Stay with me〜異聞・竹取物語〜



byドミ



(9)全ては、あるべき世界へ



「蘭!蘭を返せ!お前達の世界に、連れては行かせない!」

新一皇子は、蘭の体をしっかり抱きしめて、離そうとしません。
明美がもがいても暴れても、新一の腕は決して緩みませんでした。

明美の顔に、焦りの色が浮かびます。
異界との間の扉が開いているのは、そう長い時間ではないのです。

「早く!早くこちらに来て!」

今迄冷静な表情だった哀が、焦った表情になって叫びました。

「離せ!離しなさい、さもないとお前を殺す!」

明美は袂(たもと)から、何か細長いものを取り出し手に握ると、その先端をぴたりと新一の額に当てました。
新一が見た事も無いものですが、それが武器だというのは、直感しました。

「たとえ殺されたって、絶対に離さねー!蘭自身が望んでいて幸せになれるのならともかく、オメーは蘭の心を殺し体を奪おうとしている。そんな事は許せる訳が無い!絶対、離さねーよ!」
「ならば、言葉どおり・・・死んでおしまい!」

新一皇太子はその瞬間、死を覚悟していました。
それでも、蘭を離そうとはしません。
蘭の心を殺される事だけは、何があろうと、絶対に阻止する心算でした。

と、突然。
新一の額に押し当ててあった武器は外れ、蘭の手がググッと曲がったと思うと、蘭のこめかみに、それが押し当てられたのです。

「な・・・何をするの、蘭!?」

明美の言葉に、新一はハッとして事態を悟りました。

「よせ、止めろっ!らああああああああああん!!」

新一は蘭の手から武器をもぎ取ろうとして、激しく揉み合いました。

『新一様を、殺させはしない!』

声として発せられたのではありませんが、その言葉は、その場に居る者皆の心に響きました。

「蘭、止めなさい!自殺する気なの!?」

蘭の口から、明美の言葉が発せられます。

『たとえ私の命に代えても、新一様は殺させない!それに、新一様やお父様達と遠く離れて、二度と会えない別の世界に連れて行かれるくらいなら、いっそ・・・!』

蘭の体は、明美の意思と蘭自身の意思がぶつかり合って、奇妙な動きをしています。
新一は必死で、蘭の体を取り押さえようとしました。
武器の事だけではなく、このまま放置すると、蘭の体がバラバラになりかねないと思ったのです。


「やめろ!」

その場に、強い声が響きました。
御使いを名乗っている哀の傍にいた、男の声でした。

「明美・・・!もう止めろ・・・止めるんだ・・・」
「大君!私は、あなたの所に、帰るの!帰るのよ!」
「その子は・・・俺とお前との子孫だな?」
「えっ?」
「私達の子供だ。既に、この世界で幸せに暮らしている・・・もう、親離れしているのだよ。だから・・・放してあげなさい・・・」

蘭の体を借りた明美は、ハッとしたように眼を見開きました。
その場にいる皆の頭に、不意に、イメージが浮かびました。


   ☆☆☆


『あなたは、大と私の子。異世界で生まれ育って、父親にも会えない、不憫な子・・・せめて、この世界で、幸せを掴んでね・・・』

蘭に、少し感じが似た、優しげな黒髪の綺麗な女性が、腕に抱える赤ん坊に、語りかけていました。
そして。

『お前は、この世界で、愛する人を見つけたのね・・・幸せに生きているのね・・・良かった事・・・』

年老いた女性の今際の姿らしいビジョンが、映ります。
壮年になった男性の頬を撫でて、涙を流していました。

『ああ・・・私は、故郷に帰りたい・・・大切な人に、今一度、会いたい・・・大君・・・哀・・・』

涙を一筋流して、事切れました。


   ☆☆☆


「ああ・・・どうして、忘れていたのかしら?この世界で死んで500年・・・魂だけの存在になって、それでも、帰りたいと。もう一度、大君に会いたいと。その願いだけが、妄執となって、残ってしまったのね・・・」
「明美!」
「大君。あなたと私の子供は、この世界で伴侶を得て、幸せに暮らした・・・そして、その子孫達も・・・」
「ああ。明美。傍についていてあげられなくて、すまない。俺達の子供を、この異世界で、大切に守り育ててくれて、ありがとう」


