世界にひとつだけの花(エースヘブン200,000hit御礼企画小説)



byドミ



<第3幕>



「お帰りなさい、新一」

工藤新一が事件を解決して帰って来ると、玄関にまで漂う美味しそうな匂いと蘭の笑顔が新一を出迎えた。

新一はボーっとした顔で玄関まで迎えに出た蘭を見詰める。

「ん?どうかした?」

蘭が首を傾げて聞くと、新一はちょっと顔を赤らめ微妙に目を逸らす。

「いや・・・鍵はどうしたんだ?」
「阿笠博士に借りたよ」
「そうか・・・」

蘭と短い言葉を交わしながら、新一は上着を脱ぎネクタイを外し、リビングへと入って行く。
蘭はちょっとだけ溜息をついて、新一の後を付いて行った。


「新一。美味しい?」
「あ、ああ。うめえよ。あの・・・ありがとな」

新一がご飯を食べている姿をじっと見ながら蘭が発した問いに、新一は居心地悪そうに答える。

「蘭。何かあったのか?」
「ううん、何でも。何で?」
「オメー、変だぞ。何か良い事でもあったか?」
「良い事?うん、そうかも」
「あんだよ?」
「内緒」
「おい」
「私と園子だけの、ヒ・ミ・ツ♪」
「女同士の秘密ってやつか?」

新一が胡散臭げな顔で蘭を見やった。
けれどそれ以上深く追求するでもなく、再び食事に戻る。



実は蘭は、園子にひとつ言ってなかった事がある。
新一は帰って来て、蘭に告白してくれたけれど。
実はそれから今迄数ヶ月、新一はこうやって2人きりでいても、キスすら滅多にして来なかった。


蘭は流石に、告白を受けた後、新一の気持ちを疑った事はないけれども。
そして、蘭に面と向かっては決して言ってくれない数々の言葉を、「新一に告白した(or新一を誘惑した)」女性に対しては、はっきりと口に出してくれた事が嬉しかったし、あれが新一の真情であろうとは思うけれども。

新一は蘭と一緒にいても、ちっともどぎまぎする風でもない。
新一は蘭と2人きりで過ごしていても、あんまりその手の欲望を感じている風ではないと、蘭は思っていた。

蘭は、おそらく新一はその方面には「淡白」な方なのだろうと考えていたのである。
多分、幼馴染で付き合いが長くて。
愛情は確かにあるのだろうけれど、今更蘭相手にドキドキしたりしないのであろうと。
蘭はそういう風に考えていた。



蘭が食後のコーヒーを淹れてリビングに戻ると、新一が蘭の方に手を差し出して来た。

「蘭。ホラ」

蘭が手を伸ばすと、新一の手から硬く冷たいものが手渡される。

蘭が手の平を開いてみると、そこにあったのは1個の鍵であった。

「え?新一、これって・・・」
「家の鍵。蘭が来たい時、いつでもここに来て構わねーから」

蘭はちょっと目を見開く。

「あ。言っとくけど。オレが留守の間におさんどんしろって事じゃねーからな」

新一がぶっきらぼうに言った。
蘭にはそれが新一なりの気遣いだという事が分かっている。
それでも敢えて、天邪鬼に訊いてみた。

「新一。私がご飯作ったり掃除したりするのって、迷惑だった?イヤだった?」
「ばっ!んなんじゃねーって。ただ、オレは・・・約束してても家に帰れなかったり、色々あっからさ。外で待ちぼうけさせちまうと・・・オメーを襲える男がいるとは思えねーけど、天候には敵わねーだろ?」
「もう!まるで私が怪物みたいに!」

蘭はそう言ってちょっと膨れる。
新一が、「心配なんだよ」と素直に言えない性格だとは分かっているものの、何故面と向かってはこう意地悪な言い方しか出来ないのだろうかとちょっと悲しくなる。

けれど、小百合や茉莉花相手に蘭だけが大切と言い切ってくれた新一の言葉を思い起こして、すぐに立ち直った。
それでも敢えて、蘭は新一に拗ねて見せた。

「そうよね・・・私を襲う男なんて居ないよね。だって・・・恋人にすら、手を出したいと思って貰えない女だもん」
「オメー、何言って・・・」
「だって新一、滅多にキスすらしないじゃない」

