいられないでいたのである。
二人が結婚した理由も英理が出て行った原因もすべて自分にあるようで怖かったのだ。
その罪の意識から逃れる為に誰かに責められたかった。
責められることで罪の意識から開放されるような気がしてのだ。
蘭の瞳から零れ落ちる涙は次から次へと溢れてくる。
新一は泣き続ける蘭に今度は優しく諭すように言った。

「おじさんもおばさんも蘭のこと大好きだ。」

新一の言葉にようやく自分を取り戻す蘭。
父と母の本当の気持ちを蘭が知らないはずはなかった。
生まれたときからずっとそばで二人を見ていたのだから。

わかってる。わかってるよ新一。
お父さんもお母さんも私のことものすごく大切にしてくれていること。
心の底から愛してくれていること。
別居の原因が私のせいじゃないってことも。
生まれてこなければ良かったなんて本気で言ったわけじゃない。


「ごめんなさい。」


今まで見たことがないほど怒った新一の顔。
後悔してもしきれない自分の暴言。
私はどうやって誤っていいかわからなかった。
でも新一は一言「ごめんなさい」って誤っただけでぽんぽんって私の頭を撫でて許してくれた。

「愛し合ってたから蘭が生まれたんだ。別れて暮らすのはそういう愛のかたちなんじゃねーか?」
「じゃあ、今でも愛し合ってる?永遠に愛し続ける?」
「たぶんな。」
「でも、永遠の愛なんてあるのかな?」
「ん〜っそれはわかんねーけどこれならはっきり言えるぜ。
俺が蘭のことを嫌いになることは永遠にないってこと。」
「本当?今みたいにひどいこと言っても嫌いになったりしない?」
「俺が蘭のこと嫌いになるわけねーよ。それに、本心じゃないんだろ?」

最後に悪戯坊主のようににっと笑って言った新一の言葉に蘭は瞳を見開いた。
じっと動かずに新一の顔だけをずっと見ている。
それもそのはず、新一は蘭が説明するよりも前に先ほどの言葉が本心じゃないとわかってくれていたのだ。
それが蘭には今まで色々考えていたことや、悲しんでいたことすべてを吹き飛ばすほどうれしいことだったのだ。
そしてようやく蘭の顔に笑みが零れたのだった。
蘭の笑みを見つめながら新一はさらに言葉を続けた。

「俺たちで証明して見せようぜ。」
「何を?」
「永遠の愛があるかってこと。」
「どうやって?」
「10年後の蘭の誕生日、今度は一生に一度渡す本物の指輪をあげる。お互い覚えていたら永遠の愛だ。」
「うん。」

二人が見詰め合って笑った後、
少し赤くなってしまった蘭の頬に新一の手が戸惑いながら触れる。
申し訳なさそうに誤る新一。

「叩いたりしてごめんな。」
「ううん。私が悪いんだもん。新一。永遠に大好き。」

蘭の言った”好き”という言葉に反応して新一の顔は急速に赤くなっていった。
それを誤魔化すように笑った新一の顔は忘れられなくなるほど眩しい笑顔だった。

お母さんと別れて暮らすのは寂しいけど、きっとお父さんもお母さんもお互いのこと大好きだよね。
永遠の愛が証明されるまでそう信じてていいよね。
だってお父さんとお母さんは私のこと大好きだもん。
私もお父さんとお母さんのこと大好きだもん。
それだけでいいよね。
あとは信じてるだけでいいんだよね。
新一。。。








デザートのケーキに添えられたアイスクリームが形を保てなくなっている。
キャンドルの照明が消え、夜景だけが窓越しに色濃く浮かび上がる。
誰にも入る余地のない甘い空間の中で二人だけの世界に浸る新一と蘭。

「お父さんたち離婚しなかった。」
「ああ。あれはやっぱりそういう愛のかたちだったんだな。」
「ふふっ。永遠の愛だったって言えるよね。」
「ああ。」

私、生まれてきて良かったってことだよね。

「俺たちもな。」
「うん。覚えてたね。」
「あったりめーだろ。」
「ふふふっ」

ほっそりとした色白の蘭の薬指に新一が先ほど渡したダイヤモンドの指輪をはめる。
蘭は自分の指に光輝く指輪をいつまでも飽きることなく眺めている。
見とれる蘭に向かって優しい眼差しから真剣な顔つきに変わる新一。
語りかける声もいつもよりワントーン低い。

「蘭。」

蘭しか眼中に入らない真っ直ぐ見るめる新一の瞳に捕われ、蘭はどきっとした。
期待と不安から思わず息を止める。
新一が発する次の言葉に意識が集中する蘭。



「結婚しよう。蘭。」



蘭の耳に何度も新一の声が木霊する。
蘭の顔は今まで見たことのないほど、ダイヤモンドにも勝るほど眩しく輝いた。



「うん。」



笑顔と同時に瞳は感涙の涙でいっぱいである。
永遠の愛が証明され、約束の指輪が薬指で輝き、胸が高鳴る最高の言葉までもらった蘭。
一度にこんなに幸せなことがおこっていいのか不安になるくらい蘭は幸せだ。
しかし、どうしても新一に言っておきたいことがあった。
ありがとうの言葉は気持ちで充分伝わっている。
それ以外に大事なこと。
プロポーズされてすぐに言っていいものなのかどうか。
蘭は少し遠慮気味に上目遣いで新一を見て言った。

「一つだけお願いがあるの。」
「お願い?」
「うん。新一ずっとそばにいてね。」
「あったりめーだろ。」

敢えてお願いという蘭に身構えた新一だったが、
その内容はあまりに当たり前のことだった。

「喧嘩してもだよ。喧嘩しても離れていったりしないでね。」
「蘭から離れるなんてそんなことありえねーよ。」

新一の疑い様のない断定の言い回しに夢心地になる蘭。

「私、新一が嫌がっても絶対離れないからね。」
「ばーろったとえ蘭が嫌がっても俺が絶対離さねーよ。」

他人が聞いたらのろけ以外の何者でもない台詞を口にした後、お互い顔を見合わせ、どちらからともなく笑いが零れた。
その笑顔は眩しいほど美しく、変わることのない二人の気持ちを表しているようだった。
永遠に輝き続けるダイヤモンドのように。。。



end



 「恋のレッスン 〜誤解〜」に続く。