First Love,Eternal Love


byドミ


(2)憧れ


「蘭・・・。意外だわ。あんたにこんなミーハーな面があったなんて。それにしても、定期入れに新聞記事を入れるほどのファンとはねえ。蘭との付き合いも長いのに、ぜーんぜん、知らなかったわ」

園子が嘆息しながら言う。

二人は今、米花女子大の入学式が行われる講堂に向かって歩いている。

蘭は真っ赤になって俯いたままだ。

蘭は今までそれなりにアイドル歌手などに夢中になった事はあったが、写真などを持ち歩くほどに入れ込んだ事はない。

「そ、そんなんじゃないのよ。憧れてる・・・のは、確か、かも。でも、ミーハーとか、追っかけとか、そんなんじゃないの」
「ねえ、まさか、マジって事はないわよね」

園子がじっと蘭をみつめる。

「ななな、何て事いうのよ、園子!」

蘭の声は上ずり、首筋から耳たぶまで真っ赤になっていた。

園子は大きく溜め息をついた。

「蘭ってば、この年になるまで、全く男の気配がないと思ったら・・・それも、引く手あまただっていうのに・・・よりによって、年下の男相手に、ミーハー恋愛してるとはねえ。相手はタレントと一緒よ。テレビや雑誌で作ってる、偶像なのよ。そんなの相手に本気になったら、馬鹿を見るだけだって。いくらお父さんが探偵やってたからってねえ、高校生探偵なんかに憧れるなんて。あたしは1回、怪盗キッド様絡みで会った事あるけどさ、ただの気障なかっこつけとしか思えなかったわね」
「違うの。そんなんじゃないの。そりゃあ、実際に会ったのはたった2回きりだけど」
「えっ!?蘭、工藤新一に、会った事あるの!?」
「うん・・・。2回目の時は、園子も一緒だったよ」
「ええっ!?ちょ、ちょっと待ってっ」

園子は、腕を組んで俯いたり、顎に手を当てて上を向いたりして、ひとしきり考え込んでいたが、やがて両手を上げて言った。

「ごめん。全く、記憶の欠片にもないわ。蘭、教えてくれる?」

しかし、蘭が答えようとするより先に、入学式の開始を告げるアナウンスが流れてきた。二人は慌てて講堂に飛び込む。

「園子。その話は、また後でね」

結局機会がないまま、蘭はその事を長い間、園子に話せずじまいになるのだった。


  ☆☆☆


大学は、色々な点で高校と違う。
広いキャンパス。
単位制で、選択の幅がある授業、受験のためでない学習。
クラスメイト達とも、受ける授業もバラバラで、つながりが希薄だ。
昼食も、学生食堂で取る者、学内のカフェテリアを利用する者、学外の店を利用する者と、バラバラである。
そういった新しい生活への戸惑いも薄れ、新しい友人も出来、それなりに少しずつ慣れて行く。


蘭は、米花駅で電車を降りると、自宅へ――長いこと父親と2人で,そして昨年からは親子3人で、そして現在はたった1人で住む、小さなビルの3階にある住まいへと向かっていた。
途中、空手の道場の前を通る。
蘭は少し寂しく微笑む。
受験で少し中断していた空手だが、大学に入ったら再び始めるはずだった。
しかし、今の蘭にはそんな余裕はない。

小五郎と英理が残した貯えと生命保険は、蘭が普通に生活し大学を卒業するまでは、何とか不自由せずに済むだけのものがあったが、それ以上の贅沢は望めなかった。
友達と遊びにいったりお茶を飲んだりすることも、控えめにしなければならなかった。
園子は蘭の事情を知っているため、お茶するのも学内の安いカフェテリアで済ませたり、水筒を持参して教室でお茶することさえあった。
蘭に気まずい思いをさせまいと、いつも気遣ってくれていた。

「蘭、困ったときはいつでも言ってね。心配しなくても、いずれちゃんと利息つけて返してもらうから」

園子は、時にそう言ってくれることもあった。
蘭は友の心遣いに感謝しながらも、出来るだけ自分の力で頑張ろうと、心に誓っていた。
しかし、空手もあきらめ、真直ぐに家に帰ると、まだまだ時間は早く、自分1人分の家事も高が知れており、どうしようもない侘しさ・寂しさが襲ってくる。

「バイト―――探さなくちゃ」

大学の授業に慣れてきたら、アルバイトを始めるつもりだった。
お金のこともあるし、早く一人前になるために、働く、という経験をしてみたいという気持ちもあった。
とりあえず、今は暇なため、何気なくテレビをつけ、・・・そして画面に釘付けになった。

画面には、カメラのフラッシュがたかれている中、不適な笑みを湛えている少年―――工藤新一が映っていた。
蘭は慌ててビデオをセットする。
蘭の好きなドラマ(しかもまだ観ていない)が録画されているテープだったが、そんなことには構っていられなかった。

