First Love,Eternal Love



byドミ



(最終章)Eternal Love



ヨーロッパの6月は、花が咲き乱れ風爽やかな美しい季節である。
そして、日本でも日が長い時期だが、それよりも更にずっと日が長い。

「6月は、女神ジュノーの祝福を受けた季節だからね」

そう言ったのは、新一の母親・工藤有希子だった。

ローマ神話ではジュノー、ギリシャ神話でのヘラは、主神ジュピター(ゼウス)の妻であり、嫉妬深い女神として有名だが、同時に正当な婚姻と花嫁の守護者でもあるのだ。
だから、そのジュノーの月、6月に結婚した花嫁は幸せになるとヨーロッパでは言い伝えられている。

新一の誕生日である5月4日に新一と蘭は籍を入れる筈であったが、ややこしくなるので蘭が20歳になるのを待って5月半ばに入籍した。
そして、そこまで待ったのなら、どうせならジューン・ブライドが良いとの有希子たちの進言を受け、6月に入った今日、結婚式が挙げられる事になった。

「日本でも最近、6月は結婚式に人気だけど、日本の6月は蒸し暑くて雨が多い梅雨の時期。不思議で仕方が無かったけど、『ジューン・ブライド』の発祥の地であるヨーロッパではこんなに美しい季節なんだね」

蘭が教会の窓から空を見上げながら呟く。
ヨーロッパでは圧倒的にクリスチャンが多く、どの地域にも教会がある。
2人は地元の教会に頼んで、そこで結婚式を挙げる事にしたのだった。

「キリスト教ってさ・・・勿論いい面もたくさんあっけどよ・・・すげー暗黒面も持ってんだよな」

クリスチャンでもないのに教会で結婚式を挙げさせてもらうくせに、新一はそんな事を言った。

「また突然何変な事を言い出すのよ?この子は?」

有希子が呆れたように言った。

「いやさ・・・キリスト教がヨーロッパに持ち込まれた事で失われたものってたくさんあんだけど、残ったものも結構多いよな。ジューン・ブライドってのもそうじゃん」
「新ちゃん・・・?」
「俺さ、推理の時は『真実はいつもひとつ』だって信じてそれ探してんだけどよ。唯一絶対の神とやらが多神教の文化を踏み潰しちまった歴史はいただけねーよな」
「新一、まさか埋もれた歴史的真実を発掘する探求者にでもなるつもりか?」

優作が笑いを含んだ声でそう言った。

「そんなんじゃねえよ。ただ何となく・・・さ」

突然西欧文化やキリスト教を批判するような格好になった新一の言葉だが、別に本気で誰かと論争したりまともに研究したりしたい訳でも無さそうだ。
新一も、今日という日を迎えて少しばかり感傷的になっているらしいと、優作と有希子は思った。


「蘭ちゃん、とっても綺麗よ。新ちゃんには勿体ない位」

有希子が蘭の花嫁姿を見るなり、そう言った。

「小母様・・・い、いえ、お義母様」
「く〜〜〜っ、『お義母様』だなんて・・・何て良い響きなの!やっと念願の可愛い娘が出来るのね!」

有希子は上を向いて感極まったように言った。
蘭はどう返して良いか判らずに引き攣ったような笑いを浮かべた。



蘭が教会の窓から空を見上げていると、懐かしい声がドアから飛んで来た。

「ら〜〜〜ん!!」
「園子!!」

蘭の親友・鈴木園子が今日という日に駆け付けて来たのだ。
蘭と園子は抱き合って涙を流す。
蘭が日本を離れる時に一番別れ難かったのは、他ならぬこの園子であった。

「蘭、全然お腹目立たないね」
「そうでもないよ。まあでも、目立ちにくいドレスにしてもらったから」

蘭はスタイルが良い。
全体的に細身で、けれど胸は形良く大きく張り出し、ウェストはくびれ、ヒップはキュッと引き締まっているが安定感がある程度に大きく美しいラインを描き、理想的な体形をしている。
流石に妊娠6ヶ月目も半ばを過ぎた今はややお腹が膨らみ始めているが、蘭が着ているハイウェストのドレスは、長い裾が細いシルエットを作りながらも、腹部をゆったりと包んで目立たないようにしている。
つややかな黒髪は今日はアップで纏められ、長いベールが垂らしてあった。
黒曜石のつぶらな瞳、長くけぶる睫毛、桜色の唇、白く透き通った肌。
蘭は元々素晴らしく綺麗なのに、薄化粧を施し幸福そうな晴れやかな笑顔を見せている今日の姿は、長年見慣れている筈の園子でさえ息を呑むほどの美しさだった。

