恋のレッスン 〜 誤解 〜


By ゆう様



哀と光彦が付き合うようになってから、3ヶ月の月日が流れていた。
今までは探偵団仲間の4人で遊びに行くことが多かったのに、
桜の樹の下でお互いの気持ちを確かめ合ったあの日以来2人で出かけるようになっていた。
日曜日の度に美術館へ行ったり、映画を観たりしてデートを重ねる。
哀はデートの旅に光彦と一緒にいられることの幸せをかみ締め、とにかくいつでも一緒にいたいという想いでいっぱいになるのだった。
しかし、一緒にいたい想う気持ちとはうらはらにいざ光彦の隣に並ぶと急に鼓動が早くなったり、
顔に赤みがさしたり、空気が薄くなったように感じたりしてどきどきしてしまう。
それもそのはず、哀自身の中で光彦を好きだと気付いてしまったのだ、照れもするし、戸惑いもするのだ。
それでもそんな初めて経験する幸せに、哀がつまずかず、前向きに受け入れることが出来たのは、
それほど光彦が哀にとって大切な存在だと哀自身認めたのが大きな要因の一つである。
そして最も大きな要因は、光彦が哀にだけ向ける誠実な瞳である。
その瞳は哀に自分は愛されているというはっきりした実感を与えてくれるのだから。


愛されることの幸せ。
愛することの喜び。
その二つを手に入れた時、人は天使の微笑を手に入れる。







哀がいつものように早めに学校に行くと、
まだ誰も来ていない教室にあゆみと光彦がいるのが確認できた。
自分より早く誰かがいるのは珍しいと思いながら近づこうと一歩足を踏み出そうとしたが、その只ならぬ雰囲気に思わず足を止めてしまった。
あゆみが思いつめたように光彦を見て、なにやら深刻そうな話をしているのである。
一方あゆみと向き合っている光彦も真剣にあゆみの話に耳を傾けているといった様子だ。
哀は教室へ入っていくことが出来ずに、そのまましばらくその場に立ち尽くしていた。
いつもは哀に向けられている優しい瞳が今はわき目も振らずに真っ直ぐにあゆみに向かって注がれている。
心に広がる小さな不安。
いいようのない苛立ち。
怒りとも呼べそうな感情が哀の中で蠢く。

「あっ灰原さん。おはよー。」

教室の入り口で立ちすくんでいる哀に気づくとあゆみは話を止め、何事もなかったかのように笑顔で哀に声をかけてきた。

「おはようございます。灰原さん。」
「おはよう。」

続けて光彦も挨拶する。
哀はかろうじて返事をしたが頭の中は、さきほど抱いた感情で支配されていた。

あゆみは哀が2人の元へ辿り付くと、もうすぐ始まる試験のことや、昨日見たテレビの話などを始めてしまい、先ほどまでの緊迫した話の内容を聞くことが出来なかった。

あえて何を話していたかなどと聞くタイプではない哀ではあるが、こと光彦のこととなると話は別で心中穏やかではないのが正直な気持ちである。
授業が始まっても、先ほどのあゆみの思い詰めた顔と、それに答える光彦の姿が頭から離れない。
哀には聞かれたくない話せない内容ということは、はぐらかすように違う話をしたことから明らかである。
しかし、あゆみと光彦が話さねばならない深刻な話の内容は何も思い浮かばなかった。
はっきりしない疑問、それに加えて光彦があゆみに向けた優しい眼差しが哀を疑惑の渦へと引きずり込む。


『吉田さんを一途な優しい眼差しで見ていた。。。』


自分以外の女の子に優しくするところは見たくない。
自分だけを見て欲しい。
あなたを誰にも取られたくない。

哀は自分の思考にはっとした。
なんて身勝手なことを思っているのだろうかと。
光彦が誰とどこで話そうがそれは光彦の自由であるはずなのに、それまで制限し、独占したいと考えていたことに驚く。
しかし光彦を誰にもとられたくないという気持ちはいくら消しても消えない。
それどころかあゆみと仲良くする光彦に怒りさえ覚えるのである。


