First Love,Eternal Love



byドミ



(20)故郷



試験が全て終わり、蘭と園子は春休みになった。4月には新入学の学生がこの米花女子大にも入って来る。
たったこの1年の間に、どれ程身辺の変化があっただろう、と蘭は思う。生涯忘れられない悲しい出来事と、生涯忘れられない幸せな出来事が続けざまに起こった1年だった。
蘭は、まだ目立たないお腹をそっと撫でる。新しい命がここに宿っていると思うと、何とも言えず幸せな気持ちになる。


園子は

「せっかく春休みだと言うのに、蘭と一緒に旅行にも行けないわ」

とぼやいていたが、結局一人で京極真のいる台湾へと行ってしまった。
少なくとも新学期が始まるまでは帰って来ないだろう。



蘭は春休みをのんびりと、時々隣の阿笠邸でのお茶に誘われる他は、新一以外の人とあまり会う事もなく過ごしていた。
別に退屈という事はない。
やろうと思うなら、工藤邸の中でやる仕事はいくらでもあるし、赤ちゃん用の物を準備したり、本を読んだり、ビデオを見たり、(それも自然と「妊娠・出産に付いて」の本やビデオが多くなっていた)それなりに充実した日々だった。



  ☆☆☆



ある朝、いつも通りに高校へ向かう新一を送り出した蘭は、2階のベランダで布団を干していた。
最近過保護になってしまった新一に見られたら「体に障る!」と青くなって止められるところだが、あまりにも天気が良かったので、布団を干したらきっと気持ち良いふかふかの布団になるだろうと思うと、干さずに居られなかったのだ。

布団を干し終えると、春の穏やかで花の香りが混じった大気を一杯に吸い込む。
その時、どこか遠くの方で何かが光ったのを蘭は感じた。
目を凝らしてみるが、住宅と背の低いビルが建ち並んでいるばかりで、どこと言って変化は見られない。
訝しく思うが、一回きりだったのですぐに忘れてしまった。
けれどそれが、これからの大きな変化の始まりになろうとは・・・蘭には想像も付いていなかった。



  ☆☆☆



蘭はポストから郵便物を取り出すと、新一宛のもの、優作宛のものに選り分けて、書斎へと持って行った。
その中に、大学から蘭宛の封書があり、蘭は首を傾げる。
蘭宛の郵便物は、工藤邸に転送されるように手続きをしてあったので、蘭宛の郵便物が来る事自体は不思議ではない。
しかし、封筒の中にあった文書が問題であった。
何故か、蘭への至急の呼び出しであったのだ。

春休みの大学から学生が呼び出しを受けるなど、普段では考えられない。
蘭は特に成績や出席に関して問題があったわけでもなかったので、尚更に首を傾げてしまう。
けれど、とにかく素直に応じて、蘭は休暇中の大学に出かけて行った。



  ☆☆☆



蘭が呼び出された部屋に入ると、学長自らが蘭を出迎えた。

「先頃、このようなものを大学に届けた者があってね」

蘭の前の机に、何枚かの写真が並べられた。
蘭は息を呑む。
それは、おそらく望遠レンズで遠くから隠し撮りされたものであろう。

工藤邸のベランダで布団を干している蘭。
買い物袋を抱えて工藤邸の玄関に入ろうとしている蘭。
そして、米花駅に向っている時であろう、新一と蘭とのツーショット。

「今時の女学生に、異性との付き合い方にどうこう言っても仕方ないのはわかるがね。相手が悪い。有名人である上に、まだ高校生だ。しかも彼が1人暮らしの所に一緒に住んで家事をしているところを見られている。こういったスキャンダルは、良家のお嬢さん方を多くお預かりするわが米花女子大学としては非常に困るのだよ」
「この写真、一体誰が・・・」
「フリーのカメラマンと言う輩が持ち込んできた。マスコミに売るよりも、うちに持ち込んだ方が金になるとほざいてね」