園子は、今日はレモンイエローのツーピースを着ている。
活動的な園子のイメージに良く似合っていた。

「蘭、良かったね」
「うん・・・」

園子は、蘭が新一と初めて出会った時の事も知っている。
その時から7年の歳月を経て、2人は今日という日を迎えたのだ。

「蘭。おじさん達に今日の晴れ姿見せたかったね・・・」

園子が涙ぐみながら言った。

「園子。きっと2人で見ていてくれてるよ。私はそう信じてる」



「蘭ちゃん、ごっつ綺麗やわあ」

そう言って顔を覗かせたのは、ポニーテールのキュートな女性、遠山和葉であった。
鮮やかなオレンジ色のワンピースは、和葉に良く似合っている。
髪のリボンも服とお揃いのオレンジ色だった。

「和葉ちゃん・・・!来てくれたの?」
「絶対蘭ちゃんの幸せな姿見たらなあかん思うたんや。ほんまに蘭ちゃん、綺麗で幸せそう・・・良かったなあ」
「和葉ちゃん・・・ありがとう」
「ほら、蘭ちゃん、泣いたらあかんて!せっかくの花嫁姿が台無しやん!」

和葉が以前大阪から駆け付けて来た時は、新一が生死の境を彷徨っている時だった。
その時蘭の苦しむ姿を目の当たりにした和葉は、今日この日、蘭の幸せそうな姿を目にして感無量であった。

「ところで服部君は?」
「平次が工藤くんの晴れ姿を見に来ない筈ないやろ?嬉々として花婿の姿見に行ったに決まってるやん」
「へえ・・・服部くんって、変わってるわね。花婿なんか見て、何が楽しいのかしら?もしや服部くんってそっちの趣味が・・・」
「もう、園子ったら!」
「冗談よ、冗談!式が始まるまでは、花嫁の控え室は男子禁制になってるからね」
「で、和葉ちゃんたちは、その後どうなの?」
「どうって何やのん?」
「服部くんと進展あった?」
「ししし進展て・・・!平次はただの幼馴染で・・・!」
「・・・相変わらずみたいね」
「蘭ちゃんには敵わへんな。平次に取っては、きっとあたしは女やないんや。幼馴染いうんも難しいもんやで」
「けどせっかく2人きりでここまで来たんでしょ?この機会に・・・」
「けど平次、飛行機の中でもずっと隣同士やのに涼しい顔しとったで」



「よ!工藤、元気にしとるか?」
「服部。学校はどうしたんだよ?」
「そんなん、『何日がかりかの重大な事件や』言うて休んどるに決まっとるやんか。工藤の晴れ姿の方が授業よりずっと大事やで」
「全く・・・お前らしいよ」
「ところで花嫁はんはここに居らへんのか?」
「まだ『男は見ちゃ駄目』だとよ。どうせすぐに見るんだから、勿体振らなくたって良いだろうによ、母さんのやつ・・・」
「まあまあ新一。それだけ楽しみが増すというものじゃないか。今までの事に比べたら、この少しの時間を待つ位、大した事ではないだろう?」

優作がとりなすように新一に声を掛けて来た。



バージンロードを蘭をエスコートして歩くのは、本来なら父親の役目であるが、毛利小五郎はもう既にこの世に居ない。
父親代わりとして蘭をエスコートしたのは、阿笠博士だった。
阿笠博士・フサエ夫妻は(特にフサエ夫人は多忙であったが)仕事をやり繰りしてエジンバラに駆けつけてくれたのだった。

