12月(つき)の精霊たち



byドミ



(2)新しい年の宴



「ただいまあ」
「おお。蘭、お帰り。今日は早かったな……」

家に帰り着いた蘭は、いそいそと食事の支度を始めました。
お酒が入ったカメを動かそうとして妙に軽いのに気付き、蓋を開けて中を覗き込みます。

「あーっ!お父さんったら、またお酒を飲んだわね!お医者様に、ほどほどにしろって言われてたのに!」
「うっせーな!どうせ俺の命は長くないんだからよ、酒位、好きに飲ませろってんだ!」
「え……?」

蘭は父親の顔をマジマジと見ました。
心なしか、父親の顔はげっそりして顔色も悪いようです。

「あ、いや、冗談だよ、冗談!」
「……本当なの?」
「……英理には内緒にしといてくれ……」

観念した父親の小五郎が、話し始めました。
大晦日の今日、親切にも、主治医の風戸医師がわざわざ家まで様子を見に来てくれたこと。
そして、小五郎の命は、もってあと数か月と宣告されたということでした。

「そ、そんな……何とかならないの?」
「何ともならねえよ!だから蘭……酒位、好きに飲ませてくれ……」
「わかったわ……お父さん、何か買って来るから、待ってて」


蘭は、打ちのめされた気持ちで、僅かな蓄えを持って家から出ました。
新年の間、父親に好きなお酒を思い切り飲ませてあげようと思ったのです。

蘭が家を出ると、村の若者・若松俊秀が近づいてきました。

「若松さん、こんばんは」
「やあ、蘭ちゃん。この間の話は、考えてくれたかい?」
「すみません、今、それどころじゃなくて……」
「いいのかい?お父さんの治療に、お金がたくさん必要なんじゃ?」
「えっ!?」

蘭は驚いて若松を振り返りました。
何故、この男が父親の病気を知っているのだろうと訝ります。

「お父さんの主治医の風戸先生から聞いたのさ。よく効く薬があるけど、すごく高いんだって?」
「お薬が、あるんですか?」
「ああ。だけどすごく高い。小さな籠いっぱいの金貨位は必要だそうだ。もし蘭ちゃんが色よい返事をしてくれたら、僕はお金持ち、その位のお金はすぐに……」
「籠いっぱいの金貨……」

蘭は、小五郎が蘭や英理には苦労を掛けまいと、高価な薬の件を黙っていた事を悟りました。
そして、籠いっぱいの金貨について、つい先ほど聞いたおふれの事を思い出していたのです。

「だからさ。僕のお嫁さんに……」

蘭がおふれの事を思いだしていますと、若松は蘭の肩に手を回し抱き寄せようとしてきました。

「いやっ!」

蘭が突き飛ばそうとするより先に、急に小さな風が吹いて、若松の顔を吹き過ぎました。

「いてっ!目に埃が……」

若松は、蘭を抱き寄せようとした手を引っ込め、顔を覆いました。
蘭はその場を駈けて離れて行きました。



   ☆☆☆



森の奥。
1月から12月までの精霊が集まり、大きな焚火を囲んでおりました。

「さて。兄弟全員、集まったようだな」
「年に一度の、12月(つき)の兄弟が一堂に集まっての宴だね」
「それでは、12月の兄弟。1年の締めくくりだ」
「もう、森を訪れるお客もいるまい」
「誰もここに来る事ができないように、吹雪で森を閉ざそう」

一同の中で一番年嵩に見える12月の精が、杖を振り上げ、地面を叩きました。

「冬将軍よ、森を閉ざすがよい!誰も森に立ち入ることがないように!さて、1月の兄弟、後は任せたぞ」

12月の精は、1月の精に杖を渡しました。



   ☆☆☆



「蘭のヤツ……買い物に行くと言って出て行ったきり、どうしたんだろう……」

蘭の父親・小五郎は、ちょっと気になりましたが、村には蘭と仲良しの園子もいますし、きっとどこかでお喋りでもしているのだろうと考え直しました。
まさか蘭が、日が暮れた後に森に出かけるなんて、夢にも思っていなかったのです。