『私、円谷君に怒ってる?何故。。。』


素晴らしい頭脳の持ち主であるが、恋のことになるとことさら素人になってしまう哀には、その感情をなんと呼ぶものなのかわからなかった。







それから数日後。
もうすぐ試験が始まろうとしていた直前の日曜日。
光彦と一緒に勉強することになっていた哀は、約束の場所である図書館へ向かっていた。
毎日哀の心と同じように振りつづけた雨も上がり、すっきり晴れやかな日差しが水溜りに反射する。
哀は自分の心も晴れたような気分になり足も軽やかに図書館へ急ごうとした矢先。
通りすがった公園の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
間違うはずもないそれは光彦の声だった。
図書館へ行くよりも早く、光彦に会えることに気持ちが弾むのを抑えて声のする方へ行ってみると、そこには信じられない光景が繰り広げられていたのである。
先日の朝の教室の延長。
顔一面に溢れる雫を流しながら何かを訴え、光彦に抱きつくあゆみの姿。
あゆみを抱きとめ、光彦は困ったように何か語りかけている。
2人の気持ちが痛いほど見て取れる構図。
哀は体に一瞬、電流が通り抜けたような感覚に襲われる。
頭の中では何かが弾ける音がした。
立ち竦んだまま足が動かない。
先日よりも辛辣な2人の動向に何も考えられない哀。


『今のは何?』


哀はいつの間にか自宅へと戻ってきていた。
途中どうやって辿り付いたのか全く記憶がなかった。
気付いたら自室のベットに体を投げ出した状態で放心していたのである。

思い出したくないのに、さっき見た光景が脳裏に焼きついて離れない。
何度も何度も頭の中をぐるぐる回る。
打ち消しても消えない。
否定しても肯定される。
忘れたくても忘れない。
夢じゃない現実。。。

今までわざと気付かないようにしていた不安が心の中で大きく成長していく。


『吉田さんのが好きなの?』


光彦は小さい頃からあゆみのことが好きだった。
それはともに行動することが多かった哀には容易にわかるものだった。
だからといって嫌だとか思ったことは一度もない。
しかし、それは光彦を好きだと気付く前までのこと。
好きだと気付いた後になってはそれは不安要素以外の何者でもなかった。
自分を幸せにしたいと言ってくれた光彦。
あの時の真剣な眼差しとその言葉に嘘偽りはないと信じられる。
しかし、光彦の中であゆみの存在は今でも大きいものであることに変わりないように感じていた哀。
あゆみの存在が気にならないわけがない。

ピピピピッ

無機質な携帯電話の音が部屋に響く。

ディスプレイには円谷君の文字。
電話の相手は光彦である。
しばしディスプレイを見続ける哀。
静かに通話ボタンに手をかけた

「はい。」

静まり返った室内に哀のためらいがちな言葉が響く。

「あっ灰原さん。光彦です。すみません。今日急用が出来てしまって。
勉強はまた今度にしてもらえませんか?」

光彦の急用。
あゆみと一緒であることは確かであろう。
哀は今どうしても光彦と会いたかった。
会って先ほどのことを説明して欲しい。
深い意味がないと言って欲しい。何かの誤解だと信じさせて欲しかったのである。
そう思うのだが、哀は素直に自分の気持ちを伝える術を知らない。

「いいわよ。それじゃあまた今度。」

結局哀は自分の気持ちを口にすることなく、そのまま光彦のキャンセルを受け入れてしまったのだった。







次の日。
教室へ入ると、いつも一番なのにその日は先に光彦がいた。
朝一番に詫びを入れる為に哀よりも早く登校していたのである。

「灰原さん。昨日はすみません突然キャンセルしてしまって。」
「いいのよ。気にしないで。」

わざわざ自分の為に早く来たであろうことがわかった哀はうれしかった。
しかし心の中は不安でたまらなかった。
平静は装うものの、昨日の真相を聞きたくて仕方がなかった。
それなのにそう思う反面、怖くて聞けないという気持ちが次第に勝っていく。

