春はもう少し先(2)



byドミ



―― side新一 ――



工藤新一という男、手先は器用な方ではない。

男子の中で特別に不器用というほどではないが、あまり練習もせずに色々なことをこなせるわけではなく、興味を持ち練習を重ねたことはまずまずできるが、そうではないものはちょっと……いやかなり微妙である。
早い話、料理とか裁縫とかは、彼の中で興味と優先順位が低く、ためにあまり出来ない状況であった。

工藤新一は独り暮らしなのに料理があまり出来ない。
と言っても、今の時代、総菜も冷凍食品もレトルトも弁当も色々売られているので、何とでもなるものだ。

ただ彼の場合、他の人が聞いたら殴られそうな状況でもあった。工藤新一の「ただの幼馴染」である毛利蘭が、彼の食生活を支えているのであった。

新一は正直、蘭がいつも料理をしてくれて、とてもとても有難いと思っている。
けれど……それが全く期待できるわけではないことも、理解していた。

普通だったら、女性が料理をしてくれるのは好きな相手と相場が決まっているものだが、蘭の場合は違う。
何しろ蘭は、優しくてお人好しで面倒見が良い。
彼女の場合、好きな相手の気を引くために料理をする……なんてことはなく、ただただ、親が外国に行って悲惨な食生活になりそうな「幼馴染」を心配して面倒を見てくれているのである。
初めて会った4歳の時から蘭をにくからず思っている新一は、蘭の新一への気持ちが異性を恋うるものではないことくらい、分かっていた。残念ながら。

いや……今まで、期待した瞬間が全く無かったわけではない。
けれど、そのたびにいつも、肩透かしを食らっていた。

新一にとって一つだけ慰めなのは、蘭に、いまだ、恋する男が出来ていないということ。
けれど、高校生になった今、いつ蘭に恋の訪れがあるか分からない。


蘭は、中学生になってから、新一を含めた友人たちに「友チョコ」をくれるようになった。
そして……今年は初めての「手作り友チョコ」を貰った。
今までも新一は、蘭にホワイトデーのお返しをしてきたが。
手作り友チョコへの返礼は、手作りのものにすべきだろうかと、ちょっと悩んでいた。

「けどなあ……オレが無理に手作りしても、ロクなもん出来そうにねえし……」

中学時代3年間、新一の蘭へのお返しは、クッキーだった。
クッキーなら、もしかしたら何とか作れるかと、ちょっと考えたのだが。

色々調べている内に、クッキーをお返しするのは止めようと思った。
蘭のチョコの意味が友チョコなら、そのお返しに「あなたとは友達です」という意味のクッキーをお返しするのは、悪くないと思うけれど。
高校生になった今年は、さすがにもう、「友達」という返しは、したくなかった。

新一の気持ちをストレートに伝えるなら、キャンディが最適。

けれど……女子はその手の情報に聡い。
蘭は、情報通の園子をはじめとして、仲の良い友人が多いから、キャンディの意味を知っているかもしれない。
もし新一がキャンディをお返しに送り、その意味に気付かれたら。

『友チョコよ!』

1か月前、蘭が力いっぱい叫んでいたことを思いだす。

「やっぱ……キャンディはやめておいた方が無難だな……」


3月13日。
部活はとっくに辞めてしまっている新一は、今日は珍しく事件の呼び出しもなく、まだ日が残っている間に家路についていた。

洋菓子の専門店は避け、敢えて、コンビニに入る。
最近のコンビニは品ぞろえが良い。
お菓子も結構、ケーキ店に負けないものが揃っている。

そして新一は、目当てのものを見つけた。


   ☆☆☆


そして、3月14日。

新一は警視庁に居た。
事件で呼ばれたのだ。

ただ、事件そのものは解決にそれほど時間がかかることもなく、最後に警視庁に寄ったのだが。

婦警たちが期待のマナザシで新一を見るものだから、新一はゲンナリしてしまった。
1か月前、沢山のチョコを新一に押し付けてきた婦警たちが、ちゃっかりお返しを期待しているのが分かったからだ。