そして、ヤケ酒の影響でスッカリ眠り込んでしまいました。


一方、蘭は。
一旦こっそりと家に戻り、籠を一つ持って、スッカリと日が暮れた森へと向かっておりました。

今の時期、マツユキソウがあるなんて、有り得る筈がない事位、蘭にもよく分かっています。
それでも、森に出かけずにはいられなかったのです。


吹雪でした。
森の中は、木に遮られて幾分風は弱まりますが、それでも視界が効かない中を凍えながら、蘭は歩いていました。

森の木々が、ざわめきます。
獣たちも、ざわめきます。

「ごらん、4月の精の思い人が森に入って来たよ」
「道を開けろ、オオカミどもを近付けるな」
「あの娘に、髪の毛一筋程の怪我もさせてはならない」


普段、獣たちの言葉がわかる蘭ですが、今、森のざわめきを聞き取ることはできませんでした。
父親の病気とマツユキソウの事で、頭がいっぱいだったからです。


「兄貴。人間の女の匂いがしますぜ」

オオカミの一頭が、頭をあげてくんくんとにおいをかぎます。
すると不意に、木の上から声が掛かりました。

「ダメですよ。あのお姉さんは、あなた達が手出しして良い相手ではありません」
「お前は、カラス!」
「ウォッカ。諦めろ。あの女に手を出すと、こちらが危ない」
「ふう。出しゃばりな精霊がまた庇うってやつですね」
「そういう事だ、仕方がない」
「このお話の俺達は強いオオカミの筈なのに、どこぞの漫画の人間より弱いのは何ででしょうね?」
「さあ。作者の趣味だろう」
「それにしても、腹が減りましたぜ」

オオカミたちはトボトボと、また歩き始めました。
カラスはホッとして、その後ろ姿を見送ります。

蘭が4月の精の思い人だから守る……というだけの事ではありません。
優しい蘭は、森中の生き物たちから好かれていたのです。



雪が舞う真っ暗な森の中。
よく知った道の筈ですが、蘭は迷子になりそうでした。

歩き疲れた蘭は、木にもたれかかって座りました。
思わず、ウトウトとしてしまいます。

「ダメだよ、ダメだよ、蘭お姉さん、眠っちゃダメ!」

リスが蘭の頭の上にマツボックリを落としました。
蘭はハッと目を覚まします。

「そうだわ、わたしがこんなことろで倒れちゃ、お父さんはどうなるの?マツユキソウを探さなきゃ……」

とは言え、マツユキソウが今の時期に見つかる筈もありません。
それでも蘭は、気持ちを奮い立たせて、また歩き始めました。


今夜は月も雲の影に隠れ、道は本当に真っ暗です。

暗闇の中に白い小さな影が浮かび上がり、蘭は目をこすりました。

「蘭姉ちゃん。よく目をこらしてごらんよ。蘭姉ちゃんを導く光が見える筈さ」
「あなたは、うさぎさん?わたしを導く光って?」
「ああ。やっぱり蘭姉ちゃんには、オレ達の言葉がわかるんだ。蘭姉ちゃんのこと、ずっと見守っているヤツがいるからさ。大丈夫、信じて」

蘭は暗闇の中をジッと見つめました。
ウサギが言う通り、どこから射すものか、柔らかく小さな光が道を照らしています。

光が導くままに、蘭は歩いて行きました。
やがて、暖かく明るい火が森の奥で燃えているのを見つけました。


蘭がおそるおそる近付いていきますと、大きなたき火があり、その周りを人影が取り囲んでいるのが見えました。
全部で12人。
若者もお年寄りもいます。
女性も何人かいるようです。

一同は、蘭の方を見ました。
年嵩で口ひげのある男性ー12月の精ーが、重々しく言いました。

「ようこそ、新年の焚火へ」
「あ、あなた達は……」
「12の月の焚火に招かれる者は、この世に僅かしかいない。さあ、冷えただろう、こちらに来て火にあたるが良い」

蘭の手を引いて焚火の方に誘導するのは、蘭と変わらない年に見える綺麗な顔立ちをした若者です。
蘭は、初めて見るその青年ー4月の精ーに、不思議な懐かしさを感じながら、焚火の前へと歩を進めました。

