12月(つき)の精霊たち



byドミ



(4)女王の思惑



「陛下。新年祝賀会は、始められないのですか?」

総理大臣がお伺いを立てますと、女王陛下はつんとしてそれを却下しました。

「言ったでしょう。我が王国は、マツユキソウがお城に届けられるのをもって、新年といたします。それまでは……今日は12月32日。明日は、12月33日。明後日は……博士、何日かしら?」
「陛下。いい加減になされ。物事には秩序や順序というものがありましてな。マツユキソウは4月の花、雪深い今の時期、咲く筈がないものですじゃ」
「博士、だけどお城の温室には、春の花や夏の花も見られるじゃないの」
「あれは、人の手によって栽培された花々。マツユキソウは野生の花、こんな雪深い今の時期に、咲こう筈もないですじゃ」
「私は、お姉様から聞いた事があるの。冬の最中に、春と夏と秋が同時にいたって。博士は私の姉を、嘘つき呼ばわりするのね」
「陛下、陛下。それは怖れながら、嘘などではなく、姉上様が妹姫であらせられた陛下に、お伽噺を聞かせて下さっていたものかと……」
「いいえ、違う!そんなんじゃない!お姉様は確かに……!」


女王と博士の言い争いの声を、呆れて見やっているのは、宮廷女官達です。

「まったく、あの女王様の気紛れとワガママには困ったものだわね」
「この真冬に、マツユキソウが見つかる訳ないじゃないの」
「この分だと、新年の祝賀会は、12月120日ごろになりそうですよね!」
「まあまあ、皆さん。陛下はお若くして突然、お父上である先帝陛下を亡くされ帝位に就かれた、可哀想なお方なのですから」

他所の国から来た大使たちは、祝賀を言いたくても女王が拒否するものですから、所在無げに立っておりました。
王室の警護隊長が愚痴ります。

「一体何の為に、あのワガママで高慢ちきな女王様の警護をしなきゃならんのだ!」
「まあまあ……理不尽だとしても、それが、王国の国民としての義務でしょう」

警護隊長を宥めるのは、蘭が昨日森で出会った兵隊さんです。
今までになく、とても立派なモミの木を切って帰って来たというのに、女王陛下は労いの声ひとつ掛けなかったのでした。

兵隊さん達は語り合います。

「12月120日まで待ってたら、せっかく渉先輩が取って来た立派なモミの木がすっかり枯れてしまいますね」
「まあまあ、良いんじゃないか?その頃には王国は花盛り、モミの木がなくても華やかな新年パーティになるだろう」
「太閤さん……それは皮肉ですか、慰めですか?」
「皮肉など、とんでもない!僕は昔から、新年のお祝いは春になったらすれば良いと思っているんでね」

兵隊さんの1人は、皆から「太閤さん」と呼ばれていますが、本名は羽田秀吉。
なのに何故、太閤さんと呼ばれる事になったのかは、本人を含めて誰も知らない謎なのでした。


「何?それは本当かね?」

部下からの伝言に、総理大臣は顔色を変えました。

「大臣、どうしたの?」
「たった今、マツユキソウを持った女性が、城に到着したそうです……」

その言葉に、一同にどよめきが走りました。

「そ、そんなバカな……考えられん!」
「ふっ。博士の科学とやらが、崩れてしまったようね……」
「い、いや、まだわからんですじゃ!実物を見るまでは……!」


広間に登場した女性の清楚な美しさに、一同は見とれました。
次いで、その手に持つ籠が、紛れもなくマツユキソウでいっぱいになっているのを見て、再びどよめきが走りました。

博士が小声で女王に語りかけます。

「あの娘……ちょっと姉上様に似ていますな」
「いいえ。全然、似てなんかいないわよ」

女王は睨むように少女を見詰めます。
マツユキソウを持った少女は、臆することなく、女王の前に進み出ました。
そして、籠を差し出します。

「陛下。マツユキソウを取って参りました。どうぞ、お納めください」
「博士。受け取って、調べてちょうだい」
「紛れもなく、マツユキソウじゃ……こんな事、ある筈が……」
「どうやら、この王国に、新しい年が訪れたようね。みなさん、明けましておめでとう!」
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」

皆、ホッとした表情で、口々に祝賀を述べました。

「皆、マツユキソウを1本ずつ取って、胸につけるが良いわ。まさしく、新年のお祝いに相応しい花」
「あの、陛下……」
「あら。なあに、まだ何か用があるの?」
「約束の金貨をいただきたいのですが」
「ああ。そうだったわね。女官長、マツユキソウが入っていた籠に、同じだけの金貨を入れて持って来て」
「かしこまりました、陛下」