『オレ、親が金持ちでも、お小遣いは人並みなんですけど……』

元々、要らないというのを無理に押し付けられたチョコのお返しを贈る気もなかったが、それ以前にそもそも、あの大勢に返すだけのものを買うには、先立つものが無い。
鞄の中には、ただ一人のためのささやかなお返しが入れてあり、新一は何となく鞄をぎゅっと抱きしめた。


本当だったら、今日新一は、図書室で蘭の部活が終わるのを待ち、一緒に帰りながら、お返しを渡す積りだったのだが。
事件が起こったとなると、後先考えず、飛んで行かずにいられないのだ。

警視庁捜査一課の目暮警部は、悪い人ではないが、結構短絡的で、彼にかかると無実の罪に問われる人が沢山出そうで、危なっかしくて任せていられない。

どちらにしろ蘭は、新一からのお返しがないと文句の一つは言いそうだけれど、期待しているわけではないだろう。
お返しが明日になっても良いかと、新一は少し黄昏ながら考えていた。


スッカリ日が暮れて家に帰り着くと、門の前に誰かが立っているのが見えた。


「蘭……?」
「遅いよ、新一!」
「……オメー、部活があったんじゃねえのか?」
「終わったに決まってるでしょ。何時だと思ってるのよ!」
「そ、そっか……なんか、約束あったっけ?」
「そ、それは……!」

蘭の目が泳ぎ始める。

「え、えっと……今日、お父さん泊りがけで仕事だし、新一は警察に呼ばれたからご飯準備する時間ないんじゃないかなあって……」
「……寒かったろ。入れよ」

三月半ば、昼はまずまず暖かくなるが、朝晩は冷える。
新一は蘭を招き入れると、暖房を入れた。

蘭がご飯を作りに来てくれることはよくあるが、今日みたいに、新一が遅くなった時に蘭が待っていてくれたなんてことは、無かった。
蘭がもの言いたげに新一を見るが、新一はその意味が分からない。

蘭がご飯を作り、新一は手伝おうとしたが邪魔になりそうだったので途中であきらめた。
二人でご飯を食べる。

何となく、お互いに言葉少なになってしまった。

ご飯の後、新一がコーヒーを淹れた。

「デザート、買ってくれば良かったな」

という蘭の言葉に、新一は鞄の中に入れてあったものの存在を思い出す。
新一は鞄から取り出した小さな包みを、蘭の前に置いた。

「ほらよ」
「えっ?」
「友チョコのお返し」

蘭の目がぱっと輝く。
それを見て新一は、お返しを準備していて正解だったのかと思った。

「開けて良い?」
「どうぞ」

蘭が包みを開くと、中から出てきたのは……。

「マカロン?」
「ん」

コンビニのホワイトデーコーナーに置いてあった、イチゴ味のマカロン。
小ぶりのわりに値が張る高級菓子だが、3つしか入っていないそれは、高校生にも手が出しやすい手ごろな値段だった。

蘭の笑顔に、新一は、とりあえず良かったと思った。

「せっかくだから、新一も一緒に食べよう?」
「へっ!?だ、だけど、それ、オメーにやったもんだし」
「でも、3個入っているから、ひとりだけで食べるの勿体ないもん。今日、二人で一つずつ食べて、一つは持って帰るから」

蘭に押し切られるようにして、新一は一つ口にした。
甘酸っぱい味が広がり、その美味しさに新一は、マカロンにして良かったと思った。


ホワイトデーにマカロンを贈るのは、「特別な人・大切な人」というメッセージになる。
けれどそれは、友人相手でも成り立つ言葉であり、まだ恋心を伝えられない今は、一番適切なお返しだと、新一には思えたのだ。


『願わくば……来年は、本命チョコを貰って、キャンディをお返しにあげられる関係になりますように』

新一の願いは、半分だけ叶うことを、今の新一は知らない。



side蘭 に続く



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