新一が、ギョッとしたように目を見開いて蘭を見た。
今の台詞を本気で言ったのではない蘭としては、新一が妙に真剣な顔をしたので、逆に戸惑ってしまった。

いきなり新一の顔が急接近したかと思うと、かすめるように蘭の唇を奪い、また離れて行った。
ちょっと背けた顔が、真っ赤になっている。

「バーロ。変な勘繰りしてんじゃねえよ。オレは・・・」

蘭はその続きを聞きたかったが、新一はそこで言葉を途切れさせてしまった。
僅かに触れた唇が、妙に熱い。
新一は、決して蘭に「触れたくない」訳ではなかろうと思う。
ただ、あんまりそのような欲求が強くはないのだろうと、蘭は感じていた。
この時点では。

そして新一は別の事を言った。

「オレさ。オメーと約束してても、ドタキャンしねえといけねえ事もあんだろ?外で待ち合わせてて、天候が悪かったり暑かったり寒かったり・・・それにその・・・まあ何だ、うちに来て貰ってた方が、色々心配しなくていいからよ。
そっちに差し障りねえ限り、いつでも好きに入って、好きに過ごして、構わねえから」

蘭は一瞬、新一が何の事を言ったのか分からなくて首を傾げたが、掌に収まったままの合鍵を思い出して、納得した。

「ねえ、じゃあお父さん居ない日はここに泊まってっても良いの?」

蘭は本当に深い意味はなく言ったのだが。
新一は明らかに狼狽した様子だった。

「ヘタに夜道を歩くよりは、そっちの方が安心出来るかもな」

ようやく新一が告げた答がそれだった。
新一はさっき「オメーを襲える男が居るとは思えねーけど」などと言っていたが、やはり蘭の事はきちんと心配してくれているものらしいと、蘭は思った。


「お、もうこんな時間か。蘭、送ってくよ」

そう言って新一が立ち上がる。
蘭も立ち上がり・・・そしてそのまま新一の胸に軽く飛び込むような形で抱き付いた。
何となく、離れがたくて。
別に何か期待する訳ではないけれど、今夜同じ空間に居たくて。

「ねえ、今夜、泊まってったら駄目?」

そう言った蘭に答はなく、蘭はいきなり強い力で押し退けられた。

そういった形で新一に拒絶され、今度こそ蘭は悲しみのあまり涙をこぼしそうになった。
ほんの一瞬だけだが。

次の瞬間、蘭は見てしまったのである。
新一は蘭を押しのけた後、顔を背け手で顔の下半分を覆っていたが、その押さえた手の間から、血が滴り落ちていた。

「し、新一っ!!」

蘭は悲鳴のように声を上げて新一の名を呼んだ。
新一は、悪い病気だったのだろうかとか、色々な想念が渦を巻く。

「わりぃ。オメーが汚れちまうから・・・」

新一が辛うじてそう言い、蘭は、新一が蘭をいきなり押し退けた理由を知る。

「新一、しっかりして!今病院に・・・救急車呼ぶから!」
「さ、騒ぐな、蘭。別に病気じゃねえから・・・」
「病気じゃないって・・・そんなに血を流してるのに!」

蘭が携帯を取り出し119番しようとするのを、新一が顔を押さえたまま、空いた方の手で押し留めた。

「だ、だから!ホントに病気じゃねえんだって!救急車呼んだりしたら、オレが医者に怒られちまう」
「で、でも・・・っ!」

蘭はまだ、新一が悪い病気を隠しているのではないかという疑いを捨てきれずに居た。
思わず強い調子で問う。

「だったら、何だって言うの!?病気じゃないって言うなら、何なのか教えてよ!」
「そ、それは・・・」

ここに至っても言葉を濁す新一に、蘭はやはり新一が病気を隠しているのだと思い込み、再び携帯の番号を押そうとした。

「わ、わーった!ちゃんと説明すっから!」

再び蘭の手を押さえて、新一が叫んだ。



   ☆☆☆



蘭は、新一の言葉を待ったが、新一は暫く頭を抱えてソファに座り込み、動かなかった。
蘭は向かい合ったソファに腰掛けて辛抱強く新一の言葉を待った。
新一の鼻血はすっかり止まり、もう綺麗に拭き取ってあるが、蘭としてはやはり心配で仕方がなかった。