学長は苦々しげに吐き捨てるように言った。
蘭は唇を噛み締めて俯いた。



  ☆☆☆



新一が夜も遅くに帰宅した時、家に灯りが付いていなかった。
新一は眉を顰める。
蘭には遅くなった時は先に寝て置くように伝えている。
それでも蘭は、新一が帰って来るまで待とうとする事が多く、あまりに遅くなって(お腹の子供の事を考え)待てずに眠る時でも、玄関ホールやポーチの灯りは付けたままだったから、こんな風に真っ暗になっている事は今までなかった。

新一がまず考えたのは、蘭に何事かあったのではないかという事だった。
慌てて家の中に入り、蘭を探し回る。

そして・・・思い掛けない所で蘭を見つけた。

蘭は玄関脇の自室・・・今では殆ど物置と変わらない、この家に家政婦として来た時に専用の部屋として割り振られた部屋に居た。

蘭は、仏壇の前で眠っていた。
どうやら、両親に語り掛けている内に、いつしか眠ってしまったものらしい。
蘭の頬には涙の後があり、新一は胸を痛める。



とにかくこのままでは風邪を引きかねない。
新一が蘭を抱き上げようとすると、その手から封筒が落ち、写真が何枚かこぼれ出た。

「・・・これか。思っていたより早かったな。・・・蘭・・・」

仏壇から咎めるような視線を感じた気がして、新一は目を向ける。

「すみません、もう2度と泣かせないと誓ったのに・・・」

新一は小五郎と英理の遺影に向かって頭を下げた。



  ☆☆☆



蘭が目覚めた場所は、今はほぼ新一と蘭2人の寝室と化している2階の新一の寝室のベッドの中であった。
自分を包む優しい腕の感触に、蘭は安らぎを覚える。
絶対に離れたくない、離れられない、と思う。
けれど、新一に迷惑は掛けたくない、その名声を傷付けたくない。

「新一・・・」

思わず愛しい人の名を呟くと、思いがけず返事があった。

「何だ、蘭?」
「え?新一、起きてたの?」
「ああ。なあ蘭、おめー何か変な事考えたりしてねーか?」
「え?変な事って?」
「その、さ・・・俺に迷惑掛けられないとか・・・」

新一が何となく言いにくそうにしている事に蘭は思い当たる事があり、クスリと笑う。

「新一、気付いてたの?」
「あの写真・・・大方、フリーのライターが米花女子大に持ち込んだんだろう?マスコミに持ち込まれたくなかったら金出せって脅されたんだろうな」
「うん。今日大学からね、自主退学を勧められたの。少しはショック受けたけど、どうせいずれ子育ての為に退学しないといけないと思っていたから、ちょっと早くなっただけ」
「・・・蘭・・・」
「ねえ新一。私があなたに迷惑をかけるまいと思ってこの家出て行くと思った?」
「・・・違うのかよ?」
「そうね。昔だったらそう考えてたかも。でも、今は違う。私、新一と離れるなんてそんな事、絶対にしない」

新一は無言で、しかし蘭を抱き締める腕に力がこもったのが感じ取れた。







暫らく経って新一が口を開く。

「蘭。俺と一緒にイギリスに行かないか?」
「ええ?イギリス!?」

思い掛けない新一の言葉に蘭は驚く。

「そう。蘭、おめーの家族は残念ながら日本にはもう居ないし・・・その・・・友達を残して行くのは寂しいかも知んねーけど」
「でも、新一。せっかく高校生探偵として実績を積んで来てたのに」
「実績ったって、まだ、たった2年だぜ?それっぱかりの実績より、これから先の方がずっと大切だろ?」

新一がにやっと笑って言う。
そう、この男、工藤新一は常に前を見続けている。
過去を振り返らないわけではない、過去の事はどうでもいいわけでもない。
けれど、いつも前を向いて先に進もうとしているのだ。

「でも、何でイギリスなの?ご両親が居られるアメリカならわかるけど」
「あいつらだっていつもロスに居るわけでもねえよ。それに、アメリカが先端っつったって、俺は何年かアメリカに居たし、今回は国を変えたいって思ったんだ。ヨーロッパならアメリカにはない『歴史』があるし、すぐ近くに色々な国がある。本当はドイツかフランスって考えたんだけど、蘭はドイツ語やフランス語は全く喋れねーだろ?」
「でででも、私・・・」
「蘭。日本を離れるの、やっぱ嫌か?」
「え・・・?」

