12月(つき)の精霊たち



byドミ



(1)女王のおふれ



わたしは、森が好き。
春の暖かさの中も、夏の暑さの中も、秋の涼しさの中も、冬の寒さの中も、それぞれに、自然の恵みを与えてくれる、森が好き。

自然は、恵みだけではなく、厳しさももたらすものだけれど。
わたしには、いつも優しく、森の恵みが与えられているような、そんな気がする。


12の月の、どの季節も好きだけれど、特に、4月が大好き。
雪が溶けた地面からは、マツユキ草が花を咲かせ。
4月の風は心地よく、わたしを包み込んでくれる。



   ☆☆☆



それは、新年を半日後に控えた、大晦日の事。
蘭は今日も、森を訪れていました。

薪になる枯れ木や枯れ枝を集めていると、お城の兵隊の格好をした男の人から、声がかかりました。

「おや、べっぴんさん。こんな年末の森の中で、一体、何をしているんだい?」
「こんにちは、兵隊さん。わたしは、新年を迎える前に、このソリいっぱいの薪を集めなきゃならないの」
「おやおや、それは難儀な事だ。よし、俺も手伝うよ」
「……え?良いの?だって、兵隊さんは、兵隊さんのお仕事があるんでしょ?」
「ああ、構わないよ。俺の仕事は、薪集めが終わってから、十分間に合うから」
「兵隊さんの、お仕事って?」
「この森の中で一番大きくて真っ直ぐな、モミの木を、切って来いと言われているんだ」
「お城で開かれる、新年のパーティの為に?」
「ああ。そうだよ。何しろ女王様は気紛れでワガママだから、思いっきり立派な木が、必要なのさ」
「それは、大変じゃない!わたし、この森の中で、立派なモミの木がある所を知ってるの。薪集めが終わったら、そこに案内するわね」
「そいつは、ありがたい」



蘭は幼い頃から、身を粉にして働きました。
毎日、森に出かけては、森の恵みを受け取り、家の掃除や炊事洗濯をこなしておりました。

蘭の父親・小五郎は、多少怠け者の面があり、すぐに大口をたたいてしまう困った人でもありましたが、心根は真っ直ぐで憎めない人です。
蘭の母親・英理は、頭がよい働き者の美人でした。
英理は10年ほど前に、小五郎と些細な事で喧嘩をして家を出て行ってしまいました。
今でも二人は正式に別れておりませんし、何かあれば、蘭の手助けをしてくれます。
元々、小五郎と英理は仲が良過ぎて、すぐに喧嘩になってしまいますが、お互いに愛情は充分あり、決して、正式に別れてしまおうとはしませんでした。

ですが、年末を控えて英理も自分の仕事が忙しくなり、蘭達の住む家には、暫く来ていませんでした。
そして、小五郎は、自分の具合が悪い事を決して英理には言うなと、蘭に堅く口止めしていました。


蘭は何とか新年を祝う支度を整え、今日中に新年のお休みの間十分持つだけの薪を集めようと頑張っていました。
いつもだったら、日暮れまでかかっても集めきれないのですが、今日は、兵隊さんが手伝ってくれたお蔭で、真冬の昼が短い時間だというのに、まだ日がある内に、集め終わる事ができました。

「じゃあ、今度はわたしが立派なモミの木の所まで案内する番ね」


二人が去った後を、小さな影が見詰めています。
木の枝にいるカラスとリス、雪の上を移動しているウサギでした。

「いつもの蘭姉ちゃんだ」
「僕たちにいつも、パンを分けてくれる優しいお姉さんですね」
「そうね。でも、あの男の人は、初めて見るわ」
「お城の兵隊さんですよ。てっきり、森の乱暴者・オオカミを狩りに来たのかと期待したんですが……」
「見かけ倒しの臆病野郎だな!」
「違うわよ。兵隊さんは、狩りをする為に来たんじゃなくって、お城で行われる新年パーティの為に、モミの木を取りに来たの」
「あの兄ちゃん、蘭姉ちゃんのイイ人か?」
「そんなんじゃないって、わたしの女の勘が告げているわ」
「おっといけない、気を付けて下さい!オオカミの匂いが漂ってきます」
「それは大変、オレはオメー達と違って木の上に登って逃げるなんて事はできないから、先に行くぜ!」
「ウサギさん、気を付けて!」

リスはウサギに向かって手を振りました。


森の奥では、オオカミが2頭、歩いています。

「ジンの兄貴……腹が減りましたね……」
「ふん。だったらさっさと狩りに行ったらどうだ?」
「しかし、雪が積もったばかりのこの森の中、生き物と言えば、木の上のカラスとリス位ですぜ」
「カラスは不味いし、嘴で攻撃してくる。リスは木の上にいる間は手出しもできないし、腹の足しにもなるまい」
「おや。この匂いは……ウサギ?」
「まだ、ここを去って間もないようだな……」


ウサギは、そっと森の中を走っていましたが、後ろから近付く気配に慌てて、ピョンピョン飛び跳ね始めました。
するといきなり、ウサギは首の後ろを掴まれて持ち上げられました。

