Hand in hand



byドミ



(4)冬



「工藤、考え直してくれ!」
「東都大合格者を多く出すのは、どの高校でも悲願なんだ!」

冬休み近い帝丹高校内で、教師達の悲痛な叫びが、響き渡った。数人の教師に取り囲まれて、困った顔をしているのは、高校生探偵の工藤新一である。

「そんな事を言われても。オレにはオレの、人生設計がありますし」
「工藤。お前がどうしてもと言うのなら、こちらにも考えがある」

三年B組の担任教師が、目を据わらせて言った。新一は、大抵の事には動じない積りだったが、さすがに、担任から言い渡された事は、新一を仰天させた。


「……生徒を脅すなんて、マジかよ……」

進路指導室から出て、ガックリと項垂れている新一の元へ、蘭が駆けて来た。

「新一。どうだったの?」
「ああ。何か、厳しそうだ……」
「ええっ!?うそっ!?全国模試でも常に上位に入ってる新一が、そんな筈、ないじゃない!」
「……次、オメーが呼ばれてんだろ?行って来いよ」
「う、うん……」

蘭は、心配そうに新一を見やりながら、進路指導室に消えて行った。


教室に戻った新一が、所在無げに参考書をパラパラとめくっていると。廊下で大きな足音が響き、ドアが大きな音を立てて開かれた。仁王立ちしている蘭の姿に、教室中の視線が集中する。


「新一!一体、どういう積りなの!?」
「は?蘭、どういう積りって……どういう事だよ?」
「あんなに、勉強してたクセに!進学先は帝丹大学って、どういう事よ!?」

蘭の言葉に、教室中が大きくざわめいた。

「なっ……!何でオメーがそれを!?」
「……先生が、そう言ったもん。やっぱり、本当だったのね!?」

蘭が涙を溜めて、新一に詰め寄った。



   ☆☆☆


クリスマスソングが響く街中を、新一と蘭は肩を並べて歩いていた。
新一が首に巻いているマフラーは白で、蘭が首に巻いているマフラーは、桃色。お揃いのマフラーは、どちらも、蘭の手編みである。と言っても、新一が蘭からマフラーを貰ったのは、二人がまだ幼馴染みであった頃、新一がコナンになる前の事であった。

「新一は、東都大を受けるんじゃなかったの?」
「……検討したけど。止めた」
「どうしてよ!?」
「……帰ってから、ゆっくり話そうぜ」

そう言って新一は、蘭の肩を抱き寄せた。蘭もそのまま新一に体を預け、寄り添って歩く。
二人はまだ、体の関係には至っていないけれど、最近はそういう事が、ごく自然に出来るようになって来ている。

工藤邸に落ち着くと、新一はヒーターのスイッチを入れ、キッチンに行って、電子レンジで牛乳を温めた。そして、ココアを二つ作り、リビングで待つ蘭の元へ運んだ。

「新一、ありがと」
「……こっちのがあったまるだろ?」
「うん」

蘭は、カップを受け取ると、口に運んだ。新一も、蘭の向かい側に座り、ココアを飲む。

ヒーターがフル稼働して、室温も上がり、外からと内からとで二人とも温まったところで、蘭が口火を切った。

「新一。本当に、帝丹大学に進学する積りなの?」
「ああ。まあな」
「だって……どうして!?う、自惚れかもしれないけど。もしかして、わたしが、帝丹大に進学するから!?」
「……自惚れなんかじゃねえよ。ぶっちゃけ、それも理由の一つ」
「な、何でっ!?」
「蘭。落ち着けよ」
「だ、だってっ!新一、わたしの為に妥協して欲しくない!」

蘭は、カップをテーブルに置いて、新一に詰め寄る。蘭の目には、涙が盛り上がっていた。

「……オレを脅しても埒が明かねえとなると。オメーを説得係として選んだか」
「新一!わたしは、先生達の思惑なんか、どうでも良いの!だけど!わたしなんかの為に、夢を諦めないで!」

新一は、出来るだけ優しく微笑むと、蘭の頭をポンポンと撫でるように軽く叩いた。

「蘭。勘違いすんなよ。オレは何も諦めちゃいねえし、オメーの為に夢を犠牲にした覚えもねえ」
「えっ?」

蘭が、目を見開いた。

「オレの夢は、ふたつ。ひとつは、ホームズに負けねえ探偵になる事」
「う、うん……」
「東都大になんか行ってみろ。学歴って箔がつくだけで、探偵活動には、むしろ、邪魔」
「新一……」
「何しろ、あそこは国立で旧帝大で、国内最高峰学府だ、出席だって成績だって厳しい。探偵活動を優先させられるほど、甘くはねえんだよ」
「あ……そ、そっか……」

