Hand in hand



byドミ



(5)再び、春



「この制服も。これで、最後だな」
「うん、そうだね」
「いよいよ、こことも、お別れだな」
「うん……」

卒業式の日。
新一と蘭は、感慨深げに、帝丹高校の校舎を見上げていた。


新一は無事、東都大合格者の資格を手にし、蘭と共に、晴れて帝丹大学に進学する事が決まった。

園子をはじめ、腐れ縁的に帝丹大に進学する学友は多い。だから、同じメンバー同士で、笑っていられる。

しかし。
帝丹高校とは、お別れだ。


新一が高校生探偵としてデビューし。
小さくなって、江戸川コナンとしての苦難の日々を過ごし。黒の組織と、戦い。
そして、蘭と心通わせ、生涯のパートナーとして誓い合った、高校時代。
クラスメートや学友達とは、いつの間にか「同志愛」に似た友情を育んでいた。

この三年間は、二人の生涯の中でも、かけがえのない大切な時間だったと……新一は思う。



蘭は昨年、関東大会で優勝し、インターハイでも上位の成績を収めた。

「サッカーは、残念だったね……新一が続けていたら、国立、行けたかもしれないのに……」
「バーロ。んな事、分からねえさ。サッカーはチーム競技だし、そこまで自惚れられねえよ」

帝丹高校サッカー部は、全国大会までコマを進めたものの、国立まで行く事は出来なかった。
高校サッカーの場合、国立の競技場で行われるのは、準決勝戦と決勝戦のみ。全国大会がすなわち甲子園である高校野球より、高校サッカーの国立は、ずっと厳しい花道なのである。

「サッカーより探偵を選んだオレには、どうこう言える資格はねえよ。あいつらは、頑張ったんだ」

中道は、男泣きに泣いていたが。しかし、帝丹高校サッカー部が、全力を尽くしたのは、間違いない。


「新一。今日は、卒業生代表して、答辞を述べるんでしょ?大丈夫なの?」
「あん?んなの……原稿読み上げるだけだからな。ったく、何度駄目だし食らった事か。いい加減にして欲しいぜ、全くよ」

幸か不幸か、帝丹高校を一番の成績で卒業し、東都大入試合格者である新一は、卒業生答辞の役目を背負わされてしまった。
在校生の送辞も、卒業生の答辞も、元々ひな形としてあるものに、在校中の社会情勢やエピソードを付け加えて完成させるが。新一の場合、高校生探偵としての活躍を盛り込まされたりして、かなり厳しい添削を受けたのであった。


二人、感慨に耽っていると、校内放送が入った。

「間もなく、卒業式が始まります。卒業生と在校生は、すみやかに、講堂に集合して下さい。繰り返します……」

「行こう、蘭!」
「うん!」

二人、連れ立って、講堂まで向かった。



まずは、校歌の斉唱から始まった。新一にとって、儀式の中では、最も苦手な時間でもある。
新一はなるべく小声で歌ったが、案の定、新一の周りでは、クスクス笑いが起きてしまった。中には、「この音痴の歌を聴けるのも今日限り」と、涙交じりのものもあったようだが。

そして。3年A組出席番号一番の者から、順番に、卒業証書の授与が行われた。
校長が中身を読み上げるのは、最初の一人に対してだけで、後はただただ、名前の読み上げと「以下同文」で順番に、壇上で渡されるだけである。とは言っても、人数が多いから、かなりの時間を費やす。
新一と蘭はB組なので、比較的早い時間に、終わった。最後のH組が終わるまで、ただただ、じっと待ち続ける。卒業生も、在校性も。

そして。


「在校生、送辞。二年C組……」

在校生の代表が、送辞を読み上げる。サッカー部や空手部をはじめとする各部の活躍、そして、工藤新一の高校生探偵としての種々の実績を称える、なかなかに素晴らしい内容のものだった。

その真っ最中に。新一のポケットの中が震えた。マナーモードにしてあるが、授業中でもいつも持ち歩いていた、携帯電話である。
在校生の送辞が終わった。新一は、原稿を持って立ち上がり、壇上へと向かう。その目に、講堂の後ろのドアが開かれ、高木刑事が顔を覗かせたのが映った。
新一が卒業式の真っ最中である事を知っている警察は、おそらく、卒業式が終わるのを待つ積りなのであろう。

新一は、一旦、目を落とし。原稿を卓の上に置いて、顔を上げる。そして、凛とした声で告げた。

「工藤新一です。卒業生答辞の大役を仰せつかり、ここで今から、述べる筈でしたが。どうやら、そうも行かない事情が起きてしまいました」

新一の言葉に、講堂中が、ざわめく。

「僕は、帝丹高校性である事を、誇りに思っていました。ここで過ごした三年間は、かけがえのないものでした。それも、今日で終わりです。これから僕は、高校生探偵としての、最後の仕事を、果たして参ります!」