「あーっもう!情けねえ。オメーにだけはみっともねえ姿晒したくないってのに」

新一が顔を上げないまま、ようやく搾り出した言葉がこれで、蘭の頭にはクエスチョンマークが飛び交った。

「あのよ・・・引かずに聞いて欲しいんだけど・・・」
「うん」
「オメーが前振りなしで抱き付いて来たりすっから。不意を突かれて鼻血が出ちまっただけなんだよ」

新一の言葉に、蘭はますます訳が分からなかった。

「???何でそれが、鼻血の原因になる訳?」

新一は顔を上げて苦笑いの表情で蘭を見た。

「ああ。オメーにはきっと分かってねえだろうなと思ってたけど。やっぱりな」
「???何の事?」
「蘭。オレ位の年齢の男が、好きな女相手にどんな欲望を抱いているのか。オメーに分かれったって無理なんだろうとは思うけどよ」

話がそこまで来て、蘭は流石に、新一が何を言いたいのか、分かりかけたような気がした。
けれど一方では信じられない思いで、思わず訊いてしまう。

「新一が?もしかして、私に?」

新一はハアと大きな溜息を吐いた。

「オレが、オメー相手にどれだけ悶々としてるか。オメーが欲しくて欲しくて・・・たまらなくて、おかしくなりそうな時もある。
いっつも、キスしたり抱き締めたり、もっとしてえんだけど・・・それやると、オレの欲望に押さえが効かなくなっちまうから・・・」

そうか、だからあんまりキスもしないのかと、蘭は得心がいった。
新一が普段蘭にあまり触れて来ないのは、淡白だからではなく、逆で。
欲望が膨れ上がりそうになるのを抑える為だったのだ。

新一の苦渋に満ちた表情と言葉に、蘭の心の底で緩やかに膨れ上がってきたものがあった。
今までよりももっと、新一を愛しいと思う気持ち、だった。

蘭はそっと新一の居るソファーに移動して、隣に座り、新一の首に手を回し、新一の顔を覗き込んだ。

「ねえ、新一。私の体が、欲しいの?」
「・・・身も心も、全部、欲しいよ」
「で?いつまで我慢する気だったの?」
「出来れば、結婚するまで」

新一が真顔で返した言葉に、流石に蘭は驚いてしまった。

「結婚って・・・新一、私と結婚する気なの?」
「当たり前だろ!・・・って、オメーは違うのか?」
「そりゃあ、私だって、出来ればそうなったら良いなって思うけど。でも、何年も先の事でしょ?人間、どうなるか分からないじゃない?」
「・・・オレはぜってー、オメー以外の女を好きになる事は有り得ねえよ。それだけは自分でも分かってる」

世間の人は、たかだか高校生で、と笑うだろう。
けれど、蘭自身にも、自分が生涯新一以外の男性を好きになる事はないという確信があった。

蘭はちょっと笑いを含んだ声で尋ねる。

「ねえ、じゃあ、『そういう事』は、あと何年も待つ気なの?」
「あんまり、待てそうにない。だから早く結婚しようぜ。オレとしては高校卒業したらすぐ、って思ってるけど、多分おっちゃんが許さねえだろうから・・・蘭が二十歳になったら、すぐに」
「・・・新一の欲求不満解消の為に、結婚する訳?」
「ちげーよ。蘭が他の男の元に飛び立たねえように、早くオレのもんにしとかねえとな」
「・・・馬鹿ね・・・」

蘭が、新一以外の男の元に飛び立ってしまう事が本当に有り得るなどと思っているのだろうか?
蘭はちょっと憤慨しながらそう思ったが。
新一の瞳を覗き込んで、蘭の憤慨は消えてしまった。