「いてーっ!何すんだよ!4月の兄ちゃん!」
「こらこら。そんな風に闇雲に走っても、オオカミに追いつかれるだけだろうが」


ウサギを捕まえたのは、まだ20歳前位の人間の若者に見える男でした。
実際は、人の寿命より長く生きている、精霊の1人なのです。


ウサギを追っていたオオカミは、舌打ちをしました。
精霊がウサギの比護に回ったのでは、太刀打ちできません。

「ウォッカ。他へ行くぞ」
「……丸々と太ったウサギだったのに……」
「精霊を怒らせるのは、何かと拙い。しかし、ヤツラが森の食物連鎖に介入して来るとは……」

オオカミたちはすごすごと去って行きました。


雪の上に下されたウサギは、助けてくれた若者に向かって、ふんぞり返って偉そうに言いました。

「まあ一応、礼は言っとくぜ」
「くくっ。気が強い奴だな。まあいい。今度はオオカミに目をつけられるなよ」

若者は笑って、跳ねて行くウサギを見送りました。

「さて……あの兵隊は、確か、高木渉といったか?彼は宮廷内に想い人がいた筈だし、朴訥な人柄だから、蘭にちょっかい掛けるような事はあるまいが……」


若者は、森の奥へと消えた、蘭と兵隊さんの後を追いました。
人間の青年と違い、雪の上に足跡を残す事もありません。

不意に、4月の精の前に舞い降りた人影がありました。
4月の精と同じ年頃の若者に見えますが、こちらも精霊で、女性でした。


「やあ、4月の兄弟、どこに行くんだい?」
「お前は、5月の……どこだって良いだろう。今は12月の兄さんの当番で、暇なんだし」
「まあ、暇だねえ。ボクもその点は同じさ。せっかくだから一緒に行って良いかい?」
「ダメ」
「ちぇーっ」

断られたのに、悪びれもせず、5月の精は4月の精の後を追って行きます。

「ねえねえ。人間なんて、ボクたちよりずっと寿命が短いんだしさ。精霊同士の方が良いと思わないかい?」
「……そんな事を考えて、誰かを好きになる訳じゃない」
「ん〜、まあそうなんだけどさあ」




冬の短い日は傾き、森の中は薄暗くなり始めていました。
そんな中、兵隊さんは蘭に案内されてやって来た森の奥で、ひときわ立派なモミの木を見て感嘆の声をあげていました。
そして、蘭の助けを借りながら、モミの木を切り倒します。

「ありがとう。とても立派な木だ。これだったらきっと、文句も言われないよ」
「お役に立てて良かったわ。わたしこそ本当にありがとう、兵隊さん」
「それじゃあね、娘さん。もし縁があったら、また会おう」
「さようなら、兵隊さん」


2人は手を振って別れ、蘭は自宅に向かって、兵隊さんは宮殿に向かって、それぞれ歩を進めました。



そして、宮殿では。
父王を亡くし、女王となったばかりの18歳の少女が、溜息をついておりました。
傍にいる年配の博士が、女王をたしなめます。

「これこれ、志保君。いや、女王陛下。溜息をつくと、運が逃げると申しますぞ」
「博士。あなたは科学者で、日頃、理論的な話ばかりしているクセに、溜息をつくと運が逃げるなんて迷信を言うワケ?」
「いやいや、ネガティブ思考はやる気を削ぎ、結果的に運を逃がしてしまう、これはれっきとした科学の範疇ですじゃ」

博士は物知りで、女王が幼い王女だった頃から、お抱えの教師でした。

「あなた様はまだ若いが、女王陛下となられたのじゃ。これからは、国民の範を示す為に、微笑みを絶やす事なく……」
「本当だったら、私が女王になる筈じゃなかったわ!これは、お姉様の役目だった筈!」
「へ、陛下……ですが、姉上様は10年前に流行り病でお亡くなりに……」
「母上と姉上と、いっぺんにね。それから私は、それまでのノビノビとした王女時代から一変して、帝王学をたたき込まれたわ!」
「陛下……」
「私が女王になって初めての新年。お父様が亡くなってしまったから、後を継いだだけ。親を亡くした悲しい年明け、なのに何がめでたいものですか!新年の祝賀会なんか、私は知らないわ!」
「へ、陛下。そういうわけには……民は皆、楽しみにしておりますし……」
「大体、こんな雪に閉ざされた季節の何がめでたいのよ!雪が溶けてマツユキソウでも咲いたら、めでたいと思っても良いけど!」
「陛下。ですが、マツユキソウが咲くのは4月。4月は決して、3月より先には参りませんし、3月は2月より先には参りません。そして2月が1月より先に参ることはありません。雪が溶けてマツユキソウが咲くのは、まだ先の事でございます」
「博士。あなたはそう言うけど、姉が昔、私に話してくれた事があるの。12月の精霊たちが皆集まっている、大晦日の夜の事を……あの話が本当なら……」
「陛下?」
「そうだわ!良い事を思いついた。目暮総理大臣をこれへ!」
「陛下、お呼びですか?」
「この宮殿にマツユキソウが届けられる事をもって、我が国の新年といたします。急ぎ、国中におふれを出しなさい。マツユキソウを宮殿に届けた者には、その籠いっぱいの金貨を褒美として取らせます、と」


女王の言葉に、宮殿の者たちはざわめきました。

王国の役人は、触れ書きを持って国中の街を回りました。

「我が国のめでたき新年には、冬が終わり雪は溶け、森にはマツユキソウが咲き乱れるであろう。マツユキソウを宮殿に持って来た者には、その籠いっぱいの金貨を、褒美としてわたす……と陛下が仰ったりなんかしちゃったりして」


薪を拾って帰って来た蘭は、このおふれの声を聞きましたが。
その時はまだ、「他人事」だと思っていたのでした。



(2)に続く


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このお話では、極力、固有の名前を書かずに話を進めております。
兵隊さんだの、王国の役人だの……。

どれが誰か分からなくなった方は、キャスト表と照らし合わせながらお読みください。
不親切設計ですみません。