re-start第Ⅰ部　Present time（２）トクベツな気持ち

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by　ドミ

第Ⅰ部　Present time（２）トクベツな気持ち

『ほらよ。棚と掃除道具入れの隙間に、落っこちてたぜ』
『新一……ありがとう！』

クラスの子達から集めたお金を、当番のわたしが預かってたんだけど。
そのお金がなくなって、わたしのお小遣いじゃとても弁償できないし、どうしようって本当に泣きそうになった時。

新一が、探し出してくれた。

あの時の新一、態度はぶっきら棒だったけど。
わたしのために、一所懸命探してくれたんだって、わたしは知ってる。

わたしが冷凍睡眠に入ったのは、その事件からすぐのことだった。
１０年の眠りから目覚める前、わたしはその時のことを夢に見ていた。

そして、今。
また、その時のことを夢に見てる。

新一は、その頃からずっと、探偵になりたがっていたんだって。
わたしが眠っている間に、その夢を叶えたんだね。

目が覚めたわたしは、頬が涙で濡れていた。
幸せな思い出の筈なのに、胸がキュッと苦しくなるのは、何でだろう？

２年前までは同い年の幼馴染だった新一。
そして今は、１０歳年上の大人の新一。

今日は、２人で、トロピカルランドに行く――。

わたしはまだ１２歳の子どもで。
新一は２２歳の大人で。
どう考えてもこれって、デートじゃないよね。

新一は、車を持っているけど（今まで何回か乗せてもらった事はあるけど）、春休みのトロピカルランドは平日でも超混むから駐車場に泊めるの大変だし、電車はグリーン車でも座れないかもしれないから、直通バスで行こうって言った。
すごく大切にされているって思う。

新一とはずっと仲良しだったし、昔も……意地悪だけど優しくて、いざという時は頼りになって……でも、すっかり大人の新一が、まだ子どものわたしに、こんなに優しくしてくれるなんて、思わなかった。

「珍しいねえ。今時の若者で、妹さんの面倒を見るなんて」

バスの中で、年配の方に声を掛けられる。

そうだよね。
今の、新一とわたしとでは、兄と妹みたいなもので、新一がわたしの面倒を見ているようにしか、見えないよね。
実際、そうだし。

何となく落ち込むわたしの手を、新一がキュッと握ってくれて。
すごくドキドキする。

２年前。
１０歳年上になった新一と、初めて顔を合わせた時。
すごく、ドキドキして、胸がキューンってなった。

あれは、大人になってしまった新一相手に、落ち着かなかったんだって思っていたけど。
最近、何だか違うような気がしてしまう。

ふっと気づいた。
もしかして、変わったのは、新一じゃなくて、わたしの方？

わたしは頭を振った。
何で突然、そんなこと思ったのか、よくわからない。

「蘭？どうした？気分悪いのか？」
「ううん……大丈夫」

新一の優しい声が嬉しくて、でも悲しくて、泣きそうになる。
悲しい？何で？
新一が大人で、わたしが子どもだから？

子ども扱いしないで欲しい、つらくなるから。
その言葉を、わたしは飲み込んだ。

トロピカルランドは混雑していたけど、色々なアトラクションを回って、とても楽しんだ。
トロピカルランドって、わたしがコールドスリープをしている間にできた遊園地で、すごく人気があるみたい。
わたしがここに来たのは、初めての事だった。