新一が心配そうな瞳で蘭を覗き込んでいた。
いつも自信たっぷりに見えるこの男が、蘭に関する事だけでは時折こういった不安気な眼差しをする。

「ねえ、新一。日本を離れる事はいつから考えてたの?最近急に思いついた事じゃないわよね?」
「何だよ、いきなり」
「ねえ。答えて」
「・・・蘭を初めて抱いた時からだよ。具体的に計画し始めたのはクリスマスイブからだけど」

渋々といった感じで新一が答えた。
蘭は新一の頬に手を触れ、にっこりと笑って自分から新一に口付けた。

「蘭・・・?」

新一はずっと、いずれマスコミに蘭の事がすっぱ抜かれる可能性を考えていたのだろう。
蘭の為に日本に来て、今また蘭の為に日本を離れようとしている。
けれど、蘭の気持ちを考えて、なかなか話を切り出せなかったに違いない。

「良かった。あのね、新一、私ね。あなたに『アメリカに行こう』っていうつもりだったの」
「え・・・!?」
「アメリカには新一のご両親が居るし、新一が探偵の勉強をするのもきっとアメリカの方が良いと思うし。だから、お父さんとお母さんに、日本を離れるかも知れないって報告してたのよ」
「蘭。どうして・・・?」
「新一。馬鹿ね。私に取って、あなたと・・・それにこの子の傍に居る事以上に大切な事がある訳無いじゃない。あなたとなら、世界中どこへでも・・・たとえ冥王星にでも、一緒に行くわ」
「蘭・・・!」
「愛してる」
「蘭、俺も・・・愛してる、愛してるよ。おめーと一緒なら俺は、どこまででも・・・アンドロメダ星雲まででも行ってみせる」
「太陽系どころか、銀河系まで飛び越えて?大きく出たわね」
「俺にとって蘭はそれだけ大きな存在だ。おめーが居るから、俺は存在していられる、強くなれる」

新一は蘭を力強く、しかし優しく抱き締め、深く深く口付けた。

そしてその夜、蘭のお腹の中に居る小さな命を気遣いながらではあったが、激しく熱い時を2人は過ごした。









『まああ、新ちゃん!てっきりロスに来てくれるもんだと思ってたら、イギリスですって?ここはアメリカの中でも西海岸よ。ヨーロッパからは遠すぎるじゃない!』
「母さん。世界中を飛び回ってるくせに、今更何言ってんだよ。第一、船ならともかく飛行機だったら北極圏周りだから、東海岸も西海岸もそう変わりねーだろ?」
『しようがないか。新ちゃんはホームズオタクだもんね。親である私達より、シャーロック・ホームズの方が大切なんでしょう。まあ、蘭ちゃんの次にでしょうけど』
「な、何勝手な事・・・」
『でも新ちゃん、イギリスなんて保守的で陰気臭いところよ。新ちゃんも蘭ちゃんもきっと苦労するわよ〜』

有希子はそれだけ言うと、新一との電話を一方的に切った。



「人の話聞いてねーし。言いたい放題言いやがって。イギリス人が聞いたら気を悪くするぞ。どうせ俺達がロンドンに行ったなら、ああ言いながら母さん達、しょっちゅう入り浸るに決まってんだ」

新一は通話の切れている受話器に向かって毒付いた。

新一が今回アメリカを避けたのは、優作と有希子が居たから・・・という理由も実は僅かだがある。
正直、「新婚生活」をあまり邪魔されたくなかったのだ。
蘭の為には2人が居た方が、とも考えた事はあるが、きっと蘭は誰も知り合いが居ない外国でもやっていける強さを持っている。それに治安はアメリカよりもイギリスの方が良い。
新一自身も、ホームズの出身地でもある新天地で、新しい道を切り開いて行きたいという気持ちが強くあった。
まだ暫らく経済的に親に頼らなければならないだろうが、親は新一が良心の痛みを感じないで済むくらいにお金を持ってるし、いずれ早い内に自力で稼げるようになり、少しずつでも返して行くつもりである。







