First Love,Eternal Love
byドミ
(1)入学式
窓を開けると、微かに温かみを帯びた風が入ってきた。
町中であるが、ビルの3階からは、それなりに遠くまで見渡せる。
延々と続くビルと住宅。
良く晴れた朝だが、遠くの方は白く霞みがかって見える。
風には微かに花の香りが混じり、どこからか、桜の花びらが数枚、開けた窓から舞い込んで来た。
「春・・・そうよね。春なんだ。私が大学生になったんだもの」
少女が一人、窓を開けた手をそのままに、呟く。
白い透き通った肌に、長いさらさらの黒髪、ぽっちゃりした桜色の唇、美しい少女である。
姿勢も良く、均整のとれたスタイルに、シンプルなデザインの淡いピンクのワンピースが、とても良く似合っていた。
しかし、その大きな黒い瞳は愁いを帯び、、長い睫毛は翳りに彩られている。
少女――毛利蘭、18歳。
今年帝丹女子高を卒業し、今日から米花女子大に通う事になっている。
「いけない、また落ち込んじゃってる。こんなんじゃ、お父さんとお母さんに、また心配かけちゃうね」
自分の両頬をパンと叩くと、リビングにある仏壇に向き直る。そこには、蘭の両親――毛利小五郎・英理夫妻の遺影がかざってあった。
「お父さん、お母さん、私は今日から大学に通います。早く一人前の社会人になれるよう頑張るから、見守っててね」
最後は涙声になりかけ、慌てて目を拭う。
「いけない、いけない」
笑顔を作り、
「じゃあ、行ってきまーす」
と努めて明るい声で振り切るように言うと、駆け足で玄関を出て行った。
『ったく、泣き虫なんだからよ』
『もう、しょうがないわね』
両親の溜め息交じりの呟きが、聞こえたような気がした。
☆☆☆
「らーん」
歩道に出たところで、若い女性の明るい声に呼びとめられる。
「園子!」
声の主は鈴木園子。
蘭の小学校の時からの腐れ縁で、今年大学も同じ所に入った、親友である。
ストレートの茶髪は、肩の上で切りそろえられ、前髪はあげてカチューシャで止めてある。
気の強そうな、明るい色の大きな瞳、なかなかの美少女であった。
園子は高級リムジン車の窓から手を振っていた。
「蘭、乗りなよ。入学式、一緒に行こう」
「園子。いいよ、私定期持ってるし、そんな贅沢な事」
「今日だけよ。入学式だから特別」
そこまで言われれば、頑なに遠慮するのも憚られて、
「じゃあ、お邪魔します」
と、蘭もリムジンに乗り込んだ。
「蘭。わたしも定期買ったから。明日っから電車通学よ」
「園子ってお嬢様なのに、電車通学するわけ?」
鈴木園子は、鈴木財閥の当主・鈴木史郎の次女で、今日もリムジンで通学している事からも判る通り、バリバリのお嬢様なのだ。
しかしそれを微塵も感じさせない気さくな人柄で、皆に溶け込み、友人も多い。
「まあ、私はまだ自分でお金を稼いだ事がある訳じゃないし・・・いずれ事業を継ぐにしろ継がないにしろ、普通の生活をなるべく体験して、世間を知るように、というのが家の教育方針だからね」
「なるほど、だから幼稚園から中学までは公立だったんだね」
ちなみに、帝丹女子高校にしろ、米花女子大にしろ、私立ではあっても、蘭も通ったくらいだから、「お嬢様学校」と言う程ではない。
「まあ家は、色々私達の意思を尊重して自由にさせてくれているけど、その代わり、自分で決めたことには責任持たなきゃならないけどねー」
園子は、伊豆の小さな旅館の1人息子、京極真と遠距離恋愛中であるが、それに対して園子の両親は寛容であった。
「財閥を継ぐ、継がないでさえ、私たちの意思に任せてくれるらしいわよ。まあ、姉貴は富沢の家に入るみたいだからさ、私がお婿さんとって家を継ぐのかなあ、って思うけど。別に他の後継者を立ててもいいような事言ってたしね」
蘭は、園子の姉、綾子の事を思い浮かべた。
富沢財閥の会長・富沢哲治の三男坊、雄三と恋に落ち、婚約した綾子。
ところが、雄三の三つ子の長兄・太一が、実の父親・哲治を殺害するというスキャンダラスな事件を起こし、当主を失なった富沢財閥は、事件のダメージも大きく、一時は崩壊寸前だった。
しかし、鈴木史郎は、2人の婚約を解消させることもなく、富沢財閥の再建にも援助を惜しまなかった。
雄三は富沢財閥を建て直すために、一時好きな絵を中断して次兄・達二と協力し合い、綾子も雄三を支え続けた。
そして2人は来春、挙式予定になっている。
「さばけてて、素敵なご両親よね」
「そーお?蘭のとこだって・・・あ・・・」
ごめん・・・と園子は慌てて口をつぐむ。
「謝んなくっていいよお、園子。うちの親を褒めてくれようとしたんでしょ。だって、本当に自慢の両親だったんだよ」
笑顔でいう蘭だったが、目には涙が滲んでいた。
「園子・・・ごめん、ごめんね、わたし、泣き虫で・・・」
「そんな、蘭が謝んないでよ。泣きたくなるの、当たり前なんだから、遠慮なんかしないでよ」