蘭は、ホッと息をつきます。
森で出会った兵隊さんが、複雑な表情で蘭を見ているのに、蘭は気付いていました。
欲張りな娘と思われても構いません。
父親の病気を治すために、お金が必要なのですから。

蘭が胸に手を当てた時、女王の顔色が変わりました。

「あなた。その指輪、どうしたの?」
「えっ?こ、これは……」

蘭は思わず指輪を隠すようにしました。
何故、女王が突然、きつい口調で問い質すのか、訳が分かりません。

「これは、いただいたものでございます、陛下」
「誰から?」
「そ、それは……お教えできません」
「一国の王たる私に、教えられないというの!?」
「陛下だけではなく、どなたにも、お教えできないのです」
「……マツユキソウはどうやって手に入れたの?」
「そ、それも……お話する訳には参りません、陛下」
「そう。仕方ないわね……」

女官長が、金貨を入れた籠を持って来て、蘭に手渡そうとします。
すると、女王がそれを押しとどめました。

そして、金貨を受け取ろうと差し出した蘭の手を掴み、その指から指輪を抜き取りました。

「この指輪とマツユキソウを、どうやって手に入れたのか、話しなさい。さもないと、この金貨は渡せないわ」
「へ、陛下!おふれの言葉を不意になさるおつもりか!?それは、一国の王として許されない所業ですぞ!」

女王の言葉に周りはざわめき、博士は思わず女王に向かって声を荒げました。

「博士。あなたの主人は、私なの?それとも、この子なの?」
「陛下!」
「いくら、私の教師であるあなたでも、何でも許されると思ったら間違いですからね」
「……金貨はいりません。お話することは、何もありません」

蘭は、顔面蒼白になりながらも、キッパリと言い切りました。

「わたしの指輪を、返していただけませんか」
「これは、あなたの指輪なんかじゃないわ!お姉様のものの筈よ!」
「そ、そんな筈、ありません!それは、大事な……!」
「誰から、もらったの!?」
「い、言えません!」
「私に言えないってことは、まともな方法で手に入れたのではないって事でしょ」
「そんな……!」

蘭と共にお城まで来た園子が、蘭の前に進み出て言いました。

「陛下!蘭はわたしの親友で、曲がった事が大嫌いな、真っ正直な子なんです!後ろ暗い事がある訳じゃなくて、きっと、言えない事情があるんです!その指輪を蘭に返してあげて!そして、おふれ通り、マツユキソウを取って来た蘭に、金貨をあげて下さい!蘭は、病気のお父さんの治療の為に、お金を必要としているんです!」
「……お金がいるのなら、こんな立派な指輪は売り払えば良いし、そんなドレスを買わなければ良いのに」
「ドレスは、わたしが蘭に貸したもので、指輪は大切な頂き物なんです!」
「2人とも、もう帰りなさい。これ以上ここにいたいのなら、逮捕して処刑してあげても良いけど?」
「陛下!」
「園子。行こう」
「でも、蘭!」
「ごめんね、巻き込んで……」
「蘭……!」

蘭は先に立って歩き始めました。
園子はその後を追って行きます。


「蘭……」
「園子。わたし、若松さんのお嫁さんになる」
「えっ!?何を言うの!?わたしがお金を出すよ!施しは嫌だって蘭が言うなら、何年かかっても良いから返してくれれば……」
「だって。あの指輪がなければ、わたしはもう……」

蘭の頭の中に、新一が指輪をはめてくれた時の言葉が繰り返されます。

『この指輪、絶対に、手放したり無くしたりしないで。もし指輪が無くなると、オレともお別れだよ』

死にそうな顔色をしながら、毅然として歩く友の顔を、園子が心配そうに見詰めていました。



一方、広間では、ざわめきが広がっていました。


「ワガママな方とは思っていたけど、あんな横暴な人だとは思わなかったわ」
「やれやれ。あのような主君を持たねばならないとは、我々も不幸としか言いようがない」
「あの娘さんが可哀想過ぎる」


誰が何を言っても、女王は堪えた風もなく、真っ直ぐ前を向いています。

「さあ。新年の祝いの宴を始めましょう!音楽を鳴らしてちょうだい!みんな、踊るのよ!」
「志保姫様……」
「博士。わたしはもう、姫じゃない、女王よ!」

女王が幼い頃から教師をしてきた博士は、心配そうに女王を見詰めました。

「警護隊長!」
「陛下。お呼びですか」

警護隊長は、嫌々ながらも、女王の前に進み出ました。
大変に能力のある警護隊長ですが、以前、仕事の中で雪崩に巻き込まれ、片目を失い、片足が不自由になるという大怪我をした事があります。

