12月(つき)の精霊たち



byドミ



(5)おしまいの道



指輪はないけれど、森の生き物たちが道を教えてくれるので、蘭は道に迷わずに進む事ができました。
突然、木の上のカラスが高く鳴きます。

「カアー、カアー。蘭お姉さん、後ろに気を付けて下さい!つけて来ている人達がいますよ」
「えっ!?」

カラスの声に、蘭は後ろを振り返りましたが、誰の姿も見えません。
何しろ、尾行には長けた警護隊長なのですから。

「つけて来ているのは、どんな人?」
「隻眼で杖を突いた男性と、目つきの悪く軽そうな男性と、頭空っぽそうな女性です!」
「隻眼……?多分、宮廷で見たあの人だわ!女王様がわたしをつけるように命令したんだ!」

蘭は、「目つきの悪く軽そうな男性」が小五郎の事で、「頭空っぽそうな女性」が園子の事とは気付かず、全員が宮廷からの使者だと思い込みました。

「しかもその後に、マッチョな男が1人、続いています」
「嫁ぐ前に、新一に一目会っておきたいという、わたしの願いは、叶わないのね……」

蘭は絶望的な気持ちになりました。

ちなみに、「マッチョな男」は、蘭に言い寄っている若松で、彼は蘭の父親である小五郎に挨拶に来ようとした時、森に向かっている一行に気付き、更にその後をつけていたのです。
蘭はその「マッチョな男」も、宮廷の兵士の1人と思い込みました。

ほどなく、古いカシの木の所にたどり着きます。
蘭は大きく息を吸うと、迷わず左側に―どこにも行かない道の方に―曲がりました。
一行の中に小五郎と園子がいる事を知っていれば、引き返す道を選んだでしょうが、蘭はもうこれしかないと思っていたのです。

「蘭お姉さん!そっちの道は違うよ!」
「危ないぜ!オオカミもウロウロしてるし、落とし穴も沢山ある!引き返せよ、蘭姉ちゃん!」

リスとウサギが、声を限りに叫びますが、蘭は後ろを振り返らずに歩いて行きます。

そして。
蘭の後をつけていた一行は、蘭の下した決断を知らず、わざと反対の右側に曲がりました。
警護隊長は、小五郎と園子に、道々、女王の命令について話をし、二人も蘭を困らせない為に反対の道に行く事を同意したのです。

「うー!こっちの道は狭くて険しいわ!」
「しょうがないだろう。あの娘さんの想いを無にする訳には行かないからな」
「蘭が……俺の為に……」
「そうよ、小父様!だから、自暴自棄になっちゃダメ!」



   ☆☆☆



一方、焚火の所では、12の月の精たちが、困惑した表情をしておりました。

「困りましたねえ。せっかく娘さんが気遣って本当の道を知らせないようにしたというのに、あの者達は真っ直ぐこちらに向かって来そうですよ」
「まあ、あの3人だけなら、迎え入れても問題はなさそうだが……」
「そう、更にその後ろをついて行ってるあの男が問題ですね」
「5月の!あの男が道を見つける前に、少しばかり懲らしめてやりなさい」
「えー!?ボクが行くの?肝心の4月の兄弟はどうしたのさ?」
「彼は、娘さんの事が気になって気になって、とっくに飛んで行っているよ」
「4月のヤツにも娘さんにも、試練の時だね。じゃあボク、行ってくる!」

そう言って、少年のように見える少女の4月の精は、若松を懲らしめに出て行きました。

「さて……あの3人をここに迎え入れるのは良いとしても、道を知られてしまうのはちと困る」
「そうですね……では、こうしましょう。今迄にも道がなく、この先も道がないところに、一時的に彼らを通す道を作るのです」
「では、そうしよう」

1月の精が手をあげると、木々が幹を移動し枝の方向を変えます。
まるで最初からそこに道があったかのようです。

警護隊長・小五郎・園子の一行は、間もなく焚火の所にたどり着きました。


「こんな森の奥深くで、新年を迎えたばかりの寒い夜、焚火をしている人がいる……」
「あーっ!すごくあったかそう!本当に凍えてたのー」

訝しむ警護隊長、焚火に駆け寄る園子。

「ようこそ、新年の焚火へ」
「アンタたちは、一体……?」

警護隊長の問いかけに直接答えず、1月の精は別の事を言いました。

「お前達は、あの娘の父親と友人、そしてあの娘を守ろうと動いてくれた者。客として歓迎する」
「な、何……?お前達、蘭の……?」
「あの娘は、我らの兄弟の婚約者となった。なので今は、我らの身内同然」
「ら……ら……蘭の婚約者だとう!?親に無断で、勝手に決めるなあ!」
「小父様。そういきり立たないで。だって村の若者でまともな男はもう結婚してるし、独身で蘭に相応しい男がいると思ってるの?」
「う……まあ、年が離れているが、俺の主治医の風戸先生辺りは……」
「あの医者は、やめておいた方が良いですよ」

