世界にひとつだけの花(エースヘブン200,000hit御礼企画小説)



byドミ





薬で小さな子供の姿になってしまった高校生探偵・工藤新一は、組織を倒し元の姿を取り戻し、帰還してすぐに、幼馴染の少女・毛利蘭へ自分の気持ちを伝え、恋人同士になった。
けれど、それだけで全てが「ハッピーハッピー」とは行かなかったのである。



<第1幕>


私立帝丹高校での、ある日の昼休み。
3年B組の教室の中には、受験までまだ日がある所為か、それとも良い天気の影響か、今日はのんびりした空気が漂っていた。

「ら〜ん、旦那は?また事件で呼び出されてんの?」

蘭の親友・鈴木園子が、蘭にそう声を掛けてきた。

「ううん、今日は違うんだけど。・・・園子、どうしたの、笑って」
「あ〜、いやさあ、蘭って以前は『旦那じゃないわよ』ってムキになってたけど、流石に今はあっさり受け入れてるなあって思って。やっぱ、正式に付き合いだすと違うわねえ」

その言葉を聞いた途端に、蘭は淋しげな表情をした。

「蘭、どうしたの?」
「あ、何でもないの」
「何でもないって顔じゃないよ。・・・それに、事件でもなければお昼はいつも新一くんと一緒なのに、今日はどうしたの?」
「うん、ちょっと新一、呼び出されちゃって・・・」

蘭の言葉の含みに、園子はピンと来た。
工藤新一は眉目秀麗・文武両道で、昔からもてる。
高校生探偵として脚光を浴びてからは、更にもてるようになった。

おそらく新一は、告白の為、誰かに呼び出されたに違いない。

この帝丹高校内でも、新一を呼び出して告白する女生徒は後を絶たないのである。
但しそれは、1度でも「蘭と新一の2人と同時に同じクラスになった事のない者」に限られる。
単に蘭だけのクラスメートになったとか、新一だけのクラスメートになったとか、そういう場合は、違うけれど。
この3年B組(昨年の2年B組がそのまま持ち上がった)のように、新一と蘭双方が同じクラスに居る場合。
クラスメートは決して新一や蘭に言い寄って来る事がない。
その後クラス替えをしても、その時のクラスメートは、その後も言い寄ってくる事はない。


何故、2人と同じクラスになった者が、粉掛けて来ないかと言えば、答は簡単。
横槍入れるのが馬鹿馬鹿しくなる位、2人の絆を思い知らされるからだ。
一緒のクラスになったら、2人の微妙なやり取りが全て、どれだけの気持ちと絆に裏打ちされているものか、解ってしまうからだ。



蘭と新一双方を昔から良く知っている蘭の親友・鈴木園子の前で。
蘭は憂い顔をして告げていた。

「新一は、私を選んでくれたけれど。本当は、今のところ好きな人が特に居る訳でもないから、誰でも良くて。私が新一の事好きだって事、知っちゃったから。私なら気心も知れてるし、彼女が居た方が何かと便利だし、だから選んでくれたんじゃないかって、時々思うの」

蘭の言葉に、園子は仰け反って声を上げる。

「えええ!?そんな事ないでしょ!第一、何で新一くんが告白前に蘭の気持ちを知ってた訳?」
「そ、それは・・・以前、コナンくんに私の気持ちを話しちゃった事があって・・・新一、きっとコナンくんから色々情報を得ていると、思うの・・・」
「ふ〜ん。あのガキんちょが、ねえ。確かに新一くんに情報提供してたっぽいけど、それって、新一くんが蘭に虫が付かないようスパイさせてたんじゃないかって気がするけどなあ。あやつは蘭の事以前から好きだったに違いないって、絶対!!」
「どうして、園子にそんな事分かるのよ?」
「どうしてって・・・見てりゃあ分かるよ、その位。蘭が気付かないって方が、私には不思議よ」

園子は両手を広げて呆れたように言った。
実際、傍から見ていれば2人の気持ちは見え見えだと思う。
園子ほど付き合いが長くなくても、クラスメート達は皆よく解っている事だろう。

けれど、恋するが故に相手の気持ちが解らないという事は、あるのだろうと園子は思う。
友として何とかしてやりたいが、こればかりは新一と蘭が自分達の力で解決するしかないのである。

で、園子は自分に出来る事をやる事にした。
蘭の話を聞く事である。


「蘭、とにかくご飯食べに行こうよ。ゆっくり話を聞かせて」

園子が蘭を誘い、2人とも弁当持参(蘭は自分の手作り、園子は鈴木家シェフ作)だったので、中庭に行って木陰で弁当を広げようとした。

ところが中庭には先客がいて。
蘭と園子は思わず木陰に隠れる。

先客は、新一と・・・下級生の女子。
空手部1年生の、友野小百合である。



「あの子・・・!」

園子が思わず声を上げかけて、蘭に制止される。
友野小百合は、空手部前主将である蘭を慕い、付き纏っていた下級生であった。

新一は蘭の部活が終わるのを待っている事も多かった為、自然と空手部の者は皆顔見知りになっていた。
でも、空手部員の殆どは、蘭と新一の絆を目の当たりにしているから、新旧クラスメートと同様、この2人に粉掛けてくる事は殆どない。
ただ、新一不在だった期間の事も知らない新1年生は、2人の絆を解らないままに、男子部員は蘭に、女子部員は新一にアプローチをかける事があったのだ。