「いやあ、子供に恵まれなかったワシが2回もバージンロードをエスコートして歩く事になろうとはの」

博士は照れながらもこの役目を快く引き受けてくれた。



新一は、ポカンと口を開けてバージンロードを歩いてくる蘭を見ていた。
既に、蘭の隣の阿笠博士もステンドグラスと聖母子像もギャラリーも牧師も、何も目には入っていない。

「蘭、綺麗だ・・・」

頬を染めて蘭を見詰める新一に、平次がからかいの言葉を投げるが、それも、他のどんな音も新一の耳には届いて来ない。
今までに飽きるほど蘭の姿は見て来ている筈だが、新一は蘭を見る度に綺麗だと思うのである。
けれど今日は更に、新一の意識全てを蘭の姿が占めてしまっていた。
ウェディングドレス姿の蘭は、今まで新一が見て来た中でも最高に美しかったのだ。



父親代わりの阿笠博士から、蘭が新一に託される。

「新一くん。蘭くん。幸せになるんじゃぞ」

阿笠博士の言葉に新一は頭を垂れる。


『蘭。幸せになれよ』
『蘭。幸せにね』

新一にも蘭にも、小五郎と英理がそう呟くのが聞こえたような気がした。





新一と蘭は、牧師の前に2人で進み出る。

(以下斜体字は英語です)

「工藤新一。汝は毛利蘭を妻とし、病める時も健やかなる時も、神の御許に召され死が2人を分かつまで、終生変わらず愛し続ける事を誓いますか?」

新一がいつもより低く重々しい声で牧師の言葉に答えた。

「誓います」
「毛利蘭。汝は工藤新一を夫とし、病める時も健やかなる時も、神の御許に召され死が2人を分かつまで、終生変わらず愛し続ける事を誓いますか?」


蘭は、「死が2人を分かつまで」と言う言葉に実は違和感を覚えたが、それがキリスト教でのしきたり・考え方なのだからと思い、型通りに答えた。

「誓います」

キリスト教では生まれ変わりを認めておらず、人は死んだら全て神の民となり、生前の夫婦関係は解消してしまうと考えられているのである。

「神の御前に、2人は今夫婦となりました。神の祝福のあらん事を。では、指輪の交換を」

新一が蘭の手を取り、その細い綺麗な指に指輪を嵌めた。
そうしながら蘭の耳元に囁く。

「蘭。俺は決してオメーを置いては逝かねーと誓ったけど・・・人間いつかは必ず老いて死ぬ。あと100年もすれば確実にこの世には居ない」
「新一・・・?」
「けれど、俺達は死によっても決して分かたれる事はない。俺は蘭とずっと永遠に一緒だよ。死んだって、生まれ変わったって、絶対に離れない」
「もう・・・馬鹿」

そう言いながら、蘭の頬を涙が伝う。
それが悲しい涙でないのは、蘭自身もよく判っていた。


そして2人は、永遠の愛を誓って口付けを交わした。


列席した者達が、皆祝福を送る。
遠方から駆けつけてくれたのは、新一の両親である優作と有希子の他、園子、園子の彼氏である京極真、阿笠夫妻、平次、和葉という少数だった。
しかし、この地域の人々で信者は皆結婚式に列席出来るので、こちらに来て僅かの間に親しくなった人たちも来てくれていた。

その他にも、エジンバラの新居には日本を離れられず出席できない人たちから、祝福の言葉や贈り物がたくさん届いている。
新一や蘭の友人達、警視庁の面々、果てはどうやって知ったのか、新一に事件を解決してもらった人たちからも。
新一と蘭は、自分達を支え励ましてくれた人々に、そして自分達を巡り会わせた人知を超えた何者かに、感謝の念を抱かずには居られなかった。



  ☆☆☆



式が終わった後は、新一と蘭の新居に移ってティーパーティである。
こちらに移住するにあたって、2人は1軒家を借りていた。
日本にある工藤邸よりは流石に小さいが、なまじの日本の建売住宅に比べたらずっと大きく庭も広い。
今日は天気も良かった為に、ガーデンパーティとなった。


