Stay with me〜異聞・竹取物語〜



(8)月からの使者



とうとう、仲秋の名月の、八月十五日(*旧暦。新暦では、9月半ば頃にあたる)になりました。


竹取の屋敷は、夕方から、物々しい雰囲気に包まれていました。
近衛の少将・目暮十三を筆頭に、近衛師団総勢二千人が派遣されたのです。

屋敷の土塀の上に千人、屋根の上に千人配備され、蟻の這い出る隙間も無い程です。

「空を飛んで近付いて来る物は、蝙蝠一匹とて逃すな!皇太子の思い人を、近衛師団の威信に掛けて、何としても守り抜くのだ!」

目暮少将の檄が飛びます。
近衛師団一同は声を上げ、意気高く少将の檄に応えました。

「これだけの守りがあれば、天人だとて蘭を連れて行く事は出来まい、のわーっはははは!」

竹取の小五郎は、二千人の近衛師団を見てかなり気が大きくなり、お酒も飲んでいないのに、ハイテンションになっていました。
屋敷の奥では、英理が蘭を抱き締めて祈っていました。


竹取の里は、とっぷりと日が暮れて行きました。
昼間は暑かったのですが、日が暮れると少しばかり肌寒くなってきます。

小五郎は、肌寒い中守りを固める近衛師団に、振舞い酒をしました。

規律の高い軍隊でしたから、酔い潰れる様な無様な真似はしません。
皆、少量の酒でおさめて、意気を高めていました。


やがて、禍々しい位に大きく明るい満月が、昇りました。
お互いの顔が、はっきりと見える位に、世界を明るく照らし出します。

近衛師団二千人は、気を引き締めて空を見上げました。
涼しくなっている筈ですが、妙に暑く感じられ、皆、汗を流していました。

いつもはやかましい位の虫の音が、今夜は全く聞かれません。
禍々しい気配を感じ取っていたのでしょうか。

英理は娘の体をしっかりと抱き締めていました。
篭っている塗り込めの前には、新一皇太子と小五郎が番をしています。

「蘭、大丈夫よ。絶対にどこへも行かせたりしないから」

英理が励ますように、蘭に声を掛けました。

「無駄な事を」

突然蘭の口から発せられた言葉に、英理は驚きます。

蘭は英理の腕をすり抜けました。
その体は淡く光っています。

英理が「明美」に出会ったのは初めてでした。
新一も、不安にさせる事を恐れて、小五郎と英理には、明美の事は話していなかったのです。


「お前もお前の夫も、この私の子孫。私の遺伝子を受け継ぎ、再生させる為の存在。お前はそのままでは、子供が出来にくかった。私が手助けしたからこそ、こうやって娘を生む事が出来たのよ。おまけに、私が本来居た世界の技術を使って黄金をたくさん寄越し、こうやって大きな屋敷が構えられるだけの大金持ちになったわ。散々良い思いをさせたのだから、今度はこの体を返して貰うわ!」
「そんな、そんな・・・っ!私はいずれ取り上げられる為に蘭を産み育てたのではないわっ!それに、蘭は?蘭はどうなるの!?」
「私は――蘭は、かの世界で幸せになるわ。私を育ててくれたお前達には感謝している」
「違う、違う!!お前は蘭ではない!蘭を、私の娘を返してっ!!」

英理の悲鳴を聞きつけて、新一が部屋に飛び込んで来ました。

「出たな、明美!」

新一の言葉に、蘭(の中に居る明美)は振り返りました。

「まだ諦めてないのね。でもそれも今日で終わりよ。だってお迎えが来たのだもの!!」

明美が勝ち誇ったように言いました。



   ☆☆☆



いつか大納言が嵐の海で見かけた金色に輝く円盤の中で、背が高く目付きの鋭い男と、赤味がかった茶髪の少女が会話をしていました。

「哀。明美からのメッセージが届いたそうだな・・・明美は、どうやってか、生き延びていたのか」
「ええ。でも、どういう事なの?羽衣が必要だと・・・」
「羽衣だと?明美は、誰かの存在を借りて、転生しているというのか!?」
「そ・・・そんな!」
「明美・・・!」

2人は、しばし、苦悩の表情で、沈黙していました。

「他の存在に強引に転生する事は、寄生と同じ・・・元々の存在を押しつぶす、許されない事だ・・・」
「ええ。でも、そうだとしても・・・本来だったらとっくに朽ち果てている筈のお姉様がそこまでして生き延びたというのなら、何としても連れて帰りたい!だって、たった二人の姉妹なのですもの!」