ただ、この友野小百合は、普段蘭を慕って纏わりついていて、まさか新一に気がある等とは、蘭も園子も夢にも思っていなかったのである。


小百合は、顔を赤くして必死な様子で、新一に訴えていた。

「毛利先輩が、どんなに素適な女性か、分かってます。すごく頑張り屋だし優しくて面倒見が良いし、家庭的だし。空手部の女子みんなが慕ってるし、私も毛利先輩の事、大好きなんです。
あたしなんかが毛利先輩にとても敵う訳ないって、分かってるんです。
でもあたし、それでも工藤先輩の事が好きなんです。諦めなきゃいけないのはわかってるけど、気持ちを言わずに居られなかったんです」

新一は困ったように頬をかいていた。

「あや〜・・・案外あの女、食わせもんかも。ライバルを褒め称えるなんて、ただもんじゃないわ」
「園子・・・」

物陰で見ている園子と蘭は、小声でこそこそと会話を交わす。
蘭は園子の裾を引っ張って諌めながら、同時に恐怖感を味わっていた。

今まで新一に近付いて来た女達は、内田麻美などの一部の例外を除き、ミーハー的に近付いて来るのが殆どで。
蘭は何だかんだ言ってもそのような女性に新一を取られる心配は殆どないだろうと安心していられたのだ。

しかし、あの小百合は違う。
小百合は、見た目だけでなく性格的にも可愛く、部活も勉強も熱心で、蘭自身将来は主将候補にと目を掛け可愛がってきた後輩だ。
しかも、新一の本質も、蘭との絆も、かなりしっかり把握した上で、それでも気持ちを抑え切れないと告白して来ているのである。
本気で新一に惚れているのだろう。

今までにない強敵と言えた。
蘭は大きな不安を覚える。
あの子だったら、新一の心を掴むかも知れないと、蘭は思った。

小百合は必死に言い募る。

「毛利先輩には敵わないって、本当に分かってるんです。
でも、あたしに少しでも可能性はありませんか?ほんの少しだけでも・・・たとえ、遊び相手でも2番目であっても良いから」

そこまで言い募る小百合に、蘭は恐怖を覚える。
あの小百合にここまで捨て身で慕われて、心動かない男性が、果たしているのだろうか?


その時、ようやく新一が口を開いた。

「あのさ。オレ、蘭は、蘭とは、そんなんじゃねえんだ」

新一の言葉は思いがけないもので、小百合も、物陰から見ていた蘭と園子も、一瞬硬直してしまう。

「蘭は、大勢の女性達から選んだんじゃない。オレは最初から、蘭だけしか見ていない。蘭は最初からオレの・・・オンリーワン・・・たった1人の女性、なんだ」
「え・・・?」

今度は3人とも、別の意味で固まった。


「オレが尊敬するホームズは、終生恋人も居なくて独身だった。
オレも別に、誰か女性と付き合いたいとか、将来誰かと結婚したいとか、欠片も思っちゃ居ないんだ。
けど、蘭だけは、ずっと一緒に居たいと思うし、付き合ったり結婚したりしてえと思う。
オレは蘭を選んだんじゃなくて、最初から蘭だけしか考えてねえんだ。
蘭でなければ、女は要らない、必要ない。
もしも蘭に振られちまったらその時は、オレは生涯独誰とも付き合わねえで独身通す。
って事で、わりぃけど、君でも他の女の子でも、付き合うって事はまずぜってー無理だから。ごめんな」


蘭と園子は、思いがけない新一の本音を聞いてしまって、真っ赤になって呆然としていた。
対照的に小百合は、傍から見ても判るほどに蒼褪めた。

「・・・・・・・・・!!」

その後小百合が口走った言葉は、蘭や園子の位置からは聞こえなかった。
新一は、顔色ひとつ変えずにそれを聞いていた。

「ああ、確かにそれは当ってるよ。蘭以外の女性に対してはな」

新一の言葉を聞いた小百合は顔を真っ赤にさせて、その場を走り去って行った。



園子と蘭は、なるべく足音を立てないように、そっとその場を離れた。
教室に戻り、食べそびれたお弁当を広げる。
もう、昼休みの残り時間はいくらもない。

「う〜ん。蘭以外眼中にないとは分かってたけどさ。流石にあそこまでとは、この園子様も予測してなかったなあ」

園子がポツリと言った。

「でも蘭、良かったね。あやつは誰が何言って来たって、大丈夫だよ」
「う、うん・・・」

蘭は赤くなって俯き、小さな声で言った。

「でも園子。私、何だか怖くなって来た」
「ええ!?怖いって何で?あ・・・愛され過ぎて重い、とか?」
「そんなんじゃ・・・!私、そこまで新一に思われるだけの価値があるのかなあって」
「価値があるも何も・・・蘭、自信持ちなよ。蘭はあやつには勿体ない位の女の子だって!」
「・・・価値があるのかどうかは、判らないけど。でも、新一がああやってきっぱりと、他の子の告白を断ってくれたんだもん。私、新一に見合うだけの女性になれるよう、頑張る」
「その意気よ、蘭」

園子はそう言いながら、内心で、だから蘭の方があやつには勿体ない位の素適な女の子なんだってば、と付け加えていた。
けれどそれを言葉に出しても、別に卑屈な訳でもないのだろうが妙に謙遜癖のあるこの親友には通じないだろうし、蘭が前向きになったのなら、それで良いだろうと思ったのである。




小百合の新一への告白事件は、取りあえず幕が降りたかに見えた。
けれどそれは、第1幕の終了であり、これから第2幕が始まるとは新一・蘭・園子の内誰も予測していなかった。



<第1幕終了>




 第2幕に続く。