世界にひとつだけの花(エースヘブン200,000hit御礼企画小説)



byドミ



<第2幕>



「あ〜あ。小百合ってば、玉砕しちゃったんだ〜。でも、諦める必要ないんじゃない?工藤先輩も男なんだから、迫って何ともないって事ないでしょ、絶対隙はあるって」

友野小百合が自分の友人である三条茉莉花に、新一に振られた顛末を話して泣き付くと、茉莉花はそう言って小百合を慰め(?)た。

「だって!そりゃ、毛利先輩一筋だって事は、知ってたけど。本当に他の女はどうでも良いんだって、言い切ったのよ」
「んな偉そうな事を言っててもさ。若い男なら、良い女相手に何も感じないなんて事、ないと思うな」
「でもぉ、あたしが遊び相手でも良いって迫っても駄目だったんだよぉ。毛利先輩だけだって、他の女は要らないんだって、そう言ったんだもん〜」
「あはは〜、小百合は可愛い系で、悪いけど、ちと色気不足だもんね」
「それに、それに・・・あたし、工藤先輩につい勢いで『この○○○野郎!』って言っちゃったんだもん!もう絶対駄目だよぉ」

小百合は、思わず勢いで、若い女性にあるまじき言葉を好きな男性に向かって言ってしまった事で、すっかり意気消沈していた。

「へえ?そりゃあさすがに・・・工藤先輩も怒るわな」
「ううん、怒んなかった。それどころか、顔色ひとつ変えなかった」

新一が、全く動揺しなかった事。
それこそが、新一の小百合への「無関心」さを物語っており、小百合はそれを実感したし、茉莉花もそれに気付いたようである。
今迄友達としての義理で小百合の相手をしていた様子だったが、目を輝かせ身を乗り出してきた。

「へえ?」
「で、毛利先輩以外の女には、その通りだって・・・」

小百合の言葉に、茉莉花の顔に悪戯っぽい表情が浮かび、唇の片端をにっとあげる。

「カッコつけだねえ。面白いわ、高校生名探偵が偉そうに言うその鼻、へし折ってやろうじゃん」
「茉莉花?どうする気?」
「工藤新一が、本当に女の誘惑に負けないでいられる男なのか。私が試してみようじゃないの」

茉莉花は、高校1年生にしては発育の良い胸をそらして、そう言った。

「い、イヤよ!工藤先輩が茉莉花と・・・なんて!」

小百合は、顔色を変えて茉莉花に詰め寄った。

「まあまあ。あたしは別に工藤先輩を取る気なんか、さらっさら、ないから。別に相手に不自由してるわけじゃないし、ちょっと遊ぶだけだって」
「でもぉ」
「写真でも撮れば、小百合とお付き合いさせるネタにもなるよ。ふふ、楽しみだなあ。高校生探偵の鼻を明かしてやるよ!」

流石に小百合は気乗りがしなかったが、話の流れで渋々茉莉花の企てに付き合わされる事になった。
小百合で落ちなかった新一の誘惑に茉莉花が成功したとすればそれも癪だが、それ以上に、何をやっても敵わない
.毛利蘭と、自分を冷たく振った工藤新一をちょっとは見返してやりたい気持ちも働いたのであった。



   ☆☆☆



小百合が新一に振られてから更に数日後。
蘭と園子は屋上で一緒に昼ご飯を食べていた。

「で、今日も新一くんは呼び出し食らってる訳?あの男も律儀ねえ、どうせ振るなら最初から呼び出しに応じなければ良いのに」
「園子ったら・・・」
「呼び出した女も可哀想にねえ、どうせ振られるに決まってんだから」
「・・・園子・・・」
「ねえねえ、だけど今回はどんなやり取りがされているか、興味ない?」
「園子!」

蘭は園子をたしなめたが、園子は好奇心に勝てず。
園子が飛び出し、蘭がそれについて行くという形で、2人して新一が呼び出された体育倉庫へ向かったのである。




2人が向かった体育館の中の倉庫の前で、2人は思い掛けない人物に出会った。

「友野さん?」
「あんた一体、何やってんの?」

友野小百合はしまったという顔をして、その場を離れようとしたが、いち早く園子に襟首を掴まれた。
小百合は空手部員なので、園子を振り払おうと思えば出来る筈だが、蘭がその場に居た為か、すぐに断念する。

「わ、私だってこんなのイヤだって言ったんです。無理に協力させられたんですから」

小百合は蘭から目を逸らし、不貞腐れた表情でそう言った。

体育倉庫は(おそらく小百合の手によってだろう)外から閂が掛けられており、中の者が出られない様にしてある。

「もしかして、新一がこの中に居るの!?何て事をするのよ!?」

蘭は単純に、小百合が新一に振られた腹いせに閉じ込めたのかと思い、閂を外そうとした。
けれど――。

「蘭、ちょっと」

園子が蘭を小声で呼んで手招きし、指を1本縦にして口に当て、黙って居ろという素振りをした。
小百合が持っていた携帯が園子の手に握られていた。園子はイヤホンで音を聞いていたが、イヤホンを外して外部スピーカーのスイッチをオンにした。
この携帯は、通話相手の声をスピーカーから出せる機能が付いているのだ。