勢い込んでいた蘭は、新一の説明に、大きく息をついて、肩の力を抜いた。

「まあ、高卒じゃ何かと拙いんで、大学には行こうと思ってるけどよ。だったら、融通が利くところの方が良い」
「う、うん、そうだね……」

蘭は、そうかそうかと、頷いた。

「けどよ。困った事に、あの頑固教師!オレに帝丹大の推薦状は出さないと抜かしやがる!」
「えっ?」
「ったく。しょうがねえから、米花大か杯戸大を受けようかとも、ちょっとは考えたけどよ。オメーは、帝丹大に行く積りだろ?」
「う、うん……」

蘭も、散々迷って考えて。
結局、空手を続けたい事や、将来国語教師になりたい事などを考え合わせて、帝丹大学の文学部に進学する事を決めたのだった。

新一は、探偵活動に融通が利くところと考えたのも事実だが。蘭と同じ大学に進学する事も、理由のひとつに違いはなかった。

「それによ。オレが見てねえとこで、蘭に、変な虫が近付くといけねえから」
「えっ?」
「あ……いや、そのっ!……オメーの見てくれに騙されて、迂闊に近付いて、空手技食らうのも、相手の男が気の毒だしよ!」
「バカッ!」

蘭が、思わず新一に向って拳を繰り出すが。新一は、軽い動作でそれを交わす。
久し振りの、「蘭が技をかけて新一がそれを交わす」一連の動きで、2人は良い汗を流した。そして一息つき、新一は今度は、コーヒーを入れて持って来た。
蘭がそれを受け取りながら、新一に言った。

「ねえ、新一」
「ん?」
「新一の、もう一つの夢って?」
「あー……それは……(うげ。忘れてなかったのかよ、コイツ)」

新一は、頬をかいて、明後日の方を向いた。うやむやに誤魔化す積りだったのに、そうは行かなかったようだ。
蘭は、期待に満ちた眼差しで、新一を見詰める。どうも、蘭に全て見抜かれて見透かされているような気がして、仕方がない。

「ねえ。新一、夢を諦める気はないって、言ったよね?もう一つの夢って、何?」

蘭は、それを聞くまで、引く気はないようだ。新一は、溜息をつき、覚悟を決めて言った。

「ったく。見当ついてんだろ?オメーと共にある事だよ」
「えっ?」

蘭は目を丸くした。心底、意外だという顔をしている。どうやら、全てを見抜かれていると思ったのは、新一の勘違いだったようだ。

「わたしと……?新一、ホントに?」
「ああ。今更隠しても仕方がねえから、言うよ。オレは……子供の頃から、オメーとずっと一緒にいるのが、夢だった」

一旦口に出した事だから、恥ずかしくても開き直って、新一は本当の事を蘭に告げた。蘭の頬を、涙が転がり落ちる。

(畜生。悲しい涙じゃねえって分かってても、蘭の涙は心臓にわりぃぜ)

新一は、蘭をそっと抱き寄せて、髪を撫でた。

「でも、新一。たとえ別々の大学に行っても、わたしはずっと、新一と一緒だよ」
「ああ。わーってるよ。でもな。不安なんだよ。オメーが、オレの目の届く所にいねえと、不安なんだ」
「新一……?」
「ずっと、オメーの傍に、いたい」
「もう!勝手な事ばかり!新一は……長い間、わたしの傍にいなかったクセに!」

蘭の涙交じりの声に。新一は、コナン時代に、蘭にどれだけ辛い思いをさせたのか、改めて悟る。たとえ後から、「コナン=新一」だったと知ったとしても、その時の辛かった気持ちまでが癒される訳では、ないのだ。

「ずるいよ……新一は……新一は、わたしの傍にいたのに、わたしの傍に新一はいなかったんだから!」

そうだ。
新一は、コナンとしてずっと蘭の傍にいて。蘭から長い事離れて辛い思いをした経験は、ないのだ。

「ああ。蘭、オメーの言う通りだ。オレはずるい。それでもオレは……オメーの傍に、いたいんだ……これは、オレの……ワガママなんだよ……」

蘭は顔をあげて新一を見た。その目は、涙に濡れているが、同時に笑っている。

「蘭?」
「もう!ワガママだって言うんなら、仕方ないわね!」

蘭が、笑いを含んだ声で、言った。

「わたしの為にとか言うんだったら、許さないとこだけど。新一のワガママだって言うんなら、許してあげるわ」
「そ……そりゃ、どうも……」

新一は目を白黒させた。何が蘭の機嫌を直したのか、全然見当がつかなかった。
新一が「オレのワガママ」だと言った事で、逆に、新一の蘭への気持ちの大きさを蘭が感じ取ったからだったとは……新一は、かなり後日になって、知る事になる。

蘭が少し、表情を改めた。

「新一。責めたりして、ごめんね。新一にもどうしようもなかったのに……」
「蘭……」
「自分自身を失うって事が、どんなに辛い事なのか。わたしには、想像もつかない。新一はきっと、大変だったって、辛かったって思うのに。責めたりして、ごめんなさい……」