「馬鹿ね。何て顔してるの?」
「何て顔って・・・オレが?」

いつでも自信満々で、オレ様で、どんな相手にも挑戦的で怯む事のない、高校生名探偵・警察の救世主の工藤新一が。
今は不安そうに瞳を揺らしているのであった。
蘭の自惚れなどではなく、工藤新一にそのような顔をさせ得るのがこの世で毛利蘭ただ1人である事を、蘭は感じ取って、すごく幸せだった。


「ねえ、結婚するまで手を出さないって思ってるのは、何で?避妊に百パーセントはないって知ってるから?」
「それも、あるけど・・・オメーに嫌われたり軽蔑されたりしたくなかったし」
「もう、馬鹿。そんな事で私が新一を嫌ったり軽蔑したりすると思ってたの?」
「オメーを信じてねえ訳じゃねえけど、蘭にオレの欲望を知られたらどうなるか・・・自信がなかった。それに・・・手を出しちまえば、蘭という大切な花を、オレの手で汚して踏み躙ってしまう事になるんじゃねえかと、それが1番怖いから・・・」
「馬鹿ね・・・本当に何も分かってないんだから・・・女が、好きな男性の為にはどれだけ強くなれるのか・・・。愛する男性に抱かれて、汚される訳がないでしょう?それに、花は散ったように見えても、また綺麗に咲くんだから。好きな相手に愛されれば、前よりもっと綺麗に咲くんだから・・・」
「蘭・・・?」

蘭の方から新一に口付け、新一は蘭の腰に手を回してしっかりと抱き締めた。

「蘭。今夜、ここに泊まりたいってさっき言ったよな?」
「うん」
「今夜、オレの・・・嫁さんになるか?」

新一の言葉に蘭は驚き・・・熱がこもった眼差しで蘭を見詰める新一の瞳を見、そして頷いた。



世界には色とりどりの花があるけれど、工藤新一にとって毛利蘭は、世界中でたったひとつだけの花。
その花は愛の光を受けて、決して枯れる事なく、大輪の花を咲かせ続ける。



《世界にひとつだけの花・終幕》



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<後書き>

エースヘブン20万hit御礼企画小説です。

タイトルは、SMAPの超有名な歌からですが、内容は殆ど関係ないです。
私は元々あんまり、歌からストーリーをイメージするって事がないもので。
つーかそれ以前に、よく考えると歌うのが好きな割りに、歌を聴く事が滅多にないんですねえ。

個人的には、あれは割と好きな歌です。で、この話を書き始めてからあのフレーズが頭の中で回り続けて、困った困った(笑)。内容的には、歌詞と違うんですけどねえ。
あの歌詞では、「全ての人がそれぞれに世界で1番、それぞれにただひとつだけの花」、でも新一くんにとっては、「蘭ちゃんが世界でただひとつだけの花」。
で、オリジナルの女性達は、花の名前にしました。一応、野に咲く可憐な花のイメージ。本当にそのイメージ通りの人物であったかは、また別問題ですが。

私(ドミ)は、新一くんの女性への感覚は、このようなものであろうかと考えています。
流石に彼も、思っている事をここまで口には出さないだろうと思いますけども。
最初考えた話は第1幕の部分のみ。
で、落ちが上手くつかないと思ってこねくり回している内に、第2幕の内容が思い浮かびまして。
タイトルとは更にずれて行ったような気がします(汗)。
一応、表という事ですが、かなりやば目?ってか、下品?
う〜〜〜ん。

で、実は第3幕は、2バージョン、考えていました。
まあ簡単に言えば、プラトニックのまま終わるか否か、って事ですが。
最初は別バージョンの方で考えていたんですが、結局こちらにしました。
ヨコシマな気持ちが増大してしまい立派な腐女子になった私は、もはや、「プラトニックラブ」など書けない体になってしまいました(爆)。

このような物で良ければ、どうぞご自由にお持ち帰り下さいませ。
なお、サイトアップに関しては、一応、コナンまじ快ノーマルカプがコンテンツにあるサイト様に限らせて頂きます。(それ以外でサイトアップするような物好きな方がいらっしゃるとは思えませんが、念の為)
その際は、BBS又はメールにて一言お知らせ頂ければと思います。メールは東海帝皇・ドミどちら宛でも構いません。



第2幕に戻る。