携帯の通じている相手側から、声が流れてくる。
それは2人の人物の会話で・・・2人とも携帯に向かって話しているのではないらしい。

どうやら片方の人物が携帯を持っていて、通話状態にして簡易盗聴器のように使っているのだが、相手はそれに気付かずに喋っているようだった。



『工藤先輩、毛利先輩のナイスバディには勝てないかも知れないけど、私、結構自信あるのよ』
『・・・どうしようってんだ?』

女声と共に聞こえて来た新一の声に、蘭は息を呑む。
小百合の携帯から流れてくる声は、おそらく相方になっている女性が携帯で拾った声。
小百合の携帯は、簡易盗聴器となって新一と女性との声をひろっているのであろう。

どうやら倉庫に閉じ込められた新一の傍には、小百合の仲間である別の女性が居るようである。

『今、この部屋は鍵がかかっていて、ここでは2人きり。今迄私が誘ってその気にならなかった男は居ないわ。別に付き合って欲しいとは思わないけど、割り切った関係って事で、どう?』
『割り切った関係?』
『まさか、女は毛利先輩しか知らなくて、下手くそなんて言わないわよね?そっちの面でも期待してるわよ、高校生名探偵?』

続く衣擦れの音に、蘭は耳を塞ぎたくなった。

『ふ〜ん、見事だな・・・』

新一の妙に冷静な声が聞こえる。

『フン、やっぱり、あなただって木石って訳じゃないのね』

嘲笑う様な女の声が聞こえ、蘭は手を握り締めた。
しかし――。

『左側の大胸筋と上腕四頭筋が右側より発達している。という事は、左利きか。で、それだけ左右差があるという事は特に利き手に負担を強いるスポーツをやっているという事で・・・そう言えば、園子が部活の練習している時にちらりと見た顔だ、テニスをやってるんだな、成る程』

続いた新一の沈着冷静な言葉に、蘭も園子も小百合も、思わずポカンと口を開けてしまった。

『な、な、何よ!花の乙女が肌を晒してるってのに、もっと別の言い方はないの!?私の胸、綺麗と思わない?着痩せするけど、結構大きいでしょ』
『女性の胸が大きいのは、乳腺を保護する為の脂肪がついているからだけど、脂肪が多かろうと少なかろうと、母乳を出すという機能には全く関わりがないんだぜ』
『・・・!よくも侮辱したわね!そんな痩せ我慢しても、体は正直・・・え?ええ!?アンタ!本当に反応してないの!?』
『オレは生憎、女性が欲しいとは思わない性質なんで』
『きれい事言って!毛利先輩は、どうなのよ?あのナイスバディにクラクラきたんじゃないの?』
『オイ・・・!オレの事は良いけど、蘭を馬鹿にすんなよな。
そりゃあ、あいつはその・・・細身のくせにグラマーだし、顔も可愛いし、声は綺麗だし、料理は上手いし、・・・でもたとえ、あいつの胸が小さかろうと、顔が平凡だろうと、料理が破壊的だろうと、オレの気持ちには関係ねえぜ』
『言うだけなら、何とでも言えるわ!けど実際、アンタが毛利先輩を選んだのは、顔と体ででしょ!?』
『まあその何だ、あいつは今でこそあれだけど・・・オレがあいつを好きになったのは、まだ胸がまっ平らで、料理なんかやった事あるのかどうかってガキの頃からだから。凹凸に乏しい体格だろうが、料理が全く駄目だろうが、オレは絶対あいつの事が好きだって、自信がある。
って言うより、あいつ以外の女性は目に入った事がねえから、他の女を好きになりようがねえんだけどな。
顔はまあ・・・確かにガキの頃から、将来絶対美人になるとは思ってたけどさ・・・絶世の美女と言われる女だって、オレにはあいつより美人には見えねえから、顔だけの問題でもねえし』

新一の言葉に、蘭は呆然として真っ赤になり、頭から湯気を立てていた。
園子は呆れたような半目で蘭を見やり、小百合は不貞腐れた顔で俯いている。

『じゃあ、じゃあ、アンタ、毛利先輩にだったら、反応するって言うの!?』
『当たり前の事訊いてんじゃねえよ。オレが身も心も欲しいと思うのは、あいつだけだって。だから、マジな付き合いも遊び相手も、他の女じゃ無理だっつーの。・・・友野さんにもそう言った筈だけどな?』
『な・・・!?何でそこで小百合が関係あるのよっ!?』
『君の顔を空手部室でちらりとだが見た記憶もあるし、蘭と一緒にテニス部をちらりと覗いた時には友野さんが君の横に居たろ?今、記憶を探ったら思い出した。探偵の観察眼をなめんじゃねーよ』
『ななな!何が探偵よ!!この格好の女と密室に一緒で何も出来ない○○○野郎の癖に!』