哀と呼ばれた少女は、思い詰めたような眼差しで叫びました。
男は、拳を握り締め、それ以上何も言いませんでした。



それは最初、明るい月の姿が、ぶれたように見えました。
人々は、自分の目がどうかしたのかと、思わず目を擦ります。

しかしやがて、見間違いや気のせいではないと、わかりました。

大きな黄金色に輝く丸い物が空に現れ、段々と大きくなっていきます。
この世のものとは思えぬその威容、御使いに間違いありません。

近衛師団や、屋敷の使用人たちは、それぞれに弓矢を構えました。

しかし、やがて、皆、目を開けているのが不可能な位に、あたりが明るくなりました。
昼の太陽の何倍もの光です。
おまけに皆、金縛りに遭った様に体が動かなくなりました。

「何をしている、撃て、撃つんだ〜〜〜ッ!!」

目暮の少将が叫びましたが、彼とて目を開けていられず、一寸たりとも体を動かす事が出来なかったのです。


やがて、眩しい光が落ち着き、一同は目が開けられるようになりました。
しかし、やはり一寸たりとも、体を動かす事は出来ません。

黄金の巨大な円盤が、竹取の館の上空で停止しました。
そこから黄金の雲のような物に乗って下りて来た御使いは、赤味がかった色の短い髪、切れ長の瞳をした、見た事も無い衣装を付けた美しい童女でした。

英理が蘭を連れて引き込んだ塗り込めの扉が、ひとりでに開きます。
そして中から、蘭が出て来ました。

「お姉様・・・?」

御使いの童女が呟きます。
蘭の姿をした明美は、微笑んで言いました。

「そうよ、哀。五百年待つのは長かったわ」
「こちらの世界で子供を産んで、子孫に転生したの?」
「そうよ。だって他に方法がなかったのですもの」

哀は僅かに躊躇いました。
明美の中に居る、もう一人の人格の存在を感じ取ったのです。

この世界の住人を無理に連れ帰る事は、かの世界でも、許されていませんでした。
けれどたとえ、禁忌を犯そうとも、五百年もの長い間、たった一人でこの世界に取り残されていた、唯一人の姉を見捨てる事など、哀には、出来ませんでした。

哀は自分の中の罪悪感をねじ伏せ、薄い上着を取り出しました。

「お姉さま。羽衣をどうぞ」


「蘭、行くな、蘭、らあああん!!」

小五郎が必死で蘭の方に駆け寄って来ようとしますが、足が全く動きません。

「蘭!連れて行かないで!蘭は私の娘よ、らああああん!」

英理が必死に動こうともがきますが、全く進む事が出来ません。

「蘭、蘭、蘭!らあああああああああああああああん!!」

新一皇太子も必死で蘭の元へと行こうとします。
その手がわずかに動きます。
その足が僅かに進みます。
額に脂汗を浮かべながら、新一は必死で蘭の方へ向かって進んで行きました。

「さあ、お姉さま!早く、羽衣を!」

そう言って、哀は、蜻蛉の羽のような、七色に光り薄く透ける不思議な生地で出来た上着を着せ掛けようとしました。

「ああ、これを着れば、蘭の魂は消えて、この体は完全に私の物になる」
「待て!明美!お前が借りているその体は、お前と俺の子孫なのではないのか!?」

円盤から、男の声がして。
明美は、ビクリと体を震わせ、羽衣を羽織ろうとしていた手が、一瞬、止まりました。

明美の動きが止まるのと同時に、突然、飛んで来た蹴鞠が、羽衣を吹き飛ばしました。

「な、何っ!?」

明美も哀も、驚愕の表情で、蹴鞠が飛んで来た方向を振り返りました。
そこには、完全に動けるようになった新一皇太子が立っていました。
(余談ですが、新一皇太子は蹴鞠が得意でした。その身分に似つかわしくなく昔から冒険好きで身軽な性質だったのです)

「何故!?動ける筈が無いのに!」

明美の言葉には答えず、新一は冷たく怒りに燃えた瞳で明美を睨みつけました。

「蘭を・・・蘭の心を殺そうとしたな!オメーら、絶対に許さねえ!」

新一が近付いて来ます。
明美は、動く事が出来ませんでした。

新一が手を伸ばし、蘭の体に触れようとすると、いきなり何かが新一の手を掠め、新一は強い衝撃を受けて蘭に手が届きませんでした。
哀の手に握られた物から、煙が立ち上っています。

