re-start第Ⅰ部　Present time（１）小学校の卒業式

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by　ドミ

第Ⅰ部　Present time（１）小学校の卒業式

「ホラよ、蘭」
「し、新一……」

わたしは、目の前に差し出された袋を見て、安堵のあまり言葉を失った。
その日、わたしは日直で、クラスのみんなから集めたお金を入れた袋を、預かっていた。
だけど、それがどこに行ったのか、わからなくなってしまい、どうしても見つからなくて。
弁償もできないし、どうしようって途方に暮れていたら、幼馴染で同級生の新一が、見つけてくれたのだった。

「ありがとう、新一」

わたしがお礼を言うと、新一がわたしの頭をポンポンとたたいた。

それが、病院で目覚める前の、わたしの最後の記憶、だった。

　　　☆☆☆

わたしの名前は、毛利蘭。

春だけど、少し肌寒い風が吹く、3月20日。
わたしは、小学校の卒業式を迎えた。

「蘭……卒業、おめでとう……」
「蘭……くうっ……」
「お父さん、お母さん……」

お父さんとお母さんは、私立探偵と弁護士。
忙しい２人だけれど、揃ってわたしの卒業式に出席してくれた。

２人はそろって滝涙を流している。
滅多に泣く事もない２人なのに。

２人とも40歳をとっくに越しているので、同級生の親たちの間では、少し年がいってる方だ。
お母さんの方は、見た感じさっそうとしていて、まだまだキレイで若いけれど、お父さんは最近少し……ううん、かなりかな？ふけて来たような気がする。
でも、同級生の親より、うちの親が老けて見えようが何だろうが、わたしの大切な両親だ。

２人が泣いているのは、生き延びられるかどうかもわからなかったわたしが、今日無事、小学校の卒業式を迎えたからだ。

わたしは、空を見上げた。
今でも、実感がない。
あの頃の友だちは、もう……。

「らーん！行くよお！」

クラスメートから、声を掛けられる。

わたしが今日まで通っていた杯戸小学校は、私立の、小中高一貫校で、殆どの子はそのままエスカレーター式に杯戸中学に進むため、クラスはバラバラになっても別れるという感傷はない。
今日は仲の良かったクラスメート何人かで、遊びに行こうって約束をしていた。

「じゃ、お父さん、お母さん」
「ああ、行って来い」
「蘭。お友達も一緒だから大丈夫だと思うけど、充分気を付けるのよ」
「あ？何言ってんだ英理、蘭が危ねえ目に遭う訳が……」
「あなたこそ、何を言っているの！？今の蘭は、空手の名手じゃないのよ！」

時々、両親の言う事に訳の分からない部分があるけど。
あの２人の喧嘩はいつものことだし、ああ見えて仲が良いので、わたしは２人をほったらかして、クラスメートの後を追った。

と、突然。

「あ！あの人、カッコいい！」
「何でここにいるのかな？」

校門の前に車が止まり、そこに小さな花束を手に立っている男性が見えた。

「ねえねえ、もしかして、あの人、学生探偵の工藤新一じゃない！？」
「きゃあ！わたし、ファンなんだ」

同級生の間で黄色い声が上がった。
わたしは、息が止まりそうになって、固まった。
彼は目をあげ、わたしの姿を見ると、ニコリと笑った。
そして、近付いてくる。

「蘭。卒業、おめでとう」

そう言って、彼はわたしに花束を寄越した。
周りから更に悲鳴があがる。

「あ、ありがとう……」

彼――新一の目は微笑んでいるけれど。
その眼差しの奥に、哀しい色合いを見つけて、わたしはいたたまれなくなる。
彼は、真っ直ぐわたしを見ながら、わたしを通り越して、何かを見詰めていた。

わたしは胸がきゅうんと締め付けられる。
わたし自身に何が起こっているのか、何故こんなにも切ないのか、この時のわたしには分らなかった。

大人の姿・大人の声の新一には、いつまで経っても慣れなくて、落ち着かない。

「新一は？大学じゃないの？」
「大学の卒業式は、小学校の卒業式よりずっと早いんだよ」
「そ、そうなんだ」

そこへ。
黒塗りの大きな車が止まり、女の人が下りてきた。
茶髪の少し長めのボブ、カチューシャで前髪をあげている。

「蘭！卒業、おめでとう！」
「そ、園子……」

その女性――鈴木園子は、わたしにガバッと抱きついた。
ほんの少し香る香水。
もう、こんなに、大人の女の人なんだ……。

園子は、わたしの胸にペンダントを掛けてくれた。

「え？これ……」
「卒業プレゼント」
「園子。それ、今の蘭には早くねえか？」
「そーんなこと！女はいくつでも女、ですもの！新一君こそ、花束なんて邪魔になるし！それとも、プロポーズでもする積りだったの？」
「なっ！んな訳ねえだろ、バーロ！」