蘭は淡いピンクのワンピースに着替えていた。
袖が長い春物だが、こちらではそれでも良い位の気候である。

「蘭、その服初めて見るけど、良く似合ってるよ」

新一が言い、蘭が頬を染め、園子が臆面もなくそんな事を言う新一に呆れ顔をしていた。

(ちなみに、幼馴染バージョンの新一だったらまずストレートにこんな事は言わないだろう)

園子がふと気付いたように蘭に声を掛ける。

「ねえ、蘭、そのワンピースって・・・」
「あ、園子、判った?去年入学式の時に着たやつよ」

それは亡き英理が蘭の入学式用にと準備してくれたものだった。
もう英理が2度と蘭の為に服を選んでくれる事もない。
だから蘭は是非ともこのワンピースを記念すべき今日この日に身に着けたかったのだった。


「阿笠博士も、わざわざ遠くまで・・・それに今日はお父さん代わりを勤めてくれてありがとうございます。志保さんにもお世話になったから、出来れば来て欲しかったのだけれど」
「志保は病院があるからの、来られなくて残念がっておった。それとホレ、志保の同級生だった歩美ちゃんからも、遠くから幸せを祈ってると伝言があったぞ」
「え、歩美さんが・・・?」

小嶋歩美は円谷病院で偶然数回会っただけの相手だが、蘭も何だか昔からずっと知っている相手のような親しみを覚えていたのである。
せっかく仲良くなれたのに離れなければならなかったのは残念だった。

「おお、歩美ちゃんか。元気にしてるようだね」

そう優作が言ったので、蘭は驚く。

「小父様、あ、いえ、お義父様、歩美さんの事ご存知なんですか?」
「そりゃあね、私が若い頃、阿笠さんとこの志保ちゃんやその旦那になった円谷君たちと一緒に、少年探偵団を作っていつも私の協力をしてくれてたからね」
「あ・・・」

そう言えば、と蘭は思い出す。

『今は推理作家として有名になっている人の、探偵のお手伝いをしたりしてね』

歩美はそう言ったのだ。
それが優作の事だとしたら、確かに辻褄は合う。
思い掛けない縁に、蘭は驚いた。
そして蘭は、いつの日かきっと歩美にまた会えるという気がしていた。


「工藤くん、初めまして。今日はおめでとうございます。以前遠くからお姿はお見かけしたのですが、その節は挨拶もせず失礼しました」

園子の彼氏・京極真が新一の所に来て言った。

「こちらこそ初めまして。今日は遠くからわざわざ来て下さって、ありがとうございます。その節は、こちらの方こそ失礼しました」

礼儀正しい挨拶に、新一も礼儀正しく返す。
2人はバレンタインデーの日、お互いの姿を遠目に見た。
けれどお互いの彼女が優先で、邪魔したくも邪魔されたくもなかった為に、挨拶も交わさないままだったのである。

「毛利さん・・・あ、いえ、もう違いますね・・・蘭さんは、園子さんの大切な友人ですから、わたしにとっても大切な方です。お祝いに伺うのは当然ですよ」

思考が園子中心であるらしいこの男の言葉に、新一は妙に親近感を覚えて苦笑した。

「鈴木さんは、辛い時に蘭の大きな支えになってくれました。あなたと鈴木さんの結婚式には、俺も是非駆け付けたいと思いますので、よろしくお願いします」
「その事ですがね。やはり、園子さんのご両親のお許しがなかなか頂けないようで・・・」
「まさか、諦めると・・・?」
「いいえ、それこそまさかですよ。私には園子さん以外考えられませんからね。決して諦めはしません。いつになるか分かりませんが、あなた達2人には必ず出席頂く積りなので、その時はよろしくお願いします」

真がその瞳に不屈の意思を込めて言い、新一は大きく頷いた。
新一も――時に蘭の事で言い争ったりした相手だが、新一とは別の形で蘭を真剣に想い支えてくれた蘭の大親友である園子には、是非とも幸せになって欲しいと心から思っているのだった。







懐かしい人達とも、知り合ったばかりのこの地の人達とも、話がはずみ、時間があっと言う間に過ぎて行く。
この地方の日は長く、まだまだ太陽が沈むまでには間があるが、時刻はすっかり遅くなり、名残は尽きないがパーティはお開きとなった。

