美女と神獣



byドミ



(3)波乱の予感



有希子は、むしゃくしゃした気分を晴らす事が出来ないままに、映画スタッフと会う事になった。

「原作者の工藤先生と、脚本の弥生台先生です」

紹介を受けるまでもなく、よく知っている(と言っても、弥生台の方はロクに顔を見ていなかったが)2人を前に、有希子は引きつりそうになったが、何とかポーカーフェイスを保った。

「工藤君は、脚本の事をまだまだよく分かってない。映画での画面の見せ方は、文章を読んで面白いのとは意味が違うからね」
「という事で、今回は勿体なくも光栄な事に、若輩である私の小説を元にして、大先輩である弥生台先生にホン(脚本)を書いて頂く事になりました。なお、小説の発売は、映画の封切りと同時に行われる予定です」

2人の挨拶に、一同は拍手をした。

「工藤先生」

有希子が優作に声を掛ける。

「はい、何でしょう、藤峰さん?」
「小説は、もう、出来上がっているのですよね?」
「第一稿はね。それを、弥生台先生に見て頂いて、脚本にして頂いている」
「それを、読ませて頂く訳には参りませんか?ヒロイン美奈子の像を、もっと良く掴みたいので」

それを聞いた弥生台が、顔をしかめて言った。

「映画は映画、小説と同じではないから、変な先入観を持たない為にも、脚本だけでイメージを掴んだ方が良いと思うがね」


やはり、弥生台の脚本は、優作の描いたキャラクターを変えてしまっているんだ。
有希子はそう感じて、唇を噛んだ。


スナックで偶然出会って、あのような言葉を聞いた後でも、有希子は優作の事を嫌いになれなかったし、書く物への評価が落ちる事はなかった。
そして、あの時の優作の言葉は、単に弥生台の機嫌を損ねないよう適当に合わせていただけで、おそらく本音ではないだろうと、考えていた。


『惚れた弱みの、買い被りかなあ?でも、どうしても。まだ若いのに、あれだけ人間的深みのある作品を描けるあの人が、あんな薄っぺらい感覚の持ち主だとは、思えない・・・』


そして。
シナリオを見ながらのセリフ合わせが、始まった。


有希子が演じるヒロイン・宗形美奈子は、駆け出しの雑誌記者。
特ダネを探して駆けずり回っていたある時、殺人現場に行き合わせてしまった。
そして美奈子は、容疑者として追われている男・加瀬隼人と、行動を共にする事になる。
無実を主張する隼人だが、美奈子は完全に信用出来ないでいる。
しかし、共に逃避行を行う中で、段々、隼人に惹かれて行き、心を開いて行く。

美奈子には、隼人に明かしていない、ある秘密があった。

そして2人は、ついに一線を越えてしまう。


『官能小説じゃ、ないんだから。おそらく、優作先生の描くこのお話では、夜の事は匂わす形で、直接的に描かないだろうと思うのだけど。この弥生台版シナリオでは、何か安っぽいベッドシーンに、なってしまっているわよね』

シナリオでは安っぽく下品なシーンを、どうやって「格調ある愛のシーン」にするか。
演じる有希子達と、監督の、腕の見せどころだ。


隼人は、ついに、自分を陥れようとした相手の所に乗り込んで行き、対峙する。
その時、美奈子は・・・。


『ん〜。この、大どんでん返しは、工藤優作ならではの話の作り、だけど。だったら美奈子は、もっと深みのあるキャラの筈』

しかし、前半の美奈子の言動は、脚本を見る限りでは、単なる考えなしのアーパー娘にしか見えない。

『ここは、この有希子様が、微妙な声色や表情の違いを演じるに限るわよね。ただ、カメラがそこをキチンと撮ってくれるか・・・まあ、監督は実力家で、演出に定評がある上原さんだから、大丈夫だと思うけど』


おそらく、弥生台の底の浅さは、映画やドラマの監督や演出家の力で、露呈されないままで来たに違いないと、有希子は思う。
とは言え、同業者には見透かされている弥生台が何故ちやほやされ使われ続けるかと言えば。
プロデューサーが、とにかく売れる事を目的にしている事が多く、弥生台の脚本は、底は浅くても、売れる要素が盛り込まれているからだろう。

加瀬隼人役の男優は、稲永貴生。
有希子も何度か共演した事のある、演技力のある男性で。
その点では、安心して臨めた。

貴生も、仕事で絡んだ時などは、有希子に言い寄って来る事もあるが。
白川剛のような、演技力もないクセにそういう事だけはチャッカリしている男優と違い、仕事は仕事できちんとやってくれるから、言い寄られても不快ではない。


映画のロケは、国内と、スイスアルプスが予定されている。
クライマックスシーンも、スイスだ。

ロケにはスタッフの多くが同行するが。
当然の事ながら、原作者と脚本家は、たまに覗きに来る事があるかもしれない、程度の事で。
基本的に、撮影には殆ど、立ち会わない。

しかし、何故か今回、弥生台は、撮影現場にかなり顔を出すようだった。


休憩時間に、マネージャーの康子が、有希子に飲み物を渡しながら囁いた。

「有希子。マジで気をつけた方が良いかも」
「康子さん?」
「弥生台先生って、目をつけた女優を、自分が書いた脚本のドラマや映画の主演に据えて、その女優と寝るってのは、裏でひそかに有名な話だし。飲み屋での話からしたら、あの男が有希子を狙っているのは間違いないもの」
「・・・うん、気をつける」


