未来の思い出


byドミ



(1)始まりは、雷鳴と共に



「蘭、部活、今終わったのか?」
「うん。新一は?補習終わったの?」
「ああ。帰ろうぜ」

毛利蘭は、幼馴染の工藤新一と、肩を並べて歩き出した。
秋の日暮れは早く、夕闇の中を冷たい風が吹き付けて、蘭はブルッと身を震わせる。

「ねえ新一。最近あんまり警察からの呼び出しがないよね?」

蘭の問いに、新一はちょっとバツが悪そうな顔をした。

「まあ、日本警察の救世主が留年とあっちゃ、流石に体裁悪いからさ。暫くは呼び出しを控えてもらうよう、目暮警部に頼んでる」

工藤新一は、高校生探偵として高名で実績もあり、「平成のホームズ」「日本警察の救世主」といった異名を持っていた。
その新一が、数ヶ月に渡っての休学の末、復帰した。

元々は成績優秀な新一であるが、欠席日数があまりに多くなった為、進級するには学校側が提示した補習や様々な条件をクリアーしなければならず、警察からの呼び出しも最小限度に抑えてもらう必要があった。

けれども、警察からの呼び出しが少ないのは、そればかりではないのではと、蘭は思っている。
新一は、休学していた間「厄介な事件に関わっている」と蘭に説明していた。
しかし、帰って来た時に新一はその件に付いて何も蘭に説明してくれなかった。
新一が何ヶ月もかかり切りになるような大きな事件であってみれば、普通だったら大々的に報道されそうなものなのに、それもない。

その厄介な事件とやらは、思いのほか根が深く、新一が事件にあまり首を突っ込めない状況になっているのではないかと、蘭は密かに思っていたのである。

新一が帰って来てから、表面上は以前の日常が戻って来ていた。
新一と入れ替わるようにして現れた子供・江戸川コナンは、やはり入れ替わるようにいなくなった。
外国の親元へと引き取られて行ったのである。

何もかもが、ただ数ヶ月前に戻っただけのようだ。
新一は蘭と一緒に登校し、蘭の部活が終わる頃に新一の補習も終わって一緒に下校する。
只の幼馴染・・・とお互い言い張る、けれど誰よりも親しい異性の友人。

けれど、どこかが違っていた。

新一も蘭も、以前のままでは有り得ない。
数ヶ月の不在の末にやっと帰って来た新一に対し、蘭は期待と不安を抱いている。

もしかしたら、幼馴染以上の仲になれるかも知れないという期待。
反対に、新一が他の世界に目を向けた中で、他に大切な女性が出来て、今までの関係が崩れてしまうかも知れないという不安。