皆それぞれのホテルへと引き上げて行く。







平次は新一が手配してくれたホテルに和葉と2人で向かう事になった。

「服部くん達、遅いわね」
「平次の事や、工藤くんをまたからこうて遊んどんのやろ、ええ加減にすればええのに」

和葉と見送りに出た蘭が玄関の前で待っているのに、平次と新一がなかなか出て来ようとしないのだった。

「くくく工藤!!俺と和葉の部屋が一緒て、どういう事やねん!!」
「どういう事もこういう事もねーよ。大体、こっちではシングルの部屋なんて、日本のビジネスホテルと違って少ねーんだ」
「せやったら、ツインの部屋ふたつ・・・」
「服部。おめー、そんな贅沢言うのかよ。人に急遽部屋の予約頼んでおいて」
「工藤の屋敷、部屋が余ってんのやろ、そこ使わせてもろうても・・・」
「わりぃな、服部。俺と蘭は『新婚生活中』なんでね。邪魔はして欲しくねーんだ」
「なななな・・・!せやったら、どないせぇっちゅうねん!」
「そりゃあ、理性を総動員させるも良し、理性がぶち切れるも良し。おめー次第だよ、服部。まあ、その結果に俺達は責任取れねーけどな」


やっと2人が玄関から出てきたが、平次が何となく憔悴した顔をしているように見え、それに対し新一が悪魔の微笑を浮かべているように思えて、和葉と蘭は顔を見合わせる。
平次と和葉はタクシーに乗ってホテルへと向かった。



その夜、平次が果たして理性を保つ事が出来たのかどうかは・・・ここで語るまでもないだろう。











時は巡り、9月。

新一はエジンバラ大学の学生となっていた。
入学前から地元の警察への協力などの探偵活動も同時に行っており、多忙を極めているが、「高校生探偵」の頃と違い報酬を受け取っているので、生活費位は稼ぎ出している。


蘭は9月10日に男の子を産んだ。

「蘭」

新一は、出産を終えた蘭の髪を撫でながら声を掛けた。
出産前から出産後まで、苦しみ続ける愛しい女性の姿や声を目の当たりにしながら、何もしてあげられない自分がもどかしく、辛くて堪らなかった。

「新一」

蘭は目を開け、新一を見て名を呼んだ。
やつれて疲れた顔をしているが、今までに見た事がないような綺麗で柔らかな幸福そうな微笑を見せている。

「あなたの子よ・・・あなたと私の・・・」
「うん・・・ありがとう・・・」
「やだ新一、お礼言いたいのはこっちよ。新しい命・・・新一の子供・・・私に取って、最高の贈り物だもん」
「うん、俺に取っても、最高の贈り物だよ。こんな時ばかりは、人知を超えた何かに感謝したくなるもんだな」

新一に良く似たその子供は「拓(たく)」と名付けられたが、出生届の時、新一の好きなホームズの作者から貰って、「コナン」と言う(日本では馴染みのない)「ミドルネーム」が付けられた。
拓はイギリスの友人達からは呼び易い「コナン」で呼ばれる事が多く、後に母国である日本に移住してからも、馴染みのある「コナン」の名で通すようになり、新世代の「日本警察の救世主」となるのだが・・・それはまた後の話となる。

初孫の出生に、優作と有希子夫妻が狂喜した事は言うまでもない。

「蘭ちゃん、苦労掛けるけど、次はもし良ければ、女の子を産んでね」
「母さん、勝手なこと言うなよ。自分は1人しか産んでないくせに。大体、こんなのは授かりもんだろ?」
「分かってるわよ、新ちゃん。子供は授かり物、たとえ子供に恵まれなかったとしても、或いは男の子ばかり産んでも、その事でどうこう言う積りなんてサラサラないの。ただ、願望を口に出してるだけだから・・・ごめんね蘭ちゃん、気にしないでね」
「いえそんな・・・私も出来れば最低もう1人欲しいなあと思っているんです。私が兄弟居なくて暫らくはお父さんと2人暮しで寂しかったから。でも、こればかりは『神のみぞ知る』、ですよね」