女性アナウンサーが工藤新一にマイクを向ける。

「それでは、今回の難事件を解決した、平成のホームズ、高校生探偵の工藤新一さんに、今回の事件のポイントをお聞きしましょう」

マイクを向けられた新一は、深みのあるテノールで語り始めた。

「そうですね・・・今回の事件、表面上は複雑に見えますが、実は・・・」

蘭はボーっと聞き惚れる。

『すっごくいい声・・・。そうか、以前会った時は、まだ声変わり前だったものね。何だかすっごく素敵になっちゃって・・・有名人だし、きっとファンも多いんだろうな。ますます私なんかが近寄れる存在じゃなくなっているのね』

録画したビデオを何回も観返す。
ずっと焦がれている存在の姿を見、声を聞き、幸福感を味わう。
その一方では、相手があまりにも遠く手が届かない存在に感じて、寂しさを覚えている蘭であった。


  ☆☆☆


「らーん、東都大生との合コンに行こうよお」
「園子。私、飲み会とかは・・・」
「大丈夫だって、お金は男の人たちが出すんだしさあ」
「でも・・・」
「たまにはパーっとうさ晴らしをしなくちゃね」

蘭と園子が押し問答をしていると、横から、大学に入ってからの友人、山田香が口を挟む。

「毛利さん、お願い!頭数が足りないの!」

米花女子大は、よく合コンの誘いを受ける。
それがきっかけで出来たカップルも少なくない。
蘭は、男性には興味がなかったが、こういった付き合いも必要だと思い、話を受けることにした。
ちなみに、園子には京極真という遠愛の彼氏がおり、男を引っ掛ける必要はさらさらないのだが・・・。

『付き合いが良いし、お祭好きだものね、園子は』

と、蘭は内心で苦笑していた。


  ☆☆☆


東都大の男子学生たちは、それなりに容姿も整い、ユーモアセンスも持ち合わせており、座はそれなりに盛り上がっていた。
蘭も他愛ない話に相槌を打ち、それなりに楽しく過ごしていた。

『でも、工藤さんの方が、まだ高校2年生だというのに、この人たちより、大人よね』

と、つい比較して考えてしまう。
(作者注:言うまでもないことだが、これには蘭の欲目が入っている)

ふと気付くと、何時の間にか皆男女隣り合わせになる様に席を移動しており、蘭の左隣には、榊田譲という東都大医学部の3回生が坐っていた。
蘭の右隣にはずっと園子が陣取り、近寄ってくる男性は適当にあしらっている。
園子がこっそり蘭に耳打ちする。

「蘭、榊田さん、顔もスタイルも悪くないし、医学部よ、医学部。それに、3回生で大人じゃん。年下の可愛い子もいいけど、この際、大人の男性と付き合ってみたら?」
(作者注:園子は原作と一緒で、はっきり言って男を見る目はない)

「そ、園子」

慌てて真っ赤になる蘭。
と、小声だったはずなのに、聞きつけた榊田が口を挟んでくる。

「何々、君、蘭ちゃんだっけ。年下の彼氏がいるの?」

蘭は、「蘭ちゃん」と初対面で馴れ馴れしく呼ばれたことに鳥肌が立つ思いをしながら、

「い、いえ、彼氏とか、そんなんじゃ」

と、言葉を濁す。

園子が横から言った。

「そうそう、この子、高校生探偵の工藤新一くんに、ミーハーファンしてるだけだから」
「やめてよ園子、こんなところでそんな事バラすの」
「ははは、ミーハーファンか、じゃあ、特定の彼氏いないんだ」

そう言うと榊田は、蘭の肩に手を掛けて、抱き寄せようとした。

「俺が立候補していいかなあ」

蘭は思わず身を固くし、肩に掛けられた手を振りほどいて立ち上がった。

「私!困ります!今のところ、男の方とは誰ともお付き合いする気はありませんから!」

座が白ける位の強い調子で言っていた。

榊田は、少し強張った顔をしていたが、やや経って、ぎごちなく笑顔を作った。

「へえ、純情なんだねー。じゃあさ、とりあえず、友達づきあいから始めようよ。なら、いいだろ」

蘭もそれ以上は強く拒絶することも出来ず、気が進まないながらも、何時の間にかゴールデンウィーク中の映画の約束をしてしまっていた。





ゴールデンウィーク終盤の5月4日。
蘭は、園子と榊田との3人で、映画を見ていた。
園子と一緒じゃないと絶対行かない、と蘭が言い張ったのである。

「だって、友達なんでしょ。なら、園子も一緒でいいじゃない」

園子は、

「何が悲しゅうて、私がお邪魔虫の憎まれ役を・・・」

とブツブツ言いながらも、結局付き合ってくれた。

榊田は、園子と一緒に現れた蘭に苦笑しながら、結局3人分の映画代を出す羽目になった。
見た映画は、「赤い糸の伝説」、運命に結ばれた2人の、ロマンチックなお話である。
映画を見ながら、蘭の頭に浮かぶのは、工藤新一のことばかり。
現実には、こんな夢のような事は起こりっこない、と判っているのだが。


