その瞬間、オレが、最期に見たものは。
4月の朧な満月と、そこに重なるオメーの泣き顔。
蘭、泣くな・・・そう言おうとしてオレは、暗黒に飲み込まれた。
☆☆☆
1ヶ月。
工藤君が亡くなってから、もう、それだけ経ったんだ。
ヤツ、今度のゴールデンウィークで、18歳になる筈だったんだよな。
長い休学から、帰って来たばっかりだったのにね。
蘭、可哀相。やっと、本当に恋人同士になれたばっかりだったのに。
正直、信じられねえよ。まだ休学が続いてんのかなって感じでさ。
オレら、ヤツが逝ってしまうとこ、見た訳じゃないんだもんな。
でも。毛利さんは、見ちゃったんでしょ?
☆☆☆
毛利蘭は、うつろな瞳で空を見上げた。
風が、ざあっと吹き上げる。
焦点の合わない瞳からは、涙がこぼれる事すらなかった。
春先迷路
byドミ
(1)進級の日
「いよいよ、明日から3年だね」
「ああ。短い春休みの上に、山ほどの課題で、全然休んだ気がしねえけど、もう学校かよ」
「仕方ないでしょ、それを条件に、新一の進級を認めて貰ったんだから」
オレと蘭とは、肩を並べて歩いていた。
忙しい春休みで、事件も容赦なく起こる上に山ほどの課題があり、デートもままならなかったが、今日は久しぶりにゆっくりと、映画を見たりして過ごした。
そして今から、蘭がオレの家に来て、夕飯を作ってくれる事になっている。
黒の組織との戦いが終わり、元の体を取り戻したオレは、蘭に今迄の全てとオレの気持ちを告白し。
まあ色々あったが許して貰い、無事、恋人同士となった。
そして、オレは、出席日数が大幅に不足していたけれど、成績の維持と膨大な課題をこなす事を条件に、からくも高校での進級を認めて貰った。
テストでは、ほぼ満足の行く結果が出たし、課題も全て終了させて、提出するだけ。
今年は大学受験があるけれど、数々の苦難を乗り越えて蘭と共にあれるオレにとって、その位、大した事はないように思えていた。
蘭と一緒なら、何も怖い事なんか、ない。
蘭と2人、スーパーで買い物をしてから、一旦スーパーを出た。
「あ。いっけない。新一んちの冷蔵庫、卵がなくなってたんだった。新一、ここでちょっと待ってて。すぐ買ってくるから」
そう言って、蘭は今出たスーパーに、また入って行った。
もうすっかり、家の中の事を蘭に任せきりの実情に、オレは苦笑した。
蘭と2人、本当の夫婦になる日を、夢想する。
遠からず実現させたいオレの夢だ。
まあ・・・今のところオレ達は、まだその・・・体の関係も、ねえけどな。
ふと、子供の声が聞こえた気がして、そちらを見る。
目の前の道路に歩道橋があって、声はそこから聞こえてきていた。
元太達よりまだ幼い、おそらく小学校就学前だろう小さな女の子が、歩道橋の・・・橋げたの上に立っていて、オレはギョッとした。
「ママァ、どこぉ?」
迷子か。
にしても、いる場所がまずい。
どうやって登ったんだ?
オレは、声をかけようと一歩を踏み出した。
その時、その子は高さに目を回したようで、足を踏み外してしまった!
「やべぇ!」
考えるより先に、オレは動いていた。
駆け寄って、少女を受け止める。
その、目の前に。
トラックが迫って来ていた。
「しんいち〜〜〜〜っ!!!」
蘭が叫ぶのが、聞こえた。
オレは、子供を抱えたまま、からくもトラックの前をすり抜けて、反対側の歩道へと転がっていた。
そしてそのまま、気が遠くなって行った。
ふっと気づくと。
オレは、高いところから、歩道橋と道路を見下ろしていた。
オレの体は、歩道に転がっている。
蘭が、オレの傍に屈んでいる。
大勢の人が、オレ達の周りを取り囲んでいた。
何だこれ?
話に聞く幽体離脱ってやつか?