蘭はこちらの大学に編入される事が決まっているが、1年間は子育ての為に「休学」し、来年の9月から大学に通う事になった。
子供の居る新しい生活は戸惑う事も多いが、幸せで充実した日々であった。





蘭が出産後数日して退院したばかりの頃。
新一がパソコンモニターの前で受信メールを見て頭を抱えていた。

「あいつ・・・」
「新一、どうしたの?」

蘭が眠っている拓を腕に抱きながら新一のパソコンを覗き込んだ。

「え?和葉ちゃんたちが・・・?良かった!・・・新一、お目出度い話じゃない。何で頭抱えてるの?」

そのメールは平次からのもので、夏休み中に和葉と婚約が整い、来年の4月に挙式を行う旨が簡単に書いてあったのだ。
話し言葉ではなく文章であるせいか、微妙に大阪弁と標準語がミックスされている。

「多分、一発必中しちまったみてーだな・・・服部のやつ、避妊してなかったのか」

初めての時は自分も避妊を忘れていた事を遠くの棚に放り上げて新一は言った。

「え?避妊って、何の話なの?」
「和葉さん、子供が出来てんだよ。俺達の結婚式の時に出来たのは間違いねーだろうから、今4ヶ月・・・もうそろそろ5ヶ月に入るところか?」
「えええ!?何でそんな事判るの!?文面にはそんな事一言も書いてないじゃない!」
「あのなあ・・・ついこの前まで一応は付き合っても居なかった2人が、急転直下、正式な婚約だぜ?しかも、服部はまだ高校生だ。服部の両親はともかく、和葉さんの父親である遠山刑事部長がOK出すとしたら・・・。服部、殺されなくて幸いだったな」

蘭は絶句した、
しかし、確かにそうかも知れないと思う。

「じゃあ、挙式の4月って、服部君の卒業を待つだけでなくて・・・」
「和葉さんの腹の中が空になってから、って事だろうな」
「ねえ、それじゃこれって・・・」

そう言って蘭が指差した文面は、メールのラストの方である。

『工藤、その節はお前にも非常に世話になったな。この次会った時はたっぷり礼をしてやるから、覚悟しとけや』

「この『礼』って、どういう意味なの?」
「いや、俺達の結婚式の時、服部たちに用意したホテルの部屋が実は1部屋だけだったんだ」
「ええ?それってちょっと問題じゃない?」
「本気で嫌なら、服部の事だ、自分で宿を取る事も出来るだろ。和葉さんだってもしそれが嫌ならここに戻って来て泊まる事だって出来た筈だし・・・俺はきっかけを提供しただけだよ」
「そっかあ、幼馴染の壁をなかなか乗り越えられない2人の為に・・・だから服部君も感謝してるんだね」

蘭が邪気のない笑顔で言い、新一は苦笑する。
平次が文字通り「感謝」しているだけではない事は、刺だらけの文章に表れているが、蘭はその刺に気付かないらしい。







服部平次と服部(旧姓遠山)和葉は生まれ故郷の寝屋川市を離れる事はなかった。
マスコミはこの2人に対して沈黙を守っていた。
和葉の通う学園大学部でも特にお咎めを受ける事もなく、和葉は新学年からは「服部和葉」と名乗った。
出産前後が春休みにかかっていた為、大学も殆ど休学せずにすんだ。
大阪府警を敵に回すような度胸のある記者は居なかったし、マスコミにも大学にも、工藤新一と毛利蘭にちょっかいを出した者の末路は、きっちり裏の情報として流れていたのである。

触らぬ神に祟りなし。

彼らの頭に一様にその諺が浮かんでいたのは、間違いのない事であろう。


ちなみに、平次と和葉の間に出来た子供は男の子で、3月に生まれ、工藤拓と同学年になった。
飛鳥(あすか)と名付けられたその子は、やはり探偵への道を歩み始める。

服部飛鳥と工藤コナン(拓)の2人は、長じて新世代の「西の服部、東の工藤」と呼ばれる事になるのである。







新一は、エジンバラに移住してすぐに「スコットランドヤード」(イギリス警察)の多大な信任を受け、探偵として充分な収入を受けられるようになっていった。
新一と蘭が大学を卒業した後の工藤一家は、エジンバラを拠点としながらも世界各地を転々としていた。