  ☆☆☆


映画が終わった後、蘭はすかさず

「この後、お茶しようよ」

と、園子に腕を絡め、榊田に背を向けて言った。
榊田は、手を伸ばして何か言いたそうに口をもごもごしていたが、結局、

「それじゃ、またこの次」

と言って去って行った。

園子は、蘭を半目で見て、溜め息をついた。

「あー、気の毒に。あーんないい男から言い寄られているっていうのに、蘭ってば、冷たいんだから」
『いい男、どこが』

と言いたい気持ちをぐっと抑え、蘭は言った。

「だって、しょうがないじゃない。その気になれないんだもん」

膨れっ面をしていた蘭は、小さくあっと声をあげると、視線を斜め上に向けた。
つられて園子もそちらを見る。

ビルの側面にあるオーロラビジョン。
そこに映っているのは、今をときめく高校生探偵・工藤新一。
今しがた解決したばかりの事件について、インタビューを受けていた。

園子はしばらく蘭と一緒に画面を見た後、口を開く。

「んー、確かにいい男だとは思うけどさあ、まだ高校生だしねえ。それにしても、気障よねえ」

突然、画面の中の新一が、女の子たちの集団に取り囲まれた。

「工藤探偵、お誕生日おめでとうございます!」
「前からファンだったんです、手作りなんです、どうぞ受け取ってください!」

口々に言ってプレゼントを渡そうとするファンの女の子たちで、画面は一杯になっていた。
インタビュアーが一瞬ぽかんとした後、気を取り直して、口を開く。

「工藤さん、今日お誕生日だったんですか」
「えっ?えーっと・・・、今日は5月4日・・・?あっ、忘れてた。俺、今日17歳になったんだっけ」

画面の新一は、一瞬の戸惑いのためか、年相応の少年の表情になっている。

園子はちょっと笑って言った。

「へえ、可愛いじゃん。あんな顔してるときの方がいいと、わたしは思うけどな。ねえ、蘭・・・」

園子は蘭の方を見て、絶句する。
蘭は真っ青になって立ち尽くしていたかと思うと、いきなり画面から顔をそむけて走り出した。


  ☆☆☆


「蘭・・・、ハアハア、い、一体、・・・どうしたのよ」

ようやく追いついて来た園子が、息を切らしながら、蘭に問い掛ける。

「もう、見失うかと思ったじゃない、蘭・・・」

園子は言葉を途切れさせ、蘭の両肩を掴んで揺さぶる。

「蘭!あんた、何泣いてんのよ!?」
「えっ?泣いてる?」

蘭は言われて初めて、自分が泣いていることに気付いた。
頬をいく筋もの涙が濡らしていた。



園子に喫茶店に連れ込まれ、ミルクティを飲んでひと段落して、ようやく蘭は気分が落ち着いて来た。

「蘭。・・・話してくれる?」

俯いて、両手をしっかり握り締め、蘭は語りだした。

「・・・嫌だったの。あんな多勢の子達が、工藤さんの誕生日を知っていて、プレゼントまで用意している。その事が、すっごく、ショックだったの。

私、うぬぼれてた。ただ、遠くから見てるだけの片思いだけど、あの人を思う気持ちだけは、誰にも負けてないって。
でも、私・・・、今日があの人の誕生日だって事さえ、知らなかった」

「蘭・・・。あんた、本当に、本気なのね」
「私、初めて会った時から、何年もあの人のことだけを思い続けてて・・・、でも、どこかで、ただの強い憧れなんだって、自分に言い聞かせて・・・、でも、違う。

こんな、・・・私の心の中に、こんな嵐があるなんて、・・・自分でも、怖くてたまらない・・・」

「蘭・・・」

蘭はぱっと顔を上げ、真直ぐ園子を見て言った。

「園子、前に言ったよね。工藤さんと出会った時の話をするって。でもきっと、園子はあきれると思うよ。そんな頃から、ひたすら片思いを続けてたのかって」
「蘭。呆れたりなんかしないわ。蘭がどれほど真剣なのかって、ようく、判ったからね」



(3)につづく

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今回出てきたオリジナルの人物・榊田譲は、結構重要な役で再登場します。

勿論、悪役(笑)

さて次回は、新一くんと蘭ちゃんの、最初の出会いのお話(回想)です。


(1)「入学式」に戻る。  (3)「出会い」に続く。