激昂する女の声に、新一の妙に冷静な声が返る。

『だからー、蘭以外の女にはそうだって、この前友野さんにも言ったんだけどな』



その後、とてもここでは書けないような女声の罵詈雑言が続いた。

蘭達3人は目が点になって、呆然としながら聞いていた。



『で?オレにもう用がないんなら、ここから出して欲しいんだけどな。外から閉められてるって事は、多分、戸の向こうに仲間が居んだろ?』
『・・・私の仲間が、先生を呼んでやって来る事になってるわ。それでも良いの?』
『好きにしなよ。その格好で、恥かくのは君の方だろ?』
『アンタに無理矢理乱暴されたって言ってやるわ!!』
『ほう。言ってみれば良いさ。こっちは痛くもない腹を探られたって、全然構わないぜ?』
『こ、この格好の私が居て!何もなかったって言ったって、誰が信じるって言うの!?』
『これ、何かわかるか?ICレコーダー。いざという時の為にいつも持ち歩いてんでね、今の会話、最初から全部録音されてるぜ』

切り札を崩された上に、逆に切り札を握られてしまった女が息を呑む音が、小百合の携帯のスピーカーから伝わって来た。

『まあ、君が仲間を呼ぶ気がないってんなら仕方ねえ、ちと手間はかかるが1人で脱出するさ』

新一の声がそこで途切れ、足音がしたかと思うと。
体育倉庫の外側の高窓から、新一がひらりと飛び降りて去って行くのが、蘭達の居る場所から窓越しに見え。
園子が溜息をついて言った。

「あやつ、その気になれば絶対泥棒になれるわね」
「新一・・・」
「それにしても、新一くんには私ですら、毎度毎度驚かされるわ。あやつ、ほんっとうに!蘭以外の女は駄目なのね。敵ながら天晴れなやつ」

園子の言葉に、蘭がちょっと睨む真似をして言った。

「園子・・・いつ新一が園子の敵になったのよ」
「あ?ああ、つい。まあ何と言うか、言葉の錦(にしき)って言うか・・・」
「園子ったら・・・それを言うなら、言葉の綾(あや)、でしょう?」
「そうそう、それ!」

鈴木園子は、実はキャピキャピした雰囲気に似合わず、財閥会長のお嬢様らしく、意外と教養深い面がある。
しかし、せっかくの幅広い知識が妙に中途半端なのが、何とも言えないところだった。





ずっと後になって新一にその時の事を確認した時。
新一は茉莉花が携帯を盗聴器のように使っていた事には気づいていたものの、蘭と園子がそれを通じて会話を聞いていた事までは、判らなかったという事だった。



それはさて置き。

小百合がまだ呆然として動かないので、仕方なく蘭と園子が倉庫の入り口を開けた。
そこに居るのは、園子と同じテニス部の1年生・三条茉莉花であった。

「はん。声聞いてもしかしてと思ったけど、グラマー自慢の三条さんね」

園子が半目になって言った。

茉莉花は、胸がはだけ、下半身も下着姿になっており、その格好だけ見ればどう見ても「情事の後」といった風情だった。
自慢するだけあって、確かにスタイルは抜群で、顔も色っぽい。
しかし新一とのやり取りを聞いていた蘭と園子は、新一がその姿に全く心動かされなかった事を知っている。



茉莉花は呆然として座り込み、ブツブツと悪態をつき続けているようだった。

「ホラ!しゃんとしなさい!もう昼休み終わるわよ!しゃんとしないと、先生呼んで来るからね!先生達にその格好見られて構わないんなら、そうするけど!」

園子が一喝し、茉莉花は一瞬蘭と園子を睨みつけたが、すぐに顔を背け、服を身に着け始めた。

小百合は茉莉花をちらりと見たが、すぐに目を背けてしまった。
茉莉花は小百合の方を見ようともしない。

蘭は2人の友情の行く末が少しばかり心配になったが、それは2人自身の問題で、自分が嘴を入れるべきものではないと思い、黙っていた。

蘭を良く知る親友・園子は、そういった蘭の心の動きが分かったのか、ちょっと呆れたように蘭を見て肩をすくめた。



「さ、全て解決。蘭、教室に戻ろう。昼休みが終わっちゃうわ」

園子が促し、蘭は頷いて園子と共に歩き出した。



蘭と園子は、新一が本当に、蘭以外の女性の誘惑には、理性で抑える以前の段階でそもそも反応すらしない事を、知る事になったのである。
蘭は再度新一の言葉の数々を思い出して、頭から湯気が立ち。
園子はそれをニヤニヤと笑って見ていた。

蘭にとっては、新一と茉莉花のやり取りをはからずも聞いてしまった事に罪悪感を抱きつつも、新一の本音を知って嬉しかったのも、また事実だった。




<第2幕終了>



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