やがて彼らが日本に帰って来たのは、拓が10歳の誕生日を迎えた次の4月である。
拓の下に生まれた双子(男女1人ずつで、男の子は諒〔りょう〕、女の子は翼〔つばさ〕と名付けられた)は小学校に上がる年になっていた。
ちなみに下の2人もミドルネームが付けられたらしいが、コナン(拓)と違って殆ど使われる事はなかった。
小さい頃から事件現場をウロチョロして育った拓は、「親父を超えてみせる!」と宣言して探偵の道を志すようになる。





蘭の親友・園子は、京極真を婿養子に迎え、鈴木財閥の次期後継者として忙しく働きながら、2人の子供を産み育てていた。
園子は商談の為に世界中を飛び回っており、蘭たちの所にもしばしば遊びに来ていた為、日本で再会してもお互いあまり「久し振り」という気はしない程だった。



高木刑事と佐藤刑事は紆余曲折の上結ばれ、夫婦で現役の警察官として活躍していた。
婦唱夫随と周囲からは陰口を言われながらも、2人はそんな悪口を気に病む事なく、マイペースで幸せそうな生活を送っている。



服部平次は新一たちが日本に帰ってきた頃はまだキャリアの警察官をやっていた。
しかし、やがて退任し、大阪に探偵事務所を開く。
新一とはお互い協力し合ったり時には競い合ったり――終生良き友・良きライバルとなった。
勿論平次の傍らには、いつも愛しい妻と子供達がいた事は言うまでもない。



蘭は歩美や志保と再会し、改めて家族ぐるみでの付き合いが始まった。
その子供達同志で「少年探偵団」を作って冒険したり、ロマンスがあったり、色々あるのだが、それはまた別の話となる。











新一と蘭とその子供達が日本に帰って来た夜。
蘭は懐かしい工藤邸で、ベランダで星を見上げて新一と寄り添って立っていた。
新一に似て独立心旺盛な子供達は、夜の両親の生活をもう邪魔する事もない。

「ねえ新一・・・」
「ん?何だ、蘭」
「あのね・・・初恋は実らないってよく言うけどね・・・私にとって初恋は永遠の愛だったなあって・・・」
「蘭。俺もだよ。俺に取っての初恋は、生涯かけたただ1度だけの、永遠の愛だ」

2人は見詰めあい、どちらからともなく唇を寄せた。





蘭には、子供を産んで分かった事がある。
母として子供は自分の命に代えても守りたい愛しい大切な相手だが、やがては親を乗り越え自分達の元を旅立って行く存在でもある。
新一は蘭にとって、生涯寄り添い続け離れる事のない魂の片割れ、比翼の鳥、連理の枝。
決して子供が代わりになれるものではない。
それに、子供は3人出来たけれども、それぞれに違う。
新一も子供たち3人も全てが愛しくかけがえのない存在だが、それぞれが決して他の代わりにはならないのだ。