一瞬、講堂は静まり返った。そして、事情を察した一同の中から、「おお〜っ」と、どよめきと歓声が起こる。

「行ってらっしゃい!」
「頑張れよ!」
「帝丹高校の誇る高校生探偵としての雄姿、見せてくれ!」

壇上から駆け降りる新一は、拍手で見送られた。そこに、蘭が続く。
新一は、驚いた顔で振り返る。

「蘭!?オメーは最後まで……」
「バカね。わたしは、探偵・工藤新一の、パートナーでしょ!?一緒に行かなくて、どうするの?」

大歓声と、大きな拍手の中で。
全員で最後に歌う筈だった、「旅立ちの日に」の歌声が、誰ともなく歌われ始める。
ピアノ伴奏者も、慌ててピアノに向って、弾き出した。


「工藤君!?良いのかい?」
「ハイ!みんなで送り出してくれましたから!」

慌てる高木刑事を引き連れるようにして、新一と蘭は、手を取り合って、パトカーへと向かって行った。




帝丹高校に、最後の伝説を残して。
新一と蘭は、帝丹高校を卒業した。





二人で行こう、どこまでも。

お互いの人生という道を、重ね合わせて、一本道にして。
手を取り合って、歩いて行こう。




Hand in hand (完)




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<同人誌後書きより>

今回は、「新一君がコナンから元の姿に戻り、無事蘭ちゃんと恋人同士になったが、体の関係がないウブな新蘭」をコンセプトに、高校三年一年間の断片を切り取ったオムニバスという形で、お話を作りました。

「春」
お約束の、新一君お誕生日話。ま、一八歳という事で、ついつい、結婚させてしまったりなんか、よくやっちゃうんですけど。今回はまあ、二人の関係の確認というか、気持ちの確認というか。
後から思ったんですが、これ、ちょっと、映画「紺碧の棺」のネタが入ってますよね。ネタがというか……アンチテーゼがというか……。いや、パロる積りはなかったんですけど、蘭ちゃんのセリフと新一君の返しとがね。実際、そうなっちゃいました。

「夏」
今回の新刊。この「夏」が、一番最初に出来た部分、だったりします。煩悩全開だけど、耐える新一君(爆)。
で、漫画で描きたかったんですけどねえ。可愛くナイスバディな蘭ちゃんと。新一君が引くとことか、新一君が噴くとことか、新一君の百面相とか……え?新一君のカッコいい姿?そりゃ、無理ですがな。私、一応曲がりなりにも、新一君ラバーですが、それが何か?

「秋」
最初は、四季になぞらえる積りでは、なかったんですけど。当初考えたエピソードが春・夏・冬のものだったので、じゃあ秋を付け加えて、四季にしちゃえ!って事で、急きょ、でっち上げました。
秋……体育祭かなあとも、思ったんですけどね。やっぱり、ここは学園祭にして、シャッフルロマンスだあ!って事で。原作では「暑い時期」なんで、秋じゃないんでしょうけど、そこら辺のタイムパラドックスは、もう目をつぶろうと。園子ちゃんが予想以上の大活躍!でした。
新一君……内心ではきっと、ああいう事思ってるけど、絶対、言わないだろうなあ。当社の新一君は、すぐ、口に出してしまいますが。

「冬」
私はお話の都合上(笑)、しばしば、帝丹大学を「帝丹高校からエスカレーター式に進学出来る大学」に設定します。新一君も、お話によって、東都大に行ったり帝丹大に行ったり、はたまたアメリカに留学したり(笑)。でもまあ、どんな形でも。蘭ちゃんと共に、手を取り合って進む事だけは、間違いないと、思ってます。

「再び、春」
そして、卒業です。新一君らしい卒業のエピソードとして、今回はああいう形にしました。その後の事は……蛇足だろうと思い、敢えて書きませんでした。工藤邸に同居とか、色々考えてはいたのですけどね。


<現在のドミより>

8年前。私、こんなこと考えて、このお話書いてたんだなあ。
そうなんです、「体の関係がないウブな新蘭」がコンセプトだったんで、ドミの作品では珍しく(爆)、最後まで2人は一線を超えません。
そしてもう1つのコンセプト。それは、あれですよ。「Hand in hand」、つまり必ず、手を繋ぐ場面を入れるということです。
一線は越えてない、キスもたまにしかやらない、でも手はしっかりと繋ぎ合うという。
ドミとしては異色の作品となりました。

でね、同人誌持っていらっしゃる僅かな方たちは、同人誌との違いにあれっと思うのではと……新蘭の卒業式に、私は最初、それぞれの両親を出していなかったんです。でも、私の夫である東海帝皇会長さんのたっての願いで、出すことになりました。
今回、それを、元の形に戻しました。だって……このお話では、両親'sは、とっても邪魔だったんです。




同人誌版初出:2009年11月1日
サイト再録用脱稿:2018年7月1日

(4)冬に戻る。