ウソだろ、おい。
「新一、新一ぃ!」
蘭が、泣きそうな声でオレを呼んでいる。
泣くな、蘭、泣くな。
トラックとの接触も軽かったし、アスファルトには激突したけど、ただそれだけだ。
大した怪我も、してやしねえ。
オレは、ちょっと気を失っただけ。
だから、泣くな。
とにかく、早くオレの体に戻らなきゃ。
戻って、目を覚まして、蘭を安心させなけりゃ。
そうして、オレが、オレの体に近付くと。
オレの「体」は、むくりと起き上った。
「何っ!?」
驚くオレの目の前で、そいつは、オレそのものの笑顔で、言った。
「ここって、天国じゃねえよな」
周りからは、拍手喝采が湧き上がる。
そして、蘭は。
「馬鹿〜〜〜っ!!これ以上の天国がある訳、ないでしょう!?」
そう叫んで、そいつに・・・オレの体に、泣きながらしがみついていた。
「蘭!そいつは違う!オレじゃない、偽者だ!そいつに近付くんじゃねえ!」
オレの精一杯の叫びは、蘭には全く聞こえないようだった。
そしてオレが、慌ててオレの体に飛び込もうとしても、はじき出されてしまった。
「蘭!蘭!!騙されるな!」
オレの声は、蘭にも、周りの誰にも・・・そして、そいつにも、全く聞こえていないようだった。
そいつは、救急車に乗せられて、病院へ運ばれ、精密検査を受けていた。
病院で、オレの偽者であるそいつは、質問全てに淀みなく答える。
「大丈夫、擦り傷だけだ。運も良かったが、君、結構、体も鍛えているようだねえ」
「ええまあ。部活は2年前に止めてますけど、一応最低限の事は」
「なるほど。君は普段、頭脳だけしか使わないのかと思ったよ、高校生探偵の工藤新一君?」
「とんでもない。探偵には、体力も必要なんです」
待合室で待っていた蘭は、異常なしとの結果に、ホッとした顔をして、そいつを迎えていた。
「蘭。心配かけてごめんな」
「もう、無茶して!って言いたいところだけど。女の子をちゃんと助けて、新一も無事だったんだから、文句は言わないわよ。新一が起き上がるまで、生きた心地はしなかったけどね。あの状況なら、仕方ないでしょ」
「蘭・・・」
蘭が潤んだ目でそいつを見上げる。
そいつは・・・妙に優しい目で、蘭を見詰めた。
ぐわあああ!
そいつは偽者だ!
蘭、気付け。
そいつを近寄らせるな!
オレの叫びは蘭には届かず、蘭は全く、そいつが偽者だって事に気付きそうにない。
そして、蘭とそいつは、並んで病院を出た。
「オメーの手料理を食い損ねたのは残念だけど、もうこんな時間だから、送ってくよ」
「うん・・・」
蘭が頬を染め、そいつと手を繋いで歩いて行く。
う〜〜〜!
蘭に触るな、近付くな!
オレは何度も、体を取り戻そうと、そいつに近付いたけれど。
その体の本来の主である筈のオレが、はじき出されてしまう。
やがて、蘭とそいつは、毛利探偵事務所まで着き、階段を上り始めた。
2階と3階の間の踊り場で、蘭が足を止め、そいつを見上げる。
「ねえ、新一」
「んあ?」
「わたしね・・・ここ最近、悩んでいた事があったの」
「蘭・・・」
蘭が最近、悩んでいたのは、オレも気付いていた。
そして、それはたぶん・・・。
将来の事、進路というか、何をやりたいか、まだ定まってない、そういう事なんじゃないかと、オレは思っている。
「それって・・・進路・・・っつーか、オメーが何をやりたいか、って事なんじゃねえか?」
偽者の口から出た言葉に、オレはゾクリとする。
オレが一度も口に出した事なんかないのに、何でこいつは、オレの考えていた事まで分かったんだ!?
蘭が、目を丸くしてそいつを見つめ、そして柔らかく微笑んで言った。
「新一には、何でもお見通しなのね」
「んな事はねえよ。ただ、オメーが最近悩んでいる風だったのは、分かったから・・・」
何なんだ、こいつは一体、何者なんだ!?