新一は、蘭の額に、こつんと自分の額を合わせた。

「オレは、辛くなんか、なかったさ。オメーがいたからな」
「新一……?」
「オメーの傍に、いたかった。だってオレ……蘭がいなかったら、生きて行けねーもん」

蘭が真っ赤になって、口をパクパクさせる。

「冗談……!」
「本気だよ。毛利蘭がいねえと、工藤新一は、工藤新一でいられない」
「バカ……変な事、言わないで」
「だから。オレを殺したくねえなら、オレの傍から離れるな」

蘭の顔がくしゃっと歪み、また、涙が溢れ落ちた。

「仕方ないわね。新一を死なせない為に、新一の傍にずっといる事に、します」

蘭は泣き笑いの表情で、そう言った。

「よろしい」

そう言って、新一は、蘭の顔中に、口付けの雨を降らせる。

「新一……すっごい、幸せ。本当に、わたしで、良いの?こんなに……新一に……」

蘭が、新一の胸に顔を埋めて、言った。

「蘭がオレにくれてる幸せに比べたら、全然足りねえ」
「新一……」
「しかし。どうすっかな。このままだとオレ、帝丹大学に進学させて貰えねえ」


二人で、うーんと唸って思案したが。これぞという妙案は、見つからなかった。



   ☆☆☆



「あんた達。ばっかじゃない?」

翌日。新一と蘭は、園子から呆れ顔で言われた。
新一が帝丹大学への進学を希望していて、東都大を受験させたい教師達と対決している事は、既に帝丹高校中に知れ渡っている。

「新一君も、あまりにも頭が良過ぎて、逆に、気付かないのかしら?解決策は、超簡単じゃん!」
「園子?」
「いい?先生達が欲しいのは、東都大進学の実績じゃなくって、入試合格の実績な訳よ」
「あ……!」

新一も蘭も、虚を突かれたような顔をした。

「まあ、進学する積りがないなら、本気になれないかもしれないけど。いくら新一君でも、お遊びで受けて受かるほど、東都大は甘くないわよね?多分」
「ああ。だけど、それしかないなら、そうするさ」

という事で。
新一は、「東都大受験合格したら、帝丹大に入学を認める」という、とんでもない条件が付されたが、とにかく、当初の希望が通る事になった。新一としても、高校二年時に出席日数が大幅に不足していたのを、進級を認めた貰ったという負い目があるから、あまり強く出られないのである。


「何だかなあ。オレだけ、帝丹大のハードルがこんなに高いなんて、理不尽極まりないよなあ」
「新一。頑張ってね。応援するから」

ぼやく新一に、蘭が笑顔で言った。

「工藤、頑張れー。可愛い奥さんとの未来の為に!」
「そーそー、天下の高校生探偵が浪人だなんて、恥ずかしい事にはなるなよ!」
「オメーら。他人事だと思って……」
「他人事だもん、なあ?」

クラスメート達から、励ましともからかいともつかない声援を受けて、新一はゲンナリとした。


「わたしの方は、推薦で帝丹大学に行く事が決まったから。冬休みは泊まり込みで、新一のご飯を作ってあげるよ」
「そ、そりゃ、どうも……」

泊まり込み、という言葉に、クラスメート達の耳は一瞬ダンボになったが。
その会話をしている時の、蘭の邪気のない笑顔と、新一の覇気のない表情に。
クラスメート達は、男子達も含め、全員が悟ってしまった。


「あいつら。まだ、出来てねーのかよ?」
「どうやら、そうらしい……」
「うわあああ。毛利の手料理は嬉しいだろうけど、ある意味、地獄?」
「羨ましいような、気の毒なような……」
「オメーら。好き勝手言ってんじゃねえ!」

新一から怒気のオーラが立ち上ったが。
夏休み前の時のような恐ろしさはなく、男子クラスメート達は、にやにやと笑いながら、新一の肩をポンと叩いた。


「まあ、何もかも、受験が終わってからって事だな、工藤?」
「頑張れよ。陰ながら、応援してっから」

そう言ってハゲマシの言葉を寄越すクラスメート達は、皆、帝丹大学への推薦入試を決めた者達ばかりである。


「くっそおおお!何でオレが、こんな理不尽な目に遭わなきゃ、なんねえんだよ!」

新一の雄叫びは、軽く流されてしまったのであった。



蘭は予告通り、冬休み、せっせと工藤邸に通い、時には泊まり込んで新一の世話をしてくれたが。
それが、天国だったのか、地獄だったのか。

冬休み明け、新一がやつれた様子だったのは、受験の追い込みの所為だけではないだろうと、クラスメート全員の同情を買ってしまった。


ただ。クラスメート達には、憐れと思われていた新一であったが。

蘭の手作りで、クリスマスのご馳走とケーキや、お節料理が味わえ。
幾度も、蘭の可愛い寝顔を堪能し、その手を握りながら寄り添って眠り。

煩悩に苦しみながらも、それなりに幸せであったというのは。新一だけの秘密なのであった。



(5)再び、春 に続く



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同人誌版初出:2009年11月1日
サイト再録用脱稿:2018年7月1日

(3)秋に戻る。  (5)再び、春に続く。