わたしも呆然としていたけど、周囲のクラスメート達もあっけに取られていた。

「蘭！今からパーッと遊びに行きましょ！」
「おい、園子！オレの方が先だ！」
「えー！？蘭、女同士の方が良いわよね！？」
「おい！」
「あ、あのー……」

どうやら新一と園子がわたしを取り合っているらしいことがわかり、わたしはおずおずと声を出した。

「今日は、クラスメートと約束があるから……」
「そっか。じゃあ、仕方ねえ。また明日な」
「ちょ……何勝手に決めてるのよ！あーでも、明日は都合が……仕方がない、蘭、わたしとは明後日ね！」

２人の勢いに、わたしはコクコクと頷いた。

「蘭！工藤新一と知り合いなの！？」
「一体、あの２人、何なワケ？」

クラスメート達から詰め寄られる。

「あー。あの２人は……わたしが米花町にいた時の、知り合いっていうか……」
「あ、こっちに引っ越して来る前の？」
「うん。お父さんとお母さんの仕事の関係で」
「そうなんだあ」

わたしは、ペンダントと花束をそっと撫でた。
振り返って２人を見る。

２人とも笑ってわたしに手を振ってくれていた。

わたしは小学校４年生で10歳の時に、杯戸小学校の転入試験を受けて無事受かり、ここ杯戸町に引っ越してきた。
なので、今のクラスメート達とはその時からの付き合いだ。

そして、新一と園子は……転校してくる前、クラスメートだった。
ううん、それは正確な言い方じゃない。
わたしの中では連続しているけれど、世界では、わたしが10歳で時が止まっている間に、10年の月日が流れたのだ。

わたしは10歳の時、大きな病気にかかった。
そして、その時の医学では、わたしを治す事ができなくて、そのままだと遠からず、死んでしまうって事だった。
なので、お父さんとお母さんはお医者さんと相談して、治療方法が見つかるまでの間、わたしを冷凍睡眠させた。

そして、10年経ち、病気の治療方法が見つかり、わたしは冷凍睡眠から目覚めた。
ただ、わたしは、病院に入院していた事とか、全然覚えてない。
ある時突然倒れて、意識が戻らないまま、冷凍睡眠に入ったんだってことだった。

世間では10年の月日が流れているから、あの頃のクラスメート達は、みんな大人になってしまっている。
わたしは、死んだってことにされてたし、10年前と同じ姿をしているから、知り合いのいないこの町に引っ越してきた。
でも、わたしの１番の仲良しだった新一と園子にだけは、わたしが冷凍睡眠から目覚めた時に、本当のことを伝えたんだって。

目が覚めた時、お母さんはちょっと老けたかなって程度だったけど、お父さんはすごく変わっちゃってて、事情を知らされる前のわたしはかなり混乱した。
そして、説明を受けて落ち着いてから、園子と新一にも、会ったのだけれど。

すっかり大人になった２人に、どうしても変な感じがしてしょうがなかった。
特に新一は、大人の男の人になって、顔つきも体つきもすっかり変わってるし、声変わりしてるし、分かっていても、受け入れるまで時間がかかった。

やっと落ち着いて、色々受け入れられるようになったけど。
今度は、わたしが子どものままなのに、仲良しだった２人はすっかり大人になってしまっているのが、寂しくて仕方がなかった。

きっと、２人に取って、子どものままのわたしは、一緒にいてもつまんないだけだろうって思う。
なのに、仲良くしてくれて、一緒に遊んでくれて、色々やってもらって、とても感謝してる。

今のクラスメート達とも、付き合いは３年近くなっているから、すっかり仲良くなった。
それでも、わたしはクラスの中に、わたしと同い年の園子と新一の姿を探してしまうことがあるのだった。

第Ⅰ部　Present time（２）に続く

　