「ああ……体の芯まであったまる……ありがとうございます」
「ま、焚火のあったかさが減る訳じゃあらへんし、遠慮はいらんで」

そう言ったのは、色黒で太い眉・涼しい目元の若者−8月の精ーでした。
その色黒若者に寄り添うようにして立つ、やはり蘭と同じ年頃に見えるやや釣り目がちの少女ー7月の精ーが、言いました。

「それにしても、何でこないな冬の夜に、森の中へ?蘭ちゃんの事は何度も見かけたけど、夜に来た事はあらへんよね」
「え?何故、わたしのことを?」
「ここにいる一同は皆、君の事をよく知っている。いつも森を訪れて、森の恵みを貰って行くが、欲に任せて余計に取って行ったりしない。働き者で親思いで綺麗な優しい娘さんの事は、皆、知っているよ」

最初に蘭の手を引いた4月の精が、言いました。
蘭は今更ながら、自分と同じ年頃の手が繋がれたままであることに気付き、胸がドキドキし始めます。

最初に声を掛けて来た、年嵩の男性が、言いました。

「手に籠を持っているようだが……正月間際のこの時期に、マツボックリでも拾いに来たのかね?」

目元に陰りがある、30前後に見える男性ー1月の精ーが、言いました。

「森も、時々は休まなくちゃならない。森の恵みも、いつも与えられる訳ではない。このような冬の夜に、森に入るものじゃないよ」
「わたし、わたし……マツボックリを取りに来たんじゃないんです。マツユキソウを取りに……」

蘭の言葉に、一同は一旦黙り込みました。

「はっははー!マツユキソウだってよ!じゃあ、君のお客様だ、4月の兄弟!」

そう言って、八重歯の少年(と蘭には見えましたが、実際は少女)ー5月の精ーが、蘭の手を引いたままの4月の精の肩をバンと叩きました。

「ねえ、新年のパーティに、キノコは欲しくない?それか、たわわなリンゴの実」

9月の精が蘭に尋ねます。

「要りません。食べ物は夏と秋の実りを使って十分に準備しました。イチゴもリンゴも、ジャムを沢山こしらえて瓶詰にしているわ!今いるのは、マツユキソウなんです」

4月の精は、蘭の手をぐっと握って尋ねます。

「マツユキソウは4月の花。今は12月から1月に変わろうとする時期。なのにどうして?君はいつでも、森の恵み以上のものを取ろうとはしなかったし、生き物すべてに優しかったのに」
「お城にマツユキソウを持って行くと、女王様が、その籠いっぱいの金貨を下さるんです」
「金貨……金貨、ねえ。確かに、黄金は価値があるけれど、君はそのような欲望とは無縁だと思っていたけどな!」

一見少女と見まがうような、華奢な女顔の少年ー9月の精ーが、訝しげに言いました。

「でも、お父さんの薬を買うのに、籠いっぱいの金貨が、いるんです!わたしはもちろん、お母さんだってそんな大金、持っていないわ。わたしには、この方法しか……でなければ、あの若松さんのところにお嫁に行くか……」

蘭はブルリと身を震わせます。
若松は、悪い人ではないと思うけれども、触れられる事を想像すると、ぞっとしてしまうのはどうしようもありません。


「お父さん?君の?」

そう尋ねたのは、優しげな目元をした青年ー2月の精ーでした。

「彼は……お酒を飲み過ぎるのはあれだが、今の時点では健康そのものだと思うけれどね」
「でも、お医者様が……」
「そういう事か……」

4月の精が、1月の精に向かって頭を下げました。

「1月の兄さん。オレに少しの間だけ、席を譲って貰えませんか?」
「私は構わないが……4月は決して、3月より先には来ないものだ。3月の兄弟、君はどうかね?4月のボウヤに譲ってあげるかね?」
「僕は構いませんよ。2月の兄弟、あなたはどうです?」
「僕にはもちろん、異存はありません。親孝行の娘さんの為に時間を譲ることは……」
「そうか。では、始めよう!」