実は、蘭が安定期に入ったら向こうに行ける様に、すでに少しずつ準備は進めてあった。
それを知った時、蘭は少し不機嫌になった。

「もう、勝手に何でも決めてるんだから!」

蘭にも本当はわかっているのだ、新一が蘭を気遣い言い出すタイミングを計っていた事や、もし蘭が嫌だと言えば、こっそり準備していたものを全て白紙に戻す予定だった事は。
ただ蘭としては、少しは相談して欲しかった、頼りにして欲しかった、という気持ちがある。
けれども、蘭が不機嫌になった事に気が付いて、伺う様にこちらを見詰める新一の瞳を見ると、何も言えなくなってしまった。
天下の名探偵が、凶悪犯相手にも怯まない新一が、蘭の態度に一喜一憂しているのを見ると、なんとも言えずくすぐったい様な気分になる。

「少しずつ、お互いに色々な事を学んでいかなくちゃ、ね」

蘭は自分自身に言い聞かせるように言った。

まだ10代の若い2人が結婚するのである。
先は長く、進む道は平坦なものばかりではないだろう。
これから、何もかもが始まるのだから。











「さて・・・どうしてくれよう」

工藤新一がパソコンの前で腕を組んで考え込んでいるのは、蘭に辛い思いをさせた元凶であるフリーの自称ジャーナリストの件だった。
その男、何故写真を週刊誌などに売り込まず、蘭の通う大学に持ってきたのか。
それは、今の所「マスコミには売れない」からだった。
警察からと、人気作家である工藤優作からの圧力が、今現在はまだ効いているのだ。
何のかんのと言っても出版社は、警察からの情報は必要だし、人気作家工藤優作がつむじを曲げて「お宅では本を出さない」などと言い出されたら非常に困るのである。

けれど、流石に蘭が出産となったら、どこかから綻びが出るだろう。
だから新一は最初から、この春休み、蘭が安定期に入るのを待って外国に行く心算では居た。
しかし、蘭にその話をする前に、大学側に蘭が新一と同棲している事をリークし、蘭を傷つけたハイエナのような男を、絶対に許せないと新一は思った。
同時に、問答無用で蘭に自主退学を迫った米花女子大に対しても新一の怒りが湧き起こる。

彼らは、知らなかった。
毛利蘭が絡む事で工藤新一の怒りを買うと言う事が、どれ程に恐ろしい事なのか、知らなかったのだ。









蘭は、「自主退学」を勧めた筈の米花女子大学から、外国の大学に「編入学」という格好での留学用の書類が送られて来た事に首を傾げた。
しかもその書類が示す大学が、まさしく蘭が新一と共に赴こうとしている都市にあるものだったので、ますます首を傾げる。
おそらく新一か新一の両親が大学側と交渉して、穏便に事を進めてもらうよう頼んだのだろうと蘭は解釈し、それ以上の追求はしなかった。





やがて4月の新学期には、米花女子大では突然の学長の交代劇の他に理事メンバーが何人も入れ替わっていたとか、あるフリーのジャーナリストが自分の記事や写真をどこの出版社にも買ってもらえなくなり、結局転職せざるを得なくなったがこの不況の最中それはそれは苦労したとか・・・そういう事を蘭が知る事はなかった。









『えええ!?蘭、そういう事になってたの!?そっか、工藤くんが考えてた事って・・・』
「園子、新一と何か話してたの?」

台湾から電話を掛けて来た園子に、蘭はイギリスに向かう旨を話していたのだった。

『うん、蘭が妊娠している事わかってから、奴に問い質したのよね』
「・・・園子、ごめんね。心配掛けて」
『蘭、蘭が日本を立つ日には戻ってくるからね。それに、ロンドンにも遊びに行くから』
「あ、それが、ロンドンじゃないの。エジンバラなの」
『エジンバラぁ?って、聞いた事あるけどどこだっけ?』
「イギリスの中でも北の方、スコットランド地方よ」
『ああ、そっか、スコットランドの首都か』