「あのっ実は。。。」
「え?」
「いえなんでも。」

改まった感じで何か言い出そうとした光彦だったが、
哀の顔を見てすぐに言うのを止めてしまった。
そんな光彦の行動が哀の不安を深めてしまう


『やっぱり吉田さんが。。。』


一度認識してしまった不安はそれが本当に誤解であると証明されるまで自然に消滅することはない。
直接聞き出すことが出来ないまま日にちばかりが経過していった。
そしてあっという間に試験期間に入り、ますます光彦と一緒にいる時間が減ってしまい、ますます聞きずらさを増していく。
試験最終日を迎えるころには哀の不安はピークに達し、もう誰に何を言われても何も信じることが出来ないほど切望の淵に立っている状態にまで落ち込んでいた。







明日の終業式を境に学校へは1ヶ月以上も来なくなる。
光彦との夏休みのデートの約束は全くない。

とぼとぼと一人廊下を歩いているとあゆみに会ってしまった。
あゆみとは、今はあまり会いたくなかった。

「やっと試験終わったね〜」
「ええ。そうね。」
「あとは終業式だけだね。」
「ええ。」

辛うじて返事をする哀。
明らかに元気のないあゆみ。
いつも明るく笑顔で笑っていたあゆみ。
朝の教室で光彦と深刻そうに話しているのを見て以来、笑った顔は見ていない気がした。
しかし、哀の頭の中はあゆみの心配よりも光彦に抱きついているあゆみの気持ちの心配でいっぱいだった。
溜まりかねてあゆみに問う

「好きなの?」
「え?」

あゆみはその言葉に驚いて、哀の方を振り返った。
怒っているとも笑っているともとれない表情でもう一度問う。

「彼のこと好きなんでしょ?」

静かに問う哀に、隠し事は無理と判断しあゆみは正直に答えた。

「うっうん。でも今更言えないよ。」

恐れていたことがあゆみの口から現実になってしまった。
哀の胸は息をするのもやっとなほど押しつぶされそうになっていた。

「ちょっと灰原さん?灰原さんがそんな顔しなくていいんだよ。ぜんぜん気にしないで。」

あゆみは今にも泣き出しそうなほど痛々しい表情に変わった哀に慌てて、気にしないように必死で説得する。
あゆみの心使いはわかるが、不安が的中し、目の前が真っ暗になっている哀にもう冷静な判断はくだせない。

光彦が好きだと気付いたあゆみだが、その頃にはすでに光彦は自分と付き合い始めていた。
今更好きと言えなくなってしまったあゆみが思いのたけを光彦に打ち明けた。
あゆみの思いを知り、自分もあゆみが好きなことに気付いたが今更あゆみと付き合えないと光彦は思っている。

今までの光景や、光彦の誠実な性格、あゆみの優しい気持ちを考えれば哀にはそうとしか考えられなかった。
そしてそれは、自分がいなければすべて解決する。
自分が身を引くのが最も簡単な解決方法なのだ。



そして1学期最後の日。
終業式、掃除や担任の話が終わった後、哀は桜の樹の下に来ていた。
いつもここで光彦と会って一緒に帰る。
それが、2人の間でいつの間にか出来上がった待ち合わせのスタイルだった。
恋人になる前もなんとなくそうして一緒に帰ったりしていた。
そんなここで過ごした時間のことを振り返りながら、光彦との思い出に終止符を打つために、
固く決心する。ここで待つのも今日が最後だと。。。

哀に遅れること数分後、光彦がやってきた。
静かに漂う空気を間に入れながら、暑い太陽の日差しとともに一緒に家路へ向かう。

「試験どうでした?」
「まあまあかしら。」
「相変わらず灰原さんは余裕ですね〜。」
「そうでもないけど。」

当り障りのない会話が続く。
試験も無事終わり、明日から始まる夏休みという開放感に光彦はご機嫌だ。
声も気持ち弾んでいるように思える。

「あっあの灰原さん。」
「何?」

光彦が哀の様子を伺うように、ちらりとみる。

「いっいえなんでもありません。」

先日同様、何か言うのを躊躇して止めてしまう光彦。
どう考えても言いにくいことを言えないという感じが見て取れる。
それもそのはず、光彦は哀になんて別れを切り出そうかとしているのだ。
言いにくいのも無理はないと哀は覚悟を決めるのである。