蘭の姿を借りている明美は、涙を流しました。

「ごめんね・・・忘れていたわ・・・小五郎、英理、そして蘭。あなたは、私達の、子供達・・・大切な・・・あなた達の幸せを、願っていた筈だったのに・・・」


大と呼ばれた男と、哀は、辛そうに目を伏せました。

「私だって、お姉様を連れて帰りたい。たとえ罪を犯す事になっても。でも、もうそれは、出来ないのね・・・その娘には、蘭さんには、蘭さんの心が、意思があるのだから・・・」
「哀。大君。迎えに来てくれて、本当にありがとう・・・ずっと、永遠に・・・愛してるわ・・・」

明美の流す涙に、その場に居る誰もが、今までの事を忘れて哀れみの気持ちでその様子を見ていました。

「お姉さま。その体ごと連れ帰る事は無理だけど、お姉さまの魂だけをこちらの世界に連れて行く事なら可能だわ。一からのやり直しになるけど、私達の世界で再び転生する事が出来る」

哀の言葉に、明美はハッとした様に顔を上げました。
涙で濡れた顔に微笑みを浮かべます。

「明美。迎えが遅くなって済まない。一緒に帰ろう。俺達の世界へ」
「哀。大君。ありがとう。私を連れて帰って。そして未来で、また会いましょう」

哀は頷くと、袂から箱を取り出して何かの操作をしました。
蘭の体から、小さな光が飛び出してふわふわと漂い、哀の持っている箱の方に向かって行きました。

「蘭!!」

意識を失って崩れ落ちる蘭の体を、新一皇太子はしっかりと受け止めて抱き締めました。

ふわふわと漂っていた明美の魂は、箱に吸い込まれる前に人の形を取りました。
向こうが透けて見える幻のような姿は、先程皆がイメージで見た、蘭と少し似た女人の姿。
おそらくそれが、明美の本来の姿なのでしょう。

明美の姿の幻は、頭を下げて言いました。

「皆様、申し訳ない事をしました。私は昔、私達の世界とこの世界との間の扉が開いた時に、誤ってこの世界に落ちてしまったのです。迎えが来るまでには、次に扉が開くのを待たなければならない。けれどそれは、向こうの世界では僅か五ヶ月の間だけれど、こちらでは時の流れが違い五百年もの歳月が必要でした」

思い掛けない明美の告白に、皆、息を呑んで聞き入っていました。

「こちらの世界に落ちた時、私は、愛する人の子供を、身籠っていました。この世界で、産み育てるしかなかった。その子は、この世界の女性と巡り合い、愛し合い、幸せに暮らしていた。私はその姿を見て、満足していた筈だったのです。でも・・・今わの際に、帰りたいという気持ちが溢れ出た私は・・・長い年月の間に、いつしか、妄執の塊となり・・・転生してかの世界に、月光が輝く私の世界に帰るのだと・・・思い込んでしまったのです」

蘭の体を抱き締めた新一も、小五郎と英理も、黙って明美の言葉を聞いていました。

「当たり前の事だけれど、その体には、別の魂が宿り育っている。その体はこの世界で生まれ育った蘭さんのもの、蘭さんの魂はこの世界の住人です。それを私は、妄執の果てに、忘れ果てていた。既に、蘭さんの意思がある体を、私のものだと思っていたのです」
「当たり前よ!血を分けた子供は、世界中で一番大切な存在だけど、自分自身とは違うわ!」
「そうだ!俺達は皆、アンタの血をひいて、アンタから命を分けて貰っている。その事には、感謝しているが・・・蘭は、蘭だ。アンタじゃねえ!」

