Happy Halloween 久遠の一族番外編



byドミ



第4話 「出会いと別れ」



1993年10月31日……。



「蘭!危ない!」
「え……?」

蘭が新一に抱き寄せられ、その傍を猛スピードで車が通り過ぎて行く。

「……自動車、か……」
「蘭。オレ達がいくら人間に比べて頑健と言っても、自動車の力と重量は桁が違う。大怪我して、最悪、塵になって散ってしまわないとも、限らねえんだぞ」

昔々は人間であったが、今はヴァンパイアの一族である、新一と蘭。
しかし、人間の世界では、文明が進み、昔からすれば信じられないようなものが、次々と作り出されるようになった。

ヴァンパイアは、人間と比べずっと強靭で、運動神経も桁違いであり、人から傷つけられる心配は、まずないと言って良い。
しかし、時に凶器となる文明の利器相手にどこまで大丈夫なのかは、わからない。

「でも、一族の中には、象やライオンと遭遇した者もいるけど、大丈夫だったという事だから……」
「命あるもの相手なら、相手の力を削ぐ事も出来るが、機械相手には通じねえからな」
「……うん、そうね。馬車なんかとは、スピードも破壊力も、全然違うし。ごめんなさい、気を付けるわ。そして、ありがとう」

蘭は、抱き寄せる新一の腕が震えている事に気付いて、謝った。
連れ添って既に200年以上、共に過ごしている相手だが、新一は昔も今も、蘭が人間だった頃もヴァンパイアになってからも、変わる事なく、守ろうとする。
今、蘭と共に、もっとずっと無力で愛しい存在があるから、尚更だ。

2人とも、17歳で時が止まっている為、見た目はそのままであるが、人間のままであればとっくの昔に、土に帰っている。


いつもは森の奥深くで暮らす2人が、人間社会に出て来たのは、かなり久しぶりの事で。
町も随分、様変わりしたと思う。

都市はコンクリートとアスファルトで覆われ、排気ガスをまき散らしながら、自動車が行き交っている。


「蘭……体、大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ」
「けど……」
「……大丈夫。わたしは、人間じゃないから……」

蘭が少し目を伏せて言った。
新一は、複雑な表情をした。

「蘭。すまない。オレの所為でオメーが辛い思いを……」

蘭が、涙が溜まった目で、一所懸命の笑顔を作り、新一を見る。

「新一。そんな顔、しないで。わたしは……幸せだから」
「蘭……」
「辛いけど、でも、幸せな辛さだから……」
「幸せな辛さ……?」
「だって。愛する相手と結ばれて。その人との子どもが生まれて。こんなに幸せな事って、ない。辛いのは、新一との子どもが何よりも愛しいから、だもの」

新一と蘭は、蘭の腕の中で眠っている赤ちゃんを覗き込んだ。
ヴァンパイアである新一と蘭の間に、生まれた子ども。
この世に生を受けて、まだひと月しか経っていない女の子は、まるっきりの人間の赤ん坊で、ひ弱な存在だった。

新一と蘭は、この子どもを、人間の養親に預ける為に、都会まで出て来たのだった。
子どもの養親候補の夫婦何組かを、陰から観察し、そして、警察官である中森銀三夫妻を、子どもを養女に出す先に決めたのだった。



「Trick or treat!」

夕暮れの中、子ども達が、お化けの格好をして、家々を訪問している。
家々の窓や玄関に、カボチャのランタンが飾られている。

「……いつ頃からかな。ハロウィンの風習が、我が国でも広まって来たのは」
「青子ちゃんは、これから先、こうやってお化けの格好をして他の家を訪ねて、お菓子を貰ったりするんでしょうね」
「ああ……そうだな……オレ達は残念ながら、普通の幸せな子ども時代をこの子にあげる事はできねえが、きっと中森さん達が、それを叶えてくれるだろう」
「青子ちゃん。幸せに……」