1月の精と小五郎と園子の会話に、2月の精が割って入ります。
精霊たちは医術に長けた者が多いのですが、特に2月の精はそれが得意でした。

「な、何!?お前は一体……?」
「ああ。やはり、あなたは……酒の飲み過ぎで多少肝臓が疲れているが、ほどほどにしたら、まだまだ長生き出来ます」
「は……?風戸先生は、俺が、もってあと3か月の命だと……」
「あの医者は、腕は決して悪くないが、人格的に問題がある。娘さんを我が物にしたい若者とぐるになって、相応の謝礼と引き換えに、あなたを騙したんですよ」
「な、な、な……!」
「ねえ!蘭は!?ここに来てないの!?わたし達は、わざと、蘭と反対方向に歩いて来たのに、わたし達がこちらに着いたってことは……」
「はっ!しまった、あの娘さん、俺達の尾行に気付いて、わざと違う道を行ったのでは!?」
「察しが良いですね。その通りですよ。蘭さんは、私達に迷惑を掛けてはいけないと、わざと反対方向に……どこにも行けない、おしまいになってしまう道へと向かったのですよ」
「お、おしまいになってしまう道?」
「そう。穴に落ちるかオオカミに食われるか……」
「蘭!」
「蘭!!」

小五郎と園子が、慌てて今来た道を引き返そうとしましたが、道はどこにも見当たりません。

「嘘っ!蘭、蘭!」
「き、貴様ら……!」
「落ち着いて下さい、2人とも。娘さんには、我らの兄弟・4月の精の加護がある」
「し、4月の精?」
「我らは、この森の季節を司る精霊。娘さんがこの森でずっと危険な目に遭う事もなく森の恵みを受け取ることができたのは、弟の加護があったからなのです」
「もしかして、ずっと蘭をストーカーしてた訳?」
「ひ、人聞きの悪い。ずっと陰から守っていたんですよ。直に会ったのは、昨日が初めてでしたけどね」
「昨日、初めて会った!?そ、それで婚約とは、どういう事だ!?」
「弟がプロポーズし、娘さんはそれを受けた。たとえ会ったばかりでも、娘さんの方も弟を好いてくれたのは、確かな事だ」
「もしかして……蘭がしていた、あの指輪……」
「ええ。弟が渡した、エンゲージリングです」
「そっか……って、大変じゃない!その指輪、女王様に取り上げられてしまったのよ!」
「知っています。なので弟も今、娘さんの前に姿を現せずにいる。今は2人にとって試練の時ですよ」
「蘭……お、俺は認めんぞ!見知らぬ男と婚約なぞ!」
「娘さんは優しい孝行娘だ。あなたの治療のために、あの若松という男に嫁ぐ決意を固めていた。その娘さんがはじめて自分の意志で選んだ愛する男の事を、認めてもらえませんかね」
「小父様!わたしからも、お願い!」
「な、な、何で園子ちゃんまで?その男に会った事は、ないんだろう?」
「だって!指輪をしていた蘭は、幸せそうで、とても輝いてたのよ!蘭にあんな顔をさせただけで、わたしは……その人、信用できると思うの!」

親友を想い熱弁を奮う園子の姿を、色黒で精悍な男性の姿をした6月の精が、熱い眼差しで見つめておりました。


その頃、若松は。
5月の精に、フルボッコにされておりました。5月の精は精霊らしく魔法の力も持っていますが、何故か人間界の武術の使い手なのです。

「な……何で、筋肉モリモリのこのオレが、こんな華奢な男に……」
「男と間違えられるのはよくある事だから良いけどさ……ボクは、あんたのような見せ筋肉じゃないんだよ。って、もう気絶しちゃったか……」

気絶した若松を前に、5月の精は腕組みをしていました。

「さて。こんな男、オオカミの餌になってしまえば良いと言いたいところだが……あの心優しい蘭ちゃんは、それは望んでいないだろう。蘭ちゃんを泣かせるとボクが4月のヤツから怒られるからなあ。仕方がない、助けてやるか」

そして、若松は……大きな木の高い枝に引っかけられました。
フルボッコにする際には武術でしたが、木の上に引っ張り上げたのは、勿論、魔法を使ったのです。

目が覚めた若松は、下に降りる勇気が出ず、暫く木の上で過ごしましたが。
怒ったカラスに突かれて地面に落ち、ほうほうの体で逃げ帰る事になったのでした。



   ☆☆☆



一方、お城からは、女王様を始めとして沢山の人々が森に向かっておりました。
馬が引くそりに乗ったり、直接馬に乗ったり、色々です。
女王陛下は勿論、そりの上です。

警護隊長の部下・千葉は、注意深く、警護隊長が残した印を辿って行きました。
そして、カシの木の分岐点に来た時、警護隊長の残した指示に従い、右の方向に向かおうとしました。

