必ず君を捕まえてみせる(お題サイト「As far as I know」様。)
BY ドミ
(4)狡いだなんて滅相もございません
「青子。どうしたの、ボンヤリして」
「あー……何でもないよ、恵子」
ここ数日。
青子は上の空だった。
そして、青子自身にも、その自覚はあるのだが、それを周りの誰かに指摘されても、「なんでもない」と返していた。
「お子様青子のことだから、悩みっつっても、どうせ、腹減ったとかだろうぜ」
快斗がからかいの声を上げる。
「そーだね。青子、お腹すいたよ。今夜のご飯は何にしよっかなあ」
青子が快斗のからかいをあっさりスルーしたので、快斗を含め、周囲の皆がびびった。
☆☆☆
「快斗君。あんたの所為よ!」
昼休み、恵子に屋上まで呼び出された快斗は、いきなり詰られてタジタジとなった。
「オレが一体、何したっつんだよ!?」
「あんたが、青子をお子様呼ばわりしたからでしょうが!」
「んなの、いつものことだろー!?」
「でも!青子がおかしくなったのは、青子のようなお子ちゃまに怪盗キッドを捕まえるなんて無理だって、快斗君が言った時からじゃない!」
「うっせーな。あの時のフォローはちゃんと……あ!」
突然、慌てたような様子になった快斗に、恵子は怪訝そうな目を向けた。
「フォローしたの?」
「ま……まあな……(キッドが)」
快斗は迂闊にも、数日前のいさかいのあと、フォロー(?)を行ったのが快斗ではなく怪盗キッドだったことに、今更ながらに思い至っていたのである。
元々、青子は、「キッドがお子様青子を相手にする筈ない」という言葉で落ち込んだのだから。
怪盗キッドが青子を一人前の好敵手として認めたら、落ち込みも直る筈だと、簡単に考えていたのだが。
どうやら青子は、快斗に対して、機嫌を損ねたままであるらしい。
(青子がこんなに長く機嫌を直さねえって……やべえぞ。マジ、やべえ)
快斗は今更のように焦りまくっていた。
しかし情けないことに、怪盗キッドとしてではなく素の黒羽快斗としてだと、どうフォローしたら良いのか、見当がつかない。
「ちょっと!快斗君、真面目に答えてよ!」
「……フォローした積りだったんだが、もしかして、方法が間違ってたかもしんねえ」
「……」
恵子は一瞬目を見張ったが、そのあと、ちょっとだけ表情が和らいだ。
「そっか。ごめん、余計な口出しして」
「んあ?」
「……わたしには、仲が良い恋人未満の幼馴染なんていないから、よくわかんないけど。今は、青子も快斗君も、迷い道の途中なんだね、きっと」
「……どういう意味だよ?」
「だから、わたしにはわかんないって。ごめんね」
そう言って去って行った恵子を、快斗は憮然として見送った。
ただ……恵子は青子にとって、本当に得難い良い友人なのだということは、わかった。
「にしても。どうしたらいいってんだよ、こんちくしょう!」
快斗は誰にともなく、悪態をついていた。
☆☆☆
しかし、正直なところ、青子のボンヤリの原因は、快斗と恵子の予想とはいささか違っていたのである。
「青子は、快斗が好き。快斗が好き。快斗が好き」
青子は自室の椅子に腰かけ、呪文のように唱えていた。
今まで自分自身にすら、ハッキリと認めようとはしなかった気持ちを、今、敢えて口にしている、その訳は。
頬に口づけられたあの夜以来、気障な怪盗のことが脳裏から消えてくれないからである。
青子なりに、色々と考え、そして、調べてもみた。
そうして、得た結論は、
「スキンシップにより、キッドに思慕の気持ちを持つようになってしまったという、錯覚」
だった。
女性は、男性から触れられる事で、気持ちが引きずられてしまう事がある。
髪を撫でられたり、キスされたりする事で、相手を好きになってしまう事がある。
甚だしい例になると、レイプされた相手のことを愛するようになってしまう場合もあるらしい。
もちろん、必ずそうなるわけではなく、余計に嫌いになる場合だってあるが。
好きになってしまうか、ますます拒絶するようになるか、どちらか。
青子は、自分自身が「実はスキンシップで気持ちが引きずられ易いタイプ」であるのだろうと結論付けていた。
どこの誰ともわかっていない怪盗キッドに対し、心惹かれかけている。
これは危険な兆候だ。
だから、この次は用心し、決して触れさせてはならないと、青子は拳を握りしめた。
「快斗……」
きっと、快斗に触れられれば、キッドに芽生えかけたほのかな気持ちもきれいに消えるだろうと思う。
ただ、問題は、快斗と青子は幼馴染であり、触れたり触れられたりする間柄ではないということだ。
快斗に迫って、キスやそれ以上のことをやったとしたら、青子の気持ちは快斗に対して安定し、キッドに対しての心の揺れなど、きっと消えてしまうだろう。
けれどそんなことをしたら今度は、快斗から「お子様青子のクセに、こんな下品なことしやがって」と呆れられ、軽蔑され、もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。
快斗と、幼馴染ですらいられなくなるのは、嫌だった。
それだけは、避けたいことだった。
☆☆☆
「青子ちゃん、いらっしゃい。快斗はあいにく、出かけているけれど」
「おば様……」
「青子ちゃん。どうかしたの?」
目が赤く暗い表情の青子を、快斗の母・千影は招き入れ、お茶を入れた。
「おば様……ありがとうございます」
「どういたしまして」
千影は、息子の幼馴染である少女を、じっと見つめた。
