必ず君を捕まえてみせる(お題サイト「As far as I know」様。)



BY ドミ



(3)来演の日取りはお決まりですか?



あれほど、世間を騒がせている、怪盗キッド。
なのに、青子が「絶対に捕まえてみせる!」と決意してから、どういう訳かぱったりと、キッドの予告状は途絶えてしまった。

とは言え、ひと月にも満たない期間ではあるが。

「何よー怪盗キッドってば!青子の決意を知って、シッポ巻いて逃げてるのね!」
「まあまあ青子。多分、キッドが狙うような宝石が出て来ないからじゃないのかな。ここ最近、鈴木次郎吉さんも、怪盗キッドへの挑戦に飽きたみたいだし」

息巻く青子を、恵子が宥める。

「まあ、いいじゃねえか。キッドがいない方が、世の中は平和なんだしよ」
「快斗……」
「ほほほ。怪盗キッドはきっと、中森青子さんを怖れているのですわ」
「紅子ちゃん……そう思う?」
「ええ。そう思いますとも。青子さんこそ、キッドキラーですわね、黒羽君?」
「……あのなあ。天下の怪盗キッドが、こんな子ども女に恐れをなすわけ、ねえだろ!?」


快斗が青子に憎まれ口を叩くのは、今に始まった事じゃない。
今までと比べて、特別酷い事を言われた訳じゃ、ない。

なのに。
突然、青子の心を、何かが切り裂いて行った。


冷静に考えて、怪盗キッドが、青子に恐れをなしたなんて自惚れている訳ではない。
けれど、快斗の言葉は、棘のように心臓に突き刺さった。


いつもだったら、モップを振り上げるか、憎まれ口の応酬か、ある筈なのに、黙って下を向いてしまった青子相手に、勝手が違うと快斗が慌てる。

「あ、青……いってーっ!」

いきなり悲鳴を上げたのは、紅子が快斗の足を思いっきり踏んづけたからだった。

「い、いきなり何すんだよ、紅子!」
「お黙りなさい!ガキなのは、青子さんじゃなくてあなたの方よ!」
「ごめん……ありがとう、紅子ちゃん。でも、青子が子ども女なのは、本当のことだし……」
「青子さん!」
「あ、青子、待って」

青子がその場を走り去る。
恵子は一瞬だけ振り向いて、快斗を睨み、青子を追って行った。

「本当に、どうしようもない人ですわね!」
「も、元はと言えば、紅子があんな事を言うから……!」
「わたくしが何を言おうと、青子さんにセクハラ発言をかます正当な理由にはなりませんことよ」
「……ってもなあ。あの位の台詞、今に始まった事じゃねえぜ。何で今回だけ特別、傷付くんだよ!」
「さあ。それは、わたくしにも解りませんわ」

快斗は自分の髪をくしゃくしゃとした。

実は快斗にも、何となくわかっている事があって。
今の青子は、少しずつ「大人の女」に変わってきているからこそ、傷付く事もあるのだろうと思う。

「今更、態度を変えられるかよ……」
「黒羽君。君がずっと子どものままで良い、他の男に彼女を攫われても構わないと言うのなら、僕は何も言いませんが」
「ちっ。……面倒くせえなあ」

快斗は、青子が去って行った後を見ながら、思案していた。



   ☆☆☆



青子は、自室で灯りもつけずに、机に突っ伏していた。
快斗の失礼な発言・セクハラ発言は、今に始まった事じゃない。
親しみの籠ったからかいであることも、分っている。

でも、青子の心が軋むのは、何故なのだろう?


突然、カーテンが揺らいだ。
青子はいぶかしみ、立って窓の方へと向かう。
月の光に浮かび上がったシルエットに、青子は息を呑んだ。


「こんばんは、お嬢さん」
「き……キッド!」

全身白づくめ、シルクハットにマント・モノクル。
このスタイルは、怪盗キッドに間違いない。

先に白馬研究所で青子が言及したように、誰でも、その恰好をすれば、キッドに成りすます事はできるけれど。
青子相手に、キッドに成りすまして、益がある人はいないだろうし、第一、中森邸のベランダに堂々と侵入するような大胆不敵な事ができるのは、怪盗キッドを置いて他にいない。

「一体、何しに来たの!?」
「私を捕まえようとする可愛らしい女性探偵が誕生したという、面白い噂を聞きつけたのでね、見に来たのですよ」
「女性探偵?青子が?」
「おや、違うのですか?」
「違うわ!青子は、青子はねえ、探偵じゃなくって、ハンター……怪盗キッドハンターよ!」
「……なるほど。あなたの狙いは、謎解きではなく、狩りですか」
「謎解きは、それが好きな人がいっぱいいるんだから、任せるわ。青子は、あなたを捕まえて監獄に入れる!」

青子がキッドをピッと指差して言った。

「では、今、私を捕まえますか?」
「バカ言わないで。現行犯逮捕に決まってるじゃないの!第一、今捕まえようとしても、マジシャンのあなたのことだから、どんな罠が仕掛けられているか!」

いつの間にか、青子の心は高揚していた。
キッドを捕まえてみせる、その決意に変わりはない。
けれど……目の前に立つ怪盗に対しての感情が、少しずつ変化していることに、今の青子は気付いていなかった。

「次はいつ、盗む積りなの?」
「……残念ながら、決まっておりません。何しろ、私の食指が動くような獲物がありませんのでね」
「獲物?あなたにとって宝石って、狩りの対象なの?」
「そうです。青子嬢にとっての怪盗キッドと、同じですよ」
「あ、青子は!怪盗キッドなんか、大嫌い、なんだから!監獄に入れる為に、捕まえるんだから!真剣なんだから!キッドの遊びと一緒にしないで!」
「私が宝石を盗むのは、遊びではありません。真剣勝負ですよ」
「……何故……そんな事を……」
「おや。その台詞、あなたのクラスメートの探偵氏が、犯罪者相手に、かつてよく使っていた言葉ですね」
「はぐらかさないで!」
「その答。もし、あなたが私を捕まえる事ができた時に、お教えします」
「……!」
「来演の日取りが決まりましたら、青子嬢、あなたに真っ先に予告状……いや、招待状を、お送りしますよ」

キッドが青子の手を取り、引き寄せる。
抗おうとする青子の頬に、軽い口付けを落とすと、キッドは身軽に飛びのき、窓から出てベランダの欄干に乗った。

「それでは、可愛いハンターさん、またいずれ」
「バカああああっ!怪盗キッドのエッチーー!絶対絶対、捕まえて見せるんだからあ!」

ハンググライダーを広げて去って行ったキッドの姿に向かって、青子は拳を振り上げ、叫んでいた。



キッドの唇が掠めて行った頬が、熱い。
それが嫌じゃなかっただなんて、青子は自分でも認める事ができなかった。




(4)に続く


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超お待たせの第3話。

このタイトル、台詞としては「探偵側」のような気がするけど、どうも青子ちゃんの台詞としては(丁寧語を外すだけじゃ)しっくり来なくて。
まあ、こういう処理になりました。

何だかやばいですね。青子ちゃん、キッドに惚れそうです。
とは言え、キ青は、快青前提でこそと、私は思っています。


2013年9月15日脱稿