美女と神獣



byドミ



(4)アメリカから来た女



「私も一緒に行くわ!パスポートは持っているし!」
「おい・・・これ以上関わると、危険だぞ!そこまでして、特ダネが欲しいのか!?」
「ええ。そうよ!私は・・・私は・・・どうしても、これを記事にして、編集長に認められたいの!」
「お前のようなアホな女、見た事ないよ。勝手にしろ!」



国内でのロケが始まった。

「藤峰有希子も、稲永貴生も、乗ってるなあ」
「まだ前半なのに、もうクライマックスかと勘違いしそうだぜ」

主役二人のやり取りに、スタッフが感想を漏らす。
逆に、弥生台は苦り切った顔をしていた。
休憩時間、弥生台が苦言を呈した。


「藤峰君。美奈子のキャラはもっと、愛らしい女の子の筈なんだがねえ」
「・・・ですが。彼女、本当はもっと、深いところのあるキャラじゃないんですか?」
「前半では、それを抑えてくれよ。それでこそ、後半の山場が生きて来るだろう?」

そうだろうか。
前半で、何も考えていないアーパー娘に徹してしまったら、逆に、後半であまりにもちぐはぐになる様な気がする。
おバカな考えなし娘に見えながらも、その奥にある暗い影や激しさを、時折滲ませていた方が、良いのではないだろうか?


有希子が憮然として弥生台を見送ると。
ポンと肩を叩く者があった。

「よっ!相棒!」
「稲永さん・・・」

共演の稲永貴生が、飲み物を有希子に手渡す。

「気にすんなよ。弥生台センセは、そもそも、賢い女が嫌いでね。だからそもそも、優作先生のこのお話も、お気に召さなかったらしいよ」
「えっ?」
「彼が今回のホンを引き受けた理由は、今話題の美人女優藤峰有希子を狙っているのと・・・海外ロケがあるからだ」
「・・・・・・!」
「気をつけなよ」
「稲永さん。もしかして、あなたも・・・?」
「今回、脚本以外は、結構良いスタッフが揃っていると思わないかい?良い映画を作る為と、もうひとつ。皆、二つの目的の為に動いている」
「・・・・・・」
「大変だけど。海外ロケの後に、もう一度、国内ロケを行って大幅な撮り直しになると思う。だから今は、ちっと気ぃ抜いて行こうや」
「・・・そう言いながら、あなたも結構、身を入れているじゃない?」
「まあなあ。何しろ、『美奈子』が真剣だから。『隼人』も真剣にならざるを得なくてね。まあ、今のロケで撮った絵も、使えるモノは使うだろうし。ただ、ヤツを怒らせたり警戒されたりするのは、得策じゃない」
「・・・気をつけるわ」


数日前。
有希子は康子と共に、優作から驚くべき依頼をされた。
そして。
今回の映画スタッフの中には、同じ依頼をされている者が少なくないようだ。

しかし、全員ではない。
弥生台のおべっか使いも、混じっている筈だ。

足元をすくわれては、ならない。


今日は、工藤優作の姿は見えない。
有希子はそれを寂しく思いながら、貴生に渡された飲み物を飲みほし、立ちあがった。
そこへ。

「おい!みんな。大変だぞ!ビッグニュースだ!」

スタッフの1人が興奮して、駆けて来た。

「おいおい・・・一体何だってんだよ?」
「アメリカ女優のシャロン・ヴィンヤードが、今から、このロケ現場に、見物に来るってよ!」
「ななな、何だって!?あの大物が!?」

シャロン・ヴィンヤードは、その美貌と演技力に定評のある、アメリカの大女優。
下積み時代が長く、遅咲きだったが、今は押しも押されぬ超大物である。

一体、何で日本の映画撮影に・・・国内ではそこそこ話題になっているが、海外では大して評価されていないだろうこの映画に、興味を持ったのだろうか?


シャロンが現れた。
ボブにしている金髪、青い目、光り輝くような美貌。

その存在感に、誰もが圧倒されるような、そういう女優だ。
監督達も、思わず仕事を忘れて見入っている。


そんな中で。

「シャロン!Long time no see(お久しぶりね)!」
「ハーイ、有希子!」

親しげに駆け寄り、ハグし合う2人を見て、周囲の者は度肝を抜かれた。

(*以下は英語での会話ですが、都合により日本語訳してお送りします)

「どうしてここへ?」
「有希子が、工藤優作原作映画の主演をやるって聞いたからよ」
「え?シャロン、優作さんを知ってるの?」
「当然よ。彼は、アメリカで大人気の推理作家ですもの」
「ええっ?それは知らなかったわ!」
「日本より、あちらでのデビューの方が、早かったんじゃないかしらね」


