Happy Halloween 久遠の一族番外編



byドミ



第3話 「永遠(とわ)の誓い」 <新蘭快青+α>



2010年11月初旬。
街に出ていた新一と蘭が、米花の館へ帰って来た。


「快斗。ちょっと話がある」
「ヘイヘイ、何でしょう、お義父さん?」

快斗は、思いっきり嫌味を込めて、その呼び名を口にした。
が、新一は意に介する風もなく、快斗を奥の部屋に連れて行った。


森の奥の古ぼけた館、しかし実は最新のテクノロジーをふんだんに使って改造してあり、五感が常人よりずっと発達しているヴァンパイアでも、奥の部屋での密談を聞き取る事は出来なかった。

「か、快斗、大丈夫かな?」
「青子ちゃん……新一パパの事、信じられない?」

心配そうに奥の部屋の方を見やる青子に、蘭は苦笑した。

「そりゃ、新一パパが快斗に何かするとは思ってないけど、でも……」
「青子ちゃん。今の快斗君は、一族の中で最強の存在なの。もしかしたら、純血種である青子ちゃんも、同程度の力を持っているかも、しれないけど」
「え……?」
「新一が快斗君に勝っているのは、歳の甲だけ。そうなると分かっていても、青子ちゃんの為に、彼を一族に迎え入れた。父親の感傷で快斗君には辛く当たる部分もあるかもしれないけど。新一の親心を、信じてあげてね」
「蘭ママ……」
「新一ってば、今になって、わたしのお父さんの気持ちが分かるって、言ってたわ」
「蘭ママの、お父さん?どんな人だった?」


蘭が生まれた時代は、残念ながら写真技術など存在しなかったが。
毛利男爵夫妻は、その肖像画が残されていた。

青子は、沢山の、先祖の絵を見せて貰った。
以前見せて貰った事があったが、その時は、それが「自分の先祖達」だとは知らなかった青子である。

青子は、結婚衣装を着た2人の絵の前に立った。

「……前に見せて貰ったこの絵は、やっぱり、蘭ママと新一パパの絵だったんだね」
「ええ。一族の中に、絵描きがいて、結婚式の後、描いてくれたの。その人は、多分今も、パリのモンマルトル広場で、肖像画を描いていると思うわ。今だったら、写真で残せるけどね」
「でも、青子達、写真に写らないんじゃないの?」
「鏡と違うから、大丈夫よ。カメラのレンズって、人間の目と同じ構造だっていうし」

ヴァンパイアである青子達は、念を込めないと、鏡に映らない。
人間に交じって生活して行く場合には、注意が必要なのである。


「青子、蘭ママが着たのと同じドレスにしたいな」
「それは……残念ながら、もう、無理だわね。わたしの時は、まだ大丈夫だったけど」
「そっか。250年も前のものだもんね……」
「もっと前よ、400年。元々、新一のお母様が着たドレスだったそうだもの」
「新一パパのお母様……?」
「残念ながら、わたしも、肖像画でしか知らないんだけどね」

工藤優作・有希子夫妻の肖像画の前で、蘭は足を止めた。

「ああ……2人とも、新一パパに、よく似てる……」

「母さんの最期の言葉が、『新ちゃん、幸せに』だった。蘭と巡り会えて、オレはようやく、その遺言を果たせたよ」
「新一?」
「新一パパ?」

いつの間にか、新一と快斗の2人が、絵を展示してある部屋に来ていたのだった。

心なしか、快斗の顔色が悪い。
ヴァンパイアは、顔を赤らめる事は出来ないが、蒼褪める事なら、あるのだ。

「快斗?どうかしたの?」
「青子……ああ、いや、大丈夫だ」

快斗は、青子に笑顔を見せる。

「新一パパ……一体、何の話をしたの?」
「……男同士の話をしただけだ。別に、苛めたワケじゃねえから、心配すんな」

厳しい表情だった新一の顔が、愛娘相手に緩む。
気になったが、今聞いてもきっと教えてくれないのだろうと、青子はそれ以上の追及を止めにした。

「青子ちゃんのドレスは、千影さんが準備して下さるそうよ」
「小母様が……?」
「あー、青子、小母様じゃなくて、もう、お義母さんって呼んで欲しいんだけどな」
「そっか。青子には、お父さんもお母さんも、3人ずつになるんだ。すごい贅沢だね」

青子が華のように笑う。
蘭と新一は娘の笑顔を眩しそうに見詰めていたが、その眼差しの中にどこか寂しげな色がある事に、快斗は気付いた。

生まれた時に、ヴァンパイアの因子を全く持たないと思われた青子を、2人は泣く泣く、人間の中森夫妻に預けたのだった。
青子の耳にはめられているサファイアのピアスは、新一と蘭が、手放す愛娘の未来に幸あれと、祈りを込めてつけたものだったという。