「あの娘の後をつけて、住処を見つけなさい」
「はあ?」
「そして、あの娘が森に出かける時は、私に知らせるのよ」
「はあ……けど、どうやって?」
「部下を連れてって、お城に寄越せば良いでしょう。あなたは娘の後をつけて、道に印をつけなさい」

警護隊長はお辞儀をして退出しました。
非常に気が進まない仕事ですが、王国の警護隊長である以上、女王に逆らうことはできないのでした。
そこは、宮仕えの悲しさというものです。

警護隊長に、女官の1人が近づいて小声で話しかけました。
警護隊長と幼馴染で親しい、綺麗な女性です。


「勘ちゃん!本当に、陛下の言った通りにするの?」
「仕方ないだろう。俺は、王室警護隊長だ。女王陛下に逆らう訳には行くまい?」
「で、でも……」
「まあ、俺の足が思う通りに動かず、あの娘をつけている途中で見失っても、仕方があるまい。なあ、由衣?」

警護隊長にいたずらっぽい顔で言われて、女官は最初、目を見開いていましたが、徐々に表情がほころびました。

「そうね。仕方がないわね」
「まあ最悪、俺の首が跳ぶかもしれんが……俺も仕事に誇りを持ちたいんでね。そん時ぁ、お前も新しい男を見つけて幸せになってくれ」
「か、勘ちゃん!」
「じゃあな」

そう言って、警護隊長はお城を退出しました。
心配そうに後を見送った女官の肩を、同僚の女官と女官長がポンポンと叩きます。


「大丈夫よ、由衣!もしも女王陛下が娘の足取りを追うという段になったら、陛下のお守り……い、いえ、お世話を口実に、私たちみんなで出かけましょう!」
「そうよ。陛下もさすがに大勢の目の前で、忠臣を処刑するなんて言える筈もないのだから」
「み、みんな……」
「大丈夫よ!」
「あ。俺達も勿論、陛下の身辺警護を口実に……い、いや、陛下をお守りするために、同行することになるだろうから、よろしく」
「兵隊さん……」
「ところで渉君。千葉君はどうしたの?」
「あ、警護隊長に同行を命じられて……でも、彼なら大丈夫」


自分の部下たちが、そのような密談をしていることも知らずに、女王は1人、玉座に腰掛けておりました。

「陛下……その指輪は、あの娘にお返しなされ」
「だから、これは、お姉様の指輪だと言っているでしょう!」
「陛下。あの娘は陛下と同じ年頃かと思われます。姉上様が亡くなった時、あの娘はまだ子どもだった筈。それがどうして……」
「私はね。あの子がお姉様から直接盗んだと言ってるんじゃないわ!そうじゃなくて……昔、お姉様に指輪を渡した男が、いつの間にかお姉様から指輪を取り上げ……お姉様の臨終に訪ねて来ることもなく……そして、お姉様の事をすっかり忘れて、あの娘にこの指輪を渡したのよ!」
「そ、そんな事は……証拠もないのに……」
「見てごらんなさい、この指輪!今までたくさんの宝石を見て来た私でも、見た事がない位に、輝いている……こんな指輪、この世に二つとある訳がない!」

志保が指輪を出して博士に見せます。
確かに、指輪の石はとても大きく美しく、光り輝いていました。
世界で一番大きいと言われる、とある王室所蔵のダイヤですら、このような輝きを持ってはおりますまい。

「……しかし陛下……姉上様が亡くなられたのは、もう10年も前の事ですじゃ……」
「だって!」
「もう、許しておあげなされ……」
「許せるかどうかは、その男に会って決めるわ!」
「では、もしや陛下は……娘に金貨を渡さず、指輪を取り上げたなら、その男に会いに行くだろうと踏んで?」
「ええ。その男に会って、お姉様に会いに来なかったその真意を聞かなければ、納得できないわ、私は!」
「……分かりました。しかし、皆、陛下の事を誤解しておりますぞ」
「意地悪でワガママで、っていうんでしょう?事実だから良いのよ。何を言われたって平気だわ」
「志保様……」