シャロンと、英語でペラペラと楽しそうに会話している有希子の姿に、皆、目を白黒させた。

「あ、あのう・・・有希ちゃんは、いつの間にシャロンさんとお知り合いに?」
「役作りで、日本の奇術師に弟子入りした時の、弟子仲間ですわ」

有希子ではなく、シャロンが、流暢な日本語で答えた為、皆、更にビックリする。

「有希子は、この私が惚れ込む位の、演技力のある女優。日本の狭い芸能界だけで過ごすのは、勿体ないわね。この映画の原作者工藤優作も、アメリカでの評価は日本より高い。なのに、こちらではワザワザ、大物脚本家とやらを、つけているんですって?」

シャロンの辛辣な言葉に、皆、青くなったり赤くなったり。

「あ・・・シャロン。それは色々と、ワケがあって・・・」
「まあ良いわ。有希子の元気な姿が見られたし。どうせなら、ミスター工藤にも会いたかったけれど。今日はいないようね」
「シャロン・・・」
「日本には、映画宣伝の為に来日したのだけれど。今回は残念ながら、あまり時間がないの。またいずれね」

シャロンはそう言って、有希子の頬にキスをして去って行った。
皆、毒気を抜かれたように、呆けていて。
ひとり、弥生台だけが、苦り切った顔をしていた。


「ふ、ふん!品のないヤンキー女が!」

弥生台の憤慨に、周囲は、聞かぬ振りをしていた。



   ☆☆☆



<あのシャロン・ヴィンヤードが認めた日本の女優・藤峰有希子!>
<撮影現場に現れ、有希子を応援>
<「工藤優作は、アメリカでファンが多い大作家」>

どこからどう聞きつけたものか。
翌日のスポーツ新聞には、シャロンが撮影現場に現れた事が記事になっていて。
シャロンが有希子の頬にキスした写真が、掲載されていた。


スポンサーサイドやプロデューサーは、映画の良い宣伝にもなると、ホクホク顔。
一方、面白くない顔をしているのは、弥生台である。


シャロンが、暗に、原作者の工藤優作に比べ、脚本家が見劣りするような発言をした事が、記事にもしっかりと載っていた。


「おのれ!どいつもこいつも、ワシをバカにしおって!」
「弥生台先生。映画がヒットすれば、先生の偉大な脚本のお陰と、世に知らしめることになりますから。どうぞ、お気になさらずに」
「う、うむ。そうだな。ワシとした事が・・・」

映画監督が珍しく、弥生台をヨイショするような事を言って。
弥生台も、気を取り直す。

背中を向けた監督が、舌を出しているのも知らずに。



取りあえず、国内ロケは、さくさくと撮り進められて行った。
物語の後半は、ラストシーンに至るまでスイスであるし、大体、同じ場所での撮影は、まとめて撮ってしまうのが、常識と言えるから。
スイスに行った後、再び国内ロケが行われる事はない筈だったけれど。
スタッフの一部は、「また国内ロケがある」心積もりをしている。

有希子も、今は割り切り、アーパー娘になり切っていた。


弥生台の有希子への誘いは、結構しつこかったが、康子がのらりくらりと、上手くガードしてくれた。
最近、弥生台は、スタッフからうまい事丸めこまれて、ロケ現場にあまり現れなくなった。

けれど、スイスロケに同行するのは、間違いない。
マスコミの目が届かないだろう外国で、有希子をモノにしようと舌舐めずりをしているのかもしれない。


「有希子。慣れない外国でヤツに隙を突かれないよう、充分注意するのよ!」
「・・・分かっているわよ、その位。私だって、腕に覚えもあるんだし、簡単に意のままにはならないんだから!」
「でも、もし、薬を使われたら・・・!」
「しっ!」

有希子は慌てて、康子を制し、周りの者に聞かれていないか、辺りを見回す。

「康子さん。壁に耳あり障子に目あり。スタッフの中にはスパイあり、だからね!」
「ごめんなさい・・・」
「でも、何だか、ワクワクするなあ!今迄は、ドラマや映画の中だけだったのに!本当の捜査なんて、ふふ、楽しみ!」
「こら!それが油断につながるんだから、しっかりしなさい!」


そんな中、久し振りに、工藤優作がロケ現場に現れた。
有希子は、ドキドキする胸の内を隠し、笑顔で挨拶する。

「優作先生、お久しぶりです!」
「ああ。本当にね。このところ突貫工事で、くたびれたよ」
「先生は?スイスロケには同行するの?」
「当然、その積りだ。それ迄に原稿を仕上げようと、頑張ったんだから」


優作は疲れた顔をしているのに、有希子に笑顔を見せ。
有希子は胸がキュンとなる。


『あなたにとって、私は・・・ただの、美奈子を上手く演じてくれるだろう、女優?それとも・・・』

優作は、ポーカーフェイスで、その感情は窺えなかった。




(5)に続く


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お話が、妙に膨らんでまいりました。


東海帝皇会長に、このお話の設定を話していると。
「せっかくなら、〇〇を××して、△△したらどうですか?」(←伏字だらけですみません)
と、目から鱗なアイディアを貰いまして。

シャロンさんが登場するのは、それなりに、意味があります。
ただ。
長くなりそうだなあ。


(3)「波乱の予感」に戻る。  に続く。