「新一って、ずっと、きちんとした夢っていうか、目標、持ってたでしょ?探偵になるって事。そして、努力も重ねて、それを実現した。そんな新一の姿見てて、すごいな、って思って。で、焦ってたのよね、わたしって」
「蘭・・・」
「わたしには、ハッキリした目標も何も、ないんだもん。何もない自分が惨めっていうか・・・」
蘭。オメーはオメーだよ。
オレ達の年齢で、招待の目標をハッキリ決めてるヤツって、そう多い訳でもねえ。
オメーはゆっくり、時間かけて、やりたい事を見つけたら良い。
「オメーはオメーだし。オレ達の年齢で、将来の目標をハッキリ決めてるヤツって、そう多い訳でもねえだろ?ゆっくり、時間かけて、やりたい事を見つけたら良いと思うよ」
オレが考えた事と同じ事を、オレの体を乗っ取ったそいつは、口にする。
オレはまた、ゾクリとした。
「うん。今日、新一が事故に遭って。でも、無事でホッとして。そして、思ったの。わたし達には時間があるんだし、焦る事は、何もないんだって。ゆっくり時間をかけて、見つけて行ったら良いんだって」
「蘭・・・」
「わたしは、新一と、この先もずっと一緒にいられたら・・・あっ!」
蘭が、真っ赤になって口を押さえた。
やべ。
可愛過ぎるぜ、オメー。
オレは嬉しくて、頬が緩むのを感じていた。
霊体だけになっても、こういう感覚って、あんだな。
オレもだよ、蘭。
オメーとずっと一緒にいられたら良いなと思う。
いや、ぜってー、ずっと一緒にいるんだ。
「蘭。オレは・・・オレも、ずっとオメーと一緒にいてーと、思ってるぜ」
あいつが、蘭を見詰めて言った。
「新一・・・」
蘭が頬を染め・・・そして、心もち顔を上向かせて目を閉じた。
げ。
これって・・・まさか!
あいつが、蘭の頬に手をかけ、顔を近づける。
蘭!
逃げろ!
そいつに近寄るんじゃねえ!
オレは、そいつに殴りかかろうとしたが、またもや弾き飛ばされてしまった。
そいつの唇と蘭の唇が触れ合いそうになる。
蘭!
オレはこっちだ!
そいつは偽者だ、騙されるな!
オレは、必死で蘭に呼びかけた。
蘭が、パチリを目をあけ、そいつから離れた。
そして、きょろきょろとあたりを見回す。
「蘭?どうしたんだ?」
「新一。誰か、わたしを呼ばなかった?」
蘭が、気付いてくれた?
オレは、狂喜する。
その時、3階のドアが開く音がして、蘭とそいつは、慌てて離れた。
オレはホッと一息つく。
「蘭、帰ってたなら、早く入れ。ん?新一、オメー・・・!」
「あ、おじさん、こんにちは。蘭を送って来たので」
「そいつは御苦労。用が終わったんなら、帰った帰った」
「もう!お父さんったら!」
「それじゃ、蘭。明日また、学校で」
そいつは言って、蘭に手を振って階段を下りて行った。
オレの体に入り込んでいるあいつは、一体、何者なんだ?
すると、突然、目の前の空間に、ひとりの女が現れた。
「誰だ!?」
問いかけたオレに、その女が言った。
「いい加減に悟りなよ。アンタはもう、死んだんだ。あそこには、アンタのいる場所なんか、ないだろ?」
(2)に続く
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<後書き>
うわははは。
いきなり、ショッキングな出だしで、ホント、申し訳ありません。
ですが、最終的に、新一君は死んでいませんので、どうかご容赦を〜〜。
このお話には、元ネタがあります。
タイトルまで、そこから貰ってます。
元々は、少年同士の物語(汗)で、それを新蘭に置き換えました。
少年同士と言っても、やおいではなく、大親友同士のダチもの。
怪しいお話では、ありません。ない、筈。多分(笑)。
で、これはもう、元ネタをご存知の方は、完全に先が読めます。
ストーリーも殆ど一緒ですから。
でもま、せっかく新蘭で書くので、元ネタにはない(多分)ラブラブラブを、ぶち込む積りでいます。
元のお話も、完全に「ハッピーエンド」です(あ、別に少年達が「くっついた」って意味では、ないですよ(滝汗))。
ま、だから、ハッピーエンドはお約束です。
ただまあ。
一応、「コナンその後」って事になってますけど。
世界観はファンタジーチックで、「未来の思い出」以上に原作とは異なっています。
だから、「原作準拠パラレル」なんですね。
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