日本で習慣的にイギリスと呼んでいる国は、正確には「イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド連合王国」であり、イングランド島は本来「イングランド」「スコットランド」「ウェールズ」と言う3つの別の国から成り立っている。
蘭と新一が移り住む予定のエジンバラは、イングランド島北方に位置するスコットランドの首都であった。

『けど蘭、奴だったらホームズオタクらしいから、ロンドンに住み着きそうなものだけど?』
「それがね・・・『ロンドンは空気が悪いから』だって」
『そっか、成る程。身重の蘭の為に、風光明媚で空気が綺麗なエジンバラにしたって訳ね。なかなか憎い心配りじゃん』

園子のからかうような声に蘭は頬を染める。

「まあ、行こうと思えばすぐにロンドンに行けるし。それに、新一はきっと本拠地を定めるまでは1つ所に長く留まったりしないと思うな」
『本拠地ねえ・・・きっと、何年か経って色々ほとぼりが冷めたら、日本に帰って来る事になるんじゃないかなあ?』
「ふふ、そうかも知れないね。新一にも私にも、ここは故郷なんだから」











「工藤君・・・本当に行ってしまうのかね・・・」

帝丹高校終業式の日。
今日も今日とて新一は事件にかり出され、式をすっぽかして現場に赴いた。
事件は新一の活躍でスピード解決したが、事情聴取に立ち会うのを断り学校へ戻ろうとする新一に、目暮警部がそう声を掛けて来たのだった。

「ええ。もう手続きも全て済んでますし」

荷物ももうあらかたエジンバラに送ってしまっている。

「そうか・・・。これから先、我々は苦労するだろうが・・・残念だが、仕方ない。君自身の人生だからね。毛利君たちの分も、蘭君をよろしく頼む」

目暮警部は、かつて毛利夫妻を死なせてしまった事に未だに負い目を感じているようだった。

「工藤君、あちらでの活躍を祈っているよ」
「元気でね。そしていつか、帰って来てまた私達に協力してちょうだい」

高木刑事と佐藤刑事にそう声を掛けられ、新一は笑顔で手を振り、現場を後にした。



  ☆☆☆



帝丹高校では、もう終業式が終わっており、校内には殆ど誰も残っていなかった。
新一は、2年前に入学し、そして卒業する事のない学校を見回す。
蘭の為に帰って来た日本、日本に居る為に入った高校。
けれど、別れを前にして、「故郷を去る」「母校を去る」という感傷が心の中にある事を新一は自覚し、苦笑いする。

「俺も、柄にもねえ事感じる事あんだな」

そして新一は帝丹高校を後にする。
もう、振り返る事はなかった。









新一と蘭の出発の日、成田空港のロビーは帝丹高校の制服で溢れかえっていた。
病気や戦争の影響でここ最近は珍しくなってしまった海外への修学旅行かと、通りすがる人たちは目を見張る。
新一と同じ2年B組だった者は全員、他のクラスや下級生達、そして今年卒業したばかりの上級生達の姿も結構あった。

「おめーら、何で知ってんだ?」

新一が呆れ顔で集まった同級生達を見回す。
新一は、外国に行ってしまう事も、帝丹高校を中退する事も、同級生達には何も告げていなかったのだ。

「まあ、情報源は色々とな」
「って言うか、工藤の嫁さんに教えてもらったんだけどな」

新一が驚いて蘭の方を見る。
新一が怪我をしている時見舞いに訪れた同級生達とのやり取りを見て、蘭としても何か感じるものがあったらしい。
きちんと同級生達と別れを告げられるようにと、蘭の口から新一の同級生の一部に話が伝えられ、それがたちまち全校に広まったのだった。