女王が幼い王女の頃から教師として傍にいた博士は、殆ど父親のような気持ちで、女王を見守っておりました。



   ☆☆☆



蘭は、園子に送ってもらって、家に帰り着きました。

「うおーい、蘭!酒がもうないぞ!」
「お父さん……」

蘭が昨日買って来たばかりのお酒が、もう、なくなってしまったようです。
いつもだったら、お酒を飲み過ぎる父親を叱り飛ばしているところですが、余命いくばくもなく、薬も手に入れられない今となっては、怒る気にもなれません。

「すぐ買って来るから!待ってて!」

蘭は涙を堪えながら言いました。
家にある僅かなお金を持って、お酒を買いに出かけます。
歩きながら、涙が溢れ落ちるのを止められませんでした。

「新一……わたし……」

マツユキソウを摘んで帰って来た時は、愛しい相手と結婚の約束をして、父親の病気を治す薬も手に入れられそうだと思って、あんなに幸せだったのに。

「わたしは、何もかも失ってしまった。新一も……それに、お父さんも近い内に……」

絶望しながら歩いていると、通りの向こうから、絶対に会いたくない相手・若松が歩いて来るのが見えました。

「やあ、蘭ちゃん」
「わ、若松さん……こんにちは……」
「相変わらず、粗末な服を着ているね」
「わたしにはこれで十分です」
「僕のお嫁さんになったら、いくらでも着飾らせてあげるのにな。君は美人だから、着飾ったらもっと綺麗になるよ」
「そういうのには、興味ありません」
「でも……お父さんの病気の事は、どうするんだい?」

蘭は身を震わせました。
父親の為にこの男に嫁ごうと、蘭は考えていました。
でも、触れられる事を想像すると嫌悪感に身が震え、返事ができません。

「まあ、ゆっくり考えてくれていいよ。でも、手遅れにならない内にね」

蘭はその場を駆けだし、お酒を買って家に帰り着きました。
空のカメにお酒を入れます。
そして、その場に泣き崩れました。

「新一……新一……」

指輪はなくなってしまったから、新一にはもう会えないと、絶望的に思います。
けれど、精霊たちが教えてくれた道の事を、蘭は思い出していました。

「できるなら最後に一目だけでも、会いたい……」


蘭は上着を羽織ると、森に向かって歩き始めました。



蘭の家の外で見張っていた警護隊長は、舌打ちしました。

「一応、形だけでも城に知らせて置くか。千葉……」
「了解しました」
「なるだけゆっくりでいいからな」

警護隊長の命を受けた兵隊の1人が、お城に向かって馬を走らせます。

「ゆっくりでいいっつったのに、あいつは……さて、俺は一応、形だけでも、娘さんの後を追うか。途中適当なところで、はぐれてしまおう」



蘭は、追跡者がいるのに気付かず、ズンズンと歩いて行きます。
蘭本人は方向音痴で、手元には指輪もありませんが、森に入るとリスやカラスやウサギが、道を教えてくれました。



一方、蘭の家では。

「蘭のヤツ。酒を買って来たのはイイが、また、どこに出かけたんだ?」

父親の小五郎が酒を飲みながら、ブツブツと言っていました。
そこへ、蘭の親友・園子が飛び込んで来ます。


「小父様!蘭は!?」
「んあ?どこかに出かけたようだが……」
「ま、まさか、早まって若松の所に行ったんじゃないでしょうね!?」
「は?わかまつ?何の話だ?」
「小父様!金貨なら持って来たわ!これで薬を買って!蘭にこれ以上、心配と苦労を掛けないで!」
「き……金貨って、何の事だ!?」
「とぼけないでよ!小父様の病気を治すお薬を買うのに、金貨がいるんでしょう!?」
「……!!蘭は、どうしたんだ!?」
「小父様のお薬を買うために、村の小金持ちの男に嫁ぐ決心をしたのよ!」
「何だって!?蘭!!」


小五郎は慌てて家を飛び出しました。
園子がその後を追います。

「おい。アンタら、どこに行くんだ?」
「あなた、確かお城で会った……蘭を見なかった?若松って男の所に行ったと思うんだけど」
「娘さんなら、森の方に向かったようだぜ」
「森っ!?」
「やれやれ。俺は今から娘さんを追うから、アンタたちを案内してやるよ」
「何ぃっ!?貴様も蘭を狙ってるクチか!?」
「そんなんじゃねえよ。いけない、このままじゃ見失っちまう。道々、説明してやるよ……」


警護隊長は不承不承、小五郎と園子を連れて蘭の後を追うことにしたのでした。



(5)に続く

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女王を誰にするか、色々悩んだ末に、志保さんに決めたのですが。
その時、考え付いたのは、秀明を絡めることでした。

女王のワガママの理由には、亡き姉への想いがあるのです。