千影には、仲の良い幼馴染の男の子などいなかったから、快斗と青子の微妙な心の揺れが今ひとつわからない。
ただ、二人には幼馴染としての歴史があるゆえに、その先に踏み込みにくいのだろうと、何となく想像がついていた。
「青子って……やっぱり、年の割に子供っぽ過ぎますよね」
突然の言葉に、千影は目をパチクリさせた。
「ん〜、別に、そんなこともないと思うけど」
「胸も腰も未発達だし……」
「それは、単なる個人的な体型の違いってだけで、中身がお子様かどうかとは、また別のことでしょう?」
「普段、お子様扱いされてる青子が……たまたま口がうまい男の人に、一人前の女性扱いされてるように感じただけで舞い上がって心揺れてしまうなんて、ホント、アホ子ですよね」
「……そうでもないと、思うわよ。何しろ、私が盗一さんと初めて出会ったときって……いきなり唇を奪われたんだもの」
「えええっ!?」
青子は、のけぞって驚いた。
お茶を飲んでいた途中であれば吹きこぼしていただろう。
「そそそ、それでおば様。まさか、キスされて盗一おじ様のこと……好きになっちゃったんですか?」
「ん〜。たぶん、それは違うと思う。惚れてしまったから、キスされても拒まなかった」
「えっ!?会ったばかりで……って、マジックショーの姿にひとめ惚れしたとかですか?」
「それは……たとえ青子ちゃんにでも、ちょっと言えないなあ」
少女のようにほほを染める千影。
千影にとって、盗一に恋をしたことは、きっと今でも、大切な思い出なのだ。
青子はふと、快斗と初めて会った時のことを思い出していた。
暗く沈んだ顔をしている青子を笑顔にさせたくて、快斗は覚えたてのマジックでバラの花を出してくれた。
幼いながらも、青子のために精一杯のことをしてくれた、快斗。
普段、意地悪で冷たい態度をとり、お子様扱いしていたとしても、青子が本当に辛い時は、不器用だけど精一杯の優しさをくれる。
続いた千影の言葉で、青子は我に返った。
「盗一さんが死んじゃったことはね。そりゃ、死ぬほどつらかったわよ」
「おば様……?」
「私はもちろんだけど。快斗も……あの子、もし盗一さんが生きていたら、このクソオヤジとか悪態ついたりして普通に反発して喧嘩もして、成長していけたと思うんだけど。何せ、小さい時に死んじゃったもんだから、ファザコンになっちゃってねえ」
「はい……」
盗一が死んだとき、青子は泣いたけど、快斗は涙を見せなかった。
泣けないようだった。
「あの子は、心に闇を抱えている。最近、あの子が変わったのは、父親の死の真相を知ったから……」
「えっ!?し、真相って……マジックショーの事故じゃ……?」
「事故が起こるように巧妙に細工がされていた。そして、あの人は……」
千影の悲痛な顔に、青子も胸が詰まる。
「け、警察には……?」
「警察が、あれは事故だと断定したのに、どうやって?」
「……キッドとは、関係がなかったんですね……」
青子の言葉に、千影が首をかしげた。
「青子は……なんとなく、快斗が変わったのって、怪盗キッドが再び出現したのと、関係があるような気がしてたんです」
「それは、どうして?」
「何となく」
「そう。女の勘ってヤツなのかしら?」
「でも!でも、今のお話だと……!」
「青子ちゃん。快斗の闇を払えるのは、青子ちゃんだけだって、私は信じているの」
「……!おば様?」
「勝手なお願いだけれど、あの子のそばから、離れないでいて欲しい」
青子は、ややためらいがちに、頷いた。
☆☆☆
カーテンが揺れる。
青子は、目を凝らした。
カーテンに浮かび上がるシルエット。
彼は一体、何の目的で、青子のもとを訪れたのだろう?
「なぜ、ここに来たの?」
「私を狩ると言っていたあなたが、予告した場所に現れなかったので」
「今日の現場は、狩りに適していないから、やめたのよ」
「せっかく、来演の日取りをお教えしたというのに、つれない方ですね」
キッドが近づいてくる。
青子は身をこわばらせた。
「キッド。あなたは、怪盗でマジシャンでペテン師だわ」
「まあ、そうですね。否定する気はありません」
「……甘い言葉を囁いて、手を取って口づけて、女の心を奪い、意のままに操る。ずるい人だわ」
「……ずるいだなんて、滅相もございません。私はただ……美しい花・可憐な花を、思いのままに愛でているだけです」
キッドの指が、青子の顎にかかり、顔が近づいてくる。
刹那。
「はああっ!!」
いつの間にか青子の手にあったモップが、渾身の力でキッドの脳天に振り下ろされた。
それをキッドはあわやというところで避ける。
シルクハットはモップの犠牲になって落ちた。
キッドは、今までの余裕がある態度が崩れ、あっという間にベランダの欄干からひらりと身をかわし、そして、見えなくなった。
「なんて逃げ足の速いヤツ!」
青子は、虚空に向かってプンスカ悪態をついていたが。
当のキッドは、欄干を超えたところで足を踏み外し、地面と仲良く抱擁していたのであった。
「みてなさいキッド!絶対絶対、捕まえてやるんだから!」
青子の雄たけびを聞きながら、キッドは、ほうほうの体で逃げ帰っていた。
(5)に続く
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なんだか、本当に迷走しているなあ、この話。
とりあえず、青子ちゃんの気持ちは、一旦、リセットされました。
一応、最終的な方向性は決まっている筈なのですが、さて?
2014年5月3日 脱稿