「次、あれにしようか」

新一が指差したのは、「ミステリーコースター」、ジェットコースターに乗っている間に色々な化け物と遭遇するってものだった。

でも――。

「や！イヤ！」
「蘭？」
「やだ！ここはイヤなの！」

わたしの脳裏に突然浮かんだのは、夕陽を受けて淡い光を放つ、血に染まった真珠……。
わたしは、パニックを起こして新一にしがみ付いていた。

「新一がいっちゃうから、やだっ！」
「蘭！？まさか、思い出したのか！？」
「え……？」

新一が、わたしの肩を強い力で掴み、真剣な眼差しでわたしを見ていた。

「新一……痛いよ……」
「あ……ご、ごめん……」

新一の力が緩む。

「思い出したって、何の話？」
「え？あ、イヤ……勘違いだよ。昔は、トロピカルランドなんて、なかったもんな」

新一の眼差しが一瞬悲しげに揺らぐ。

何だろう？
一体、何なんだろう？

でも、新一はそれっきり、何も言わなかった。

「あ、やべ。そろそろだ」

突然新一が言って、わたしの手を取って走り出した。
そして、床がモザイクタイルになっている広場に来て止まる。

「な、何、一体！？」
「スリー……ツー……ワン……ゼロ！」

新一の「ゼロ」という声と共に、いきなり周りに水が吹き上がった。
日の光を受けてキラキラ輝き、虹がかかる。
すごく綺麗！

「わあ……！」
「……オメー、好きだろ、こういうの」
「え……？」

わたしは思わず新一を凝視していた。

『オメー、好きだろ、こういうの』

いつか、新一が言ったような気がして。
でも、その新一は……小学生の新一じゃなくて。
今の、大人の新一でも、なくて……。

「どうした、蘭？」
「……ううん。すごく、綺麗。とっても嬉しい……」
「良かった」

新一が笑顔になる。

「でも。こういうのって、デートで恋人に見せるもんじゃないの？」

わたしが言うと、新一が奇妙な顔をした。

「新一ってさ。恋人、いないの？」

新一が一瞬、目を伏せた。
その辛そうな表情が、わたしの胸を刺す。

「恋人、か。いると言えばいるし、いないと言えばいない」
「え……？」

奇妙な答に、わたしは……何と返したらいいのか、わからない。

「わ、わたしと２人でトロピカルランドに来たりして……新一、その人に怒られたりしないの？」
「それは……」
「わたしは子どもだから、その人も何も言わないかも、しれないけど」
「……何も、言われないよ。まあ現状、オレの一方的な想いだしなあ」

新一がちょっと自嘲的に笑う。
わたしは、胸がズキズキと痛むのを感じていた。

「一方的なって……片思いなら、恋人とは言わないんじゃないの？」
「ああ。そうだな」
「せっかくなら、その人をトロピカルランドに誘えばよかったのに。もしかしたら、新一のこと、好きになってくれるかもよ」
「蘭」

新一が、少し屈んでわたしと同じ目線になり、わたしの顔を覗き込んだ。
わたしはドギマギした。

「オレはな。オメーと、ここに来たかったんだよ」
「し、新一……？」
「今はお前が……オレに取って、世界中の誰よりも大切なんだ……」

そう言って、新一はわたしの頭をくしゃっと撫でる。

「早く、大人になってくれ」
「新一……？」
「待ってるから」

そう言って新一が見せた微笑みは、いつもの、わたしを突き抜けて何か別のものを見ている眼差しで。
わたしは、胸が痛くて、仕方がなかった。

　　　☆☆☆

「で？どうだった？ヤツとのデートは？」
「ど、どうって……楽しかったよ、普通に。でも、デートじゃないでしょ」
「男と女二人きりなんだから、デートで良いのよ。で、やっぱり、ヤツの話はホームズばかり？」
「え……う、うん……って、何で知ってるの？」
「まあ、結構、愚痴をこぼされてたからねえ」

新一とトロピカルランドに行った次の日。
わたしは園子と、杯戸町のショッピングモールにいた。
洋服とかアクセサリーとか色々見て回って、今はカフェで一休み。
ここの名物のパフェをつついていた。

「愚痴って、誰に？」
「あれ？蘭じゃなかったっけ？」
「ううん……そりゃ、新一って昔から、ホームズの話を始めたら止まらないとこ、あったけど……」

小学校での新一とわたしは。
一緒に登下校したり遊んだりすることもあったけど、どっちかと言えば何人も一緒に遊ぶことが多かったし。
２人で遊ぶ時も、色々と冒険したり探検したり、泥んこになって駆けまわっていたし。

新一は昔からホームズ好きだったけど、新一といっしょにる時、ホームズの話ばっかりだったのは、ここ最近のことで、それを園子に愚痴った記憶はなかった。

「ねえ、園子」
「ん？なあに？」
「園子って、新一のことが嫌いなの？」

わたしが思い切ってきいてみると、園子は目を点目にしていた。

「え……？は！？い、いや、わたしは別に、ヤツのこと嫌ってる訳じゃ……」
「じゃあ、何で……わたしが新一と２人になるのを、邪魔しようとするの？」
「……何でって……それは……」

園子の困ったような顔に、わたしは胸がざわつくのを覚えた。

「も、もしかして園子、本当は、新一のことが……好きなの？もしそうだったら、ごめん、わたし……」

途端に、園子が椅子ごと派手に引っくり返った。

「そそ園子、大丈夫！？」

起き上がった園子は、苦笑いしながらわたしを見た。

「らあん。何でまた、そんな発想になる訳よ？わたしには真さんって恋人がいるって、何度も説明してんじゃん」
「あ……そ、そう言えば……でも……」

園子は椅子に座り直すと、真顔でわたしを見る。

「ん～。わたしはね。あんたたちのことを邪魔しようって思ってる訳じゃないんだ。第一、昨日はヤツに譲ったんだし」
「えっ？園子、昨日は用事があったんじゃ？」
「ちがうちがう。あれはポーズで、本気で邪魔する気じゃなかったのよ。ただね……新一君と今の蘭とでは、温度差があり過ぎて辛いんじゃないかって、気がかりなのよねー」
「お、おんどさ？」
「蘭。１２歳のあんたには、まだ、恋する気持ちってわからないでしょ？」
「え……？」