「待ちなさい!こちらの道は、細く険しく曲がりくねっているのに、あなたは何故こちらの道を行くの?」

女王の叱責が飛びます。

「先に娘を追った警護隊長の目印に従っているだけですが……」
「……私は知っているのよ。あなた達の悪巧みを。一国の女王たるこの私を、たばかろうとした事を!」
「た、たばかろうなどと、そんな!」
「あなた達の処分は、追って沙汰します。全員、左の道へ!」

そして、女王一行は、左側の道へと進んで行きました。

「た、大変だ……!」
「おい、千葉。どこに行くんだ!?」
「け、警護隊長にお知らせしようと……」
「そうか。僕達は、もしもの時は娘さんを守る積りだから」
「分かりました。よろしくお願いします」

そして、兵隊たちは二手に分かれました。


蘭は、「おしまいの道」を、ゆっくり進んでおりました。
この道を行くからには、別に、急ぐ必要はありません。

遠くからオオカミの声が聞こえ、蘭は身震いしました。
この道は、オオカミに食われる事もある、おしまいの道。
自分がおしまいになる事には覚悟ができていましたが、優しい蘭の心に、迷いが生じ始めました。

「……わたしの後をつけて来た人たちも、この道を辿れば、おしまいになってしまうのかしら?女王様の命令に逆らえなかっただけなのに、それは気の毒だわ」

精霊たちに出会う道を行く事はできませんが、今から引き返してしまおうかとも、ちょっと考えました。
突然、視界が開け、目の前に湖が現れました。
冬の今、湖もどんよりとして命の気配が感じられません。

「行き止まり……」

蘭の脳裏に、愛しい人達の面影が浮かびます。

「お父さん……今、死ぬわけにはいかない。お父さんの薬を何とかしなきゃ。やっぱり、引き返すしかないんだわ……」

父親に薬をあげる為には、若松に身を任せるしかない。
それは少し想像しただけでもぞっとする事でしたが、何もかも失っても、それだけは何とかしなければと、蘭は思いました。

蘭が踵を返そうとすると、目の前に馬車とソリが現れました。
馬車から降りてきたのは女王で、蘭は目を見張りました。

「ここが、12月の精霊たちとの待ち合わせ場所なの?」

蘭は息を呑みます。
しかし、かろうじて答えました。

「一体、何のお伽噺をなさっているのですか?」
「あら。しらばっくれるのね。でも、これならどう?」

女王は、蘭が4月の精・新一からもらった指輪を取り出して見せました。

「あくまで白を切るなら、この指輪、湖に投げ込んでしまうけど、それでいい?」
「……どうぞ」

蘭は唇を噛みしめて答えました。

「そう。じゃあ、投げるわよ」

そう言って女王は腕を振りました。

「わたしの指輪……!」

蘭は思わず湖の方へ向かって行こうとしました。

「待ちなさい!指輪はまだ私の手にあるわ」
「え……?」
「これが最後よ。マツユキソウをどうやって手に入れたのか、この指輪を誰にもらったか、全部、話すのよ!」
「話せません!」

蘭は、蒼白となりながら答えました。
女王は今度こそ本当に、指輪を湖に投げ込みました。


「新一!」

蘭は愛しい人の名を呼びます。
すると突然、吹雪が起こりました。

「い、一体何が……?」

一寸先も見えない位の猛吹雪。
飛ばされないようにするのが精いっぱいです。

その中を、蘭が誰かの影に抱えられて連れて行かれたのに、一行の中で誰も気づいた人はいませんでした。
ようやく吹雪がやむと、周囲の風景が少しずつ変わり始めました。

「あの娘!どこに行ったの?」
「さあ。先ほどの猛吹雪が明けたら、もう娘さんの姿はどこにも……」
「探すのよ、早く!」
「ですが陛下、どこをどう探したらいいのか、さっぱり……」

一同はきょろきょろと辺りを見回しました。
そして、異変に気づきます。

「何だか暖かくなってきたような……」
「見ろ!いつの間にか周りの雪が……それに、湖の氷も、溶けている!」
「木々も葉がついている!」
「あれは……マツユキソウじゃないか!?」