1月の精が、自分の持っている杖を地面を叩きます。

「冬将軍よ、しばしその息吹を止めよ!森の木々を揺さぶるのを止めるのだ」

すると、今迄吹き荒れていた嵐が止みました。

「さあ次は、君の番だ、2月の兄弟」

2月の精は1月の精から杖を受け取ると、それで地面を叩きました。

「森はしじまの中で雪と氷に閉ざされ、全てが凍てつく」

森はしんと静まり返ります。
木々の間から、冬の星が冷たく瞬くのが見えました。

「では次に、3月の兄弟、お願いします」

3月の精は2月の精から杖を受け取り、それで地面を叩きます。

「まだ風に寒さが残る季節、雪と氷は少しずつ融け、道はぬかるむ。木や草が芽吹く」

風の中に少しだけ春の息吹が感じられ、地面の雪と氷が溶けて行きました。

「さあ、4月の兄弟、この杖を受け取るが良い」

4月の精はうなずき、3月の精から杖を受け取りました。

「雪解けのぬかるみはすっかり消え、マツユキソウが花開く」

蘭の目の前で、見る間に雪と氷はスッカリ消え去り、そして……森のあちらにもこちらにも、マツユキソウが花開いていました。

「ああ……!」
「蘭。急ぐが良い。兄弟たちが君に贈ったこの時間は、せいぜい1時間というところだ。早く籠いっぱいの花をお摘み」
「は……はい!」


蘭は慌てて籠を取り、マツユキソウを摘んで回りました。


「いい子ですね……4月の兄弟、君の想い人は」
「あの子を思っているのは、4月の兄弟だけじゃないですよう」

金髪の女性である11月の精が言うと、9月の精が拗ねたように突っ込みを入れました。
9月の精の背中をバンと叩いて、7月の精と8月の精が、からかうように声をかけました。

「仕方ないやん。蘭ちゃんはどう見ても、4月の兄さんしか眼中にあらへんし」
「せや、男やったら、諦めが肝心や」
「自分たちはカップルだからって、酷いですよ」
「だ、誰がカップルやねん!」
「せや、8月の弟とはそんなんやあらへんで!」
「7月の姉さんの指に光っているのは、8月の兄さんの指輪じゃないですか!よくそんな事言えますね!」

7月の精と8月の精は顔を見合わせて赤くなりました。

精霊たちは人間よりずっと長く生きますが、不老不死ではなく、婚姻も子育てもするのです。
森の季節をつかさどっている12の月たちも、少しずつ代替わりをしているのでした。

そして、彼らは、精霊同士だけでなく、時に人間を伴侶として選ぶ事もあります。
ただし、人間に先立たれる事は覚悟の上でですが。


精霊たちは、それぞれに、想い人に贈る為の指輪を持っています。
4月の精は、自分の指輪を取り出して言いました。


「兄さんたちが賛成してくれるのなら、もし、蘭がうんと言ってくれたら……オレは蘭に、婚約の指輪を贈りますよ」
「ええっ!?ずるいですよ、4月の兄さん!僕は賛成しません!僕だって蘭さんの事が……!」
「だから、蘭がうんと言ってくれたらと、言っているだろうが!」


精霊たちの間に、そのようなちょっとした諍いが起こっている事を知らず、蘭はマツユキソウを摘んでいました。




(3)に続く

++++++++++++++++++++++++++++


若松ってウザキャラですが、決してこういうズルいキャラではなかった筈では?
でもまあ他に適切なキャラがいなかったんですよ。

蘭ちゃんがみなしごで継母と継姉と一緒に暮らしている……という設定が消えた関係上、蘭ちゃんがマツユキソウを摘みに行く理由を別にでっちあげる必要がありまして。「小五郎さんの治療に大金が必要」という理由を作ったのでした。

12の月のキャストは大分迷って決めました。
で、7月と8月の2人だけは「仲間内でできている」という事にしました。