そして新一と蘭は、肌を重ね魂を寄り添わせる2人だけの夜を過ごす。
今まで幾千の夜をそうして過ごして来た。
これから先も、幾千もの夜をそうして過ごしていくだろう。

2人にとって初恋が成就した夜が、同時に永遠の愛の始まりでもあったのだ。











彼らの冒険も次の世代の冒険もまだまだ続いて行くのだが・・・ここは取り敢えず、こう記してこの物語をひとまず終わらせていただく。







そして皆、いつまでもいつまでも仲良く幸せに暮らしました。









First Love, Eternal Love 完






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最終回記念打ち上げ座談会



新一「やれやれ、やっと終わったな」
蘭 「足掛け1年以上に渡っての連載だったのよね」
園子「まあ、まだまだ本家の『名探偵コナン』は終わりそうにないけどさ」
小五郎「くっそー、俺達を死人にしやがって・・・許せん!」
英理「あなた・・・これはあくまでパラレル話なんだから」
小五郎「あたりめーだろが!蘭は絶対あのくそ生意気な探偵坊主に嫁にはやらんぞ!」
蘭 「良いもん!お父さんに反対されたら駆け落ちしちゃうんだから!!」
新一「蘭vv」
小五郎「な、な、なに〜〜〜〜〜っ!!絶対許さんぞ!」
和葉「駆け落ちって・・・けど蘭ちゃん、そもそも工藤くんからまだプロポーズされてへんのとちゃう?」
園子「そうよね、だって蘭達って、本家『名探偵コナン』では、あくまでまだ『ただの幼馴染』なんだもんねえ♪」
蘭 「あ・・・(////)」
新一「(////)」
平次「ホンマ、ラブラブやのにお互い意地張ってもうて、ちぃとも素直やあらへんなぁ」
新一「服部・・・オメーにだけは言われたくねえよ」
蘭 「そう言えば、和葉ちゃんたち、急転直下で関係が進んだわね」
新一「ったく・・・避妊位しろよな」
平次「工藤、お前が変な気ぃ回したのがそもそもの・・・!」
和葉「この話であたしらは幼馴染のままで終わるんか思うてたけど、えらい急展開やな」
園子「わたしも真さんと・・・(////)嬉しい!」
真 「園子さん・・・!(ガバギューッ)」
優作「はっはっは、人目も気にせず・・・若いって良いですねえ」
新一「父さん、何人生悟った年寄りのような事ほざいてんだよ!なまじの若者よりずっとぶっ飛んでるくせに」
蘭 「ところで、新一の誕生日は第2部のポイントの1つじゃなかったの?すっ飛ばされたわね」
新一「ああ、それは・・・早い話、2003年の俺の誕生日に間に合うように話を書けなかったから、自然に没ったらしいぜ」
平次「結構いい加減なんやな」
有希子「それにしても、早く本家『名探偵コナン』でも蘭ちゃんがお嫁に来ないかしら?」
小五郎「有希ちゃん、いくらあんたが相手でもそのお願いは聞けねーな・・・テテテテテ!!」
英理「ったく(怒)!有希子、そうなると連載が終わっちゃうでしょ」
和葉「それがファンのジレンマやな」
英理「最後の大団円はちょっと強引な感じもするけど、『みんなで幸せに暮らしました』って終りにしたかったらしいわね」
平次「って、この話、童話やったんかい!」
有希子「あら、ドミさんにとってはそもそも『名探偵コナン』は御伽話なんでしょ」
蘭 「え〜!?そうだったんですか!」
優作「そうらしい。それも、『本当は残酷』な部分は抜かした、本当に夢の部分だけの童話だな」
園子「全く・・・いい年して夢見る少女なんて、やってらんないわね」
真 「園子さん・・・!それは禁句ですよ!」
歩美「ねえ、あたしの出番ってあれだけなの?コナンくんと哀ちゃんはどこなのよ?」
志保「残念ながらこのお話に、コナンも哀も出番はないの」
フサエ「私はまさかこのお話に出番があるとは思わなかったですわ」
博士「まあ、出られただけでも良しとするかのお」
志保「ふふ、そうね。あんな形で出るなんて意表を突かれたけどね」
光彦「出番があっただけまだ良いですよ!僕達なんか出たのは名字だけなんですから!」
元太「そうだよな、歩美が『小嶋歩美』で、俺、歩美の兄ちゃんか弟らしいんだよな」
光彦「元太くん・・・相変わらずですね。せっかく美味しい設定なのに・・・」
新一「ま、予定とは色々変わったらしいけど、『終わり良ければ全て良し』ってとこか?けどおっちゃん達は気の毒だったよな」
優作「毛利さん達の事が結構最後まで尾を引いて、その点はドミさんも驚いてたようだったね」
小五郎「ったく、人を勝手に殺したりするんじゃねーよ!」
英理「あなた、抑えて。もう2度とそういう事はないそうだから」
小五郎「ふん!どうだか・・・!」
新一「さて、話は尽きねーけどここら辺でお開きにするか」
蘭 「また別のお話でお会いしましょうね」


(20)「故郷」に戻る。