突然、春が訪れていたのです。

「こ、こんなバカな。こんなこと、ある筈が……」
「博士。現実を認めましょう。今、ここには春が訪れているの」
「陛下……ですが……」

一同は、不安そうにあたりを見回しました。

「暖かい……いや、暑い?」
「とてもこんな上着なんか、着ていられませんわ」

いつの間にかマツユキソウは姿を消し、あまりの暑さに、一同は上着を脱ぎ始めました。

「や、あそこにイチゴが……それに、キイチゴも!」
「本当だ、沢山!」
「って、今はイチゴにかまけているどころじゃないと思うのだけど」

「あら、あちらの方で枝が揺れているわ。きっと、あの娘ね」

女王が、枝が揺れた方に向かって歩いて行きます。

「陛下!闇雲に歩き回ると、危険ですぞ」
「きゃあああああっ!」

突然現れたオオカミの姿に、女王は悲鳴をあげました。

「いや!助けてえ!」
「陛下!」

驚いて転んでしまった女王の上に、女官の1人が庇うように覆い被さりました。
兵士の1人がオオカミに向かって鉄砲を打ちます。
オオカミはそれに恐れをなしたのか、突然、身を翻して去って行きました。


「兄貴、さすがに鉄砲は怖いですよね……」
「バカモノ。もうすぐ嵐が来る。だからあの場を引いただけの事だ!」

オオカミたちの会話は、人間達には唸り声や吠え声にしか聞こえません。
ともあれ、一同、胸を撫で下ろしました。

「陛下!お怪我は?」
「お前の名は?」

女王を庇った女官は、戸惑いながら答えます。

「小林澄子と申します、陛下」
「そう。褒美は何が良い?」
「え?褒美って……」
「どうせそれが目当てなんでしょ?」
「へ、陛下!私は……!」

そこへ突然、大嵐が襲いました。
オオカミの一頭が言った通りです。
一同は悲鳴を上げて、木にしがみ付き、何とかしのぎます。

しかし、先ほど女王を庇った女官の澄子は、風に攫われて行ってしまいました。

「美和子さん、シッカリつかまって下さい!」
「渉君!澄子さんが……!」
「助けたくても、今手を離せば、美和子さんも僕も飛ばされるだけです!」

他の者達も、自分たちがしがみ付くのが精いっぱいで、とても他の人を助けるどころではありませんでした。


嵐がやんだかと思うと、今度は落雷があり、一同は悲鳴を上げて座り込みました。
大雨が一同を襲い、一同はずぶ濡れになりました。
秋が訪れたのです。

「春・夏・秋……全ての季節を従えた精霊たち……お姉様のお話は、本当だったんだ……」

女王が呟きました。



   ☆☆☆



「し、新一……!」

蘭は、強い吹雪の中、もう会えないかと思っていた新一の腕に攫われていたのです。

「蘭。よかった。やっとオレの名を呼んでくれて……」
「え?」
「この森の中では、蘭がオレの真名を呼んでさえくれれば、いつでも駆けつける事ができるんだ」
「で、でも、わたし……あなたから頂いた指輪を、なくしてしまって……」

そう言って左手をかざした蘭は、そこにまばゆく輝く指輪を見つけ、息を呑みました。

「蘭が、指輪惜しさに、オレ達の事を話したりしないでくれて、良かったよ。もし、蘭がそうしていたら、本当にもう二度と会えないところだった」
「新一……?」
「もう、大丈夫。蘭の意思で外そうとするのでなければ、今後、指輪が蘭の手から外れる事はない」
「新一。でも、わたし……金貨を……お父さんの薬を買わないと……だから……新一のお嫁さんになる事はできないの!」

蘭が苦しげに言います。
新一は苦笑しました。

「蘭。オレが、愛する人の親も守れないような甲斐性なしとは、思わないでくれ」
「新一……?」
「実は、金貨を出す事も不可能ではないんだが……オメーのお父さんは、病気なんかじゃない」
「え?えっ!?」
「若松がオメーを手に入れる為に、風戸を買収して、嘘を言わせたんだよ。親思いの蘭なら、薬を手に入れる為に、きっと何でもするだろうと思ってな」
「じゃ、じゃあ……お父さんは、大丈夫なの?本当に?」
「ああ。多分、結構長生きすると思うぜ」
「良かった……!」

蘭は、手で顔を覆って涙をこぼします。
新一はそっとその手をどけると、蘭の涙を拭き取りました。
そして、新一の顔が蘭の顔に近付きます。

蘭は、一瞬目を見張った後、そっと目を閉じました。

2人の唇が重なり……お互いに、甘い幸福な痺れに体中を包まれたのでした。



(6)に続く


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あああ。やっぱり新一君の出番は少ない……。
で、やっと二人の初xxxですが、あっさりと終わりました。

次回で最終回です。

2013年12月31日脱稿


(4)「女王の思惑」に戻る。  (6)「森は生きている」に続く。