「うん、・・・ごめんね」
蘭は涙を拭きながら、にっこりと笑う。
「お父さんは、探偵としてはヘボだったかも知れないけれど、一生懸命働いて、私を育ててくれた。お母さんは、負け知らずの名弁護士。私を産んで1番子育てが大変だったときに、司法試験に合格したんだよ。お父さんがそれを支えて協力してたのも、私、知ってる。仲が良過ぎて、意地張り合って、些細な事で喧嘩になって、長い事別居してたけど、本当はずっと想い合ってた。お母さんが戻って来て、また3人で暮らせるようになって、本当に嬉しかったんだよ」
そこまで言うと、堪えきれなくなった涙が、堰をきった様に溢れ始めた。園子は黙って蘭を抱きしめ、あやすように軽くぽんぽんと背中を叩いていた。
長い事別居していた母、毛利英理(弁護士としての通り名は、旧姓を使って妃英理)は、蘭が高校3年になった時に戻って来た。
繰り返される他愛もない両親の喧嘩。
それすらも幸せな日々。
しかしそれも長くは続かなかった。
父・小五郎と、母・英理が、久し振りに2人で旅行に出かけた。
北陸の家族旅行券が、町内会の福引で当たったのだ。
蘭も誘われたのだが、丁度園子と2人の北海道卒業旅行から戻ったばかりだった蘭は、
「たまには2人もいいでしょう」
と、断った。
「馬鹿ね。今更、2人っきりでどうしろというのよ」
口ではそう言いながらも、頬を染めていた母・英理。
結婚して20年にもなろうかというのに(尤もその半分は別居していたが)、未だに照れまくり、素直になれず、その分本当はラブラブの2人。
蘭はそんな両親を、微笑ましい思いで送り出した。
それがまさかあんな事になろうとは。
小五郎と英理が乗っていたレンタカーが、崖下に転落し、2人とも即死だった。
蘭は変わり果てた両親にすがって泣いた。
自分も一緒に死んだ方が良かった、とは思わない。
そんな風に思う事は命に対する冒涜だから。
でも、一人置いていかれた、という思いに、心は血を流し続けた・・・。
「それにしても蘭、そのワンピ、似合うよ」
「そう?ありがとう」
「蘭は赤が1番似合うけど、流石に入学式ではね。でも、ピンクも悪くないよ」
淡いピンクのシンプルなデザインのワンピースは、蘭のほっそりして、しかし出るべき所は形良く張り出しているスタイルを引き立て、なおかつ清楚さ、初々しさを強調し、とても良く似合っていた。
蘭は空手をしていただけあって、姿勢も歩き方も、背筋がのびて颯爽としているのだが、フレアーになったワンピースの裾は、歩くたびに美しく翻り、優雅な雰囲気をかもし出していた。
蘭の入学式のために、母・英理が選び抜いた服なのである。
「園子こそ、よく似合うよ。大胆な割りには、上品な感じだし」
園子はブランド物のスーツを着ていた。鮮やかなオレンジ色で、胸元は大きくカットされ、短いタイトスカートだが、デザインの良さか、上品なイメージが漂う。
真ん中に縦に黒い幅広のラインが入り、白い大きな飾りボタンがついている。襟は白いレースのたっぷりしたものだった。
園子も、蘭ほどゴージャスではないが、細身でなかなか良いプロポーションをしており、上着がぎゅっと絞られ、短いタイトからすんなりした足が見えるデザインは、とても良く似合っていた。
「まあねー、流石に入学式に豹柄はまずいしねえ」
「園子ったら」
ようやく気分がほぐれ、心の底から笑顔になった蘭につられたように、園子も笑った。
☆☆☆
そうこうしている内に、車は大学に着いた。
蘭は慌てて降りようとして、バッグを取り落とし、中身を地面にぶちまける。
「もう、蘭ったら、しっかりしている癖に、どっか抜けてんだから」
園子はぶつぶつ言いながら、ぶちまけられたバッグの中身を拾うのを手伝う。
蘭の定期入れを手にして、動きが止まる。
そこには、毛利夫妻の写真と、もうひとつ―――新聞の切抜きが入っていた。
「蘭、これ・・・」
呆然としている園子から、蘭は真っ赤になってひったくるように定期入れを取り戻す。
「それって・・・工藤新一・・・?」
入っていた新聞の切り抜きは、最近高校生名探偵として有名になり、マスコミに持て囃されている工藤新一の、アップで撮られた写真入りの新聞記事であった・・・。
(2)に続く
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工藤新一の新聞記事。映画の冒頭でも必ず出てくる、「その名も工藤新一」という見出しのあれを、イメージして下さい(爆)
ご本尊様の登場は、3話目か4話目になる予定。回想シーンとか、テレビ画面の中でなら、もうちょっと早く出てくるのですが。
この話は、結構長くなります。いや、多分中身はそんな大したもんじゃないですけど。
時間はかかると思いますが、必ず完結させますので、良ければ最後までお付き合いください。 |