「動かないで!今は、狙いを逸らしたから、かすり傷で済んだけど、それ以上近付いたら、あなた、命を落とす事になるわよ!」
「オメー、何もんだ。何のカラクリを使ったんだ?」

新一が御使いである哀に目を向けて言いました。

「何者って・・・月世界からかぐや姫を迎えに来た使者・灰原哀よ」
「本当に絶対的な力を持った天上人なら、そんなカラクリなんかに、頼る筈がねえ。・・・オメーたちは、うんと文明が進んだ所からやって来て、特殊な能力を持ってるだけで、俺達と変わんねえ、只の人間だな?」

哀の目が、驚愕に見開かれます。

「この低い文化レベルで育ったのに、それが解るなんて、あなたは相当に聡明な人のようね」
「褒められたって嬉しくはねえ。俺が言いてえのは、蘭を連れて行くのは理不尽な仕打ちなんじゃねえかって事だよ!」

灰原哀は後ろめたい気持ちがあるのか目を伏せましたが、明美は挑戦的に新一を見据えて言いました。

「元々、この娘は私の子孫、この世界に私が現れなければ存在しなかったのよ。だから、この体は私の物。この世界に属すものではなく、かの世界に属している」
「詭弁は止めろ!たとえ親だって子供の全てを自分の意のままにする事は出来ねえんだ!蘭がオメーの血を受け継いだ子孫だからって、オメーの犠牲になって良い筈がねえ!」
「あなたが好きになったのは、この美しい顔と体でしょう?ならばあなたを私達の世界に連れて行ってあげるわ。ずっと蘭と共に居る事が出来るのよ。それなら文句はないでしょう?」
「お、お姉さま、それはっ・・・!」

哀が慌てたように口を挟みますが、明美はそれを無視して真っ直ぐに新一を見詰めて微笑みます。

「あなたの聡明さ、勇気、意志の強さは、私達の世界においてさえ稀有のものだわ。どう?悪い話ではないと思うけど?」
「・・・確かに、蘭と共にだったら、俺はどこにだって行ける。けど、オメーは蘭じゃねえ。蘭以外の女は欲しくねえんだよ!」
「な、なにを・・・!あなたが一目惚れしたのは、この綺麗な顔でしょう!?欲しいと思ったのはこの体でしょう!?」
「あんた、わかってねえな。一目惚れだからって、見た目だけに惚れてる訳じゃねえ。その言葉、眼差し、表情・・・交わした言葉、触れ合った魂の色・・・全てが揃って『蘭』だ。俺が愛しているのは、欲しているのは、『蘭』という存在。その器だけが欲しい訳じゃ、ねえんだよ!」

会話を交わしながらも、新一はじりじりと明美に・・・連れ去られようとしている蘭の体に近付いて行きます。

明美は、新一に背を向けて、逃がれようとしました。
しかし、今度は、足が全く動こうとしないのです。
明美の顔に焦りの色が浮かびました。

「お姉様?早くしないと、もうあまり時間が無いわ!」

哀がそう言って手を伸ばして来ますが、今度は明美は哀から後退って遠ざかろうとするのです。
明美は苦しげに言いました。

「哀・・・何かが、私の邪魔をしている・・・誰か・・・ま、まさか!?」
「お姉様!?」
「蘭!!お前なの?お前が私の邪魔をしているの!?」

蘭の体は、明美の意に反し、じりじりと哀から離れ、新一の方へと向かっています。


新一が蘭の体を捕えてしっかりと抱きすくめました。

「は、離して!私は帰るのよ!!哀!大君!助けて!大君!」
「お姉さま!」
「明美・・・明美!」

明美の言葉に、哀と、円盤から見ていた男とは、悲痛な表情になりました。
明美は手足を振り回し、渾身の力で、新一を振りほどこうとしました。



(9)に続く


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<後書き>


次回が、最後。

今回と最終回は、同人誌作成後の原作の進行を受けて、色々と修正しています。
それでも・・・明美さんをこういう人にしてしまって、本当に、ごめんなさい。


(7)「もう一人の蘭」に戻る。  (9)「全ては、あるべき世界へ」に続く。