英理と小五郎が、明美を見上げて言いました。
明美は、それを優しい瞳で見詰め返しました。

「愛しい私の子供達。大丈夫よ、もう、解っているから。皇太子殿、あなたは、魂ごと蘭の事を愛してくれていたのね。私が言うのもおかしな話だけれど、蘭を大切にして・・・幸せにしてあげて」
「ああ。俺の精一杯で、幸せにする。俺の生涯をかけて。だから・・・あなたは、あなたの世界で・・・」

新一が、蘭を抱き締める腕に力を込め。
明美は、微笑んで頷きました。

「もう、お会いする事も無いでしょうが・・・でも、あなた方の、お互いを強く想い合う気持ちは、決して忘れない。私、人間の心は忘れないわ。たとえ生まれ変わっても」

月の光が、更に眩しくなり。
皆、顔の前に手をかざして、目を細めました。

「さようなら、私の子供達」

そう言って、明美の魂は哀が持つ箱の中に吸い込まれて行きました。

「姉の魂は連れて帰るわ。私も・・・あなた達の事、その想い合う気持ちは忘れません。どうか、わが姉の分まで、お幸せにね」

クールな哀の顔に、柔らかい、けれど少し悲しげな微笑が浮かびました。
そして哀は背を向け、空中を滑るように去って行きました。

眩しく光り輝く月へと、向かっているように見えます。
そのどこかに、異界への入り口があるのでしょう。

哀達の姿は段々小さくなり、やがて月の光の中に消えて行きました。

新一皇太子はしっかりと、蘭の体を抱き締めました。
連れて行かれずに済んだという安堵の思いで一杯でした。


   ☆☆☆


「ねえ、大君」

光り輝く円盤の中で、魂だけになった明美が、箱の中から恋人に語り掛けました。

「どうした、明美?」
「生まれ変わったら、また・・・私を、見つけてね・・・」
「・・・ああ・・・きっと・・・」
「お姉様。全てはこれからよ。また、新しい明日が始まるのですもの」
「ええ、そうね。そうだわね」

それきり明美の声は途絶えました。
哀は胸が潰れる思いで、そっと涙を流しました。
大は、切なそうに、明美の魂が入った箱を、見詰めました。


これから、明美の魂がどういう転生を果たすのか。
それは、もはや、新一や蘭の世界からうかがい知る術は、ないのです。



   ☆☆☆



人々はようやく動く事が出来るようになり、夢から覚めたようにお互いの顔を見合わせます。
実際、夢だとでも思わなければ信じられないような出来事だったのです。
竹取の小五郎と英理夫妻は、愛娘が無事残った事で、抱き合って嬉し泣きをしていました。

「新一様・・・?」

蘭が目を開けて、不思議そうに新一の顔を見詰めました。

「蘭、蘭。俺の蘭。オメーは誰が何と言おうと俺のもんだ。誰にも、たとえ神が相手でも、渡しはしねーよ」
「新一様、泣いているの?」
「ばっ・・・!誰が泣くかよ、バーロ!」

新一皇太子は、物心ついてから今迄一度も泣いた事が無いのです。
今だって、涙を流している訳ではありませんでした。
でも蘭には、何だか新一が泣いているかのように見えたのです。

蘭は、そっと手を伸ばして、新一の頬に触れました。
その確かな温かさに、お互いに安堵しました。

新一は人目も憚らずに蘭を抱き締めると、唇を重ねました。
そして何度も、愛しい存在を確かめるかのように、口付けを繰り返しました。

目暮少将は、近衛師団全員に命じて、目を逸らさせました。
そもそもラブシーンどころか、高貴な女性を直接目にする事さえ、不敬に当たるのですから、皆、黙ってそれに従いました。
全く警護の役には立たなかったのですから、せめても、気を利かす位の事はしようという、気持ちだったのです。



   ☆☆☆



やがて季節は移り、翌年の春。

桜が舞い散る中を、竹取の小五郎の館から都へと向かう行列がありました。
いくつもの輿や籠が連なり、何人ものお供が付き従った、それは立派な行列です。

「かぐや姫様の嫁入り行列じゃ」
「皇太子様のお妃様として入内なさるそうな」

沿道の者達が口々に言って、その立派な行列を見ていました。
そして、美しい娘はやはり玉の輿に乗るものなのだと、噂し合いました。

新一皇太子と、なよ竹のかぐや姫・蘭が、お互いに命を掛けて相手を守ろうとした事、その愛の強さと真実を、誰も知る事はありません。
でも、それはそれで良いのでしょう。
皇太子と蘭姫と、それにごく限られた親しい者達だけが、解っていれば良い事なのですから。