玄関の呼び鈴が鳴った。
蘭が急いで玄関へと向かった。

馬でないと通れないような森の中の道しかない、この館へは、普通の人が訪れる事など、まずない。
来たのは、一族の女性である鈴木園子だった。

園子が一族に加わったのは20世紀末の事で、人間のままであったとしても、まだ30代である。

「ら〜ん!花婿のお母様から、ドレスの預かり物よん!」
「素敵!さっそく、試着しましょう!新一、快斗君、暫くわたし達だけにしてね」
「は?父親のオレもか?」
「当たり前でしょう、さあ、殿方連中は、出てった出てった!」


新一と快斗は、部屋から追い出され。

仕方がないので、暫く森の中を彷徨って時間をつぶしたようである。


ヴァンパイアである彼らは、食事の必要は全くないけれど、嗜好品として食べ物を口にする事はある。
森を彷徨った2人から、大量の秋の実りが、お土産としてもたらされ、一部は家の飾りに、一部はお菓子の材料に、使われたのだった。




   ☆☆☆



米花の館は、車も通れない森の中にある。


青子の父・中森銀三と、快斗の母・黒羽千影は、馬は無理だったがバイクに乗れるので、一族の者に先導されて、バイクで森の奥へと向かった。

庭の大きな温室で赤い薔薇が咲き誇る古めかしい館の中に、2人は招き入れられた。
11月の半ば、もうかなり外気温は低い。
この館にはセントラルヒーティングなどなさそうで、暖炉には、赤々と火が灯されていた。

「申し訳ありません、この館も、色々な部分で最新式のテクノロジーは取り入れてあるんですが、我々の体は空調を必要としないもので、普段は暖房も使ってないのです。なので、火を使わせて頂きます。他にも何か行き届かない所がありましたら、遠慮なく仰って下さい」

見た目は快斗と青子と同年代の若造だが、実際には銀三よりもずっと年嵩の新一が、そう言って頭を下げる。
銀三は、愛娘の血縁上の父親である目の前の青年を、じっと見詰めた。

「ヴァンパイアは、伝説上の存在、実在しているとも思ってなかったが。実在するとしても、こんなに人間くさいとも思ってなかったよ」
「……元は、人間でしたから。400年も昔の事ですが」

400年と一口に言うが、その間、世の中は随分変わって行った。
銀三が土に返り、先だった妻の元へと行った後も、この男は……そして青子達も、世の中の変化を見詰め続けて行くのだろう。

「お父さん!」
「おお、青子!」

以前と変わらぬ青子の笑顔に、銀三は相好を崩した。
青子の正体が何であっても、この先、年を取らない存在であろうと、今もこれからも、大切な愛娘だ。

青子の傍に快斗が立っていた。
快斗の母・千影は、言葉を出そうとして詰まり、涙が流れ落ち、快斗を抱き締める。

「母さん……ごめん、親不孝で……」
「いいえ……快斗が元気で幸せなら、それが一番の親孝行よ。その代わり!これから先、絶対、狩られるんじゃないわよ!」
「ああ。わかってる……」

実際は、人間がヴァンパイアを「狩る」事は、ほぼ無理なのだが、快斗は敢えてその事を口にしなかった。
ヴァンパイアを狩る事が出来るのは、同族だけなのだ。



『実は、真祖と呼ばれている一族のファーストは、もう、この世に存在していない』

新一が数日前、他の一族の殆どが知らない事実を、快斗に伝えて来たのだった。

『そ、存在しないって……!』
『真祖・黒澤陣は、もう500年も前に、セカンド数人がかりで何とか眠りに就かせた。そして100年ほど前、セカンドとサードの同志数人で、力を合わせて滅した。血が強い方が力が強い。それに、血を分けた者は分けられた者に対して、ある程度の支配力を持つ事が多い。1対1じゃ絶対、太刀打ちできないからな。オレにとっては、初めての殺しだった』
『な、何でそれを……一族でも殆どの者が知らない秘密を、新参者のオレに……!』
『お前が、一族の新たな王となるべき存在だからに、決まっているだろう?』

新一が真っ直ぐに快斗を見て告げ、快斗は息を呑んだ。
快斗は、命の石パンドラの滴を飲んで、ヴァンパイアとなった。真祖と同じ方法を使ったのだ。
それは、快斗がヴァンパイアウィルスに抗体を持つ一族で、普通の方法で仲間に入る事が出来なかったからなのだが……。