「工藤、水くせーぞ」
「何も言わずに行こうとするなんてよ」
「工藤くんはどこに行っても私達帝丹高校が誇る探偵なんだからね!」

新一は、決して涙を見せる事がない。
だから今も涙ぐんだりこそしなかったが、同級生たちの友情に胸が詰まりそうになるのを感じていた。

「ありがとう。日本に帰って来て、おめーらに会えて、本当に良かったと思ってるよ。俺また日本を離れるけど、いつかまたきっと戻って来っから。絶対、また会えっから」

けれど、次に新一が彼らと会う時は、もう「高校生探偵」ではない。





「蘭、元気で」
「メールちょうだいね」
「結婚式には出席できなくて残念だけど、写真送ってよ」

蘭の周りを取り囲んでいるのは、米花女子大で親しくなった友人達や、高校時代の同級生達だった。

「蘭。幸せになってよね」

園子が涙ぐみながらそう言った。
それをきっかけに、蘭の友人達は皆涙を流し始める。

「もう、旅立ちの日に涙で送るなんて、縁起でもない!」
「そ、そう言う園子だって泣いてるじゃん!」

何人かが泣き出して収拾がつかず、騒ぎはなかなか治まりそうもない。
けれどこの日、元来泣き虫である筈の蘭が涙を見せる事はなかった。
蘭の笑顔は凛と輝いて美しく、蘭の友人達も新一の同級生達も息を呑む。
友人達は、命がけで愛する相手が出来、そして愛する人の子供を宿した女性がどれだけ強くなるものか、実感したのである。



  ☆☆☆



やがて出発便のアナウンスが流れ、新一と蘭は鎖の向こう側に消えて行く。
もうその先は日本ではない。



飛び立つ飛行機から、2人は遠くなる国土を感慨深げに見詰め続けていた。
蘭は、先ほどは見せなかった涙を流している。

「いつか、きっと帰って来ような」

新一が蘭の肩を抱いてそう言って、蘭は涙を流しながら頷いた。





2人は故郷を後にして、新しい日々へ向かって飛び立っていった。



(最終章)に続く



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(20)の後書き座談会


平次「何や、俺らは工藤達の見送りにも来いへんのかいな」
和葉「あたしらは次回に出番があるんやて」
新一「って事は・・・服部、おめーら学校サボるのかよ」
平次「10年近くも高校を休学しとる奴から言われとうはないわ!」
新一「10年近く休学って・・・おめーな・・・」
蘭 「ねえ新一、次回でこのお話、最終回なのよね」
新一「ああ、多分流石にそれは変わんねーだろうな」
有希子「新ちゃんったら、酷いわ!ロスに来るって言ってた癖に!」
優作「まあまあ有希子、ドミさんが突然気を変えたんだから仕方ないだろう。新一を責めてはいけないよ」
園子「何かこの話も結構予定とコロコロ変わったらしいわよね」
新一「ああ、そうなんだよな。ポイントになる部分は案外予定通りらしいんだけど」
蘭 「今回一波乱あるかと思ってビクビクしてたけど、大した事なくて良かったわね」
優作「人知れず人生を狂わされた者達が若干名居るようだけどな」
有希子「命知らずにも、新ちゃんの逆鱗に触れるような事するからよ」
優作「その通りだね、はっはっは」
蘭 「ねえ、新一の逆鱗って、何の話なの?」
新一「・・・蘭、いいんだよ。おめーはまだ何も知らなくって」
蘭 「ええ!?何で!?」
和葉「まあまあ、ええやないの、蘭ちゃん。それより次回はどないなるん?」
有希子「それはもう、新ちゃんと蘭ちゃんの○○○で決まりよね♪」
優作「有希子、張り切ってるが、あんまり派手な事をやらかさないでくれよ」
平次「サブタイトルが多分あれで、予定通りあれで決まりやろな。ここまで来て最終回で、突然話が引っ繰り返るなんちゅう事はまずあらへんやろし」
蘭 「突然延長したり、SFになったり、ファンタジーになったりとか?」
新一「それはねえだろ・・・でもドミは気紛れだから今一安心出来ねーんだけどよ」
和葉「でもまあ、エースヘブンに載せてもらえへんようになるから、バッドエンドだけは有り得へんのやろ」
蘭 「そう願いたいわね」


(19)「お菓子教室の事件」に戻る。  最終章「Eternal Love」に続く。