蘭は涙を溜めながら、幼い我が子に頬ずりをした。



   ☆☆☆



時は流れ、2012年10月31日……。



幼い我が子を、この手で育てられなかったのは、残念ではあるけれど、青子が「人間として」幸せな子ども時代を過ごせた事は、良かったと思う。

蘭は、今はもう、自分と同い年にしか見えない我が娘相手に、そういった話をしながら、ハロウィンの準備で子どもたちに渡す為のお菓子作りをしていた。
カボチャのランタンを、玄関や窓に飾り、近所の子ども達が遊びに来る準備を整える。


新一と蘭は、普段は森の奥にある一族の隠れ家に住んでいるが、時々、情報や物資を集める為に、町に出て来る事がある。
今回は、我が娘青子と、その夫となった快斗と共に、少し前から、森の近くにある中規模都市に出て来ていた。

「ここは、わたしが生まれ育った町だったの」
「えっ!?蘭ママが!?」
「ええ。もう、昔とは随分と変わってしまったけど……」

蘭は遠い目をして、言った。
その眼差しの先にいるのは、青子が肖像画でしか見た事がない、青子の祖父母・蘭の両親だろうかと、青子は思う。


「新一は、わたしを仲間にした事を、今も心苦しく思っているみたいだけど。新一と出会えなかったらわたしは……幼いまま死んでしまったか、売り飛ばされて悲惨な人生を送っていたか……」
「ええっ?」
「身代金目的で攫われたわたしを、新一が助けてくれたのが、最初の出会いだったんだもの」
「そう……何だかやっぱり、新一パパって、変わってるよね」
「青子ちゃん?」
「だって。幼い子どもを助けるなんて、ヴァンパイアらしからぬ所業じゃない?」
「ふふっ。確かに」
「で、助けられて、恋をしたの?」
「そうねえ。それも、あるけど……新一の強い眼差しの奥に見えた孤独が、悲しくて……子ども心に、この人を癒してあげたいって、ずっと傍にいてあげたいって、思っちゃったみたい」
「蘭ママも、青子と、おんなじなんだね!」

青子が、作業の手を止め、勢い込んで言った。

「え?そうなの?」
「うん!青子は、青子はねえ。快斗のお父さんが死んでしまった時、泣けないでいる快斗を、慰めて癒してあげたいって、子ども心に思ったんだもん!」


母と娘は、お互いの夫に対する小さな秘密を共有して、それまでの距離が一挙に縮まったような気がしていた。

「ねえねえ、蘭ママ。青子、お父さんが生きている間に、孫を見せてあげられるかな?」
「さあねえ。こればかりは、神のみぞ知る、だわよねえ」

青子は血縁上の父である新一の事を「新一パパ」と呼ぶ。
青子が「お父さん」と呼ぶ相手は、育ての親・中森銀三である。

ヴァンパイアたちの長い歴史の中で、子どもが生まれた例は、青子だけであるから、こればかりは何ともわからない。


「その前に、青子ちゃんの弟か妹ができるかもしれないし」
「……男の子だったら、血に目覚めないまま、人間として生きて年老いて死ぬって可能性も、あるのかな?」
「そうね。あるかもね」


青子が、ヴァンパイアの血に目覚めたのは、快斗と結ばれ、破瓜の血を流したからだった。

「そしたら、男の子が生まれたらやっぱり、人間の親に預けなきゃいけないかなー」
「……考えた事もなかったわ」
「でも、別れがあったとしても、きっと、出会わなかったよりずっと良いよね!」
「青子ちゃん……わたしも、そう思うわ」


別れが辛くても、出会わなかったよりずっと良い。
蘭は、青子が生まれた時の事を思い出していた。
子どもを手放したのはとても辛かったけれど、青子を産んで母となれた喜びは、それよりずっと大きかったから。


蘭と青子は、出来上がったお菓子を、袋に詰めた。
もうすぐ、子ども達が、この家を訪れるだろう。


「Trick or treat!」


そして、多分、夜には。
用事を済ませて家に戻ってきたそれぞれの夫が、同じ言葉を使って、妻に「いたずら」をするだろう事も、予想できる。

蘭と青子は、顔を見合わせて、ちょっとだけ苦笑した。




第4話・了



Happy Halloween Fin.



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ドミのハロウィンは、「久遠の一族」しかありません。
で、毎度の事ながら、「内容は、ないよう」なお話で、ごめんなさい。


第3話に戻る。