ただ、今の状況がいつまでもそのままの筈がないという漠然とした予感が、蘭にはあった。


新一と一緒に歩いていると、突然新一の携帯が鳴った。
以前は良くある事だったのだが、新一が帰って来てからは滅多になかった。

蘭はドキリとする。
また新一が、どこか手の届かない所に行ってしまうのではないかと、訳もなく不安になる。

「はい工藤で・・・はいば・・・宮野か?ああ・・・うん。分かった。そっか・・・サンキュー」

最初は難しい顔をして返答していた新一の表情が徐々に変わり、電話を切った時には、晴れ晴れとした笑顔になっていた。
新一は蘭に向き直って言った。

「蘭。もし時間あったら、オレんちに寄ってかねえか?」

蘭は戸惑いつつ答える。

「え?そりゃあ少し位は時間取れるけど・・・何で?」
「話があるんだ。大切な。その・・・もし今日ゆっくり出来ねえなら後日でも・・・良いけど・・・」

新一が歯切れの悪い口調で言った。

「大切な話?急ぎの用事じゃないの?」
「急ぎの用・・・じゃねえけど、早い方が良い。でも、ゆっくりと話せる時間は欲しい」

いつも自信満々な新一の目が、まるで迷うかのように揺らいでいる。
蘭はこの眼差しに見覚えがあると思って記憶を探った。
そして思い出す。

『オメーをわざわざ食事に誘ったのは・・・オメーに言っときたかった事があったからで・・・』

米花センタービル展望レストラン「アルセーヌ」で、新一がとうとう蘭に告げる事がなかった大切な話。
新一の眼差しはその時と同じだ、と蘭は思った。

蘭はドキドキしながら新一について工藤邸へと向かった。
今迄とは何もかもが変わってしまう予感・・・。
しかしそこで待っていたのは、蘭自身も新一にすらも、全く予想の範囲外の出来事だったのである。


   ☆☆☆


工藤邸に着いた二人は、けれどすぐに話はしなかった。

何となく、まずご飯を作り、二人向かい合わせで夕食を取る。

「今夜、おっちゃんの食事はいいのか?」
「今日は仕事で泊りがけになるって言ってたから。でもあの様子だと、また徹夜マージャンみたいだけど」
「引き止めて遅くなっちまったな。送って行くからよ」
「・・・それは良いけど。大事な話って?」

蘭は、ここで話をはぐらかされたら、また聞きそびれるような気がして、怖かったけれども、話を振ってみた。
新一が明らかに狼狽したような表情をする。

「・・・あのさ、蘭。本当は、帰って来てすぐにも言いたかった事なんだ。けど、そうも行かない事情があって。さっき帰って来る時、電話があったろ?あれは、懸案事項が全部クリアーしたっていう連絡で・・・」
「新一・・・?」

突然新一は蘭を真っ直ぐに見詰めて来た。
その眼差しに、蘭の心臓は大きく音を立てる。

「蘭。色々と、オメーに隠してた事、言わなきゃならねえ事がある。でも、まず言いてえ事があるんだ。オレは、ずっと昔から、餓鬼の頃から、オメーの事を・・・」

新一がそこまで言った時、突然、窓の外が白く光り、新一は言葉を途切れさせた。
その数秒後、屋敷を揺るがす程の大音響が響き渡り、屋敷の明かりが消えてしまった。

雷と、それに伴う停電である。

「キャアアアアアッ!」

蘭は思わず悲鳴を上げて、目の前にいた新一に縋り付いてしまった。

「蘭、蘭。大丈夫だよ、うちにはしっかりした避雷針があっから、たとえ雷が直撃しても大丈夫だ」

蘭は新一の甘やかな声に少し安心した。
そして気付くと、蘭は新一から強い力で抱き締められていた。

お互いの鼓動が、触れ合った胸から流れ込んでくる。
新一の動悸が激しく、息遣いが荒い。
それは蘭と違って、雷の所為などではないだろう。
蘭は本能的に自分の方からも新一の背中に手を回していた。


新一の腕の中で、蘭は安堵感を覚える。
ここは安らげる場所。
蘭が改めてそう感じていると、思いがけず耳元で新一の声がした。

「蘭。オレ、ずっとオメーの事が・・・」

その言葉の続きを聞く前に。
再び稲光と轟音が、今度は同時に襲って来て、蘭は意識を手放していた。


(2)に続く



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<後書き>

2004年の新蘭オンリーにて、「THE SALAD DAYs」オフセット版と同時発行だった、プリンター本の再録です。
一応、原作準拠設定ですが、ちょっとSFチックなお話?

元々全5話構成ですが、後日談というか、蛇足かもしれないオマケをひっ付けようかなあと、ちょっと考えています。

最近、某所で、似た設定のお話を読んで、すんげー驚きました。
が、誓ってパクリではありませんし、そちらの方も、まず間違いなくこちらのパクリではないです。(たぶん、当サークルの同人誌は、持ってらっしゃらないと思うので)
まあ、世の中、発想がかぶってしまう事は、ままあるようなので。寛大な御心で見ていただければ、幸いです。


 (2)「5年の空白」に続く。