わたしは、考えてみる。
幼い頃から、新一はわたしの１番の仲良しだった。
でも、それは、新一が男の子だからじゃなく、女の子であってもきっと同じ。

それまでずっと一番の仲良しで、これからもずっとずっと、一番の仲良しなんだって思ってた……。
でも……。

「ねえ、園子。何だか変なの……」
「何が？」
「だって……冷凍睡眠って、完全に時間が止まってしまうんでしょ？」
「まあ、経験ないけど、そうなんでしょうね」
「でも、わたし……ねえ。凍っているのに、その間、何かが変わるってあるのかなあ？」
「蘭……」

わたしの記憶は、ちょっと曖昧な部分があったにしても、冷凍睡眠の直前から目覚めた直後にちゃんと続いてた。
なのに……何だかやっぱり、どこか違う。

記憶は鮮明に続いているのに、どこか、何かが違うのだ。

「わたしは……大人になった新一と会った時から、何だか変なの。昔と、違うの……それって、新一が大人だからなのかな？」

園子は、難しい顔をして考え込んだ後、口を開いた。

「蘭。わたしは、蘭が一番大事だから。新一君がどうであれ、蘭の味方よ。だから、蘭が新一君のこと、好きだっていうなら応援するし、蘭がそんな風には思えないっていうなら、新一君には悪いけど……」
「でも、だって！新一は、恋人がいるんでしょ？」
「……恋人がいるって、ヤツがそう言ったの？」
「わたしがきいたら、いると言えばいるし、いないと言えばいないって……」
「あちゃー。ヤツもまあ……誤魔化しができない男だからねえ」
「ご、誤魔化しって、何？わたしは……！」
「蘭が、嘘が嫌いなのは、知ってる。あんたは昔から、真っ直ぐな子だったもんね。そして、新一君も……推理や捜査の時とかは別だけど、基本は、嘘がつけない男なのよ。あんたたちは、よく似てるの」
「え……？」
「蘭。新一君の恋人って、今、この世には、いないのよ」

園子が痛ましそうな目でわたしを真っ直ぐ見ながら、告げた。
わたしの胸が、大きく抉られる。

新一の悲しげな顔の意味は、そうだったんだ……。
新一の気持ちを思うと、辛くて辛くて、わたしは涙がボロボロこぼれ落ちていた。

「可哀相……新一……」
「ま、まあ……可哀相っちゃ、可哀相だけどね。別に、蘭が泣くこたないでしょ」
「だ、だって……」
「でさ。傷心の新一君を慰められるのは、蘭しかいないって訳よ」
「え？な、何で！？」

それこそ、わからない。
新一がものすごく好きだった女の子が、もういないのに。
何でわたしが、新一を慰められるの？

「だって、ヤツに取っては、小さい頃から、蘭はトクベツだったからねえ」
「……」

だって。
もしも、新一がわたしの事、そういう風に思ってくれてたんだとしても。
それって、ずっと昔の、お互いに子どもだった時の話だもん。

わたしが眠っている間に、新一は別の子に恋をして、そして……辛い別れがあった。

「新一君の心の傷は、誰にも、どうしようもない。ただひとつ、可能性があるとしたら、蘭だけなの」
「わ、わたし……？」
「でもね、蘭。さっきも言ったけど、わたしにとっては、新一君より蘭の方が大切。だから、蘭の素直な気持ち次第よ。新一君のこと、そういう対象で見ても見なくても、他の男の子に恋をしても、わたしは蘭を応援するから」

わたしには、よくわからない。
新一のことを思うとざわざわするこの気持ちが何なのかも、よくわからない。

ただ、園子も新一も、わたしのことをとても大切にしてくれてるって、それはよくわかった。

３年前……本当は１３年前だけど、わたしの時間では３年前。
眠りにつく前のわたしは、新一のこと、大好きだったけど、男の子として好きだったんじゃないって思う。
でも、眠りから目覚めた後のわたしにとって、新一は「トクベツ」な存在になっていた。

（３）に続く

　　