自分の大切な人。
その人が自分のせいで苦しんでいる。
あゆみと付き合いたいのに、自分と付き合い始めたせいでそれが出来ずに苦しんでいるのだ。
本当は光彦から離れるくらいならこのまま二人の気持ちに気付かない振りをしていたい。
光彦を失いたくない。
しかし、一番幸せになって欲しいと願うその人が、自分の為に不幸になる姿なんか見たくない。
相手があゆみであるならば、自分が大好きな2人が幸せになるならば、自分から身を引きことを望もうと別れを覚悟する哀。
それでも、いざ言おうとすると光彦との楽しい思い出が心を掠めて言葉にするのを邪魔するだった。

「灰原さん?」

哀の胸はこれ以上の悲しみを持ちこたえることが出来なっていた。
哀の様子がおかしいことに気付き、光彦が心配そうに哀の名を呼ぶ。
それが切欠となり、哀は決意を無感情を装って一口に言った。

「別れましょ。」

涙を流してはいけない、こんなことどうってことないって素振りで済まさなければ彼が気にする。
何度も何度も自分を落ち着けて、俯いて彼に表情で悟られるのを防ぐ。
涙が溢れそうになるのもぐっと我慢する。

「え!どっどうしてですか?僕じゃ役不足ですか?」

驚いて慌てる光彦の返答に戸惑いを隠せない哀。
自分はてっきり光彦が別れたいと思って悩んでいると思っていた。
それなのに、光彦は自分の言葉に明らかに動揺している。

「別れたいんでしょ?」
「はー?なんで僕が別れたいなんて思うんですか。」
「だって、吉田さんと深刻そうに話してたし、何か言いにくそうにしてたから。。。」
「それはっ」

哀の言葉に大きく反論しようとした光彦が息をのんで言葉を止めた。
難しい顔をして考え出す光彦。

「吉田さんの方が好きなのよね。」
「好きじゃないですよ。なんでそんなこと。」
「私、吉田さんみたいに一緒にいても楽しくないだろうし。」
「そんなことないですよ。」
「性格だって吉田さんみたいにかわいくないし。」
「そんなことないですってば。」

哀のあゆみを気にしている言葉に光彦の返答もどんどん喧嘩ごしに加速していく。

「吉田さんみたいに素直じゃないし。」
「他人の気持ちを考えて自分を抑えちゃうのは素直じゃないとは言いませんよ。」
「それに吉田さ・・」
「灰原さん!!いい加減にしないと怒りますよ!!」

一気にボリュームが上がった光彦の声に息をのむ哀。
きっと目を吊り上げて哀を見据えている。

「あゆみちゃんは大切な幼馴染ですけどそれ以上の感情は持ってません!!それに性格とか素直とか、かわいいとかかわいくないとかそんなの関係ないし、第一そんな理由で灰原さんと付き合ってるんじゃないです!!」

いつも穏やかな光彦が、かなり息をあげて怒っている。
それほど哀の思ったことが外れていて、尚且つ哀と真面目に付き合っているということなのだろう。
しかし、これほど哀を不安にさせたのは自分の態度にも原因があったのだと、今度は優しく自分の気持ちが伝わるように精一杯話してみる。

「灰原さんと一緒にいたいんです。一緒にいると幸せな気持ちになるんです。そして、灰原さんも幸せにしてあげたいって思うんです。それじゃ駄目ですか?灰原さんと付き合っていたい理由にはなりませんか?」

いつも真剣に気持ちを伝えてくれる光彦。
その優しい眼差しが自分に向けられ、哀はうれしいかった。
しかし、まだ残された疑問に素直に喜べないでいた。

「じゃあどうして。」
「え?」
「日曜日、公園で吉田さんと一緒にいたのを見たの。」

思わず言ってしまったことに哀は、はっとした。
すると、遠くの方から元気のいい明るい声がかけられた。
あゆみと元太である。

「灰原さ〜ん。光彦く〜ん。」

大きく手を振って走りよってくるあゆみ。
後ろからそれに続く元太。
光彦はそれを見て満足そうに微笑んだ。
息を切らしながらあゆみが光彦に報告する。

「光彦君。いろいろ相談にのってくれてありがとう。今日やっと元太君に返事言えたの。」
「そうですか。良かったですね。あゆみちゃん。元太君。」
「うん。」
「へへへっ」