一体、どんな手を使っているものか。
弥生台が今迄手を出した女優は、必ずしも、元々奔放だったり、役を取る為に割り切って男と寝たり出来る女性ばかりではない。

有希子は、自分自身がその気になるなんて絶対思わないけれど。
用心に越した事はないと、思う。
本能的に、頭の中で警鐘が鳴っているのだった。


「そして、これ」
「え・・・?」

有希子は、康子から、紙の束を渡されて、戸惑う。
パラパラとめくって、ハッとする。

「これ、優作先生の?」
「ええ。小説第一稿をコピーして綴じたものよ。先生が有希子に直接手渡すと差し障りがあるだろうからって、私を通してくれたの」
「・・・ありがとう・・・」

軽く目を通しただけでも、脚本と質が違うのが分かる。
やはり、弥生台の脚本は、原作の持ち味をかなり改悪されているようだ。

そして。
優作が、女優としての有希子を高く評価してくれている事を感じ取り。
スナックでの優作の言葉は、やはり、本意ではなく、弥生台を誤魔化す為のものだと確信を持った。
彼はきっと、有希子の本質的な所を、理解してくれている。


「原作の持ち味になるべく近付けるよう、演技して見せるわ!」
「ええ。頑張ってね、有希子!」


休憩の後、有希子は、脚本の読み合わせを気分よく終わらせる事が出来た。
その後、雑誌インタビューがあり、仕事が終わったのは、夜8時を回ってからだった。

「有希子。明日の仕事は、10時にスタジオ入りだから」
「そうなの?珍しいわね。メイクとかの時間を考えても、少しゆっくり出来そう」
「だから。飲みに行きましょ」
「えっ?」
「この前の店に」
「良いの?」
「有希子は勿論、ノンアルコールよ!」
「・・・康子さんのイケズ!」
「成人まで、後少しの辛抱じゃない」


珍しく、マネージャーの康子からの誘いで、有希子はまたも変装して、この前と同じバーに行った。
今日は、テーブル席に座る。
そして、ノンアルコールカクテルに口をつけたところで、入り口から入って来た人物を見て、飛び上がりそうになった。
工藤優作だったのだ。

優作はつかつかと、真っ直ぐ、有希子達のテーブルにやって来た。

「相席、お願い出来ますか?お嬢さん方」

言いながら、有希子達の返事も待たずに、康子の隣に腰掛ける。

「・・・他に空いてる席は沢山あるじゃないの」

有希子は、作り声で答える。

「そうやってると、とても、天下の美人大女優には見えないね。声も別人の声が出せるとは、すごい演技力だ」

優作の言葉に、有希子は目を見張った。

「な、何で!」
「君の変装は完璧だけど。隣にいるのが、マネージャーのこの人だからねえ」
「だ、だって!いくらマネージャーでも、仕事がはけたら、他の人と・・・友達と飲みに行く事も、あるかもしれないじゃない!」
「マネージャーとて人の子、プライベート位、あるかもしれないが。2人の様子を見ていたら、とても対等な友人には見えない。それに、夜、わざわざ飲みに来ているのに、そこにあるのは、ノンアルコールカクテルだ。ま、大人でも、体質的に飲めない人はいるが。食事ならともかく、わざわざプライベートで飲みに行くのに、アルコールに弱い相手を誘う事もないだろう」
「・・・・・・!」

工藤優作は、ただの作家ではなく。
元々、探偵としての能力も優れているのだと、聞いた事はある。
どうやら、変装していても、有希子だという事はバレバレであったようだ。

「・・・もしかして。この前の時から気付いてた?」

有希子は、姿はともかく、声はもう、取り繕う事をやめていた。

「当然」
「気付いてたのに、あんな事、言った訳?」
「おや。僕としては、バカにしたのではなく、間接的に、あなたに忠告した積りなのだがね?」
「・・・あんな言われ方をして、傷付いたわよ、私」

有希子はプイッとそっぽを向き、優作は目を丸くした。

「・・・何よ?」
「いや。君だったらきっと、もっと強がりを言うかと思ったから」
「バカにしてるの?それとも、買い被ってるの?」
「・・・どちらでも、ないよ。傷付けたなら、すまなかった」

どうも調子が狂うと、有希子は思った。
確かに、優作の言う通り、普通だったら「傷付いた」なんて言わずに、もっと強がっていただろうと思う。
相手が、優作でなかったならば。


「で?今日、ここに来たのは、偶然じゃないんでしょう?」
「もちろん、偶然なんかじゃない」
「何か、話があるの?」
「それは、理由の半分。もう一つの理由は・・・」
「もう一つの理由は?」

有希子がオウム返しに問うと。

「君に、会いたかった」

優作が真顔で言った。
どこまで本気なのだろうと、有希子は半分イライラしながら、優作を見詰めた。


イライラするのは、有希子が優作に惹かれているから。
それがまた、癪にさわる事実ではあったけれど。


そして。
その後、優作が有希子と康子に語った事は、2人が仰天するような、思いがけないものであった。



(4)に続く


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うわ〜〜〜っ!
2009年工藤の日企画で始めた筈の、この連載。
結局、1年にわたる放置プレイで、本当にすみません。

ええっと。
お気づきの方もおられるかもしれませんが。
優作さん原作の映画のお話のモデルは、篠原千絵さんの漫画「逃亡急行」だったりします。

そして。
2話の後書きで、「3話で終わるかなあ?」とか、ほざいていましたが、まだ続きそうです、げふん。
なるべく早くに、終わらせたいなと。
私の「早く終わらせたい」はちっとも当てになりませんが(涙)。

(2)「最低な男」に戻る。  (4)「アメリカから来た女」に続く。