竹取の小五郎と英理は、泣いていました。
招婿婚が主流だったその頃に、慈しんで育てた娘を都にお嫁に出すのです。
姫が幸せになるのを喜びながらも、手元から離れてしまうのを、寂しく思わずには居られません。

「まあ何だ。俺達が行く事も出来ない異世界とやらに行っちまうと思えば、都くらいたいした距離じゃねえ」
「そうですよ。それに、蘭をあれ程に愛してくれる人と一緒になるのですもの、きっと蘭は幸せになれるわ」

実は、新一皇太子は、蘭の両親である小五郎達を都に迎える心算でいたのですが、小五郎と英理は、華やかな都より気の置けない故郷の方が良いと言って、それを辞退したのでした。

やがて、晴れて上皇となった優作の帝が、有希子皇后を連れてあちこち旅行するようになり、竹取の館にもしょっちゅう遊びに来て、小五郎達の酒飲み友達になるのですが、それはまた別の話。




それから蘭たちがどうなったのか・・・それは、きっと、皆様の方がよくご存知の筈ですね。




「Stay with me〜異聞・竹取物語〜」 完



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<後書き>


どこでどうやって、「蘭ちゃんがかぐや姫の新蘭パラレル・竹取物語を書こう」と思い立ったのか。
今となっては、トンと思い出せません。

ただ、サークル活動を開始した時には既に、このお話の構想があった事は、確かです。
初めてサークル参加したイベントで、他のサークル様が発行された、たいそう素敵な新蘭版竹取物語を読みまして。
同じ竹取物語でも、中身ネタはかぶってないなと、ホッとした事を、覚えています。

で、その年の9月の「蘭ちゃんオンリー」、9月だから、ここで発行するしかない!と、表紙絵を書く時間もなく、かなり突貫工事で仕上げました。
そのちょっと前に出した「仮想空間の闘い」は、福岡ドームでのイベント合わせだったんですね。
日が近かったので、色々余裕がなかったんです。

あの頃は、私にしては、結構ハイペースで本を出してたなあ。
イベントごとに新刊をドンドン出している人を、尊敬しますよ、ホントに。


で、この本を出した頃は、赤い彗星の彼が明美さんの恋人だった設定も、まだ明らかになってなかった頃で。
私的に、いつか志保さんのナイトになるのかと、勝手に推測していたのですが。
原作で明らかになった設定を受けて、今回、かなり書き直しています。
ちょっと、明美さんを、自分勝手な酷い人にしてしまっていたのが、心苦しかったですし。


私的には、原作ではいずれ、赤井×ジョディで元鞘戻りをキボンヌ、ですけど。
こちらのお話では、こういう形で収めました。


このお話の元ネタは、言わずと知れた古典の「竹取物語」ですが。

個人的に私は、近畿天皇家に先行する九州王朝があった説を支持しており、竹取物語の出典は福岡県であると、考えていますので。
このお話中の都の位置は、大宰府。
竹取の里があるのは、久留米市から東に延びる鷹取連山。
蘭ちゃんが新一皇太子と出会った温泉は、二日市温泉。
西条大納言が船出した港は、博多湾。
という、超ローカルなマイ設定があったりします。


そして、このお話のもう一つの元ネタは、柴田昌弘さんの漫画「盗まれたハネムーン」。
子孫に転生して故郷に帰ろうとする部分や、乗っ取られたヒロインが恋人を守ろうとして自分の頭に銃の先を向ける部分などは、殆どそこからネタを貰っています。


異世界のイメージは、麻城ゆうさんの「月光界シリーズ」から、頂きました。


同人誌でも、サイトでも。
お付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。


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