頭に手をやって照れる元太とはにかむように笑ったあゆみ。
昨日まであまり笑っていなかったあゆみが今は眩しいくらいの笑顔で笑っている。
哀一人が現状を理解できないでいると、あゆみが哀にだけ聞こえる声でささやいた。

「昨日、灰原さんが気にしてくれたのが返事をするきっかけになったの。私もうまくいったら灰原さんも気兼ねなく光彦君と仲良くしてね。」

そう言い残し恋の発展に満面の笑みで2人は去って行った。
2人の後ろ姿を見つめながら、光彦は小さく息を吐いた後、ゆっくりと説明してくれた。

「元太君のことを相談されてたんです。」
「小嶋君のこと?」

あゆみが光彦を好きだと気付き、光彦もあゆみを好きになってしまった。
それ以外考えられなかった哀は光彦が説明する内容と自分の考えの二つがうまく繋がらない。

「あゆみちゃん、元太君に告白の返事が出来ないって悩んでて。」

哀はその言葉を聞いて、自分のことで浮かれていてすっかり忘れていたが、あゆみも哀と光彦が付き合いだした頃、元太に告白されていたことを思い出す。
元太のことを真剣に考えたいと言っていたあゆみ。
哀は自分からどうなったか等と聞くことをしないのでその後の2人の展開を知らなかった。

「もう自分のこと好きじゃないかもしれないとか言うし、そんなことないって何度も言ったんですけど、なかなか返事をする勇気が出なかったみたいで。男は好きだって告白した後3ヶ月も返事をしなかったら気持ちが変わるのかとか質問されてまして。。。うまくいって良かったです。」

昨日のあゆみの言葉が思い出される。
「今更言えない」それは光彦への告白ではなく、元太への告白の返事だったのだ。
そして先ほどのあゆみと元太の雰囲気とあゆみのうまくいったの言葉。
あゆみは”自分が幸せじゃないと哀が気兼ねして幸せになれない”と思い、自分のためにも、哀が気兼ねなく幸せになれるためにも、告白の返事をする勇気を持ったというこのなのだった。

「日曜日公園であゆみちゃんに抱きつかれてしまって、故意じゃないにしろ他の女性に抱きつかれてしまったことが後ろめたくて。。。そのまま灰原さんに会うのは失礼だから急用だなんて嘘ついたんです。すみません。」

哀は自分が情けなかった。
誠心誠意哀に向き合ってくれる光彦。
こんなにも自分を大切にしてくれている光彦を信じなかった。
勝手に不安になり勝手に疑い勝手に悲しんで勝手に別れたいと決めつけた。
自分のことしか考えず、光彦と一緒にいられることに浮かれ、
あゆみの恋の行方やその後の心配など一切していなかった。
光彦もあゆみも自分のことをこんなに考えてくれているというのに。

「灰原さんが公園であゆみちゃんと一緒にいるの知っていたから話すんじゃないですよ。ずっと話そうとしてたんですけど。。。」

光彦の様子がおかしかったのは、別れ話を切り出そうとしていたのではなく、あゆみに抱きつかれたことを話そうとしていたためだったのだ。
追い討ちをかけて自分の自分勝手さに情けなくなる哀。

「ごめんなさい。」
「あっ誤らないでください。
僕がもっと早く正直に話していれば灰原さんをこんなに不安にさせずにすんだんですから。」
「でも。。」
「それに、うれしいんですから。」
「え?」
「だって灰原さんがこんなに自分の気持ち言うの初めてだし、それに焼き餅やいてくれたんでしょ?」
「えっそれはその。」

哀が真っ赤になって慌てていると、悪戯好きな少年のように光彦は”にっ”と笑った。

「違うんですか?」

光彦の問いかけに、恥ずかしそうにふわっと笑った哀の笑顔は今まで見せたどんな笑顔よりも美しいものだった。

はじめて自分の感情をぶつけた哀。
焼き餅という気持ちを知ったこの出来事によって、2人の絆がほんの少し強いものになったのである。





end





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