『オレ達は、ひっそりと人間社会に交じり、人間との共存を願っている。けれど、ヤツが狙っていたのは、全ての支配だった』
『これからも、真祖不在に関しては、公表しないのか?』
『まあ、状況を見ながら、だろうな。とにかく、お前達の結婚式は、一族に取ってみたら戴冠式も兼ねているようなもの。本能的に皆気付いてる』


快斗としては、ただ、青子と共に生きて行きたかっただけで、王だの戴冠式だのは、荷が重過ぎると感じていたが。
こうなってしまえば、腹括るよりほか、ないのだった。




人間はヴァンパイアと違い、食物が必須。
銀三と千影には、食べ物が振舞われた。
最近まで頑張って料理の勉強をしていた蘭と、最近まで人間だった青子が、作ったもので。
銀三も千影も、充分に満足した。

デザートには、(新一と快斗が森で拾って来た)クルミ入りのケーキや、ハロウィンの時に作られたパンプキンクッキーが出た。

今迄、この城には、お茶用のお湯を沸かせる位で、まともな調理設備がなかったのだが、台所に調理用の薪ストーブが新たに設置されたのだった。




   ☆☆☆



快斗と青子が、花婿花嫁の姿で現れた。
青子の腕を取って歩む父親の役目は、新一が遠慮して、銀三の役目となった。

青子の花嫁姿の可憐さ美しさに、一同、息を呑む。


白い花嫁衣装一式は、サムシングニュー(何か新しいもの)。
鈴木園子から借りたヴェールは、サムシングボーロゥ(何か借りたもの)。
まばゆい宝石がいくつもはめられたティアラは、新一の母・有希子の持ち物のひとつで、サムシングオールド(何か古いもの)。
この日の為に、深紅ではなく、淡いピンクの薔薇が育てられ、それで作られたブーケの中に、一輪だけ鮮やかな青い薔薇が混じっている、それがサムシングブルー(何か青いもの)。

ちなみに、今の技術で作られる青薔薇は、どちらかと言えば薄紫色で、このような鮮やかな青薔薇は、無理である。
これは、白薔薇に青い染料を吸わせて作ったものだった。

「サムシングブルーって、目立たないようにさり気なくでは、なかったですか?」

園子の夫・京極真が、傍らの妻に囁く。

「ま、良いんじゃない?元々、人間のやり方を模倣しているだけなんだし」

園子が答える。
そう言う2人は、10年前、園子がまだ人間の振りをしていた頃に、鈴木財閥主催で人間の参列者を前に、結婚式を挙げたのだった。
青子がつけているヴェールは、その時のものである。


快斗の母・千影と、青子の母・蘭は、目を潤ませている。
青子の父・新一は、涙を見せる事はなかったが、ポーカーフェイスをしようとしても、感極まっているのが見て取れた。


銀三が青子の腕を離し、快斗の方へ押しやる。

「幸せにな……」
「お父さん……」
「警部……」
「こら!舅になろうという相手に、その呼び方はないだろう」

つい最近、新一から似たような事を(但しもっとぞんざいで挑戦的に)言われた経験がある快斗は、ちょっとだけ苦笑した。
快斗と青子は、2人寄り添って、司祭の恰好をした白鳥任三郎の前に、進み出る。

白鳥は、練習していた台詞を、淀みなく紡ぎ出した。


「我ら久遠の一族の男、黒羽快斗よ」
「はい」
「そなたは、この中森青子を妻とし、時を超えて永遠に、愛し守り慈しみ続ける事を誓うか?」
「誓います!」
「我ら久遠の一族の娘、中森青子よ」
「……はい」
「そなたは、この黒羽快斗を夫とし、時を超えて永遠に、愛し傍に寄り添い続ける事を誓うか?」
「誓います!」
「よろしい……ここで、二人は、一族の祝福を受け、正式な夫婦となった」


そして、快斗と青子は、一同の前で口付けを交わした。
大きな拍手が沸き起こった。





   ☆☆☆




2011年10月31日。


蘭と青子は、一緒に、ハロウィンのお菓子を作っていた。
そして、それぞれに部屋で待機し、夫を待つ。


「Trick or traet?Trick,of course!!」

新一と快斗は、蘭と青子に応える隙を与えず、自問自答し、問答無用で、我が妻に襲いかかった。
そして2人は、お菓子より先に、美味しく頂かれてしまったのだった。


勿論、お菓子は後で、夫婦仲良く食べたのであるが。


まだまだ新婚の快斗と青子、長年連れ添った新一と蘭、どちらの夫婦も、いつまでも熱々なのであった。




二組の夫婦は、これからもずっと、長い長い時を、仲睦まじく、共に暮らして行くだろう。




第3話・了




第2話に戻る。  第4話に続く。